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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
10部 第1章 「黄昏の彼方から」
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深まる異能



 ヴィザイストとの話し合いは、本来ならば旧来の仲として接するのが正しかったのだろう。

 お茶の一杯でも出して、まるで過去を振り返るかの様に会話の口火を切るのだ。今やアルス直属の上司ではないとはいっても、ヴィザイストとの関係は長い。

 表も裏もアルスの軍務を全て知っていると言える。


 ゆっくりと言葉を交わしたのは、もう長いことないような気がした。ヴィザイストの仕事を考えれば、時間を取るのは難しいのだろうが。


 久々の会話は冗談を言い合うには問題が深刻過ぎたのかもしれない。

 無論、それはフェリネラに関連した事ばかりではなかった。


 ヴィザイストとフリンが部屋を出ていき、この場に取り残されたのはアルスとロキ、そしてイリイスの三人となった。

 余人が聞き耳を立てる心配のない部屋で協会の表のトップと裏のトップが密談する格好の場。


 アルス本人は協会に干渉するつもりは一切なかったが、それをイリイスが許すはずもないわけで否応なく巻き込んでいく。


「さて、ここからも本題は続くわけだな。忙しくて目が回りそうだぞ」


 空席となった嫌味なチェアには誰も座ることはなかった。

 代わりにアルスはうんざりしながら腕掛けに寄り掛かった。


 フェリネラの問題は、いくつかある内の一つに過ぎない。こうした密談めいた光景はアルスとイリイスにとって珍しいことではなかった。


 そして次に解消すべき問題。


 当人同士の問題としてはきっと些細な優しさと勇気で構成されているのだろう。その方程式が導き出す答えは“称賛”であるべきだった。

 イリイスに向けてロキはそっと腕を出して、袖を捲る。


 透明感のある肌と小さな傷痕。

 特筆すべきものと言ったら、程よく引き締まった腕の美しさを褒めそやす言葉しか探せない。

 そう、それだけだった。


「ご覧の通りです」


 そこにあるべき物がなくなったことを素直に喜んで良いものか、曖昧な顔が二つ並ぶ。


 しかし、ロキだけは感謝を込めて腕を摩って見せる。

 これを取り除いてくれたのはラティファだ。二人の間には感謝があって、ラティファは謙遜するのだ、嬉しそうに。


 ラティファの保護者としてイリイスもアルスも複雑だった。

 外界からの超長距離魔法に対抗する術はなかった。だが、ラティファの負った代償は小さくない。そして問題はそれだけではなかった。


 沈鬱な気配を滲ませ、イリイスは徐に話を進める。


「また救われてしまったわけだが……問題はその方法だ。【イーゼフォルエの漆眼】の代償だとよ。アルスよ、説明できるか?」


 終わったことについて追求するでもなく、イリイスは解明の方へ話題の舵を切った。【イーゼフォルエ】の名前は一部始終を目撃していたリンネからのものだ。


 無論、アルスも気になっているのはそちらの問題である。


 だが、イリイスの声にアルスは「わからない」と答えるのが精一杯だった。


「クロケルの話じゃ、俺の魔眼を【イーゼフォルエの漆眼】だと言っていたはずだがな。だからこそ、【クロノス】の血液混入による影響を免れたのだと。筋は通っている」


 アルスが存在していることこそ、魔眼の存在を裏付けているはずなのだ。でなければクロノスの体液混入、それに伴う魔力異常を抑制する術はない。

 魔眼の発現直後に膨大な魔力消費があり、それは魔眼が暴走する動力に使われる。


 取り分け【イーゼフォルエの漆眼】は発現後即死することで知られている。仮説を立てるならば、魔力消費量が桁違いであることや、魔眼そのものに致死性の何かがある場合だ。

 先のクロノスの体液混入による魔力異常を考慮するならば、瞬時に行われる魔力消費の線が濃厚だろう。


 もちろん、ラティファも何かしらの魔眼を保持していることは事前に把握していた。

 光を失った彼女の目を直に見た時に、そうではないかと思っていたことだ。身体の変容が見られて尚且つ、ラティファという個を保つことができていたのだから。


 論理的な説明はできずとも、そう解釈することでしか説明がつかない。


 ラティファの目のことを知っていたからこそ、アルスの魔眼が同様の物だとクロケルが判断したのだろう。クロノスの体液を混入され、かつ生きているとなれば化物じみた異能がなければ不可能なのだ。


 畏怖される異能と言えば、だんとつで謎の多い“魔眼”に焦点が当たる。

 現在確認されている魔眼といえば。

 【プロビレベンスの眼】

 【ヘクアトラの碧眼】

 【セーラムの隻眼】

 【イーゼフォルエの漆眼】

 発現者を死に至らしめる異能の眼。中でも謎多き魔眼が【イーゼフォルエ】である。


 開眼時の魔力消費や付随する暴走から、保持者を必ず死に至らしめるのがこの眼だ。

 クロノスの体液を混入され、唯一生き残れる可能性があるとすれば、


「【イーゼフォルエの漆眼】か」


 疑念を持った声がアルスの口から溢れた。

 鉱床から更に奥、外界の奥地から放たれた一条の光は、この協会を標的としていた。それを防いだのがラティファの異能“魔眼”だ。


 もちろん、本人とはすぐに面会し事情も聞くことができた。

 ラティファはロキの感謝を全力で謙遜していたが、バベルの人柱とされていた彼女が更なる代償を支払ったのは確かだった。

 片目が抉られ、眼球を失うという大きな代償。


 迅速な治療により、彼女の失ったものは片目だけだった。それを不幸中の幸いと喜べるはずもない。

 


 詳しい状況は無論、リンネからも聞いている。その様子は端的にいって事情聴取、審問だ。

 同席したイリイスもロキも口には出さなかったが、行き場のない怒気が燻っていただろう。かく言うアルスも八つ当たりの如く、リンネに対して言葉を選ぶ余裕はなかった。


 リンネの事情も汲むべきだったし、アルスもイリイスも不在の状況では対処は困難だっただろう。ラティファがいなければどれほどの被害が出たか。協会の職員はまず間違いなく、本部もろとも消し飛んだに違いないのだから。


 複雑な表情のロキは、【世界蛇ヨルムンガンド】に付けられた印が消失した腕を再度見下ろす。

 結果的に、ラティファに助けられた形となったわけだ。


「アル、これはつまり【ヨルムンガンド】は死んだということでしょうか」

「そう見た方がいいな。というかそう願うしかない。ラティファの魔眼は俺とは違う。魔力の吸収がない時点でおかしいからな」


 すかさずイリイスは口を挟んで根本的な不自然を突く。


「違うぞアルス。吸収という性質自体がおかしいんだ。魔眼は同様の性質を同時に複数人が所持できるはずだ。保持者の魔力に依るところは大きいが、根本的な性質は変わらない」


 複雑化してきた説明にロキは厳しい顔を向けた。


「つまりはどういうことなんですか、イリイスさん!」


 食い気味の声にイリイスは、軽く手で制した後一息ついた。


「わかり易く言うと、私の【セーラムの隻眼】は元々の性質として生命を生み出すことにある。方法や過程は個人差があるだろうが結果は同じだろう。水系統である必要はないんだ。私が水系統だから過程として水が使われる。要は魔力系統に依存するわけだな。そこで——」


 指を一本立てたイリイスだったが、そこから先はアルスが油断なく引き継いだ。


「そういうことか。俺とラティファの魔眼は別物の可能性があるわけだな」

「お前と話すとスムーズで楽ではあるのだが、横から掠め取るような真似は感心しない」


 ムッとわかりやすい顔を笑みというには無理があった。


「なら話を先に進めるよう、感心されたくないしな。

 魔眼には性質があり、それは各魔眼に備わったものだ。現状だと四つの魔眼が確認されている。その中でも開眼後死ぬ以外でわかっていないのが【イーゼフォルエ】なわけだ」

「はー、だとするとですよ。アルとラティファさん、どちらかは新たな魔眼であると」

「魔眼とは限らない、目に関係する異能であるのは間違いが……」


 アルスの口調は気楽なものだった。それもそのはずで、初めからわかっていることなどほとんどないのだから。

 クロケルに言われたことを鵜呑みにするほど無知ではない。せいぜい破綻はなさそうだ、という程度の認識だった。だから自身の研究が振り出しに戻ったわけではなかった。

 【死を宿す眼】と呼ばれているのも、開眼者が即死してしまうためだ。


 わざと一拍間を空けたアルス。

 最後はイリイスに水を向けて溜飲を下げさせてあげることにする。


「どちらにせよ、アルスの場合は安定してそうだしな。謎は深まったが、急を要する程じゃないさ。ラティファに無茶をされちゃ困るがなぁ」

「そういうことだ、ロキ」


 腕を組んだアルスは、先の予定として早急に手を打つつもりだった仕事が不本意ながら片付いたと思うことにした。

 仮に生きていたとしても、ロキに付けられた印が消えた以上、討伐優先度は下がる。

 そもそもアルスが討伐する動機はなくなった。


「今回の鉱床へ出向いたのはフェリ救出だけじゃなく、俺にとっても意味はあったわけだ」

「魔眼のことだな。収穫が大量であれば吉報だが、いやしかし、それが小さな実であっても良い。そうそれが禁断の果実でなければ……。で、調子の方はどうだい?」

「…………」


 コンマ数秒という間とも言えない一瞬の空白。会話のキャッチボールに支障はなかった。

 その微かな間に気付けたのはキャッチボールをしている当人同士なのかもしれない。


「悪くはない、元通りだ。いや、断言はできないが、制御という感覚は薄れた気がする。制御……から操作に変わった」


 言ったろ、とイリイスは得意げにソファーチェアへと向かい、アルスとは反対側の腕掛けに寄りかかる。


「魔眼は変化する。多分私らが初の例だろうな。私の“セーラム”で言えば、まぁ死なん身体になったが…………ん〜む〜あ〜、こ、これといって不便もないからな、一応」


 イリイスは小さい身体について考えたが、無理して呑み込んだといった様子で言い切る。親の仇を前に、刃を収めた心情は誰にも察せられることは無かった。


 ロキからは冷めた視線が注がれていたのだが。


「手に取るように分かり易い葛藤ですね。では、アルの魔力異常や魔眼の変化による危険は、もう無いということですね」


 代弁するかのように熱の籠もった声で、念押しするロキ。


「今が問題ないならそう焦る必要もない。それよりも、だ。アルス、話を戻すが、貴様の異能は確かに魔眼なのか? お前の捕食能力に関してはこの目で確認している。確定していることはお前の力はやはり魔法とは違う」

「同意見だ。魔法の定義にもよるが、俺自身はもう一つの魔力だと考えている」


 その証明としてアルスが鍛えた魔力制御は【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】に対して有効だった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] どっちかが神魔眼、なのかな? それにしては似ているけど…。同じにしては違うし。 ラティの系統適正てなんだろ?
[一言] ...あれ、そしたら過去編のアルは魔眼が暴走してるけど魔力のキャパシティを超えなかったんだろうか...? たまに無理して毎日投稿して、内容が無いよう(激寒)になってる作者さんもいますが、こ…
[一言] >方法や過程は個人差があるだろうが結果は同じだろう。水系統である必要はないんだ。 なるほど。光系統の人なら某海賊漫画のピカピカの大将みたいな移動方法ができる可能性が……?
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