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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「正義の足並み」
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講義内容



 国内情勢の安定化はいつの世も、緊急課題である。

 魔物が現れてでさえ、この調子、もっと言えばバベルの恩恵が消失した今でもどこか劇的な変化は見られなかった。


 喉元過ぎれば熱さを忘れるように、人間はとかく忘れがちな生き物だ。

 つくづくこう思わざるを得ない。あまりにも順応性が高すぎる。もとい鈍感過ぎるのだと。


 一国でも魔物に陥落すれば、もう少し危機感が湧いてくるのだろうか。

 いいや、そうなったらなったで軍や元首の仕事が増えるだけだ。犯罪が横行するだけだと考えずともわかる。歴史が物語る。


 教室を間違えたアルスは本来受けるはずだった講義に遅刻ギリギリで入ることができた。

 無駄話で遅刻など、いかにも学生らしい失敗は許されない。

 もしそんなことで遅刻しようものならば、アルスは来た道を引き返すのだろう。


 進級に必要な単位諸々が免除、シングルの名の下に屈する日は近い。

 教壇に立ったのは二十後半から三十代中頃の、親父風に言えば脂の乗った艶っぽい女性教諭だった。タイトなスーツにややつり目がちなクールビューティー。

 長い黒髪を一つに縛って、肩から前に垂らしている。家庭に入ったら旦那は馬車馬のようにこき使われる光景が目に浮かぶ。


 ハキハキとよく通る声での講義中。


「アル、なんだか講義の内容が……」

「おぉ、気づいたか」


 二人は机の一番奥——教員から一番遠い場所——に座って、少し見下ろすような形で講義を受けている。

 頬杖をついたアルスは感心しながらも、登校中に得られなかった収穫をここで得た。


「専門性が高くなったな。これまでは良くも悪くも広く浅い知識を生徒に付けさせるのが目的みたいな講義だったが、これはより実戦的な話に変わっている」

「えぇ、しかも実務経験を感じさせる内容ですね。確か、この講義は魔法理論と魔物の関係性について、そんな内容だったはずですけど」


 自動的に履修科目が選択されていたにも関わらず、ロキはその辺をしっかりと予習してきたらしい。

 勤勉で何よりだ。


 理論ばかりやっていても、実戦では役に立たない講義が多いのが、この学院の特徴でもある。後は、実務経験が無いのに実戦的な内容を教える講義もあったりで、現場の魔法師からすればあっているようであってないことばかりだったのだ。

 要は、理屈の上では正しいのだが、一度外界に出てしまえば、教科書で教わるもののほとんどが役に立たない。まさに“机上の空論“を絵に描いた様な無駄ばかりだった。

 よくある話だ。


 それはそうと。


「さすがに自動で履修登録されただけあって、フィアやアリスとは被らなかったな」

「そのようですね」


 教師に見つからない工夫なのか、ロキは前を向いてメモをとるふりをしながらそう返した。彼女にしてみれば復習に近い講義ではあるが、その小細工はいかにもな学生姿である。

 仲の良い友人同士ならば、お互いに示し合わせた科目を履修することもできる——定員オーバーでなければ、だが。


 そんな授業とは関係のない無駄話をする二人。生徒歴が浅い二人を教員が見破るのは朝飯前だったようだ。


「さて、幸運なことにここには実戦経験豊富な生徒がいますね。言えないことも多いとは思いますが、是非現場でのお話を聞かせてもらえるとありがたいですね」


 笑っているようで、一切笑っていない目が最後尾のアルスとロキに向けられた。

 生徒として参加している以上、不真面目な生徒には厳しい叱責の憂き目にあうのは世の道理だ。そしてルールだ。

 だから、幾ら一桁(シングル)魔法師であるアルスであろうとこの学院では一介の学生であり、相手は学院の教員である。上下関係は歴然だ。

 留年はないとしても彼女の怒りはごもっとも。


 引き攣ったアルスの頬を女教諭が確認するや、すかさず畳みかけてくる。


「アルファ軍における防衛ラインの一般的な討伐任務は、三から五人での編成がよく見られます。これはいわば連携行動における役割を満たせる人数であるからです。もちろん中隊規模、大隊規模であってもこの原則は然程変わりはありませんね」


 二の句が継げなくなる言の圧に、アルスもロキもともに無言で頷き返す。

 教科書すら持ってきていない二人に、もはやまともな反論はさせてもらえないだろう。

 女教諭はまたも続け、生徒たちの動揺——シングル魔法師に対する強気な姿勢へ気を揉む様子——を無視して堂々と教鞭を振るった。


「あくまでも対魔物戦闘要員として適正な人数とされています。では昨今活発化する外界侵攻への動きが強まる中で、部隊、その部隊の中で魔法師の役目はどのように変化するのか」


 お答えください、と綺麗に締めくくった女教諭。

 一年生の時にも似た光景だとアルスは思ったが、今は生徒たちの勉学のため、彼女は不真面目な生徒に質問しているだけだ。

 ただ、やっている内容は一年生と比べても遥かに高い。

 何より、外界への侵攻を目的とする部隊で役目や連携の趣旨が大きく変わるかというと難しい。なんせ、場合によってはレティのように自ら隊員を引っこ抜いてきたり、いつの間に大所帯になったりしているので、決まりはおろか、ルールさえも怪しいのが現状だ。


 連携における役割の変化……。


 そこまで考えてアルスはなるほどと感心する思いだった。そう、自分に白羽の矢が立った意味として。


(要は正解がない問題だな。どんな答えを出そうと一つの例に過ぎない。いやまてよ、答えというなら、学院の生徒を対象にした答えが一番近い気がするぞ。未熟な生徒、未熟な魔法師で進出した場合の連携。防衛に徹するのではなく、狩り出す目的での連携か)


 そこまで考えてから、アルスは僅かに口を開けて「あっ」と頓狂な声を小さく漏らした。

 難問ではなく、なぞなぞに近い気がしたためだ。

 問題ではなく、質問。

 意地悪ではなく、興味、といったところだろう。


 答えたら、相手の思う壺のような気がする。

 が、アルスの一瞬の間を、言葉に詰まったと捉えたのか無謀にも挙手したのはロキであった。


「はい、私が代わりに」

「えぇ、構いませんよ、ロキさん。お答えください」


 はい、と一拍置いたロキは、自身の経験を振り返るように言葉を紡ぎ出した。


「部隊の構成員順位によって差はありますが、討伐における判断は隊長に一任されます。部隊ごとに討伐可能レートが目安として設定されておりますが、交戦へ移行した場合、撃滅可能な攻性魔法師が主力となります。その他の隊員はサポート、もしくは魔物の系統に優勢である者が適宜加勢します。また、探知魔法師による魔核の早期発見も重要な役割になってきます」


 そこまで話したロキもさすがに引っ掛かりを覚えたかのように、言葉に詰まった。

 そう、挙げればキリがないのだ。何より挙げたは良いが、どれも状況次第では覆ってしまう程度のこと。

 軍部で教わる研修の内容、テンプレート通りとでも言えば良いのか。変化ではなく従来の役割を口にしているだけだ。


 横でアルスはロキに助け舟を出す。彼女が口に出したおかげで答えが見つかった。


 女教諭の満足そうな顔は、ロキの回答を聞いたからではないだろう。あれは勇気を出して発言してくれた生徒に向ける労いの微笑みだった。


 答えがない問題に答えを求める、のならば前提からして変えなければいけない。


 アルスはロキの腰に指を突く。

 広義の意味でいえば防衛も攻撃も大きな変化はない。討伐しなくても良い、や撃退すれば良いなどの些細な違いはあるが。

 女教諭の提示した部隊員の役目という制限が掛かっているのであれば……。


「ロキ、前提がおかしいぞ」

「…………!?」


 ようやく気づいたのか、いや、ロキの一瞬の驚きの中にはそんな答えを引き出そうとする女教諭の性格の悪さが滲み出ていた。


 ロキは一段声のトーンを下げる。


「部隊員の最大の役目は、隊内でもっとも順位の高い魔法師を魔物に捕食されないことにあります。そのため、隊員は身を賭して時間を稼ぎます。順位の高い魔法師を優先的に守ります。手段に関しては、遠慮なく言えば代わりに喰われることです」


 そう、前提は魔物に敗北したときだ。

 その時に部隊員に明確で、揺るぎない役割が発生する。余計な情報を織り交ぜた意地の悪いなぞなぞ。


 教室内は一瞬、騒然となった。

 魔法師への理解の無さの表れでもあるが、しかし、女教諭は楚々として「ロキさん、ありがとうございました」と着席を促す。


 二年生になった、とは言ってもさすがに講義内容は軍の研修に近いものがあった。

 バベルが取り払われたせいか、机上の空論はどこへやら。平和主義の理想論はどこへやら、だ。

 変化とは、敗北時の変化に他ならない。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 軍部や学院も懲りてまともな人材を送り込んできたのか? と問いたくなるくらいまともな教師ですね。肝が座ってる(笑)
[一言] この女教師、高ランクの魔法師に答えさせる辺りなかなか良い性格してますね。
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