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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「拐かしの深森」
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不在の紅




「チッ」


 不機嫌を象徴する舌打ちをするアルスは、これからまさに外界へ向けた魔法師の装いである。もっとも彼の戦闘スタイルは比較的質素かつ機能性重視であり、不要を削ぎ落とした身軽さを旨としている。

 眉間に寄った皺は、言われてみれば常日頃からあるようにも見えるのだった。


「今回は仕方ないよ。家の事情だから尚更だし、フィアだってあんなに駄々をこねてたんだから、本当は行きたかったんだよ」

「そうでしょうね。そうは言っても学院の生徒である手前、一般的には外界へはまだ早い時期と考えるのも自然です。テスフィアさんの実力なら、十分通用するんですが」


 ベルトに下げた金槍を揺らしながらアリスはテスフィアのフォローに回る。同調するようにロキも無理強いはできないと、どこか嬉しそうに頷いていた。


 「代わりに頑張って」とテスフィアの未練たらたらの激励も、アリスには少しばかり心残りである。


 三人はこれからアルスのAWR製作に必要な素材、メテオメタルの採取に休日返上で向かっているところだった。

 蛇足だが、エレイン女教諭は当然のことながら同行しない。彼女の強い希望だったのだが、アルスが首を縦に振ることはなかった。魔法師でもない研究者の護衛に、必要な人員を満たしていないことが主な理由である。無理に同行させて、不要なリスクを背負うなど言語道断である。


 そもそも彼女にはアルスのAWRに関する研究も含め、製作予定のAWRに組み込めるよう、破壊された鎖を再利用してもらうことになっている。教職との掛け持ちだ、時間的余裕はないはずだ。


 そんなこんなで早速アルス達は外界へとメテオメタルの採取に向かっているわけだ。

 ずっと学院を休んでいたテスフィアは実家に戻ったままであった。どうせならと、フェーヴェル家の屋敷に足を運び、そのまま拾って行こうかと考えていたのだが、当てが外れてしまった。


 どうしても家の事情で外出できないらしい。

 まぁ、それは仕方ない。アルスもピクニック感覚でちょっと外界に行くぞ、といった軽いノリが不味かったのかもしれないのだから。


 玄関先で執事のセルバ同伴のもと、丁重に断られるに至った。テスフィア的には何度もセルバの許可を引き出そうとしていたが、許しが得られることはなかった。


「家の事情ってのは間違いない、か」


 ポツリとアルスが諦念を吐いたのには、玄関先での立ち話に発する。以前の感触から、フローゼ・フェーヴェルが顔を見せなかったことや、屋敷内に入れてもくれなかったこと。

 誰か、来客でもあったのかもしれない。


「間違いないと思うよ。フィアの格好、かなり仕立てのいいドレスだったでしょ? あれって社交界用でもかなり格式の高い時に着ていくって聞いたことあるもん」

「お偉いさんの応対中だったかもな」


 幸いだったのか、テスフィアが同行しないことを除けば無駄な足止めは食らわなかった。

 アリスがぼそっと、あのドレスまだ着れたんだ、と女同士ならではの突っ込みが入る。無論、聞かなかったことにして話は進む。


「アル、普通に忘れてましたけど、テスフィアさんは三大貴族ですからね。冷静に考えれば次期当主です。もしかすると今後もこういった家の事情で学院を休むこともあるかもしれません」

「気が早いんじゃ……つっても俺らじゃ貴族の常識なんかわからないか」

「はい、次期当主としてテスフィアさんは、ちょっと他の方と比べても教育が行き届いていないようなので、尚更かもしれませんね」


 さらりと毒を吐くロキに、アリスも苦笑を浮かべるがやっとであった。

 貴族としての振る舞い、淑女としての礼儀作法など、正直なところアルスやロキにもわからない。が、お手本のような存在——フェリネラ・ソカレントを見ているので、どこか納得できてしまう。


 遠い目を向けざるを得ない三人であった。


「訓練にも支障が出るかもしれないか。そうなったらそうなっただな、アリスに置いてかれるだけだ」

「……う〜ん、できればフィアと一緒にぃ」

「何甘いこと言ってんだ。フィアは一応(・・)貴族だが。アリス、お前は俺と同じで魔力情報体の欠損がある稀有な例だ。テスフィア以上に潰しが利かないんだから、周囲に歩調を合わせている暇なんかないぞ」

「あ、うん。全力でやってるよ? ちゃんとしてるんだから」


 なんとも弱々しい反論だった。

 アリスは過去の人体実験のせいで、魔力の一部が欠損している、奇しくも魔法師として良い意味で作用しているが、研究者が喉から手が出るほど欲しいモルモット候補は依然として変わらない。軍にいたとしても、上層部に知られれば彼女を外界には出さず、被検体として飼い殺される可能性は十分あるだろう。


 誰かの保護を期待するより、アリス自身が力を証明することで身を守る。

 それが最善なのだ。


「軍に入るなら、なるべく早く三桁前半にはなることだ」

「エッ!? 三桁」

「正直言えば、二桁なら理想的だな。一先ずは三桁でいい。三桁なら軍でも十分一目置かれる存在だ」

「アリスさん、三桁魔法師は数に限りのある貴重な戦力でもありますし、そこを最短で目指すなら、常に外界にいるような生活になりますよ。肝心なのはタフさです。狩りができない時は最悪、虫を獲って食べるかもしれませんからね」

「む、ムシッ!? や、ヤダよそんなの。孤児院にいた時でも、せいぜい草だよ」


 さらりとひもじい思い出を告げるが、それを逞しいと判断するかは微妙なところだった。孤児院にいようとちゃんと食事は出ていただろうから、変わった子供だったのかもしれない。


「草でもなんでも良いのですが、栄養を如何にして効率良く摂るかが重要です。あ、言い忘れてましたけど、私は虫なんて獲って食べなくても良いようにしっかり狩りの心得が有ります! 食べられる木の実の判別もだいたいはできますから」

「それ、逸早く教えてよぅ! ねえ!!」


 ロキとアルスを交互に凄まじい速度で見るアリスの悲痛な顔は、何を想像したのかが手に取るようにわかった。彼女の想像する虫は、文字通りの虫である。


 ロキの言葉は半分正しくて、半分間違いでもあった。そもそもそこまで切迫した事態というのは実はそうそう起こらないのだ。通常任務でも携帯食料は持っていくのが常だ。


 アルスが経験したような数週間も外界で過ごさなければならない任務はかなり特殊だし、異常である。場所によっては果実も取れるため、虫を食べざるを得ない事態には遭遇しないものだ。

 それでも最低限、狩りの仕方や食べられる食材の知識は入れておくべきだろう。


「探知魔法師は狩りに適してるからな。どうせ、外界に出るんだから、飯は自給自足でいくか。言っとくが内容は期待はするなよ」

「う、うん。虫じゃなきゃ食べるよ、私!」


 生き死にが掛かっていようとアリスが虫を口に入れることはないほどの意気込みだった。

 女性的な意地なのか、何故か食べるぐらいなら餓死を選ぶと言わんとしているようだ。


「川が見つかれば魚も獲れるでしょうしね。それよりもです。順位の変動に関しては協会の影響で、これから上げていくのは難しいのは間違いないかと。協会によって魔法師の数も増えましたから、競争は苛烈でしょう」


 魔法師の総数が増え、中には腕の立つ魔法師も多い。そんな者達が協会に入り順位を与えられれば、当然順位の競争は苛烈を極める。四桁、五桁の順位は日々ごっそり変動する。

 三桁ともなると、アルス基準で本物が混じってくるまでになっていた。魔法師の力が格段に引き上げられているのは確かだ。


 協会所属の魔法師も外界に出るようになったため、アルスとしては個人戦力の上昇より、今年の死者数の方が気になるところだった。


「この前外界に連れていってもらった時に、ちょっと順位上がったぐらいで、そこからはみるみる落ちていっちゃったし」


 外界での実戦訓練でアリスとテスフィアが討伐した【森海魚レド・フィッシュ】と【ハンプティー】はどちらもBレートだった。彼女達の順位を考慮すれば、一気に順位を上げてもおかしくはない高レートだ。

 二桁・三桁魔法師主体で討伐に当たることを考えれば、良い点数稼ぎにはなる。


 Bレートを狩れる魔法師は軍にとっても貴重な戦力だ。

 単騎撃破できれば二桁にも手が届くだろう。


「で、今は何位なんだ?」


 アルスの問いかけにアリスは明らかな動揺を示し、ぎこちなく目を逸らす。

 上位の魔法師、頻繁に外界へと足を運ぶ魔法師にとって順位は一種の目安でしかないが、アリスは周囲に能力を示さなければならない。

 認めさせる上で、順位はこれ以上ない評価基準になりうる。


「4000位台かなぁ〜? 多分、後一週間もしたら3000位台とはおさらばかな」

「四桁でも順位の変動がここまで激しいのは滅多にないことですよね」


 それとなくアルスに解説を求めるロキ。かく言うロキも順位を少し下げているのが現状だ。


「生徒のうちは仕方ない。順位は魔物を倒してなんぼだからな。各国が外界進出に躍起になっているのもあるが、予想以上に協会が取り込んだ魔法師が優秀だったのかもしれない」



 協会の魔法師がどの程度の力を有しているか、それはバルメスへと派遣が決まった協会魔法師が直に証明してくれる。

 各国が掲げる進行域に到達するため、魔法師不足が深刻なバルメスは協会の援助を申し出た。

 かつてないほど、人類は今、予てよりの悲願に向かっている。


 にも関わらず、いざ本腰を入れて外界に目を向けてみると、どこもかしこも二の足を踏まされている事態にあった。


 流れてくる噂の中にはSレートやSSレートといった遭遇困難な脅威度の魔物が挙がる。


 現在の各国進行状況として、もっとも芳しくないのはイベリスである。

 SSレートの報告を受けて、イベリス軍は立ち往生を余儀なくされていた。幸い、攻められる心配はないようだが、可及的速やかに行動に移したいはずだ。

 希望は実行に移されず、現状ずっと監視を続けている事態に、イベリス上層部は苛立ちばかりを募らせている。


 イベリスは7カ国でも最大の面積を誇る大国だ。その誇りは魔法大国アルファやルサールカに劣るものではない。寧ろ、第2位を抱えていることから、常に強い発言力を有してきた。

 これらの対処にアルスが関与することはないが、いくら上層部で無い頭を捻ったところででき得る策は限られる。


 他国との連携だ。

 進行域について、最前線をいくのはアルファだ。そして最下位についているのがイベリスとバルメス。バルメスは魔法師不足も相まって、調整に時間を取られているのが原因だろう。


 ハルカプディアなどは戦果を大々的に公表していたりするため、状況を探るのは容易だ。


 刻々と移り変わる勢力図は、同時に第三のバベル制作が急がれる。


(急務と言えばどこもかしこも忙しいもんだ。継続的に魔物を排するためには、魔法師の育成に手は抜けない)


 遠く、アルファの軍本部が見えてきたところで、アルスは目をふせる。

 人類は現在自らの意思で、戦乱に足を踏み入れた。

 さて、何人が死に、何人生き残る? 大まかな数の増減が戦況の全てを物語る時代に入る。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] イベリスはしゃーないやろ、なんせSSだもん。国家一丸でもアルスやイリイス不参加ならキツい相手だからなぁ…。
[気になる点] 国の名前がバナリスでなくバルメスではないかと
感想一覧
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