AWR制作の要
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ロキがエレイン女教諭から、締め切りを取り付けた一週間があっという間に経った。
その間にアリスへの訓練も始め、魔法の修得にも取り掛かっている。ただ、やはり一週間やそこらで身につくのであれば、誰も彼も苦労はしまい。
が、そこはこれまでのアリスの成長速度から見てわかる通り、及第点には仕上がっていた。
厳密にはアリスが仕上げてきた、と言った方が正しい。
訓練には訓練場を使っているので、日に日に見物する生徒の数が増えているのが気がかりだったが、システィからは勉強のためという理由で暗幕の使用を控えるよう頼まれていた。
魔法の詮索は御法度、というのが魔法師の暗黙の了解ではあるが、アリスとの訓練然り、素性が明らかとなったアルスに隠す意思はあまりなかった。
一応、アルファの軍規に沿って、みだりに高位の魔法は使わず、可能な限り魔法大全に収録されているような魔法を用いた。それが原因だったか定かではないが、一つの魔法として完成形に至る水準の魔法は、確かに生徒らには刺激的であったようだ。
恒例化されても困り物なので、エレイン女教諭からの呼び出しはタイミング的に丁度良かったのだ。
「私、エレイン女教諭の講義取ってないんだけど、大丈夫かな? というか、初めて知ったんだけど。私が付いていって大丈夫?」
居心地悪そうに道中で不安を溢したのはアリスであった。
第2魔法学院の教員数はかなり多く、非常勤も含めるとまず生徒では把握しきれない。三年間通っていたとしても、知らない教員ぐらいいるのが当たり前だった。
「大丈夫だろ。講義について呼び出されたわけじゃないしな」
「えっ!? じゃあ、何の用事?」
「それは話を聞いていれば直にわかる」
エレイン女教諭は研究者としての肩書きがあるので、当然、研究棟——アルスの研究室の階下——にいるのかと思いきや、彼女の教職室は別棟であった。
教員の数を考えれば研究棟だけでは足らないので、仕方あるまい。ましてやエレイン女教諭は最近赴任してきたばかりだ。
本校舎からは離れた先に食堂などのある建物の更に奥へと進んでいく。
徒歩だと意外にも時間がかかりそうな距離だった。
アドミッションセンターの建物の横には会館があり、その中へと入っていく。
T字型の会館は研究者、または教員などの各部会議が行われる部屋が多く、その中に臨時として教員の部屋を設けたようだ。研究者気質の教員ならば、会議室と一緒なので手間はかからないのだろうが。
ここは普段、生徒が立ち入れない場所の一つである。とにかく教員も講義が入っていない場合が多く、端的にいえば生徒ではなく学院側の仕事、もしくは研究等にあたる。
係員に生徒帳もとい、ライセンスを提示、約束の旨を伝える。
本来全くもって用がない場所ではあるが、割と新しく建てられたのか外装よりも内装に力が入っていた。外見はどこか趣のある学府を思わせるが、内部は木の雰囲気が出たモダンなナチュラルカラーに仕上がっている。
生徒が立ち入らないこともあってか、調度品も凝ったものが置かれていた。誰がどう見ても内装にデザイナーが入っているのがわかる。
正面受付の上に吊り下げられた絵画などまさに、だった。
「275号室がエレイン先生の部屋になります」
そんな事務的な案内をされると、同じ学院の敷地にあるとは思えない気持ちを抱く。理事長室に案内されるよりも高待遇かもしれない。
というか、逆に萎縮しそうな雰囲気すらあった。
「2ということは二階だな」
階段の前の電光案内板を見て、迷いそうな会館の中を進んでいく。
「アリスさん、あんまりキョロキョロしない方がいいですよ。生徒は入っちゃいけないみたいですし、足止めされても面倒ですから、堂々としていればいいんです」
本来はそうなのだが、新人の教員がここに部屋を与えられているのであれば、今後生徒も授業関連で訪ねることもあるはずだ。
そうはいっても、アルスの感想は途端に軍事色が強くなったと感じていた。
多分ロキも同じ感想を抱いているだろう。
内装こそ上手くカモフラージュされているが、魔法研究などは基本的に国と軍が関与していることが多く、莫大な資金を投じているはずだ。であるからこそ、所々に目に付くポイントがある。
「さっきの受付……」
「えぇ、普通に魔法師でしたね」
即答で返したロキは、油断なく見破っていた。
表向き隠しているつもりなのだろうが、受付に魔法師を採用しているのは軍の意向が働いている証拠。
ま、そこは学院の敷地なのだから明らかに軍人のような警備を配置できないわけで、受付に扮して警備も担っていると言ったところだろう。
「優しそうな人だったよ?」
「魔法師が怖い人、という先入観は持たれない方が良いですよ」
「そうだけど……」
「一応研究機関だからな、他国の工作員を警戒してるんだろう。壁面の下の方とか見てみろ」
歩きながら、床へと視線を落としたのはアリスとロキだった。
そこには壁面の下を縁取るように薄らと魔法式が刻まれていた。
「ちゃんと要塞化はされているらしい」
上層部の懸念はただ一つ、技術流出だ。
そんな感心とも、驚愕ともなんとも乱れた反応の中、目的の部屋へと到着する。
この独特な雰囲気はお洒落な病院とでも言いたくなる。
ノックの後、室内から解錠され入室。
定型の挨拶を相手の顔を見ずに交わして、アルスたちはエレイン女教諭の教職員室へと入っていく。
というのも室内は実に研究者らしかった。それこそアルスは自分の研究室の有様を棚に上げて、ほら見たことか、と思ってしまった。
研究者の部屋など皆、こんなものなのだと。
室内で出迎えてくれたのは膨大な資料と、研究素材である様々な鉱物のサンプルが至る所に積み上げられていた。なんと言ってもドアを開けて真正面に巨大な棚が圧迫感をもって出迎えてくれたのだ。
整理できていない、という意味ではどこも大差ないらしい。
少し埃っぽい室内、赴任してきたばかりとは思えない散らかり様だ。
おそらく新入生を迎えたと同時に赴任してきた彼女の部屋は、数年は住み着いた様な散乱具合が見て取れた。
一度も掃除をしていないのか、できなかったのか、エレイン女教諭の性格を考えれば〝できなかった〟であって欲しいところだ。
「散らかっていてごめんなさいね。一昨日解析データの受け取りがあって、それからずっと篭りっきりなのよ」
「はぁ〜、そうですか。ところで解析データ、ということは俺のAWRを研究所にでも?」
まだ顔は見えないが、声がする方へとアルスは返事する。
「個人的な伝手で、研究所に頼んでおいたのよ。一カ月掛かるところを三日でやってもらったわ。さすがに現役のシングル魔法師、さまさまね」
「脅したんですか?」
「早い方がいいでしょ?」
返す言葉がなかった。アルスの名前を出したのであれ、結果的に一カ月も掛かっては待ち疲れてしまう。
足の踏み場に困りながら、アルス達はなんとかエレイン女教諭を見つけることができた。
作業机の端には開きっぱなしの本がいくつかあった。
一息つくかの様に背中を仰け反らせたエレイン女教諭は、後ろにあるカーテンを引いて日差しを取り込む。
「わざわざ来てもらって悪いわね」
「構いませんが、徹夜を?」
「ちょっとずつは寝ているわよ。さすがに三日は辛いもの」
そんなことをさらりと言うが、彼女の身なりは整っており、目元には隈一つない。
「あら、そちらは……アリス・ティレイクさんね」
「えっと、私、先生の講義は取っていないのですが、なんで名前を」
キョトンとしながら問い返すアリスは、心なし叱られた生徒の様に縮こまっている。
エレイン女教諭は良くも悪くも見た目的に厳しい雰囲気があり、教員として威厳ある面立ちをしている。涼しげな目元など、生徒から見れば怖いだけなのかもしれない。
だが、エレイン女教諭はふと立ち上がりながら、相好を崩した。
「初めまして。学院に居れば自然と名前が入ってくるものよ。特に優秀な生徒ほどね」
アルスから教えを受けている、ということを口には出さすアリスを褒める。
自己紹介を終えるや否や、エレイン女教諭はひとまずアリスとロキに頼んで作業机を片してもらった。机の上の物を移動しただけなのだが。
「先生、一応今回は外界で調査してみるつもりです。さすがに他国からメテオメタルを無償供与されるはずがないので」
「そう言うものかしら。外界の活動に役立つのであれば、融通が利くと思うのだけど」
エレイン女教諭は現実を知らない。研究者にありがちな理想が、少し混在していた。
本当にそうであるならば、アルスも苦労はしないだろう。
今のアルスには、アルファでさえメテオメタルを無償供与することはないだろう。
「活動に問題があるんですよ。制約を課されるのと同義ですね」
「魔法師も難儀なものね。AWR一つとっても国の許しを求める時代だなんて」
「そういうものですよ。だからこそ先生もご苦労されたのでしょ?」
メテオメタルを研究材料とするのは、並の研究者では不可能に近い。軍や国の監視下で行う研究所で、しかも発表させてもらえない、という研究者としては不遇な扱いを受ける。
「そうだったわね。さて、じゃあ始めましょうか。アルス君から提供してもらったメテオメタルに関しては上々よ。実証実験は学院にある研究施設で十分だし、そのためのデータ取りに必要な機材は学院にある物を使えば大丈夫そうね」
「それでしたら、俺の研究室にある機材も使ってもらって構いませんよ。軍が揃えられる中でも最新機器ばかりですので」
「本当に良いの? 単位の融通は利かせられないわよ」
「結構ですよ。互いに利益があるのですから、出し惜しみは無しです」
情報の交換、知識の提供を受けるのであれば、アルスとしても機器を貸し出すくらいなんてことはない。
寧ろ、そうした姿勢で、エレイン女教諭との信頼関係を築いていく狙いもあった。
メテオメタル関連の情報はとにかく少ない。アルスであろうとゼロに等しいと言っていい。軍や国が隠蔽してしまうためだ。
そこで得られた回収物は、いかなる物であろうと国への貢献が必須。協会所属のアルスに情報が渡ることはないし、仮に知り得たとしても早い者勝ちにはならないものだ。
アルスの背後ではアリスがじっと聞き耳を立てて、時折ロキへと事情説明を求めている。
何度か聞こえた驚きの声を無視しているのも、二度手間を省く目的がある。
「じゃあ、アルは今AWRないの?」
「そうなります。なので、早急にAWRの製作に取り掛かる必要があるのですが、アルの使うAWRですから、生半可では使い物になりません。なのでメテオメタルを入手しなければならないのです」
「でも、かなり希少な物なんじゃ」
アリスの言葉に、ロキは当然と頷く。
メテオメタルを採掘など不可能だし、それ単体で存在する不思議な物でもある。聞くところでは、ミスリルの採掘中にある一部がメテオメタルと呼ぶにふさわしい性質を有していた、なんてこともあるほどだ。
また、岩の様に一つだけ紛れ込んでいるという話まである。
「何故、それがあるのか、何故そんな特異な性質を持っているのか、何もかもがわからない鉱物なのです」
ロキの説明を聞いていたエレイン女教諭は、二人の会話を引き継いだ。
遠回りな説明。二度手間を行おうとする教諭にアルスはこめかみがズキリと痛むのを感じる。
「それを研究するのが、私のテーマなわけね。詳しくは教えられないけど、いくつか役に立つ統計データはあるのよ」
統計といっても、メテオメタル自体数が少ないので、果たしてデータとして見れるのか。
嫌な予感を抱いたアルスの顔を見て。
「大丈夫よ。砂漠の砂からダイヤを見つけてこいっていうんじゃないんだから。ん? 正しいわね。でも範囲は絞れるわ」
「問題は信憑性の方ですね」
「残念だけど、そこは保証しかねるわね」
苦笑する彼女は机の上に地図を広げ、メモ帳とビッシリ書き込まれたホワイトボードを持ってくる。
仮想液晶でデータとして管理するアルスとは対照的で、エレイン女教諭は昔ながらの研究者然とした方法を取っているようだ。
「まずはじめに確認しなきゃいけないことがあるわね。メテオメタルの入手方法だけど……」
アルスだからこそ入手方法を選ぶことができる。
が、どちらを選択しても成功率はかなり低い。
彼女が集めた情報をもとに、各国が所有していると思しきメテオメタルの直接交渉。
次案に、外界へと自らの足で探し出す方法。
「そうですね。一応どちらもあたってみるつもりではいます。けど、やはり外界で入手できればそれに越したことはないんですよね」
国との交渉は確実にアルスの不利な状況で進められるはずだ。金銭で購入する方法はあり得ない。軍ならばのちのシングル魔法師へのAWR制作に当てたいはずだ。そう考えればメテオメタルの価値は金銭を容易に上回る。
そうそう手放さないだろうことは、アルスでなくとも想像がついた。
「わかったわ。その可能性も考えて私の方で更に絞り込んでおいたから見て頂戴」
古めの地図に眉根を寄せたのはロキだった。
「これは現在の地形を正確に反映していません。参考にならないのでは?」
「その通り。さすが外界へ出る魔法師ね。いつの地図だと思う?」
「いつ? 間違いではなく?」
「ええ、この地図はある意味では正しいものよ」
この問題はかなりの難問であった。アルスでさえ一目では気づかないほどに。
「魔物の侵攻前……いや、当時の防護壁範囲が薄らと描かれているところ見ると、旧アーゼシル大陸の地形?」
自信のなさから疑問形でアルスは質問へ回答する。
「凄いわね!! 素直に称賛を送るわ。正直、これは父が若かりし頃に入手した地図のコピーなのよ。で、昔のアーゼシル大陸の地図になるわ。その後にバベルの防護壁を加える形になったってところね」
「よくそんなものが手に入りましたね。軍でさえ持っていないのでは。というか元首が持っているべきものですよね」
深い事情を明かすわけにはいかないが、現元首であるシセルニアの家系。つまりアールゼイト王家には遥かな昔、魔物の侵攻以前に不自然な動きが見られている。バベルの建設然り。
今でこそ封印されているが、掘り起こしても良いものなど一つも出てこないだろう。寧ろ、屍を晒すことになる気がする。
「まあ、そこは研究者の役得と言ったところなのかしらね。父も先代元首から研究資料のために提供されているのだとか」
「それをコピーとは神をも恐れぬ所行ですね」
アルスに同調する形で、ロキが白い目を教諭に向ける。
「人聞きが悪い言い方をしないの。ちゃんと元老院から許可も出てます」
おそらく彼女の父に対してだろうが、そこはあえて触れてないでおくことにした。