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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「正義の足並み」
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異能テスト



 ♢ ♢ ♢



 限られた期間——AWR制作期間開始前——までにアルスはいくつか確かめておくべき事柄があった。


 正直言えば、それ以外のことは些事である。手の届く範囲から溢れてしまったものは、全てがもれなくどうでも良いことなのだ。

 初志貫徹で通すことができればおそらくアルスの時間はさほど奪われずに済むのだろう。


 世界と社会がそう単純でないことも知っているが、できれば邪魔はされたくないものだ。

 人は一人では生きていけない、のではなくて、もしや一人にさせてくれないだけなのではないだろうか、と思い始めていた。


 そんなアルスは夜が完全に暗闇となった時間帯。

 正確には日付を跨いで少ししたぐらいだろうか。床に就いたロキから逃げるように研究室を後にした。

 気付かれているかは別として、気付かれないようにアルスが配慮したことに意味がある。


 かくしてアルスは学院の敷地内にある比較的端っこに来ていた。この辺りは木々も立ち並び人目に触れ難く、さらに言えば教員や警備員も含めて立ち入り難い場所でもあった。

 単純に暗いこともあるが、巡回警備程度では学院の敷地内全てをカバーするのは難しい事情もある。とにかく時間帯次第では完全な一人空間を確保できる。


 少々見辛いが、直に目も慣れるだろう。

 そう思いながらアルスは隠れるようにして密集する木の中へと踏み進んでいった。


 獰猛な動物がいるはずもなく、身の危険は一切ない。


「実験するにしても、場所の確保は今後の課題だよな」


 独り言を呟きたくもなる。アルスほどの力を試す場所は国内に限らず、生存圏内では皆無に等しい。大々的に軍のバックアップを受けてもなお、全力を出すことは叶わないのだ。例えば訓練場のような置換システムがあり、かつ最大値に設定したとしても今のアルスならば易々設定を突破してしまうだろう。

 訓練場の破壊は容易に想像できる。というか理屈の上ですら破壊してしまうのだ。


(ましてや今回は置換システムがあってもあまり意味がないからな)


 一応周囲を警戒しつつ、真っ暗闇の中へと入っていくと。


「無い物ねだりだから仕方ない」などと誰への言い訳なのか、アルスは肩を落とす。


 学院の敷地はその性質上、周囲に民家はなく、建造物は全て学院関係のものだけである。加えて、利便性も加味してある程度纏められているのも今回は助かった。

 つまり端まで行けば、未開の地同然に深い闇が広がっていることになる。


 ここまでくれば街灯の明かりも届きはしなかった。そもそも持て余している敷地なだけに無意味に街灯を設置する意味もない。


 アルスは空間干渉魔法によってざっくり周囲の索敵を行った。ここまでする入念さはこれから始める実験の危険性に影響している。

 周囲に誰もいないことを確認すると、アルスは次第に慣れてきた目をあえて閉じる。


 誰もいないとはいっても、無制限に使い放題なわけではない。さっさと済ませておくに越したことはないのだ。


(【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】がどこまで操れるか。問題は目の方か)


 目への影響も今回の実験で確認しておきたいところだ。完全にグラ・イーターを制御できるのであればひとまずは合格。もはや自分の身が、イリイスの言うように人であるかどうかは二の次だ。


 暴走の危険もゼロではないため、ロキを置いてきたがそんなものはなんの言い訳にもならなかった。暴走してしまえば、何をどう取り繕ったって、周囲一帯の人影は消失するのだから。


「以前のように身体は無傷なのか、本当は確認しておきたいんだよな。魔力だけを喰らうのか、それとも実体も喰らうのか。どちらも確認できるだけに切り替え(スイッチ)ができれば理想か」


 あれこれ考えても一向に進まないとアルスは覚悟を決める。理事長に許可を取っていないのは、絶対に断られるからだ。

 暴走の可能性自体はかなり低いと考えているのは、今回が限界を探る実験ではないからだ。


「そうは言ってもさすがに万が一を考えると、最悪学院一つの損失じゃ済まないかもしれないしなぁ」


 アルスは持ってきた物を木に括りつけてセットする。魔力感知式自動照準ボウガン、長ったらしい名前ではあるが要はアルスの魔力を感知して照準してくれるトラップだ。スイッチはアルスの手の中で、しっかりと心臓を貫くように設定している。矢は魔法阻害の素材で作られており、一本しか調達できなかった。


 さすがに避けられない位置には設置できないので、本当に保険として……。


 準備を終えたアルスは木々に囲まれ、中心に立つ。

 そして目を閉じると、周囲から魔力とは別の異質な魔力が湧き立つ。濃密な黒が具現化したかのように、濃霧となってアルスの周りを取り巻く。


(ここまではなんら問題はない。体内魔力の異常も起こらないか、完全に棲み分けができてるな)


 手応えは十分。この時点でグラ・イーターは発現しているのと同じだ。

 次に完全なる具現化。

 ドス黒い霧は蛇の頭をもち始め、周囲で一斉に鎌首をもたげる。小さめだが、数は十ほど。


 全てを知覚できており、魔法とは違うプロセスで独立的に動いている。微細な動作に関してはやはりアルスの操作とは別にあった。これは以前と違いはない、グラ・イーターに自我のような物があると思われる所以だ。

 捕食が目的であり、ある種飢餓状態の猛獣を制御しているに等しい。


「——!!」


 微かな違和感は、前は手綱を握っているような感覚だったが、今回は手などの己の感覚器の一つとして認識できていることにあった。

 ない物をある物として認識するにはやはり戸惑いがある。人間に備わっていない、例えば尻尾や羽などのような器官が増えればどのようにして操作できるのか。筋肉の有無もあるのだろうが、やはり突き詰めれば曖昧なところがある。


伸び縮みなどの単純な物質としての情報量だけではない。グラ・イーターはどちらかというと霧状。濃霧に近く、それを正確に認識するのは気持ち悪ささえ伴う。


「説明しづらい。どうやって操っているのかさえ今一つ掴めないが、確実に操れているようだな」


 これを制御とするのか、操作とするのかの議論は白熱しそうだが、ひとまず頭から追いやる。


「次は——」とアルスはそれぞれの蛇を正確に操り、腕など動作をともなった方が、速度や精度が上がることを知った。


 目への痛みは一切ない……が、やはり違和感はある。視界がぼやけるなどはないが、左右でグラ・イーターの認識度合いに差が出始めたのだ。


 まるで虫や人以外の視界を通じて、視ているようだった。色の繊細さが薄れ、本質的な情報を視ている気にさせる。


「鏡でも持ってくればよかったな」


 自分の目がどうなっているのか、それを知る術がない。己の眼球への欲求はある種、変態的なマッドサイエンティストを彷彿とさせたが、アルスはそうそうに諦めることにした。

 観察するにせよ、記録しておくべきであり、それには相応の準備が必要なのだ。今回の目的とは少しずれているので、またの機会を待つしかあるまい。


 頭を切り替えると、次にグラ・イーターで木を喰らってみる。

 これは空振りに終わった。グラ・イーターを野放しにすると木を避ける傾向にあるが、そもそも実体がなく透過するのだから回避するというのもおかしな話だ。


 もしかするとグラ・イーター単体と捉えると不思議な事象だが、これがアルスを本体としているのならば障害物を避けるのも頷ける。全てが全てグラ・イーターという別存在ではなく、少なからずアルスの影響を受けているのだろう。

 でなければ、そもそも命令するという行為自体無意味だったはず。制御などありえないはずなのだ。


 それを考えれば【背反の忌み子(デミ・アズール)】との戦いの際、ロキへの攻撃を止めることができたのは、アルスの絶対服従の命令以上に相手がロキだったからなのかもしれない。


「さすがにこのテストじゃなんとも言えないか。もしかすると透過することがグラ・イーター自身になんらかの影響があるのか。魔力ならば多少の情報の混濁がみられるが」


 ふむ、と試行を重ねる毎に謎は深まるばかりだ。

 いや、そもそも異能とは謎の集合体、その総称なのだからある意味ではわかり切っていたこと。わからないから〝異能〟とひと括りにしているところもあった。


 先天性の魔力異常だとか、魔力構造体の欠損、挙げればキリがない。

 特にアルスの魔力情報はほとんど欠損している状態なので、原因の探りようがなかった。


「魔力情報まで喰うとか? あるのか、それ…………いや、喰らった魔力によって俺がある程度、感じる物があるんだから、さすがに情報も含んでるか」


 だからか、とアルスはグラ・イーターで今度は木を喰らう。透過するのではなく、幹を小さく抉り取った。


「分解した……」


 驚きは瞬時に冷却され、アルスは口元を引き結ぶ。仮説がその場で確証に変わった気がしたのだ。


(情報は、魔力情報に限らないのか。幸い、切り替えはできそうだが、難儀だぞこれ。何より以前のように使えなくなった)


 昔のように低スペックのグラ・イーターはアルスにかかる負担があった。低スペックとはいっても、それ単体でSSレート並の驚異度だが。


「…………」


 ふとアルスは手を止めて、意識の外縁に引っ掛かりを覚え、一旦どうしたものか頭を悩ませる。

 グラ・イーターに関するテストを続行すべきか否か。


「距離的にも声は聞こえないはずだしな、ちゃんと安全な距離を保っているなら、まぁいいか」


 アルスは今度こそ意識を己にのみ集中する。魔眼と呼ばれる代物の、その先を少しだけ触れてみる。

 魔法の併用はAWRの都合上、できないが、そうなってくるとアルスも多少の無茶をしたくなる。


 何より、この機会を逃すと次に実験できるのがいつになるのか見当がつかなかった。確認しておきたいことは山ほどあるが、その中でも今夜、最低限の達成項目だけは終えなければならない。

 あまり余人の心配ばかりしていられないのだ。


 ふぅ、と細い息を吐いたアルスは意識を深淵の底へと落とす。暗い底の底で、異能と、魔眼と呼ばれる異物に意識を沈み込ませる。


 どんよりと急に重たくなった空気は、頭を押さえつけられるような圧を発した。

 黒い何かが周囲を漂い出し、それは闇夜の陰さえも黒に染めてしまう。


 一瞬の出来事であった。

 アルスの意識が刹那的であれ、攻性に傾いた直後、黒い物体は瞬く間に周囲を塗り潰し、全てを喰らう。それがドーム型に膨張したように見えたのは、その実、内側で乱流のように高速回転していたからだろう。

 音が消え去り、風が凪いで、闇が闇を呑み込んだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 前の鎖付きナイフもカッコよかったけど、新AWRはどんなものになるんだろう。楽しみにしてます
[良い点] やはりこの小説で魔眼と異能の設定は面白い 辞めるのはまだ早い
感想一覧
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