戦力候補
アルスとしてはついで程度にだが、今回の顛末、それに伴う影響に言及した。
「で、鉱床任務の影響はどうだ」
「む、まぁ今のところは音沙汰なしだな。各国の学院と軍には伝達しているが、騒ぎは拍子抜けするほどだな」
「権力で抑え込んだな」
言葉は悪いが、こういう時の権力行使は時に良い働きをする。
国民に知らせるべきではない情報は確実に存在するし、知ったところでどうにもならない場合が多い。対外的な責任や義務を果たすだけでは、人類が直面している窮地は脱せないのだ。
「数日は様子見だが、アルス、貴様が心配するような事態にはならんだろ。各国学院だけはそうもいかんだろうよ」
「どうせ、揉み消すさ。聞こえの良い情報だけを伝えて、不味い部分は隠す。お偉い方の十八番だ。それで飯を食ってるんだ、どうにかするだろ」
「……アル、口汚いですよ」
貴族や高官相手だとアルスの口は饒舌になり過ぎる。
真っ当な指摘に反論は封殺されてしまった。とはいえ、上層部批判に賛成なのはロキの緩んだ頬を見ればわかる。
誰に聞かれたとて、この二人に立ち向かえる者はいない。
雑談程度の気やすさで、アルスはチェアから腰を離す。その顔は打って変わって無表情であった。
「ラティファに十分言っておいてくれ。力を使われるごとに、どこかを失ってたんじゃ……報われない」
「あの子の自尊心も尊重しなければならんのだろうが……あぁ、そうだな」
誰に対してか。
妹に全てを捧げたクロケルに対してか、長い年月を苦痛に堪えながら人類を守護してきた彼女自身に対してなのか。
報われないのはきっと全てに対してなのだろう、と口を噤んだロキは思う。
「じゃあ、俺らはそろそろ行くぞ。まだゆっくりと余生を楽しむ余裕はないらしい」
背後に向けて片手を上げた、アルスに対してイリイスは血迷ったかと言いたげに小首を傾げる。軍から離れ、好きなことだけをする。その細やかな願いを彼女は知る由もなかった。
可笑しそうな顔で続くロキをみても、イリイスの疑問が解消されることはない。この後に及んで、いやこの逼迫した状況で人生を謳歌できるはずがないのだ。
ましてや「余生」などという言葉が十代そこそこの若造から出てくるとは夢にも思っていなかったのだ。
「では、またイリイスさん」
「あ、あぁ。ロキ、あいつは本気で言ってるのか? 若い奴の冗談は訳がわからん」
「ふふっ、冗談だと思っていたら、ベリック総督みたいに慢性的な頭痛に悩むことになりますよ」
開いた口が塞がらない。まさにそんな顔のイリイスに、ロキは頬を持ち上げて言い放った。
「おい、開かないぞ」という声に我に返ったのはその直後のこと。
「すまんすまん。お前はまだ認証登録を済ませていなかったな。このまま登録するか? すぐだぞ、すぐ。最高クラスの解除コード付きだ。どこの部屋も内部資料も見放題」
人の悪い笑みを浮かべたイリイスに、アルスは即答で「断る」と突き返す。
会長と同じ権限が与えられるということ。
それではなんのためにイリイスを会長に据えたのかがわからなくなる。一番面倒なことを押し付けたのだ。
背後を振り返ると、嫌味ったらしいソファーチェアが目に入る。あの席に着きたいとは心底思えなかった。
勢いをつけて腕掛けから降りたイリイスは、急ぐでもなくその狭い歩幅で歩み寄る。
手早く解錠すると三人揃って隣の部屋。そのまま、もう一度ロックを解除して廊下へと出て行った。
廊下では暇潰しでもするような細やかな会話が飛び交った。
事件の収束を思わせる、穏やかな空気が戻ってくる。山積みの重大事案を全て机上から落として、今は何も考えずに口だけが動く。
それでもアルスとイリイス。この二人の会話に不要な物は限りなくゼロに近い。
難しい唸りが小さな足音とともに、落ちていく。
過去の記憶を掘り起こす音は、埃を被っていた。
「う〜む、何人かはいるんだがな〜。言ったろ。協会を作っても取り込めない輩のことを。元シングル魔法師の孫であるところの“オーレン”もどちらかというと、放逐された強者、荒くれ者の部類に入る。黙って寄ってくる連中じゃないわけだ。クラマの同業ではないが、正規魔法師でもない者らは厄介なのが多い。実戦派だからな」
「では、そういう方々に御助力いただくということですか? 確かに強い魔法師は多いに越したことはないでしょうけど」
「知らないからそんなことを言うんだ。あやつら……ぶっちゃけ面倒臭い」
「ぶっちゃけって」
イリイスのこれ以上ないほど眉間に寄った皺は踏み込むことを躊躇わせる。藪を突いて蛇が出てくるとネタバレされている気分だった。
それ以上にロキにはイリイスの言葉遣いが気になったようだが。
「…………」
ロキばかりではなく、アルスも無言で押し切ろうとする。
強くて面倒、もう嫌な予感しかしなかった。
「で、でもですよ。強いんですよね」
口で言うほどロキの顔は楽観的ではなかった。寧ろ、嫌な役を買って出ていると言いたげである。
どこを回り回ってこようとも、最後に行き着く場所を彼女は知っているのだ。最後に頼るべきはアルスしかいないのだから。
「そこは保証する。随分前のことだから生きていればの話だがな」
「なるほどです。でも、面倒臭い人はたぶん、どこの軍にもいらっしゃるかと」
ロキが何を思ったのかは定かではないし、誰を思い浮かべたのかわからない。特定の人物ではないのかもしれないが、アルスも大いに賛同できるので無言で頷いておいた。
「…………それもそうだな」
得心がいったのか、はたまた割り切ったのか。イリイスは悩むことを放棄した。
「信用はできるようでできないが、強さで言えば何人か思い当たる。そうだった、アルス。ハイドランジでの任務から帰ってきた時のことを覚えているか? ホレ、傭兵がどうのとか」
「それがどうした」
「ハイドランジ辺りを拠点にしているので一人いる。何人か傭兵を抱えていたな、そこのリーダーが確か名前を“ロゼ”。そうだ、ロゼといったな」