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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
10部 第1章 「黄昏の彼方から」
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肩は重く、心は軽い




「どれだけ心配したと思ってるのよ。心臓に悪いわ」

「そうみたいね。ずっと寝てないの?」


 イルミナはそれには答えず、視線だけを逸らした。

 彼女の目元には隠しようもないほどの隈があり、少しやつれた感じもあったためそれを察してのことだ。


 二人の会話を他所に、イルミナと一緒に入室した男は白衣を着ており、ベッドの反対側へとそっと回り込む。そして「ちょっと失礼」と機器のデータを見ながら聴診器を掛けた。

 医療用ペンライトで瞳孔を診て、それから聴診器を当てる。


 最低限、容態の確認だけを済ませると「ひとまず大丈夫そうだね。顔色も良さそうだ」と穏やかな口調で告げた。

 主治医に報告してくると言って、男性は気を利かせるように退出していった。


 二人だけとなった病室には元々ある物々しさだけが残った。


「本当に大丈夫なのよね?」


 病室独特の匂いも相まって、フェリネラの容態に疑義を投げる。


「そう仰っていたわね。気分も悪くないし、すぐにでも退院できるくらいにはなんともないわ。それでねイルミナ……」


 病み上がりにしては好調という他なかった。同じ隊のメンバーにも相当心配を掛けただろう。

 だが、まず最優先で確認しなければならないことが彼女にはあった。

 自分は負けて、本当ならば死んでいなければならない。それでもこうして己の鼓動を確かめることができたのは、きっと誰かがこの小さな命をどん底から掬い上げてくれたおかげだ。


 最後の記憶は暗闇のような波に飲み込まれる直前。蠍型の魔物から逃走した後だったはずだ。

 そこから記憶は途絶えてしまった。

 でも微かに自分は敗北したのだと察することはできた。あの場の誰も勝てない脅威に屈したのだ。


 イルミナは安堵のため息を溢してベッドの端に腰を降ろした。


「聞きたいのはあなたが気絶した後のことね。でも、病み上がりなのに大丈夫?」

「もちろんよ。でも、その前に私を助けてくれたのは…………アルスさんが?」


 妙に期待と確信のある口調でフェリネラはそう続けた。


 対してイルミナは少々曖昧な首肯で応じる。第1位の魔法師がイルミナに見せた顔は現実的で、感情を投影させない非情な言葉だった。

 自分が感じた薄情という印象はフェリネラの生還によって覆ったが、それでも現場の魔法師の思考回路がわかってしまった。だから、おそらくフェリネラが抱く期待とは違うのだろう。


 だが、イルミナの予想に反してフェリネラは、無理な笑みを浮かべた。彼女の感情を分解すればその大半を自責が占めていることだろう。


「なんで?」と咄嗟に口にしたイルミナはすぐさま失言に喉を詰まらせた。たとえ幼なじみでも、長い付き合いだとしてもあくまでも他人。


「なんでって? そうね、あなたに見栄を張っても仕方ないわね……」


 他の学院の生徒を助けに行ったのを後悔しているのだろうか。いや、それこそフェリネラらしくない。

 ベッドの上で恥ずかしさを払拭するかのように彼女は大きな息をつくと。


「助けられるほどに自分は弱い存在なんだって。アルスさんと比べちゃいけないんだけど、それでもね」


 同意を求めるような乾いた笑みが向けられた。

 要は悔しいのだ。魔法師として一度の失敗も許されない。死んでは元も子もないことは、イルミナもそしてフェリネラも重々わかっていた。

 だからだ、だから……フェリネラのように努力で人並み以上にできるような優等生は、自分を卑下したくなる。


「惨めね」

「惨め?」


 二人の声は同時に同じ言葉を紡いだ。フェリネラの言いそうなことなどイルミナにはお見通しだった。

 何より的中したことが、少し腹立たしい。


 キョトンとした顔の後、迎合するフェリネラの声が「そうね」と小さく鳴った。

 病み上がりの病人なのだから、精神的にも不安定なのはわかる。

 けれどもだ、イルミナは弱気な親友の言葉が気に食わなかった。


「惨めね、あなたはただ運が良かっただけ。アルス君と知り合いで、彼が1位で助けられる力があった。でも、それは普通じゃないことよ。だから胸を張りなさいよ! 恐かったって言いながら、それでもできる限りのことをしたって!」

「イルミナ……」


 一語一語が鈍器のように重い一打だった。

 唇を震わせて、確固たる意思は揺るぐことなどない。


「どうせ、また同じ場面に出くわしたら、フェリは同じ行動を取るでしょ」

「……そうね。後悔はしていない」

「それは惨めなの? あなたにとっては惨めなことだったの……そう思うのなら」


 そう思うのなら、と口にした自分がどう行動を取るかまではイルミナも考えていなかった。でも、フェリネラが同じことを繰り返すのであれば、もう彼女とは今まで通りにはいかない。

 考えなしの言葉でも、その先を紡ぐ必要がないこともイルミナにはわかってしまっていた。


「ごめんなさい。イルミナ、不用意だった……失礼だった。自分勝手だった」


 睫毛を濡らしながらフェリネラは撤回する。きっとあの夢のせいなのかもしれないが、自分の中で視野が狭まっていたのは確かだ。


「いいわよ。どうせあなたはアルス君のことで一杯なのはわかっていたし。私も病み上がりなのに意地悪が過ぎたわ。調子が良さそうだったから、私も気が抜けたのね」

「ううん、私がいけないのよ。ありがとう」


 あんな調子でみんなの前に出たらと思うと、背筋が冷たくなる。


 しかし、それでフェリネラの睫毛を濡らす涙は乾くことがなかった。


 イルミナはこういう時に不思議な感覚に囚われる。

 自分が乗り出すようにベッドに乗り、そして親友の崩れそうな身体にピタリと並んだ。何故そうしたのかわからないが、自分が支えとなるべきだと体が勝手に動いたのだ。

 フェリネラほど包容力があるわけでもないが、女同士だからこそ貸せる胸もある。


 魔法師が冒す失敗の中でもフェリネラが経験したそれは最悪だ。もしかすると、命は助かっても魔法師としての生命は……。

 参ったと降参でもするかのように、フェリネラは頭をイルミナの肩に乗せた。

 耳元でさえ泣いているのかわからない静けさが、そんな心配をも払拭していく。


(貴族って嫌なものね、フェリ。こんな時に無防備に泣くこともできないんだから)


 フェリネラ以上に、泣き尽くしたイルミナは乾いた目元がゆっくりと柔らかくなっていった。

 腐れ縁なのかもしれないが、彼女と親友で良かったとつくづく思える。


 しばらく経った後。

 フェリネラの傷心は嵐の後のように過ぎ去った。こういう切り替えの早さも、物わかりの良さも貴族という家柄故に欠落してしまったのだろう。

 後悔に囚われることもなくフェリネラは腫らした目元を綺麗に拭う。

 「ありがとう」と赤面しながらの顔色は心配いらないと言わんばかりだった。


 二人して腫れた目で見つめ合い、自然と相好が崩れた。染み付いた所作のせいで、一度だけクスリと声が溢れた。


 それから、イルミナは数分前までのやり取りを忘れたように話題を戻した。

 ここはバルメス軍の保有する医療機関であること、端折りながらではあるが、何が起こったのか、自分の知り得る範囲の全てを語った。


 そして一つイルミナの気がかりなことを最後に付け加えた。


「フェリ、あなたに関する処置や術後経過などの一切が、協会規定の機密情報に指定されたわ。とはいっても主治医さんでは特に制限が設けられることはないみたい…………。こんな時に言っちゃあれだけど、こんなことができるのは協会会長とアルス君だけよ。普通なら、フェリはアルファの国籍になるから、いくら中立の協会であっても干渉できない」

「……でも、それが可能ってことは、もちろん口利きがあったということね」

「そう! 学院に対しても説明する必要があるからね。理事長にも顔が利いて、総督や元首にも進言できる存在なんてアルス君以外にはいないでしょ? さっきの医者も詳しいことは何も聞かされていないわ」


 そう、いくら協会会長であるイリイスでも、他国の生徒に関する情報の秘匿を要請することはできない。それでは協会の中立性が危ぶまれる。

 だからこそ間を取り持つ存在がいなければならない。協会とアルファとでの折衝が必要なのだ。


 イルミナからしてみれば、そこまでの大事は逆に不自然極まりなかった。


 しかし、フェリネラには心当たりがある。もちろん、自分に関することなのだから、大凡の見当はついていた。

 おそらくあの夢が関係しているのだろうと。


「……何故かは、アルスさんから聞けると思う。悪い予感しかしないけどね」

「何言ってるのよ。フェリが助かったんだから、これ以上の悪いことなんてないわ。生きてさえいれば、それでいいじゃない」

「うん……」


 フェリネラはそうとしか返すことができなかった。

 

 





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― 新着の感想 ―
[良い点] フェリが生きてて本当良かった! [一言] 一周読み終えて他の作品を探さず二周目読んでいます。 こんな素晴らしい作品を書いて下さり本当感謝しかないです! 後日漫画や書籍も全て買い揃えます!!…
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