ヒロインズ
テッテレ〜テレ〜。
そんなアップテンポの登場BGMを口ずさみながら、勢い良く飛び出してきたのはアリスとテスフィアであった。
暗幕の引かれた訓練場、その一区画の扉から出てきた二人は示し合わせたように背中合わせで各ポーズを決めている。
アリスは艶っぽく顎を持ち上げて、片足を引きながら刀を抱き寄せていた。見ようによっては谷間に挟んでいるようにも見える。
鞘から少しだけ鮮やかな刀身を見せて、舐めるような仕草をしていた。
一方で赤毛の少女は膝を寄せながら、腕を交差させて金槍を構える。
羞恥心はなさそうだが、決めたポーズはぎこちない。
「決まったね」
学園祭の出し物かと思うが、時期的に考えてもおかしい。
そう、おかしいのだ。
訓練を待っていたアルスとロキは茫然と二人の登場に口を開けたまま。
頭をやられてしまったのか、この手の冗談はアルスには無効である。理解するための土台ができていないのだ。
「な、な、何も決まってない!! い、言い出したのはアリスだからあぁぁ」
どこで練習したのかポーズを崩さず言い訳をするテスフィア。
「フィア、ヒロインズとしてここは……う、胸が苦しい」
強引に谷間へと指を差し込むアリスは、息苦しそうに胸元を伸ばして空気を取り込んでいた。
「だから服は換えなくていいんだって、言ったのに、嫌だったのに」
ズゥ〜ンと陰を落とすテスフィアの視線はぶかぶかの胸元に落ちていく。ふわふわと余った生地が揺れている。本来揺れるはずの双丘は小さな丘を作っているだけだった。
何が悲しくて現実を実感させられなければならないのか。
一方では本当に息苦しそうに胸元を湿らせるアリスがいた。テスフィアの服のサイズはアリスには小さい。身長も彼女の方が高いので当然のこと、なのだが。
一部分だけ生地が悲鳴を上げているところをみるとあまりにも居た堪れなかった。
一応肌の密着率の高い訓練着ではなく、制服を着用している。
けれどもだ。
制服が破損するのは時間の問題のように思われた。
そんな時、ポンと手を叩く勢いでロキは「なるほど」と頷く。
「お二人のAWRを入れ替えたわけですね。後服も」
「いや、全く意味がわからん」
意味を説明しろ、という方が無理な話で、アルスには理解不能である。
学生と言えば良いのか、若さと言えば良いのか、いずれにしても女学生特有の楽しさを追求した“あれ”だ。
おふざけである。厳しい訓練の息抜き、ガス抜きだ。
女性には通ずる物があるのか。
「なんか、面白そうですね」
「あ、ロキちゃんもやってみる」
「でも、服の交換は結構です」
「え、じゃあ三人組の決めポーズも考えなきゃだね!」
「……………」
服の交換は即拒否したのに対して、ポーズには全くの無反応。
「あ、それはいいんだ」というテスフィアのツッコミはアリスの次なる展開によって掻き消された。
「アル、アル見てみて」
アリスはテスフィアの性格までも演じるつもりなのか、はたまたテスフィアのAWRと制服を借りているせいか、かなりテンションが高めだった。
アリスは妙に芝居じみた動作で刀を抜くと、
「【アイシクル・ソード】」
高らかに魔法名を告げる。
剣先に霜が集まり、氷塊が生まれて矢が形成される。
「…………フィア、いつもの掛け声ってなんだっけ?」
「え、私何も言わないんだけど」
「じゃあ、消し炭になれッ!!」
「絶対言わない!!」
ヒュンッと軽やかな音を立てて氷の矢は飛んでいく。魔力置換システムの壁面にぶつかると綺麗に粉々になって消えた。
「普通に【氷の矢】だけどな」
無粋なアルスのツッコミであったが、アリスはかなり満足しているのか鼻を高くしている。
他人のAWRを使う以上、構成に不都合が生じるが、初位級魔法程度は難なく発現できていた。
アリスの得意げな顔は肌に張りと艶が与えられていた。フラストレーションの発散という意味では彼女は完全に解消しきっている。
順番だと言わんばかりにアリスはテスフィアの背中を押す。
「ほら、フィアの番だよ」
「う、うん」
覚束ない手捌きで槍を回すテスフィア。
使い慣れない武器に四苦八苦する様は、まさに素人そのものだった。
何故か、演技風に真上に投げてキャッチするという工程が入る。キャッチの手つきも、金槍を落とさないように気をつけた頼りないものになった。
それでも彼女は——おそらくアリスの指導通りに——刃先をアルス達の頭上に向けることができた。
魔力を流して、
流して、
流し続けて——勢い良く突く。
「【光神貫撃】!! できるかッ!!」
おぉッ、と驚きの声はアルスからだった。できないことはわかっていたが、ツッコミが早い。
勢いのまま槍を地面に叩きつけるまでいかないのは、育ちの良さからか。
「——! 早い、そして的確ですね」
ロキの感嘆にアルスは冷たい視線を真横に向ける。一つ年下とはいえ、かなりテスフィアとアリスから悪影響を受けていると思われた。
「なんでできないかな、フィアは」
「光系統は特別なの!!」
論理的には正しいのはテスフィアなのだが、アリスのやれやれといった様子は論理的な正しさでは太刀打ちできないものだ。
アルスは口ごもる。
ロキも口ごもる。
主導権もとい、現場の指揮官は今やアリスが掌握している。
指揮官が赤と言ったら、白だろうが、黒だろうが赤になる。
「いちいち出てくる度にこんな一芝居見せられたら、いつまでも訓練を始められないぞ」
アルスはこれが定例化しないことを祈りながら釘を刺す。
本人達が楽しんでいるのならばアルスはどちらでも良いのだが、本気になられては困り物だ。
そして今回一つわかったことがある。
アリスはイベント好きだ。それも他人が関わらない範囲の小さなイベントが。
小さな発見にアルスは同じく小さな称賛を送った。
小馬鹿にした視線をテスフィアに向け、パチパチと気怠そうに手を叩くのであった。