指導方針
それから数日。
アルスのAWR制作に役立つ情報が、エレイン女教諭からもたらされることはなかった。というより、講義以外では全く音沙汰がなかった。
それはそれで、アルスとしては暇を持て余すということはないので、後回しにしていた研究を進めていた。
まずはアリスとテスフィアの魔法を考案、候補を絞るところから始める。
アリスの訓練風景を見てわかるように、だいぶ習慣化されているおかげで魔力操作に関しては合格ラインを超えていた。
ただ、今のところ、この数日間テスフィアはずっと学院を休んでしまったため、訓練らしい訓練は付けられていないのが現状だ。
自主練は続けているだろうから、新魔法の候補と魔法式のアレンジまでは進めていく予定を立てている。
そんなわけでアルスとロキは午前中の講義にのみ出席し、午後からは自室の研究室に戻っていた。
「さすがに光系統は詰まるよな」
愚痴ともつかない率直な感想を溢したアルスは、絶賛魔法大典をあさりがてら、様々な資料を机の上に広げていた。
「そういうものなのでしょうか。確かに光系統の魔法師自体が少ないのですから、光系統の魔法研究が遅れているのはなんとなくわかるのですが」
「汎用性という意味でも系統式の基礎は出来上がっているんだが、なんせ何故光系統なるものが存在するのか、そういった解明が優先されていて、大典への不認可魔法が一人歩きしている節がある。実用面で魔法のバリエーションが他系統と比べると圧倒的に少ないんだよな」
不認可というのは正式に魔法大典に載せられるだけの実証実験や、魔法式としての確立性など不備がないかの審査ではねられた魔法のことだ。無論、不具合——俗にいう暴発や発現過程での事故——に保障はない。安全が担保されていない魔法、ということになる。
「はぁ、アルのことですから、てっきり一から組み上げるつもりだったのかと」
これにはアルスも肩を竦めた。一から組み上げることも不可能ではないが、途方もない時間が掛かってしまう。
無駄とまでは言わないが、先人の研究は時間短縮のために活用させてもらうつもりだった。
でなければ、膨大な計算式を何度となく繰り返し、試行錯誤して、精魂尽き果てた末に完成をみる類の研究になる。実際、アルスが本腰を入れればそこまでではないにしても、やはり一ヶ月近い時間を浪費することになるだろう。
「そんなことしなくても、既存の魔法式をベースにするのは変わらないんだから、アリス用にちょこちょこっとアレンジを加えればいい。今のアリスなら、魔法大典に載っている上位級までの魔法は訓練次第で身につくだろう。あいつはあれで器用だからな」
アリスはテスフィアとは違い、系統内にある魔法の性質に左右されない。無論、魔法と一括りに言っても同系統内に構成に関わる諸要素が異なってくる。
例えば同系統でも、射出するタイプの魔法や、事象に大きく干渉する魔法、はたまた複雑なプロセスを踏んで使役できるよう形成する魔法——いわゆる召喚魔法——など同じ系統でも多岐にわたる。
勉強が好きだといっても、言語学なのか、数学なのか、心理学なのか、魔法学なのか、地質学なのか、そういった細分化された分野の話に近い。それこそ挙げればキリがない。
「フィアならば習得している魔法を見てわかるが、造形・形成といった式の組み立てと外形的な形成技術に長けているのは間違いない。あいつが一度使った召喚魔法を見れば一目瞭然だ。造形はピカイチなのに、それを運用するためのプログラムが雑過ぎる。これは魔法をどのように捉えて、構成しているかに依るがな」
「ざっくばらんに言うと不器用なのですね、なるほど。でしたら私はどっちなのでしょうか。あまり意識したことはなかったのですけど」
確かにロキが言うように魔法師が皆、頭で魔法式の構成を辿っているわけではない。そんなことをすれば一つの魔法を発現するまでに数時間を要してしまう。
感覚や反復、慣れによって魔法を組み上げる者も多いのだ。
「だからこそのAWRだ。AWRは基本的に使用者の魔法構成を最適化するように作られている。便宜上名付けるが、構成に必要な構成要件が大枠にあって、演算領域と処理領域で組み上げていく感じだな。端的に言うと無意識下で代替してくれているわけだ」
人間はそもそも魔法という存在そのものを扱えるようにできている。魔力も含めてそれらを解析・分析できたのは近代の話で、それ以前にも魔力を用いた無意識下での使用はみられていた。
理解を深めることで、魔法を扱う機構——器官でないのは肉体構造上、絶対的に必要としないため——を働かせられるようになったためである。心理的な一部でしかなく、実在の証明を逆説的にデータ上の観測を基にしているからだ。
「今は省くが、だから初歩段階で魔法の構成式をどこまで理解し、正確に情報を認識できているかが大きい。ロキの場合は頭で構成する方だな。構成の処理領域は厳密には頭とは少し違うがな」
「魔力ですね」
「さすが勉強熱心だな。魔力情報と密接な関係にあるんだが、それを説明すると長くなるから省く。勘違いしがちだが、現時点での魔法師はソフトであって、ハードはAWRになる」
ロキは沈思黙考すると、気づきに至ったかのように納得しながら口を開いた。
「そう言われると、確かに魔法師がソフトなのですが……大多数の魔法師は勘違いしているのではないのですか?」
「だろうな。でも魔法学を突き詰めても結論は研究者によって見解が違う。俺は実戦経験上、そっちの方がしっくり来るのと、系統外魔法がソフト依存タイプだから、というのもあるな。要は正解には不十分なんだ。だからあまり間に受けてもらっても困る」
これもまた知識だけではなく、実戦を経て確信に至る場合が多い。実戦で身に付く知識と言ったところだろうか。
「話が逸れたが、アリスはAWRを最大限生かした魔法が良いな。ハルカプディアでの実戦から、もう少し戦術の幅を広げさせたいところだ。【反射】を攻撃用に転化させるのと、高レート用にやっぱり高出力の魔法が必須だな。ネックはアリスの魔力量といったところか」
魔法師の皆が皆、十分な魔力量を保有しているわけではない。アルスの無尽蔵な魔力があれば多少の燃費にも目を瞑ることはできるが。
ここは研究者としての腕の見せどころだろう。
「フィアは……。そうだな、あいつの魔法はそもそもフェーヴェル家固有の魔法があるからな。それの延長線上で一旦完成させてみるのも手か」
「フィアさんだと……。やっぱり氷系統の代名詞的な魔法【永久凍結界】とかになるのでしょうか?」
「最上位級魔法を教えるのか?」
「違うのですか?」
今更だが、最上位級魔法の修得難度はこれまでの比じゃない。適性があって且つ、才能がなければ到底修得できるレベルではないのだ。努力で身に付く魔力操作とはまた別物。
「まぁ、触りはできてるみたいだしな、不可能じゃないが、すぐさま修得しておきたい魔法じゃないな。あいつの戦い方を見ただろ」
「ええぇ、まあ」
歯切れが悪いロキ。魔法師としての実戦経験が豊富な彼女の目に、テスフィアはどう映ったのか。
苦笑気味な様子は、新米にありがちな初歩的なミスを暗示しているようだった。
「正味、良い線は行ってる。魔法の種類も戦術も偏りがちなのがキズだな。俺らとの実践訓練でそこはカバーできるだろう。攻撃特化型といえば聞こえは良いが、あいつは突っ込んだ方がどちらかというと真価を発揮するタイプだ。魔法師には敬遠されがちな近接タイプ」
「ですね。幸い魔物に怖気づく性格じゃありませんし、慣れればネジと一緒に吹き飛ぶでしょう」
好戦的ではないが、かといって器用に遠距離から攻めるスタイルとも違う。
ロキはどちらかというと、近中距離タイプの魔法師だ。
アリスは中遠距離タイプ。彼女の場合は槍術も組み合わせれば近接としても物にはなるだろう。部隊にもっとも組み込みやすい人材だ。
テスフィアは完全に近接タイプの魔法師だ。性格だけでわかるし、隊に入れてしまった隊長はフィアの扱い次第で戦況がどちらにも転ぶ。
アルスは超万能型。アルスのような万能型は基本的には皆無に等しい。一人で過不足なくカバーできてしまうため、部隊には馴染めず、また必要としない。
さて、そこでテスフィアに授ける魔法候補だが……。
魔法師は自身の系統の中から、得意とする傾向の魔法を極める。魔法に関しては不得意ではなく、不向きと表現されることがある。これは適性系統でも構成によってさらに分類されるためだ。レティが良い例で、彼女は火系統の中でも爆発など瞬間的な燃焼を得意としている。シングル魔法師だけあり火系統ならば、炎系といった上位の魔法を扱うことは可能だが、シングル魔法師たり得る極致級魔法に関しては修得は困難だろう。
「そうなってくると、フィアは防御面と火力だな。うまく両立させないとポックリ逝く」
ロキもそれに同意したのか、わかりやすく頷き返した。
本当に本当に、長らく外界に出ていると死ぬ人間とそうでない人間の区別がついてしまうのだ。そうでない、と言っても比較すれば生存率がちょっと高い程度の感覚ではあったが。
ともかく、この点に関しては、アルスが当初二人と約束を交わした通り、外界で戦える魔法師の範疇なのだろう。
ふと、ロキが思い出したように話を分断した。
「そうでした。エレイン教諭から締め切りをいただいてきました」
ロキがアルスの傍を離れて単独行動することは、それこそトイレや着替え以外になかった気もする。が、よくよく考えてみるとそれもおかしな話で、一緒にいる時間が長いせいで〝常に〟と錯覚してしまっていたのだろう。
しかし、締め切り、とは?
「一週間後くらいには目星がつくようなので、一度教諭の部屋に来るようにとのことですよ」
「目星ってなんのだよ。目星ついてたんじゃなかったのか?」
「さあ?」
小首を傾げるロキに、アルスはわかったと手で制する。いずれにせよ、締め切りとはAWR制作が始動できるという意味なのだ。
「材料集めになるかもしれんからな。その僅かな間だけでも集中的に訓練するか」
「はい!」
意気込みだけは満点の返事だ。
アルスは魔法をチェックした中から魔法式を書いた紙をロキに手渡す。
「早めに修得しておけ。少し式を弄ってるからロキならすぐに覚えられるはずだ」
「これをすぐ、ですか……最上位級魔法ですよね」
「大典上の分類はな」
意地の悪さが出るような、素っ気ない口調。
しかし、ロキにとってそれは信頼の証でもあった。理想をいえば手取り足取り教えてもらいたいところだけれども、魔法式の諸情報などロキには、いつの間にか理解できることが多かった。
知識をつけることは同時に、一抹の寂しさを抱かせる。
だからロキは一通り目を通したと言いたげに視線を動かすと。
「アル、ここの構成式なのですけど……これって」とわざとらしく身体を寄せながら、質問をぶつけてみるのであった。