メテオメタル
逡巡の合間もアルスは、先々のことを考えていた。まず、学院での調査は物のついでだ。暇潰しと断じてもいい。
学院の雰囲気や貴族の動向、それを知ったところでアルスに何か対策をとるつもりは毛頭なかった。
代わりに利益に反応したのは、アルスではなくロキであった。
会話に加わろうとしなかった彼女だが、ここに至っては聞き逃せないし、見逃せない。アルスのAWRが破損した遠因はロキにもある。彼を騙すような方法で一人立ち向かったことが発端だ。
後悔はないが、結果起きてしまったことに対する負い目は感じなければならない。
「それはアルのAWRに関することですか!?」
「そうとも言えるし、そうとも言えないといったところね。私は魔法鉱物が専門であるだけで、AWRの専門家ではないからね。でも、利益の解釈をそう受け取ってもらって構わないわよ」
アルスがまず手をつけなければならない用事とは、つまるところ自分のAWRの制作だ。
寸断されたとはいえ、一応手元に肝心の刀身は残っている状態。魔法を構築できるにはできるが、刀身にはそもそも全系統を扱うために最低限の根源的な魔法式しか刻んでいないのだ。
AWRとさえ呼べるのか怪しいレベル。
例えるならば一級品の鈍器といったところだろうか。
しかし、思わぬところでAWR制作のきっかけが得られた。
可能ならばメテオメタル級の魔法鉱物が望ましいが、あれは運命的な偶然の産物に等しい。一年分の国家予算にも匹敵する鉱物など本来あり得ないのだから。
常に外界へ出ていようと一生見つけられないような物だ。知識もないことには見落とすということもあるだろう。
直近のバナリス近辺で取れる高純度ミスリルも候補は候補だが、複数系統を使いこなすアルスには物足りない。魔法式の処理の並列化はもちろん、処理速度から記憶領域などアルスの要望を満たしてはくれないのだ。メテオメタルならば問題ないかというとそうでもない。ミスリルが高バランスの素材だとすれば、メテオメタルはピーキーな特殊鉱物。制作過程の努力や突飛な発想、センスを圧倒する特性を有している。
だからこそ、アルスが使っていたAWRは試行錯誤を凝らして生み出されたアルスのためのAWRとも言えるわけだ。
ミスリルは最終手段。緊急手段。最悪の手段として残しておく。
「ではエレイン教諭が俺のAWR制作にご協力いただけるということでしょうか」
「主に魔法鉱物関連ではね。私の研究と論文作成も兼ねてだけど。それで良いなら、協力させてもらうわ」
破損したとはいえ、メテオメタルを研究対象として提供するのに、いつの間にか立場が逆転してしまっていた。
取り立てて腹は立たないが、イニシアチブを掠め取られた感は否めない。
協力というが、並大抵の研究者は不要だ。
まずは彼女がどんな可能性を提供できるか、最終的な判断を下す前に全てテーブルの上に出してもらわないことにはアルスも頷けない。
大抵のことならば知識として持ち合わせているし、特に魔法やAWR関係は知識量として豊富だ。
「協力していただくかは別として、一応その鎖は使ってもらって構いませんよ。下手に軍から目をつけられるのも癪なんで」
「それはありがたいけれど。教師として、研究者としてそれは却下。幸いアルス君はいろんな分野に造詣が深いのは知っているわ。でも、魔法鉱物は奥が深いわよ」
クールな顔に似合わないしたり顔を浮かべたエレイン女教諭は、ケースをバンッと荒っぽく閉じた。
「メテオメタル、いいえ、この鎖を復元し、新たなAWRに組み込めるように分子解析して、情報のリセットまでしてみせるわ」
「——!!」
にわかには信じがたい。
使用者の情報を蓄積・最適化するのはAWRの性質、いや魔法回路の仕組み上、不可能だ。むしろ、現在のAWRは再利用できないことを前提に、最適化を成し得ている。最大の利点を取り除けば、それはもはやAWRとすら呼べない。
魔法式をAWRに刻むのは一つの材質を芯材として組み込んでいるからだ。それ以外はある種、装飾でアクセサリーでしかないのだ。端的にいえば、ちょっとした改造程度で、気持ち魔力の電導効率を上げるなど。
「机上の空論で、煙に巻くつもりですか?」
「何年私がこの研究をやってると思ってるの? 理論は出来上がっています。懸念があるとすればメテオメタルといった特異の鉱物であることね。オーグライトや純度七十パーセント未満のミスリルでもできるはずよ」
「実証実験はまだ?」
「高いのよ!」
その一言で全てを察してしまった。そしてアルスは悩む。
「その理論を見せていただくことは?」
「それはダメ」
「ですよね。信用とか信頼じゃ、まず発表前の理論を他人に明かせないですからね」
「そういうこと。一応論文の題材でもあるし、書くつもりだけど」
「実験もしていないのに?」
「それも私が赴任してきた理由に戻るわね」
学院からの研究費が目的なのだろう。
新手の詐欺師に引っかかっている気もするが、エレイン教諭はどちらかというと貴族のように口が達者な印象は受けなかった。交渉下手、もしくは純粋に素直な性格なのかもしれない。
即答できないが、業を煮やしたエレイン教諭はテーブル上に機密と思われる次なる材料を提示する。
無論、物ではなく、情報の類だが。
「魔法鉱物に精通しているということは、同時に地質にも詳しくなるのよね。魔法鉱物は基本的には外界で発掘されるわ。もちろんオススメはしないけれど、探すという選択をしても協力はできるわ。それに……」
全てを明かすことへの抵抗や、駆け引きはエレイン女教諭からは感じられない。それどころか、言いたそうに頬が持ち上がっていた。
「魔法鉱物の研究材料としての最高峰はもちろんメテオメタル」
「でしょうね。全てのメテオメタルは特質とも言われる特異な性質を持っていますので、一つ調べ上げるだけでも大いに意義がありますから。ただ、研究機関は基本的に軍が関与していて、公にしない場合が多いですよ」
「それね。カラクリは簡単よ。手にするのが国で、軍だから。国保有の財産扱いになるのよ」
エレイン女教諭が言ったように、確かにメテオメタルの発見場所は基本的には外界だ。つまり軍人が回収することになる。大抵の魔法師には手に余る代物でもあるし、所有権は軍に帰属する。
その辺りは軍規以外の超法規的措置として莫大な報酬を支払うとも聞く。
アルスの場合は発見者から使用者まで自分なので、特別問題にはならなかったが。それもベリックの存在は大きかっただろう。
「俺の場合はちょっとややこしいところがありますね。軍務中に回収した物なので」
「確かに軍や国が権利を主張してくるかもしれないわね。問題視するとすれば所有権というより、技術的な情報漏洩の方でしょうけど。でも手に入らないはずの魔法鉱物がここに。それも都合がいいことにアルス君の物」
「都合がいいって……」
明けすけな物言いだが、アルスは気にせず別の意図を考えていた。都合がいい、それはつまるところ第1位のアルスが許可したのならば、さすがに上からの圧力も掛かりにくいのではないだろうか。つまり、強引な手段——法に則っても——用いれば、協会からの協力関係に不和の種を撒くことになる。
アルスの出身であるところのアルファ軍は、特にアルスの扱いに慎重だ。なんだかんだ言っても、十分交渉の余地はあるのだろう。
研究場所に学院を選んだのも、そういった軍への誠意でもあるはずだ。
エレイン女教諭は手応えを感じたのか、先ほどの「それに……」に続く話題に立ち返る。
「メテオメタルは格好の研究素材だから、わざわざ外界に出なくても、実はいくつか目星はつけてあったの」
「まさか、国内に?」
自分の研究分野の話に踏み込んだ瞬間、アルスは研究者特有の先の見えない沼に嵌ったことに気がつかなかった。
話題の重要性に職員室内はもぬけの殻となっていた。メテオメタルの名前が出た辺りで、逃げるように職員室から出ていく教員の姿があったのだ。
そんな周囲の目など気にしてないほど興奮しているのか、エレイン女教諭は頷き返した。
「もっとすごいわよ。私が目星をつけたところ、未加工の鉱物が7カ国合わせれば四つ以上はあるわ」
彼女の言いたいことを察したアルスは「わかりました」と頭を下げていた。新たなAWR制作にメテオメタルを使うのであれば、彼女の協力は必須だと判断した。