手探りのきっかけ
厳重なケースはいかにも高級品が入っているような想像をしてしまう。
任務の報酬にしては、周りくどいやり方ではあるし、金銭ではないだろう。あるとすれば物品報酬といったところだろうか。
それにしてもやはり無用心ではある。
そう思ったが、宛名や送り状には配達などを示す印がない。送り先も無記名で、書いてあるのはアルスの名前だけだった。疑問に思ったが、予想はつく。
要は配達と思わせておいて、誰かが直接学院に届けに来たのだろう。
思い当たる節といえば、先頃終えたばかりの鉱床救出関連。
時期的にもさほど経っていないので、未だ警戒態勢が取られているはずだし、なんなら誰かシングル魔法師が常駐しているかもしれない。
そもそも鉱床はミスリルという宝の宝庫だ。
魔法師にとっても、人類にとっても貴重な戦略的資源であり、手放すことはできないだろう。今頃完全に鉱床内部を一掃している頃合いだろうか。
あれやこれや考えているアルスの顔が、最終的にはつまらない物を見るような表情になったのを、エレイン女教諭は見逃さなかった。
「そう、嫌そうな顔をしないで。私はこれでも、あなたにどう頼もうか考えているのだから」
「何をです?」
「それは中を見てからね」
しゃがんだままでエレイン女教諭は、儚げな笑みでアルスを見上げる。
彼女はケースを両手で抱え、勢いをつけて自分のデスクの上に乗っける。性格なのか、綺麗に整頓されているので、十分なスペースにケースが乗っかった。
すでにロックを外し、いつでも開けられるように手を添えたところで、ロキもアルスの脇から身を乗り出した。
この場で一番楽しみにしているのは中身を知っているはずのエレイン女教諭だった。
中身は——。
「俺のAWRですか」
「そう」
アルスのAWRは先の戦闘で破損してしまっている。正確には短剣の部分と鎖が分断され、鎖に至ってはバラバラに散らばってしまったはずだ。もはやAWRとしての価値はないに等しい。
長年使用してきただけに無論、愛着はあるし、名匠ブドナとの合作であることを考えれば惜しい気もする。
けれども結局、実戦ではもう使い物にならないのだから、愛着があるからといって飾る趣味もない。
「回収してもらったわけですね」
「えぇ、届いたのは昨日のことね」
「理事長ではなく、エレイン教諭がわざわざ俺に渡す意味が少しわかりかねますが……」
破損した鎖の破片や輪などが、歴史的価値がある古美術品かのように収まっていた。高そうな緩衝材が敷き詰められ、一つ一つが干渉しないように分けられている。
「その前にいくつか話をする必要がありそうね。魔法鉱物学者として、というよりも一般的なAWRの扱いについてアルス君は軽視しているわね」
「軽視でしょうか。残念ではありますが、アルのAWRはもう役目を終えてしまいました」
「ロキさん、感傷的な表現は、扱うものとしての姿勢ならば正しいわね。魔法師を志す以上、消耗品という認識が正しいのでしょう」
教師としてロキの意見を尊重しつつ、エレイン女教諭は別の価値について示した。
「普通のAWRならばそういう言い方もいいわ。でもね、これはメテオメタルを材質にしているの。いくらAWRとしての利用が困難でも鉱物学者としては無視できない希少品であり貴重品なのよ」
なるほど、とアルスもだんだんエレイン女教諭を経由した理由が見えてきた。
「つまりは研究論文の題材に、ということでしょうか」
「あけすけな言い方は教師を、大人を敵に回すわよ。順序が逆になったけれど、アルス君、これを少し研究させてもらえないかしら」
研究者として、アルスも被験者や資料、その他諸々の調達が困難であることは重々承知している。ある意味では研究テーマは決まってもそれで研究材料が集まらないことは多々ある。まぁ、逆説的に考えれば研究対象があるからこそ、テーマにするということもあるが。
ともかく。
「構いませんよ」
「メテオメタル、という鉱物を考えれば一度AWRとして利用されたとはいっても、その価値は計り知れな……い」
難色を示すと予想していたのか、低くから説得しようと試みた矢先の即答。
エレイン女教諭は「いいの?」と無駄な説得を省いて確定を急ぐ。
「講義の融通は利かせられないわよ。試験の免除とか」
「えぇ、構いませんよ。そこは普通の生徒として扱ってくださって良いです。エレイン教諭は不本意かもしれませんが、最終的には理事長がどうにかしてしまうと思いますし」
そこは確定していると言わざるを得ない。シングル魔法師を留年させるといえば、一見英断であり厳正さを尊重されそうなものだが。リスクはリスクだ。噂が悪い方に広まれば、学院の品位を問われかねない。
一方、シングル魔法師を無事に卒業させれば、学院としても箔がつく。
レティに続くシングル魔法師を排出。それも1位とくれば、もはや7カ国中の魔法学院でも不動の栄誉と言える。
根本的な学院の裏の意義として、軍に魔法師の人材供給と考えれば入学者数を増やすに越したことはないのだ。
そんなわけでアルスの卒業は確定事項になっている。
そうはいってもアルスも、身分がバレた今、成績が下から数えた方が早いレベルでの卒業は避けたい。
「そうかもしれませんが、私は公正な判断をします」
「えぇ、わかりました。ところで順序というのは……?」
次の授業が始まるチャイムが鳴るも、鳴り終わるギリギリまで職員室の教師達は居残っていた。適当な用事や、無駄に次の講義の準備に手間取っているようなふりをしている。
聞き耳を立てているのは初めからわかっていたことだ。エレイン女教諭はその辺は配慮しなかったのだ。
一点集中しているせいか、はたまたアルスの説得に全神経を傾けていたせいか、いずれにせよ彼女は場所を移す気はないらしい。
その割りには声を潜めて、殊更大仰に振舞う。周囲に聞き耳を立てているだろう教員がいるにも関わらず、彼女は深刻な様子であった。
「まず破損したとはいってもこれはアルス君のAWRで間違いない?」
「えぇ、そうですけど」
「つまりはアルファの極秘資料の一つでもあるわけね。今やアルス君は協会に所属しているから正式にはどちらとも言えないのだけれど。アルファ軍の上層部が黙っているはずもないわね。貴重な資料で、ましてや刻まれている魔法式は私も全く見たことのないアレンジが加えられてるみたいだし。他国への技術流出は当然警戒すべきだし、それがアルス君の、となれば尚更。所有権はともかくとして、少なくともこれがアルファか協会のいずれか以外に渡ってしまうことを危惧しているのよ」
わかるようでわからない。口では他国と協調関係を結び、魔物を狩り出そうというのに、内部の資料を無償提供することには抵抗があるらしい。
聞こえは悪いが保身のため、それも最低限の保身のためだ。利益や技術の占有などではなく、少なくとも今日明日で魔物が滅ぶことはあり得ず、しばらくは人間の営みは続いていくのだろうから。
必要な駆け引き、取引材料、外交は手持ちのカードの枚数が物をいう世界だ。
言われてみれば確かに。
アルスは生存圏を広げようとする7カ国が、文字通り手と手を取り合っての二人三脚でないことに安堵を覚えた。
当然と言えば当然なのだが。
しかし、結局のところ。
「アルファの上層部は確かにそうでしょうね。それでこそ正常とさえ言えるか。でも、俺個人としては無益に等しい。困るのは、という言い方も人類規模でみればいないでしょうし、国単位で見たら困るところが出てきそうだって話ですね」
「アルス君の言いたいことはわかるわ。だから一度私に預けてみない? 個人的な興味とか研究資料だけじゃなく、アルス君の利益に繋がるかもしれないわよ」
そう言われると詳細な話を聞いてみたくなる。相互に利益があるのならば、失くした物と思っていたAWRに価値が生まれる。