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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「アフターコンセンサス」
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旧知

 サークルポートを3箇所ほど経由。中層、富裕層とは反対側、バベルの塔から遠ざかる方向で、外界に近づく方向。


 防衛ラインに近づくほど軍関係者と思しき人物がちらほらとある。この辺りにも街はあるが、中層街とはその様相もがらりと変わる。


 【フォールン】アルファ国の要所と呼ばれている第二の都市だ。


 闊歩する人々だけでなく、店もどちらかというと魔法師向けの店舗が多い。

 それでも全ての客が軍人ということではない。割合が高いだけだ。

 それも腰にぶら下がるAWRを見れば一目了然だろう。


 学院の学生も魔法関係の物を調達するために訪れる者が少なくない。大抵の物が学内で揃うとはいえ少しでも差別化を図りたいのが若者の特権ともいうべき性だ。

 当然AWRを扱う店、その工房も多いため、上級生たちもマイAWRを調達するためにも必ずと言ってよいほど訪れる場所なのだ。


「おい、時間がないと言っただろ!」

「だって~」


 子供のように駄々を捏ねる2名。普段来ないからなのか物珍しそうに店先のショーケースで一々足を止める。これで何回目か……全然進まなかった。

 好奇心に輝かせる瞳、自然と口角が上がった二人に幸先が不安になるというものだ。


「お前ら何しに来たんだ。置いてくぞ」

「――――! 待ちなさいよ」

「もう少しゆっくり……」


 急いで隣まで追いついた二人、アリスもキョロキョロとせわしなく首を振り回す。

 仕方ないと言い訳をしながらも、ロキの機嫌取り用の品を買う必要もある。


「帰りなら時間も取れるだろう」

「……ありがとう」


 田舎者みたいに思われたかとアリスは俯き少し上ずった声で礼を述べた。

 約一名はそれすら聞いていない様子。

アリスに関わらず本格的に魔法を学ぶのは学院に入ってからなのだから、それまでは縁のない場所とも言える。


「ここは何かと勉強にもなるからな。来て損はないぞ」


 買う買わないに関わらずアルファ国内でも最新の情報が飛び交う場所だ。どこの国が新しい技術を開発したなど、その手の話に敏感な街なのだ。研究者のアルスが軍にいた頃も非番の時は毎回訪れていたほどだ。


 大通りを抜ける、たったそれだけのことが一番苦労した。両サイドでは軒を連ねる店先で客引きをしているのだから、慣れない二人が反応するのは店の主人にとっては格好の獲物だろう。


 そんな誘惑に負けそうな二人を何とか手を引くアルス。テスフィアを置いていく分には支障ないが、アリスも、となればそうもいかない。


 転移門自体は一か所で複数の転移先を指定できるのが一般的だが、この【フォールン】では街を跨ぐほどの距離に設置されている。そこにアクセスするにはアルファ国が発行するライセンスを翳さなければならない。ライセンスから軍基地への座標を読み取る仕組みになっているのだ。


 アルスがわざわざフォールンを横断する道を選んだのは時間的な余裕と街の様子を久しぶりに覗きたかったからに他ならない。それこそロキの土産を買う店の目星を付ける程度。

 しかし、その決断を後悔したのは言うまでもないことだろう。


 【フォールン】が第2防衛ラインと呼ばれるのは第1防衛ラインが突破された場合、【フォールン】まで撤退、この街の外壁は魔物の進行を想定して作られた強固なものだ。

 そのため、【フォールン】中枢には軍の指令室が別個に設けられている。

 それが気休めであるのは誰もが知っている事実だ。バベルの防護壁はここ数十年進行を妨げてきたわけだが、逆に言えば、防護壁が無ければ人類は疾うに絶滅していると言われているほどなのだ。


 二番目に危険な街であるため、逃走経路は事細かに用意されているが、我先にと逃げる者は少ないのがこの街だ。職人気質が多いのか、この街に骨を埋める覚悟の者も少なくない。


 最後のサークルポートに近づくと高い壁にぶち当たる。その天辺には巨大な二股の槍が備えられている。疑似防護壁、【第二のバベル】と呼ばれるものだ。

 数多くの研究者が一同に介してバベルの防護壁を疑似的に模したものである。効果のほどは低レートの魔物を退けることはできるが、影響範囲が極端に狭いため実用的ではなく、コストも莫大で量産は不可能らしい。


 【フォールン】に置かれている疑似防護壁も試験的な物なのだ。


 やっとのことでサークルポートまで到着すると名残惜しそうに振り返るテスフィア。魔法師にとってここは飽きることのない宝物庫にも見える。

 アルスが先ほど勉強になると言ったが、学生である二人はAWRを物色する程度なのだろう。技工士を目指しているわけでもないのならば勉強になるとは言い難い。

 

 だが、アルスは二人が何かを学ぶために見ていたのではない気がしている。伝え聞いた話では光り物に弱く、買い物が好きだというのは女性に備わっているデフォルトのような物らしいので、頭を悩ませつつ自分の判断が悪かったのだと文句を呑み込む。


「さっさと行くぞ」


 転移が始まり、景色が次第に入れ替わっていく。


「「……!!」」


 アルスには見慣れた景色だ。

 真正面に荘厳な建物がいきなり現れるのだから二人の反応もわからなくはない。

 ギョッとした後、圧迫感からすぐに踏み出せないのだろう沈黙が降りた。


 学院の校舎と比べても3倍近くはあるのだ。横長に湾曲した軍の総本山というべき基地。まるで山々が連なる連峰のようでもある。

 他にも哨舎しょうしゃが多くあり、検問所でアルスはライセンスを翳す。


「置いてくぞ!」


 圧倒されていた二人を置き去りに歩を進めるアルス。それを訝しげな視線に晒されながら突っ切る。

 といってもアルスを知っている者は足を止めて腰を折る者までいた。


 戦場に出る魔法師に階級はない。如いて言えばランクこそが階級なのだ。

 大雑把にいえば一桁の懸絶した力量の呼称としてのシングル。

 二桁のダブル。

 三桁のトリプル。

 四桁のクアドラプル。

 五桁、クインティプル。六桁、セクスタプル。それぞれの略称はクアド、クイン、セクスである。

 これらは正式な呼称ではあるが、五桁クイン六桁セクス以下になると雑兵と一括りに呼ぶ者もいるためわざわざ自ら口に出す者は少ない。


 階級はないと言っても世間的にはシングルは将官クラスと目され、二桁ダブルは佐官、三桁トリプルは尉官と言った認識がある。だからと言って命令できるわけでも権限があるわけでもない。

 故に順位と階級で区別する者はいない。どちらかというと順位に敬意を払う者が多い場所が軍というところだ。

 また、佐官以下の場合は、隊での位置づけにより三桁魔法師を尉官として呼ぶこともあるため、階級と順位はその時々によって使われる。一部の例外を除き。



「あんたも人気あるのね」

「人気じゃない。単純に順位が高いものには敬意を払っているだけだ。お前と違ってな」


 いつかの事を思い出すようにテスフィアは胸の奥にチクリと痛みを感じた。いつものように、もういいでしょっと口にすることができない。


 彼らとて一回りも歳の離れた者に頭を下げるのは不本意かもしれない。それでも順位の持つ意味を理解しているのだ。


 アルスのおかげで任務もまた軽微なものになり、アルファを平和にしているのだから。

 と言ってもアルスを直に見たことがある者はそれほど多くはない。だからこの場のほとんどは不思議な顔を浮かべるのだった。


 軍の基地といってもそれほどお堅いものではない。一見すれば広大なだけだ。

 それだけに圧倒させられるのは事実だが。


 この中にはアルファ国内の主戦力とも言うべき魔法師たちが順次待機しているわけだ。

 外界で任務遂行中の部隊を除けば、実質国内の7割近い魔法師がいることになる。


「なんか緊張して来たね」


 建物内に入ってすぐ、見渡す限りの魔法師に圧倒されたのだろう。気押されたアリスが堅くなった体で背筋を正した。

 携帯しているAWRが一層物々しさを漂わせる。なお、AWRを携帯しているのは外界に出る魔法師が多い。つまりはそれだけで歴戦の魔法師ということだ。



「ここにいる魔法師はお前ら以上の実力者だからな」

「……当然でしょ!?」


 それもそうだろう。彼女たち以下ならばアルファは疾うに陥落している。

 

「まぁ、だから緊張するだけ意味がないぞ。俺がいるから多少は融通が利くしな」

「やりたい放題ね」


 ツッコミを入れられるなら大丈夫だろう。 


「シングル魔法師ならではだな」


 アルスは含むように笑むと、勝手知ったる内部を迷うことなく突き進む。

 こういう時に道を譲ってくれるのはアルファが誇る最強の称号のおかげだ。


 声をかけるほど仲の良い戦友はおらず、それどころかアルスの顔を見るなり、逃げるように踵を返す者までいる。


「あんた嫌われてるのか、慕われているのかわからないわね」

「どっちも迷惑な話だ」


 嫌われているのとは少し違うのだが、とアルスは思った。大規模作戦などで、アルスの戦闘力を目の当たりにした者は、圧倒的な力に歓喜するか、逆に畏怖するかのどちらかだ。

 どっちにしろ友好的な関係になる者は少ない。それもアルスが総督直属の扱いだということも関係しているだろう。


 息苦しいとか孤独と感じたことはない。それが当たり前だったからだ。仲の良い仲間が明日も同じ顔をしているとは限らず、いないことすらある世界だ。


 広大な軍の基地、その最端には数えきれないほどの墓標が立っている。五体満足で埋まっているものは極一握りだ。

 遺品しか入っていないものまである。


 軍に入隊する時は最初に必ずこの場へ訪れる仕来たりもある。



 最上階まで上ると一気に重苦しい空気に変わる。この階は総督の部屋がある以外にも位の高い者が多い。

 

 年代も更に差を広げ、いかめしい顔つきの将官クラスが行き交っている。


 ここで唯一変わらないのはアルスへの態度だ。いや、一層畏怖する顔が顕著だ。

 触らぬ神に祟りなしといった具合で、腫れ物に触るように余所余所しい。

 それでも……


「アルスか、最近見かけないがどこで何をしてるんだお前は」


 まったくの孤独とはいかないのが人の世だ。

 向かいから歩んでくる30代前半の男、司令官へと若くして上り詰めたエリート路線に乗っかる男。美丈夫とは彼のことだろう。軍人らしい逞しさには欠けるが、スラリとした体躯は中肉中背で腰にないAWRは彼が頻繁に外界へ出ない証拠。それも今となってはだが。


 まだ話すには距離があるが、はきはきした声はよく通る。

 アルスは話せる距離まで待って口を開いた。


「ご無沙汰してます。リンデルフ司令殿」

「やめろやめろ気持ち悪い」


 手振りでおばさんかと思うほど上下にスナップさせる。気さく過ぎるこの男をアルスは嫌いではない。


「俺が今の地位にいるのはお前のおかげでもあるんだからな、俺の力が認められたわけではないとも思っている、俺もまだまだだ」


 防衛ラインの指揮をここで一手に引き受けている名手だ。主に防衛線に近い探知に引っかかった魔物をリンデルフの指揮の元、隊を編成して向かわせるというものだ。階級は大佐である。


 彼は元々外界での作戦参謀として隊に組み込まれていた。歯に衣着せず言えば、実力の伴わないリーダーということになる。


 アルスが幼い頃、魔法師訓練プログラムを終えた初任務から数か月にわたってリンデルフとチームを共にしたわけだ。


「御謙遜を、最速の昇進でしょう。軍内部でも司令に対する妬み嫉みは事欠きませんからね」

「耳が痛いな…………!!」


 リンデルフがアルスの背後にちょこんと縮こまる制服姿の二人を見て、悪い笑みを浮かべた。


「両手に花とはお前も隅に置けんな。アルスもそういう歳になったのか、うんうん」

「そう見えるのならば降格も近そうだ」


 笑顔を絶やさず、というわけにはいかない不気味な引き攣り方をしたリンデルフ。


「このまま勢いに任せて、上に食い込むからな、見ていろ……とまあ、そんなことよりこんな所に学生を連れ込んで何の用だ?」

「いやまあ……」


 と言ったところで後ろから突っつくような指圧がアルスの意識を途絶えさせた。


 紹介しろとでも言いたげな顔が二つ。

 面倒くさいと思いつつも手短に応える。


「その前に、こっちは暴走特急のリンデルフ司令だ」

「おい! 躓きそうな紹介をするな」

「で、こっちの二人は同級生のテスフィア・フェーベルとアリス・ティレイク、総督に用があってきただけですよ」

「見ないと思ったら学生をやってたのか!? ヴィザイスト隊長も人が悪い。一言いってくれれば……同級生、フェーヴェル?」


 少し考え込むような仕草をするリンデルフ。ポンッと手を叩きそうな勢いで。


「フェーヴェルと言えば、フローゼ元少将の娘さんかな?」

「はい……」

「そうかそうか……フローゼさんにはそりゃこってり鍛えられたからな、よろしく」


 苦味を堪える苦笑でテスフィアの前に手を差しだした。

 この男は指揮は上手いが魔法の方はてんで上達しなかったから、この表情も分からなくはない。


 テスフィアも一応の礼節を取って簡単な握手をかわしたが、その顔はリンデルフ同様に苦味のあるものだった。


「こっちのお嬢さんもまたお綺麗だ」

「ありがとうございます」


 微笑を以てそつなく返したアリスも握手をかわして、顔合わせは済ませた。


「それより、何かの用があったのでは?」


 リンデルフが小脇に抱える資料の束はどこかに向かう途中である。


「そうだった、それでは俺は失礼するよ」


 少し足早に過ぎたと思うとまた離れた場所から振り返ってリンデルフが声を上げた。


「アルス、今度飯でも行こう」


 アルスは承諾の返事をしなかった。この距離で届かせるには声を張り上げなければならない。そんな注目を集めるような恥ずかしい真似は憚られた。

 それに案外長い付き合いのリンデルフは分かっていたように返事を待たずに歩きだしていたのだ。

 

 アルスはそんな背中を見送りながら、相変わらず勝手な奴だと思うのだった。

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