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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「正義の足並み」
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異変



 ♢ ♢ ♢


「やっぱりそんなことがあったんだね」


 本日の講義を終えての研究室。厳密には放課後のこと。

 不服に思いながらも、アルスが日常の実感をこの時に強く抱いてしまった。


 アリスの第一声は、訓練をしながら放たれた。もっとも彼女の様子からはおよそ訓練をしているようには見えないのだが。

 特段集中するでもなく、何事もなく会話を進めるアリスは、現在進行形で魔力操作の訓練中であった。

 魔力の持続は日常生活に支障がでない自然体で行えている。——ので、今アリスが行っているのはアルスの真似であるところの、魔力刀の形成であった。チャレンジのつもりなのだろう。


 これも魔力を維持しながらなので、同時に行えるのだが、まるでソファーに座ったままできるエクササイズのようだった。


 異常な上達ぶりに舌を巻きながら、アルスは鉱床での事情を大まかに説明し終えたところだ。


「学院でもひと騒動あったからね〜。失敗したとか、救援要請が出されたとか。とにかくいろんなことが飛び交ったんだよぉ」


 アリスは手を掲げながら、粘性のある液体を操るように魔力を弄ぶ。魔力刀の形成はそうそうに諦めたようだ。

 一見するとふざけているようだが、これもれっきとした訓練方法で、教えたのはアルスであった。


 声は不安げだが、やっていることはおちょくっているようにも見える。


「さすがにイルミナ先輩なんかは、鬼気迫った様子だったよ。フィアでさえ何も聞けなかったんだもん」

「そうでしたか」


 ロキも沈痛そうなトーンで給仕の手を止める。

 全てを語ったわけではない。学院内での情報がどのように伝わっているかはわからないので、口止め込みでフェリネラの負傷及び回復までは伝えたが。


「その後、イルミナ先輩はすぐに実家の方に帰ったみたいだけど。あっ!? 実家っていうのは……」


 特に不思議なところはなかったが、アリスは訓練を中断して熟考する。顎に手を添えて小首を傾げるといったわかりやすいポーズ付きでだ。


「イルミナ先輩は協会本部で見かけましたけど」

「え、ホント?」

「どうして実家だと?」


 ロキの疑問は的を射ていたらしく、アリスはそれについての説明をすべきだと口を開く。

 声も掛けられないような状態のイルミナに、何故実家に帰ったとわかったのか。


「大荷物でも持っていかれたのですか?」


 矢継ぎ早の質問にアリスはぶんぶんと顔を振って否定した。自分の中で上手く説明を順序立てられていない様子だ。

 あわあわしている様子は、魔力操作をする余裕もなかった。


「なんて言うのかな? 他の人と同じような感じだったんだよね。タイミング的にもちょうどだったし……」

「ここにフィアがいないことと関係があるのか?」

「そう!! それっ」


 「ズバリ」、指をさされたアルスはそんな声を聞いた気がした。

 胸のつかえが取れたのか、アリスはホッと一息つくと話を引き継ぐのではなく、ロキの用意した紅茶に口を付けた。


 テンポを外された感じのやり取りは、手の届きそうで届かないもどかしさとイライラが混在する。


「なぁ、アリス」

「うん?」

「お前ってフィアがいないと、いつもこんななのか」

「えーっと、どういうこと? こんな(・・・)って何?」


 笑顔の威圧感はあるが、相手がアリスなので小動物的な圧力ではあった。とはいえ、窮鼠猫を嚙むというように侮り過ぎてもしっぺ返しがきそうだ。

 アリスはアリスでテスフィアがいないことをどう説明したものか、ずっと考えていたが故の混乱でもあったわけなのだが、と言い訳はしておく。


 ともかく、話が進まないことには、アルスの用事も組み立てづらい。


 アリスはふーっと大袈裟に息を吐くと、カップを置いて落ち着きを取り戻す。


「んっとね。今言ったばかりだけど、学院中が大騒ぎになったって」

「あぁ、言ったな。協会の任務の進捗状況が漏れたわけだな」


 この辺りの情報伝達は実はアルスも完全には把握していない。逐次各学院に報告する仕組みを敷いていたのか、それとも予想通り情報が漏れたのか。

 職業柄、隠す方に思考が偏りがちなのは仕方ない。


 それとどう関係があるのか、ロキはアリスとの会話を進めるためにサポート的な助言を挟む。


「ですが、それもおかしな話ですよね。つまるところ、第2魔法学院から選抜されたメンバーの安否を心配してということなのでしょうけど、それと関係があるんですか?」

「それが大アリなの。ロキちゃんが言うように最初はみんなフェリ先輩とかイルミナ先輩とか、選抜隊のみんなを心配していた声が多かったんだけど」

「だけどなんだ?」


 この辺りから急にアリスの歯切れが悪くなった。説明できないために、アリスはその時に感じたままを口に出そうと考え込む。


「なんて言うのかな……。急に騒がしさが収まったってわけじゃないんだけどね、う〜ん、別方面の話題にさらわれたって言うのかな?」

「要領を得ませんが、共通の話題だったのが、途端に輪から外れる人たちが出た、といった感じでしょうか。でもそれは時間的な問題もあるのでは? 直後の衝撃は徐々に和らぐものですよ」

「そうだよねぇ。でも、その日のうちだったんだよねぇ。急に熱が冷めた感じなのかな」


 確かに、アリスが言うようにフェリネラ率いる第2魔法学院部隊の任務失敗は、さぞ大きな衝撃を与えただろう。何が失敗かはさておき、負傷の一報だけだったのかもしれない。シングル魔法師の動員などはあったものの、概ね発起人の協会側としてはなんとか首の皮一枚で失敗は免れた格好だ。


 そうは言っても、負傷が第2魔法学院の部隊から出たとあれば、学内は穏やかでは済まない。特に学院のトップランカーで構成されたメンバー、学院の代表なのだから。

 しかし、それほどの衝撃が一日程度で、空気感に変化が出るものだろうか。吉報でも届かないうちはお通夜ムードが続くのではないか。


 正直この辺りはアルスには知るべくもない。そもそも空気感って何? レベルなのだから当然といえば当然である。


「でね、翌日からなんだけど、講義を欠席する人たちそこそこの人数で出たんだよね。さらにその翌日には普通に、元通りだったんだけど。これもちょっと違うかな、大半が一日だけ欠席したって言うのかな?」

「一斉に身内の不幸でもあったか?」

「アル、不謹慎ですよ」

「…………」


 ロキに嗜められたが、彼女も本気ではない。一般的な感覚を養いつつあるロキにここは従っておくのも、彼女がスムーズにアリスから情報を引き出させることに成功しているからだ。

 普通ならば他愛のない話で、軽い冗談で済む話だったが、おそらくロキは今朝交わした話題を思い出しているのだろう。


 学院にいる貴族側の反応、登校した目的がそれでもあるので、ロキのアンテナは正常に稼働していたようだ。


「でもね、それぐらいかって感じだったよ。結局、フィアもフローゼさんから連絡が来て帰っちゃったし」

「そうだったんですね。今は特に変わりないようでしたけど」


 テスフィアの帰省はともかくとして、学院の雰囲気はアルスとロキが見る限りでは、大きく変化はしていないようだった。


 それについてアリスは、随分わかりやすい得意顔で即答する。難問の中に一つだけ解ける問題が入っていた時の安堵感、のようなものが伝わってきた。


「まあね。ゴシップ的な話題に敏感とはいっても、情報源の真偽はすぐに問題視されたもん。思えば出所もよくわからなかったしね。ただ、イルミナ先輩たちが帰ってきた時にはやっぱりって一目でわかったんだけど。でもほら、その後に第2魔法学院の生徒含めて、全員無事だって情報が流れたから」

「単純ですね」


 結論が出てしまえばドライなロキであった。生徒らの心理に新しい発見は一つもなかった、とでもいったつまらない声音だ。

 悪い知らせの真偽は疑うくせに、良い知らせは鵜呑みにする。もはやロキに呆れの要素は見て取れない。


「単純も何も、校内放送を使って理事長が直接知らせてくれたんだよ」


 ロキの声は正統性と信頼性でもって覆された。確かにシスティの言葉ならば誰も疑うまい。

 しかし、アルスとロキは一瞬だけ目を見合わせる。


「まぁ、一度広まったわけだしな。落ち着かせるには理事長自ら伝える必要があったんだろう。実際フェリは怪我を負ったが肉体的には回復して目を覚ましている」


 それ以上のことは正直アルスらの口から言うべきことではなかった。ましてや彼女が、魔法師としての資質を実質的には失ったと告げるべきではない。


「それを聞いて安心だよぉ。フェリ先輩にもいろいろ聞きたいし、あっ!? お見舞いとか行った方がいいよね、うん。あっ、フィアも行きたいはずだから、帰ってくるまで待たなきゃね」


 手を合わせたアリスの脳内では、諸々の予定を踏み倒してお見舞いに行くつもりらしい。

 彼女の性格を考えれば、行かないなんて選択肢はないはずだった。


「それなのですが、アリスさん。フェリネラさんは今、協会で療養中でして、それに外界での負傷です。精神的にも疲れているでしょうから、少し期間をあけてはどうですか? その前に全快して学院に戻ってくるかもしれませんけど」

「そうだな、フェリももしかすると病院を移っているかもしれないし、事前に確認しないことには行き違いもあるんじゃないか?」


 二人がかりの説得は微かに違和感を残したが、アリスは一瞬翳った顔を上げて頷いた。


「ん〜そっか、そうだよね。それに私たちだけってわけには行かなくなっちゃうよね。それこそ大勢で押し掛けることになったら逆に迷惑になっちゃうよね」


 前言撤回するアリス。

 アルスは密かにロキへとナイスと視線で褒める。お見舞いに行ったところで、彼女には何もできない。もちろん、顔を見ることや気遣いなど、気持ち的な意味合いでは問題ないのだろう。

 だが、フェリネラが抱えている問題は、もはや魔法師・・・であるアリスでは解消し得ないところにあった。


 気持ち的な問題といえばそうなのかもしれないが、フェリネラの性格を考えれば彼女に必要なのは魔法師生命を繋ぐことができる名医なのだろう。

 ただ、現在治癒魔法師の最高峰であるフリンが診て、生命維持に支障が出ないまでには回復できたことを考えれば、これ以上は不可能と言う他ない。


 確かに抜け道が用意されているにはいるのだが……。


「どの道、今は気持ちの整理をさせてやるのが一番だな」


 そう締め括ったアルスを見て、アリスも強く同意した。



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