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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
10部 第1章 「黄昏の彼方から」
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親切に感謝を



「わかりました」


 リンネは諦念の籠もった声を返す。もはや撤回できない言葉を、己に課して主人からのお叱りを受ける覚悟を決めた。


(シセルニア様だけで済みそうにはありませんね。イリイス会長と、アルス様からも何かしら言われるかも知れません、か。……でも仕方ないんですよ。ラティファさんはこの世界で自分にできることを探している。なんだか、シセルニア様を見てるような強い目)


 澄んだ双眸は一瞬ではあったが、リンネに有無を言わせない。

 すぐに眩しさに目を瞑ってしまったが、彼女の瞳はガラス玉のように澄んでいた。


「ラティファさん、大丈夫ですか!!」

「う、うん。大丈夫だよ。やっぱり痛いなぁって。チクチクするの。でもそんなことも言っていられないよ」

「協力はしますが、あなたの身に異変があれば、すぐにでも中断します」

「うん。ありがとう、リンネさん」


 まだ呼び慣れていない声に、リンネは不安を押し殺す。

 何も聞いていないのだ。これから何をして、自分は何故呼ばれたのか。

 車椅子を押すぐらいならば、協会の職員でもいいはずだ。リンネがラティファにしてあげられることは、ここの職員ならば大抵クリアできてしまう程度のこと。


 リンネは少しずつラティファとの距離を縮め、前に立って陰を作った。


「大丈夫ですか。早くその……被り物を」


 なんと言って良いのか一瞬言い淀んだが、被り物以外に言い様もない。

 しかし、ラティファは首を振った。縦にではなく横に。


 日差しで目が痛むことはリンネも聞いている。シセルニアに入ってくる情報は否が応でも耳にする。

 ここに来る前にもシセルニアから気をつけるようにとも言われている。


「何故ですか? 痛いのならば、悪化する前に」

「大丈夫。帽子を被ってたらできないもん」


 帽子という言葉にリンネは放り出された被り物に視線を一度移す。猫の被り物は完全に頭を覆ってしまう作りだ。

 日差しを遮るという意味では確かに帽子としての機能もあるのだろうが。

 そこには触れず、リンネは彼女の頑なな拒絶に困惑する。


 子供を相手にするのは嫌いではないし、寧ろ子供の面倒ならば苦にもならない。

 しかし、病人が病室から出たいと言うのを許してしまえば、治るものも治らなくなってしまう。


 陽に背を向けたラティファはなかなか振り返ることができなかった。

 それほどまでに痛むのだろう。

 無理をしたい、その望みに子供も大人もない。


 リンネはそっとラティファの肩に手を乗せた。

 この小さな少女が何に悩んでいるのか、それを聞いて上げることから始めなければならない。

 彼女がここまで強情なのはきっと初めてのことなのだろう。気の張り方さえもぎこちないのだ。

 リンネとラティファはそれこそシセルニアを交えた数回程度しか顔を合わせたことがなかった。指名を受けたのだから、信用はしてもらっているようだが。


「ラティファさん、これ以上は目に障ります。一度、中で話を聞かせてください、ね」


 優しい声音で、ラティファを誘導するリンネだったが、彼女は手を払うように身体を揺らす。

 見開かれた瞳は赤く充血しており、今にも血の涙を流しそうなほどだ。

 目蓋は痙攣し小刻みに震えている。


「遅かった!」


 抑揚のない声音で、ラティファは痛む目をリンネではなく遠くに向ける。


「な、何が遅かったのですか?」


 するとラティファはスッと手を挙げて一方向を指差す。

 顔だけを向けるリンネは、晴れ渡った空の遥か遠方を望む。肉眼では霞む空から異変を見つけることはできなかった。

 だが、たった一言、ラティファの声だけが脳に残り続ける。


「あの方角は……バナリスの排他的領域」


 そう、現在鉱床任務に赴いている7カ国の学生が集う場所だ。予想外の事態に会長であるイリイスが直接向かったと報告は受けている。

 実際は救援にシングル魔法師二名の要請、加えてアルスも加わっていることをリンネはまだ知らない。


「お兄さんもいる、あの場所」

「お兄さん?」

「アルスお兄さん」

「アルス様も!? なるほど」


 ここまでくればただ事ではない気がしてくる。ましてやラティファがバナリスの外界での任務、その正確な方角を知っているものだろうか。イリイスから聞いた可能性も十分考えられる。


「あと、あっちも変なのがいる」


 次に指差した方角は、イベリスの外界だ。

 ここに来て、リンネは確信に近い推測を得ていた。イベリスの外界では、つい先ほど第2位のヴァジェット・オラゴラムが魔物を前に撤退を選んだと報告が上がってきている。

 SSレートとの見立てだが……。


 もしかして彼女は魔物の居場所を探知できるのかもしれない。バベルの機能、その大部分を半世紀にも渡って担ってきた彼女だ、神とさえ崇められる防護壁を構築してきたのだから何かしらの能力が芽生えてもおかしくはない。


「ラティファさん、あなたは一体……」

「今はそれどころじゃないんだよ、それより早く“視て”、ください!」

「——!!」


 グッと服を引っ張るラティファの目は充血しながらも、リンネの顔を見上げてきた。


「視る、とは?」と聞き返すリンネの声に誤魔化すための愛想も、微かな動揺もなかった。とぼけるべき場面でリンネは、ただ詳しい説明を求めただけの声を返していた。


「眼で! 早く!? あっちのお兄さんがいる方……じゃないと」


 服を引っ張りながら悲痛な訴えで急かすラティファ。

 だが、ここから肉眼で見ることができない距離を彼女は視ろ、と言う。


「わかりました。でもこの距離からでは私でも視ることはできないのです」

「そんな」

「視る必要があるのですね」


 コクンと頷くラティファは悲愴に顔を暗くする。


 陰を作りながらリンネは身体を反転させた。

 双眸に宿る瞳の中、微かに発光する魔法式が高速で眼球を回る。


 通常、リンネの魔眼、【プロレベンスの眼】はあらゆる空間からの視認を可能にする。視界の数は膨大であり、限界は脳の処理能力次第。許容量がオーバーすれば反動となって返ってくる。

 第三者から視認されているという認識の程度でも反動を受ける。そうなってくれば、魔眼はおろか眼としての視力も一時的に失われる。


(私の魔眼では外界の調査隊を視ることはできない……でも)


 ラティファはリンネの魔眼について知っていても、制限までは知らない可能性が高い。

 ましてや彼女が魔法関連の勉強を始めたのは最近のことだ。そもそも魔眼について知っている段階でもないのだ。


 己の手の内を真に信頼の置ける者以外に晒すリスクは考えなければならない。

 しかし、ラティファの訴えはそんなリスク以上の性急さをリンネに与えた。


「ふぅ〜まだ慣れていないので、長時間は難しいのですけど」


 リンネは語尾を強調して意識を切り替えるトリガーへと変えた。魔眼を行使しながら、さらに奥へと踏み入れる。数多の視界を構築できる【プロビレベンスの眼】はもはや以前とは別物に成長している。


 アルスが言ったように、リンネの魔眼は成長、あるいは進化している。あの時には言いそびれてしまったが、心当たりはあった。


 手摺りに手を添えて、リンネは眼球に走る熱に耐える。魔力消費に加えて、眼球にこれまでとは違う魔法式が描かれていく。


 両目のすぐ前で、魔法陣が浮かび上がった。既存する魔法陣とは異なり、幾何学的な模様はもはや魔法陣とは呼べない代物。淡く映し出された魔法陣は、すぐさま砕け散り、描かれていた魔法式が目の中へと戻っていく。

 そしてリンネの瞳は大きく見開かれた。


「【共感視ユーリュ・ケシア】」


 今までにない眼への負荷と同時に、リンネの視界は無数の広がりを見せた。

 そして一つ一つが意思ある物として動く。まるで見ているかのように、見ている本人であるかのように。


 リンネが魔眼の対象とした人物は彼女が、直に相手の目を見ているかに依る。知人と大雑把に例えられるかもしれないが、実際は魔眼が対象者の眼球を読み取るか。

 無論、これは実際に使用して初めてわかったことでもある。リンネの目は他の魔眼と違い、常に眼球に魔法式が浮かんでいる。もちろん、超至近距離から覗き込まなければわからないだろう。

 そのおかげでわざわざ偽装する手間はないのだが。



 そしてリンネは映し出された視界の中で奇妙な物を見た。

 おそらく対象者は空を見ているのだろう。

 そう、リンネの新たな魔眼の力は、対象者の眼を共有すること。視界だけを飛ばすのではなく、相手の視界を共有することだ。そして相手の眼球にも【プロビレベンスの眼】の魔法式が浮かぶ。先のように薄らと浮かぶだけなので、気づかれるリスクはかなり低い。


「空に走る、光の線——!!」


 すぐさま、リンネはパチパチと瞬きを繰り返した。まるでカメラのレンズを切り替えるようなその動作は、リンネに数多の視界を見せる。

 新しい能力を片目だけ解き、もう片方の目で空の座標を認識しながら視界を上空に飛ばす。


 あらゆる角度で膨大な光の集合体を視ると、それが魔法による物だと判断できた。そして、方角も……。


「7カ国に向かっている!」

「違うよ。ここに向かってるんだよ。ロキお姉ちゃんの腕を触った時だと思う。ずっとこっちを見てるの」


 そう語るラティファの顔は不気味なほど冷静だった。まるで暗がりの中から誰かが覗いているかのような、不安感などまるで感じられない。

 寧ろ、ラティファはそっと口元に笑みを浮かべているのだ。


「少し、見せただけなのにね」


 要領の得ない独白を溢すラティファにリンネは不安とは別の印象を持った。

 魔物の攻撃だと断言する彼女の言葉は、口調から察するに挑発したとも考えられる。ラティファが挑発した、というのは少々語弊だったのかもしれない。


「この前、ロキお姉ちゃんに、小さな花飾りを作ってもらったんです。あそこの庭園に生えている白いお花で」


 リンネはそれどころじゃないと思いつつも、ラティファの示す庭園に目を向ける。

 確かにそこには数本抜いた程度ではわからないほどの、花が咲いていた。白もあれば赤もある。統一性はなく、混然となって庭園を彩っていた。


「だから、お返しがしたいの」


 そう言いながらリンネの隣に立つラティファは、片目だけを彼女に開けて見せた。

 その黒く染まった異様な瞳を。







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― 新着の感想 ―
[一言] …なんの魔眼?死を宿す魔眼、ではない、よね?
[良い点] 今更ですが、イシズロ先生の書籍は他の書籍と違って、一文字当たりの内容が濃く、読み飛ばせない所が素晴らしいです。 他の小説とか、内容がなさすぎるw。
[気になる点] タイトルおかしくないです 親切に過感謝を→に感謝を では? [一言] イーゼフォルエかぁ 白狼の時の暴走時みたいな感じかな?
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