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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
10部 第1章 「黄昏の彼方から」
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葛藤の狭間で



 ヴィザイストの魔法師を辞めさせる発言は、静かにアルスとロキの心に波紋を起こした。


 誰にとっても良い判断なのだろう、しかし……。

 人類のためと崇高な思想を持っているならば、魔法師は向かない気がする。信念を己以外に求めようとする行為は窮地で自分を支えてはくれないのだから。


 そうでない者はどうすれば良いのか。

 勝手にしろ、と本来ならば言いたいところだった。だが、相手がフェリネラである以上、アルスにも考える必要が出てくる。


 学院に通い、様々な人と触れ合う中でアルスにも思うところはあった。

 軍に入れば皆同じ方向を向いて生きていくことになる。

 だからこそ、多様な世界に気づかされる。


 人が生きていく中で、その道は無数に存在する。

 誰もが望んだ生き方をできるわけではない。寧ろ逆の方が大多数を占めるだろう。そうした窮屈さと向き合いながら、望んだ生き方を模索していくのだろう。


 何も初めから一つに絞る必要などない。


 アルスが常々思っているように、魔法師などなりたくてなるようなものじゃないのだ。

 ましてや順位を上げることにどれほどの価値があるのだろうかと。


 この時点で、アルスはヴィザイストの選択に異論はなかった。他所の事情に干渉はしない。何よりもフェリネラに魔法師を諦めさせることは自然なのだろう、とまで考えていた。

 

 命を懸けてまですることではない…………。


 そう、命を懸けてまで……。


「…………」


 アルスは口を閉ざす。

 生きることは命を繋ぐことではない、生きることはその者の自発的な言動によって裏付けされる。生きた証などというが、やはりその者が何をしたかが肝心である。

 何をするか、生きることは欲望なのだ。


 ならば命を懸けずして、生きることはできるのだろうか。


「きっとできない」

「アル?」


 脈絡もなく溢れた声にロキはすかさず反応する。


 アルスは生き方の極端な例に目を向けた。

 ここに生き方を見つけて、全力で生きている少女がいる。アルスから見れば不器用なだけで、無駄なことのように見えても、ロキからすればそれが全てなのだ。

 だから否定しようと、やり方を変えようと彼女は屈しない。


(また頭じゃ解けない問題だな)


 フッと口元を持ち上げたアルスはロキの頭に置こうとした手を戻した。

 いつものように撫でるでもなく、ただ置くだけの手はもう必要がなかった。ちゃんと真正面から見ていなかったのだ。

 それがようやくわかった気がした。

 彼女がわかっていないのではなく、アルスがわかってやれてなかったのだ。今回、フェリネラを救出に向かったその動機こそロキに近しい欲望の表出なのかもしれない。


 だからこそ思う。

 計算ではなく、フェリネラが魔法師でなくなることは不自然なことだと。

 きっとフェリネラは望まない。

 彼女との恋愛戦争とは無関係に、魔法師として生きることをフェリネラは“手段”だと思っていないだろう。


 いや、手段ではなくなったのかもしれない。それは彼女自身にしかわからないことだ。

 ただ、フェリネラが仲間を助けるために行動を起こしたのならば、きっと魔法師であることは彼女にとって必要なことなのかもしれない。


 誰よりも賢いばかりに、己を騙すことをしない。フェリネラの気持ちに応えたとしても、彼女が魔法師を辞めることはないと言い切れるのだ。怖いことに確証もなく言い切れてしまう。


(フッ、ヴィザイスト卿の気持ちもわからなくないか。どちらも正しいからこそ、抗争が起きる。さて、どうしたものか)


 フリンの視線に気づいたアルスは、殊更考え込む。彼女が何を言いたいのかはわかる。

 しかし、それをヴィザイストに伝えるべきなのかが肝心だ。

 そんな折に、ヴィザイストは神妙な表情を浮かべた。


「アルス、一つ聞く」

「はい」

「人類にとってフェリは危険になり得るのか」


 その一言だけは強い意志が宿っていた。何よりヴィザイストの中での迷いから生じた問いでもあった。

 魔物を体内に宿すということは、生存圏内に魔物を招き入れるのに等しい。

 魔物が同化しているのならば、フェリネラが内側から捕食されることで、魔物は実体を取り戻すかもしれない。


 その行き着く先は、死しかないのだ。


 だが、アルスは微かに首を振る。小さなため息を吐き出し、ヴィザイストにソファーチェアを勧めた。

 一瞬、戸惑ったが言われるがままに重い腰がチェアへと下ろされていく。


 座る者を選ぶソファーチェアは、ヴィザイストにも似合っていなかった。

 今度はアルスが真正面に立ち直し。


「手を打たなければ十分あり得るでしょう」

「…………!?」


 初めての動揺を見せたヴィザイストは奥歯を食いしばる。


 ヴィザイストはアルスの秘密のことをどこまで知っているのだろうか。

 最強魔法師は人類にとっての最悪にもなり得るのだ。魔物であれ、なんであれ、説明のつかない化物を飼っていることに変わりはない。

 ましてや制御という言葉が出てくる時点で、脅威認定されて然るべき代物だ。


 フェリネラを気の毒に思いながらも、アルスは出かかった言葉を声に変換することを躊躇った。

 フェリネラのためになるかもしれないが、ヴィザイストのためにはならないのだろう。


 人の人生に干渉するには、アルスはソカレント家に深く関わってしまっていた。関係を持ったからこそ、干渉すべきではないのだ。他人の戯言では済まされない。

 アルスの歩んだ道は助言できる様な真っ当なものでもなかった。


「アルス、いずれにせよ魔力の乱れが心臓に負担を掛ける以上、魔法師の道は諦めてもらわねばならない。フェリが生きていける道は多いんだ」

「彼女が望むことならば」


 プッと壁面側で笑いが溢れたようだったが、努めて無視をする。年寄りにはアルスの主張は若すぎるのかもしれない。


 アルスのどちらとも取れない言葉は、語調によってフェリネラに偏っていたのだ。


 彼女が望まないならばアルスは強要すべきではないと、フェリネラの肩を持つように言い放ったのだ。


 第三者の立場で聞いていたイリイスはさぞ可笑しかっただろう。チグハグなアルスの態度に、当面嫌味たらしく頬が下がることはなさそうだった。


「クククッ、災害級異端児とまで謳われ、疎まれた男が、堅物の親父では娘も気苦労は絶えんだろうよ」

「不名誉なレッテルだ」


 イリイスの茶々にヴィザイストは声だけを静かに返した。


「不名誉なものか、貴様でなければクラマがああも長い間身を潜める必要はなかった。厳密にはそのせいで、そこにいる刺客が問題だったわけだがな」


 水を向けられたアルスは、素知らぬ顔を貫く。初めにクラマの幹部を始末したのはアルスでもあった。

 裏の仕事上、背後関係でクラマの名前が浮上することは多かった。


 気まずさはない。

 だからこそヴィザイストも今更掘り返す意味を見出さなかった。


「フンッ、終わったことだ」


 キッパリと話題を寸断するかのような一言に、イリイスも口を噤む。


 その僅かな時間は、アルスへのアシストでもあった——考える時間を作る。

 まずは確定している情報だけを先に伝えるべく、アルスは用意していた台詞を機械的に発した。


「ヴィザイスト卿、フェリに関してはフリンに訊いていただくのが一番手取り早いですよ。それと魔物の一部が混在している以上、他言は厳禁です」

「わかっている。良からぬ輩がフェリにちょっかいを出すとも限らん。魔法師ではない道を選ぶなら、尚更だ」


 一度ヴィザイストは目を瞑った。

 その逡巡は彼に何を考えさせたのか。結局それを聞くことはなかった。ヴィザイストは目を開けてアルスに対して口を開き掛けたが、最初の言葉すら出てきはしなかった。

 自らにブレーキを掛けたような息が、代わりに吐かれる。



 その一瞬の間を理解することができるのはアルスだけだったが、彼にはそれを理解できるだけの経験が足らなかった。


 婚姻関係を結ぶ、いや、もっとはっきりとアルスのフェリネラへの感情を確かめようとしたのかもしれない。

 しかし、それは卑怯なやり方であり、尚且つヴィザイストの役目ではなかった。

 こと二人の関係については完全なる部外者なのだ。挟める口は無く、同時に余計なお節介をフェリネラは決して望まない。


 「すまなかった」と何を指しての謝罪なのか、ヴィザイストは力なく発して、フリンへと「詳しく聞かせてもらえないか」と柔和な態度で申し出た。


 フリンの顔つきも治癒魔法師のそれに変わり、背筋を伸ばして医務室へと誘導すべく歩き出す。

 四つのドア、その一つを開錠して「こちらへ」と促す際、彼女はドア越しに戸惑いの目を向けてきた。


 余計なお節介かは定かではないが、この場ではフリンだけが唯一中立な立場に立っていた。


 アルスは了承の意として軽く頷く。


「ヴィザイスト卿、確かにフェリの生命は助かりましたし、今後も注意しておけば大丈夫だとは思います。選択の一つとして留めて置いていただきたいのですが、制御は可能かと。俺も似た様なものなので」


 そんな言葉をアルスはあまり考えずに伝えた。自分では是非がわからないのだ。


 だからアルスはこちらに向けるロキの表情を読み取って判断することにした。


(間違ってはいなさそうだな)




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