不用意な助力
貴族かはさておき、生徒たちが一部ボイコット的に講義を欠席したとなれば、何かあったのだろうと勘繰りたくもなる。
そうした騒動の動きは、アルスが軍人時代にもあったことだ。上層部から始まりあっという間に波及していく。気づけば至る所で火種が燻っているのだ。
とは言うものの、アルスの経験で言えば、終息すべき人物が終息に動き、いつの間にか平定されているもの。火は、いつかは消える。
特に貴族社会への関わりをアルスは持つべきではないと考えている。
シングル魔法師の権力は確かに存在するのだろう。が、貴族でもないアルスがしゃしゃり出て良い世界ではないのだ。
今更な気もしないではなかったが、自ら火中の栗を拾いに行くつもりは毛頭なかった。
アルスは初心に立ち返る。
最近は感情で動かされることもあったが、やはり根っこのところではどうでもいいことなのだ。情に流されるのだとすれば、手の届く範囲に止まってくれることを願うばかり。
若気の至りは、身近な人に対してであって欲しい。外聞を無視して、羞恥心を蹴飛ばして、恥ずかしげもなく己の正義を振りかざす。
(はぁ〜、1位ができることの少なさにほとほと嫌気が差すな)
人が人を救うなどおこがましいのでは? と自問したくなる。アルスでさえ手の届く数人でこの有様。やはり魔法師だけでは人類を守り切ることなどできないのだろう。それでも守り手として持ち上げるのであれば、きっとそれは手の届く範囲が図らずも大勢を救う結果に対してだ。
だから勝手に人類は救われる。人は勝手に誰かの手によって救われていく。
妙に哲学っぽい感想を抱いたアルスは、自嘲気味に己を諫めた。
(イリイスにそのうち、神になったつもりか、とか言われたらしまいだな)
神だとかの議論に発展すれば、行き着くのは魔物を崇拝する、ある種の悪魔信仰とぶつかる。悪魔と言うか神と言うかの呼び方は、この情勢ではあまり意味がないのだろう。感情優位の呼称に過ぎない。
まだ魔物の姿形が化物じみているのが救いだろう。これが少しでも神聖視できる要素が混在していれば、人類の数は絶望的なまでに減っていたはずだ。
(そうなれば、軍がひた隠しするだけだがな)
さてと、とアルスは頭を切り替えるべく、訓練に戻ったアリスへと視線を移す。
それを察したのか、ロキがいつの間にか至近距離まで近寄ってきていた。
「アル、アリスさんの話ですが」
「多少動きはあるだろうと予測していたが、俺らの仕事じゃない。そこを履き違えるとどこかとぶつかるぞ。小火であれ、それが火であるならば、誰かが消火に動く」
あえて明言はしなかったが、消火活動は軍の専売特許というわけではない。寧ろ、その逆、軍は国内に非干渉を貫く選択もありうるのだ。
であるならば……。
アルスが身勝手な行動で巻き込まれる懸念をしているのは軍、ではない。内政、国内のこととなれば管轄は元首の方だ。
そっちとかち合う方が、余程恐ろしい——巻き込まれる方が、とも言えるが。
「当分は自分優先だな。俺の課題も見えてきたし、何よりAWRが壊れたからな、さすがになんとかしないといけない」
「ですね。その方が私も建設的かと思います。私もアルの影響で境界線を見誤っていました」
決意表明の如く、ロキは言い切った。
アルスが自分と他者に引く一線が、学院に来てからあやふやになっていたことでロキの感覚値もぶれてしまった。パートナーになりたての頃はそれこそアルス目線で判断していたことだ。不用意に近づくものがあれば威圧し、言葉遣いなどの礼儀を失した者には実力で排除する。
心構えとしてははっきり決めていたが、アルスの置かれる状況が判断基準を無くしてしまった。アルスの変化も相まって、以前のように明確な線引きがなされていない。
だからロキもここで改めて初心に返ったのかもしれなかった。
「礼儀のなってない輩には、まず鼻っ柱を折ることから始めましょうか」
「やめてくれ、礼儀云々を持ち出されると俺の立つ瀬がない。目には目をの精神は賛成だが、闘争のきっかけを不用意に作るのは避けてくれ」
もはやロキに何かを強制させるのは無理なので、アルスは本気か冗談かわからないまま大事にしないよう求めた。
この世から争いが絶えない一端を見た気分だ。それも自分が言えた義理ではないのだが。
二人の会話はそつなくBGMのように流れていっている物と思っていたが……。
「えっ!? アル、AWR壊れちゃったの? というか壊れることってあるんだ」
訓練の手を止めてアリスは、残念だったね、と慰めるように言った。
軽い口調はアリスだからなのか、エレイン女教諭と話した後だからか、リアクションは比較的薄く見える。
生き物ではないので、感傷的になるとしたら持ち主のアルスくらいだろう。他人にわかってくれと言っても無理な話だ。
かく言う当人はAWR自体消耗品だと思っているところがあるので、今は次のAWRを造る方に頭がシフトしていた。
そうは言っても名匠ブドナと共同制作した逸品なので、何も思わないわけではなかったが。
「ああ、鎖が破損したから新たに新調する必要があるんだ。全く使えないわけじゃないが、不便は不便だからな」
詳細に壊れた時を説明するのは面倒なので簡潔に話した。
珍しくロキは一切口を挟まなかった。
「AWRは魔法構築の補助武具だからな、どんな物でも魔法式さえ刻めればAWR足り得るんだが。それはともかくとして、普通に使ってればそうそう壊れることはないぞ。魔力操作の技術でも違いはあるが、魔物用に生み出すわけだから、かなり頑丈にできてる」
赤毛の少女こと、テスフィア・フェーヴェルの横やりが入らないせいか、アルスの口は流暢に言葉を紡いでいく。
AWRは魔法師の中でも頻繁に換える武器でもない。十年ぐらい平気で使い続けている魔法師も多いだろう。新しく買い換えるにしても基本的にその原因は壊れたからではない。たんに流行や目新しさからの興味も大いにあるはずだ。
結局は長年使ってきた愛用のAWRに戻ってくるなどよく聞く話だった。
それはそうと、魔物との戦闘でAWRが壊れることはある。高位魔法師の方が交換頻度が高いのは、純粋にAWRを酷使しているからだ。三桁以下ともなれば、そもそも性能からしてAWRの方が優っている場合が多い。使い易さを除けば、どんなAWRでも三桁魔法師程度の戦闘に十分耐えられる仕様になっている。
なのでそれでも壊れる場合はやはり魔物の強さが要因であろう。その場合使用者も生存しているかは甚だ疑わしいが。
後は、過剰な魔力供給やAWRの求める許容魔力を超えている場合。俗にオーバーヒート状態になり、魔法式を欠損させる諸症状をもたらす。
ロキはいつの間にかアリス側へと移動して、例の如く熱の入った講義に聞き入っていた。
「ほえ〜」
「なるほど」
相槌だけでアリスとロキを区別するのは簡単だ。
実際に経験してみないとAWRが壊れるイメージは湧かないのだろうから、アリスの場合は仕方ない。今の彼女が金槍をどれだけ乱暴に扱ったとしても、傷一つ入らないはずだ。魔力操作然り、魔力量然り、残念ながら金槍が要求するスペックが高すぎる。
おそらく二桁魔法師並の力をつけて初めて金槍の本領を発揮できるのだろう。
「そういうわけで、俺は自分のAWRを作らなきゃいけなくなった」
「おー、私も手伝うよ!」
「…………」
「アリスさん、出来ればアルの足を引っ張って邪魔しないでもらえると早く出来上がるかと」
「酷いよぉ〜ロキちゃん!? 何もできることはないんだろうなー、とはさすがの私も思うよ? でも、そこは気持ちだけでも言っておかないと!」
「はぁ、そういうものですか。わかっているのに口に出す辺り、あざといのでは?」
ロキが小狡いの意味で言ったのか、計算高いの意味で言ったのかわからない。
が、
「じゃあ、本腰を入れて手伝うよ!」
鼻息を荒くしたアリスを見て、ロキの顔はみるみる青褪めていく。そしてゆっくりと絶望的な顔をアルスに向けてきた。
やってしまった、と言わんばかりの茫然自失な顔。
アリスの協力が既定路線に乗ってしまう前に、アルスも静観しているわけにはいかなくなった。
「待てアリス、言っておくが、計算はもちろん、魔法式やロストスペルの組み合わせとかいろいろ面倒なことが多い。理解していないお前には絶対できない」
「ひどいなぁ、そんなはっきり言わなくたってわかってるよ。どうせ、アルが研究始めちゃったら身の回りのお世話だって、雑事が増えるでしょ? ロキちゃんの負担が大きくなるから、それぐらいは手伝うよ」
「いえ、多分アリスさんが想像している以上に私、家事全般こなせますよ。負担が大きいといえば、アリスさんとフィアさんが散らかした部屋の片付けがないだけでも違うかと」
「ん? ん? ちゃんと片付けて帰ってるよ。私、フィアの分も片して帰る時あるんだよー」
訓練どころではなく、いつも賑やかな雑談に変わっていた。今更ではあるが、少々二人の訓練をほったらかしている節もあるので、アルスはこの機会にもう少しこちらにも目を向けようと思い直す。
「そうでしたね〜」
アリスに抱きつかれながら揺するという器用なことをされたロキは、降参して原因はテスフィアの方だと訂正した。多分、それ以外にもロキの手間になっていることはあるのだろう。言わされた感じの声音であった。
「それぐらいならば、助かるが。フィアまで手伝うとか言い出すと厄介だからな」
「あ〜、それはそうだね。フィアの監視役もやるよ!」
「そっちの方が助かりそうだ」