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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「同化一体」
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破滅の光


 エクセレスがようやく解放されたのは、敵味方の区別がない水魚が遠ざかっていってからだった。

 まだ木々の奥ではこの世の物とは思えない悲惨な光景が繰り広げられていることだろう。水魚達が勝手に魔物を始末してくれているのだから、これほど楽なこともない。


「抜けたぞ」

「あいよ」


 声だけを飛ばしたイリイスの、事務的な報告に応えたのはオーレンだった。

 彼は呪縛から解けたといった具合に、肩を揉みながら歩みを再開する。


 遅れてエクセレスも差し迫った脅威に気づく。

 あの水魚の群れを抜けられる個体、その意味を察する。全身を強固な殻で覆われた魔物。

 節足動物のような、外殻は甲羅と呼んでもいいのかもしれない。全身を鎧のような殻で覆われた魔物はまるで亀のようだった。


「——!! 【メガロガント】」


 Bレートの中でも単純な硬度はトップクラス。防御に特化した魔物と言い換えてもいい。

 問題は捕食を目的とする魔物が、硬い殻に覆われているだけではないということ。


「オーレンさん、そいつは時間が掛かります! まず、全力で足を落としましょう!」


 エクセレスは声を張る。この魔物は倒すのにコツがいるのだ。

 頭は常に殻の中に閉じ籠もっているが、四本の足は別だ。岩のように硬いが、足さえ落とし、注意すれば確実に仕留められる魔物である。


 動きは巨大な身体にしては素早いが、十分対応はできるだろう。

 問題は射出するように首を伸ばし、噛み付いてくることだ。個体差はあるが、確認しているだけでも二十メートルは伸びるだろう。

 首を伸ばす速度だけは尋常な速さではない。


 そして一箇所でも噛まれれば、そのまま狭い殻の中に引きずり込まれる。


「まあまあ、大丈夫ですよ」


 気楽な声を返したオーレンは、イリイスを追い越して【メガロガント】の真正面に立つ。


「だ、ダメ!? 正面は危ないッ!!」


 魔物を倒す上で純粋な魔力量に物を言わせ、敵の能力を上回って討伐し得ることができるのは絶対的な強者であるシングル魔法師だけだ。一般的な魔法師は魔物を討伐する上で、その倒し方を心得ているものだ。

 だからこそ、脆弱な生命を落とさずに済むのだ。ミスをしないことで、魔法師たり得ている。


 巨体にしては動きは俊敏だが、何より警戒すべきは首を伸ばして、引っ込める、この一動作だけが魔法師の反射速度を超えてくる。


 エクセレスでさえ視認してからでの回避行動は間に合わない。もはやそうした超速の攻撃は不可避なのだ。

 だが、それとて十分知識を備えていることで立ち向かえる。甲羅は全系統に対して完全耐性を有しており、まず有効打は与えられない。だからこそ、足を落とし魔核がある内部へと直接的なアプローチを仕掛けて倒すのが常套手段となっている。


 警戒すべき噛みつきは首を出す甲羅の穴、その口は狭く射角が取れない。だから真正面に立ちさえしなければどうということはない相手だ。


 無知が故に、自らを危険に晒しているオーレンを前にエクセレスは射線上から彼を救出すべく動き出す。

 が、もはや間に合うはずもなく、甲羅の内部に溜まった暗闇が飛び出る。


 瞬間的な速度で、首が伸び、オーレンの胴体に噛みつくべく開かれた顎は、もはや認識の間隙を縫ってそこに添えられていた。


「——!!」


 だが、またしても認識の隙間で攻撃が加えられる。それは魔物の攻撃ではなく、オーレンの攻撃であった。

 真横に開かれた口は、今、縦に引き裂かれ、首を真っ二つにしながらオーレンは駆け抜けていた。


 いつ剣を抜いたのか、そしていつ刃を突き立てたのか。

 そしてオーレンの姿は【メガロガント】の甲羅の上にあった。彼の剣は両刃で、ごく一般的な物だ。特別な物は見当たらない。鍔から剣先にかけて二列の魔法式が彫られているだけだった。


 一拍遅れ、甲羅に無数の斬光が走り、あろうことか、甲羅ごと【メガロガント】を斬り刻んだ。


「…………ウソッ!」


 エクセレスは聞こえないほど小さく頓狂な声を上げた。

 【メガロガント】の甲羅に亀裂が入り、次の瞬間、無数に切り分けられる。オーレンが軽快に甲羅から降りた直後、洪水の如き大量の血が地面に溢れた。


「ほらね」


 顔だけを向けたオーレンは、無垢な微笑を湛えてそう言った。

 すぐさま、剣を鞘へと通す最後まで、エクセレスはその剣にあるだろう秘密を暴くべく鋭い視線で見つめていた。


「さて、会長の方も終わりそうですね。後一分も掛からないでしょう。そうしたら、仕留め損なった個体を始末し、終わりです」

「オーレン、それにはお前も参加してもらうぞ」

「了解、楽な仕事で感謝しますよ」


 やることがなくなったのか、イリイスは踵を返す。

 【メガロガント】の死骸に目を向けて、つまらなさそうに口を曲げた。その頃には彼女の瞳も琥珀色に戻っていた。


 そしてほとんど収穫も得られなかったエクセレスは、茫然としながらも最大の労力を払ったイリイスに感謝を告げる。


「申し訳ありません。私もお力添えするつもりで、ついてきたのですが……全部お任せしてしまう形になってしまった」

「これぐらいならば問題ない。それに後ろで観察したくてついて来たのだと思ったが?」

「参りましたね」


 降参の意思表示としてエクセレスは一度深く目を伏せた。


 直後、三人は同時に上空を仰いだ。

 なんとなく、というわけもなく、三人は同時に空を見上げたのだ。


「なんだあれ?」


 目を凝らしたイリイスの表情は険しい。上空何千メートル、もしかするとそれよりも高いかもしれない。

 一筋の光が白煙を吐き散らしながら、遠方の空を通過していった。まるで流れ星のような輝きの中にイリイスだけは、魔力の反応を視る。

 高出力の光線が隕石の如く、雲を割っていく。


 差し迫った脅威ではない。それは遥か上空をまるで泳いでいるかのようだった。

 エクセレスもオーレンも、その光の線を警戒するわけでもなく見つめている。ここからでも相当距離が離れている。まして角度的にもどこかに落ちるということもなさそうだった。


 だが、その方角は無視できるものではない。

 あれが何であるのか、魔法であるのか、それさえもここからでは判別できなかった。イリイスでさえも魔法である根拠は薄い、微かに光線が曳いている光芒が魔力光に似ているだけなのだから。


 イリイスは眉間に皺を寄せて顔を上空に向けた。


(あの方角は、バルメス…………いや)


 バルメスというよりも、7カ国が密集する内地へと向かっている。正確な位置関係は把握できないが、少なくとも傍は通るはずだ。

 現段階では“あれ”が攻撃なのかすら判然としない。


(攻撃だとしたら……知らせておくか)


 そう思ったが、視線を戻した頃にはエクセレスが踵を返しており、その忙しない背中が見えた。今更知らせるにしても、報告が届く頃にはすでにあの光は過ぎた後か、それとも。


 魔物の攻撃だとしたら、人類に甚大な被害を齎す。

 バベルの塔がその機能を失った今、こういうことが起こる可能性を考えておくべきだったのだ。


 ここからではあの光線に干渉することは不可能だ。


「どうすることもできんが、嫌な予感がするな。何事もなければいいが」

「こっちには関係のないことですね。せいぜい会長の予感が当たらないことを祈っておきますか」


 オーレンの軽口を聞き流すにしても、イリイスの脳は悲観的な想像を膨らませている。外界では何においても疑ってかかるのが常だ。不吉の兆しはあっても、吉兆の兆しはない。


 そしてイリイスは、光線が飛んできた方角へと顔を向ける。

 鉱床に視線が遮られてしまうが、その奥はやはり魔物のテリトリーに他ならない。何事もないはずがない、という予感が込み上げてくる。


 撤収作業を始めるにしても、負傷者の数が多く、すぐに空けることはできそうになかった。


「後は頼んだぞ、オーレン」


 彼に後を頼んだイリイスは、そのままアルスが接見を禁止している幕舎へと足を向ける。

 誰であろうと入ることを禁止されているが、イリイスはその意味を自分以外と解釈していた。アルスの魔眼についても情報を共有しているイリイス相手に、今更秘密もないだろう。


 もちろん、治療の邪魔をするつもりはない。少しでもその気配があれば、音もなく来た道を戻るだけだ。


 それにアルスがイリイスに口止めを強いるのであれば、彼女は過去に受けた拷問や、人体実験をまたその身に受けたとしても口を割らない。それこそ一度は捨てた生命なのだから。


 一仕事というには物足りなさを感じさせる足取りで、イリイスは人払いのされた幕舎に顔を向けた。

 結果次第では、急激に拡大した協会の評判は地に落ちる。無論、元首らがそれを決めるのではなく、不条理なことに内地の、守られている人間が判断を下す。


 誰かを守るための組織は、守られる側の主張に屈しやすいのだ。

 過去を振り返っても己の権利だけを主張する者は多く、組織は正論という名の暴力に弱い。


(だが、それを権力で組み伏せては独裁と変わらん。だから大衆に仮初の正義として、義賊のような輩が持ち上げられる)


 悪があれば、正義があるのと同じように、一度区別してしまえば覆すの容易ではない。軍を『正義』として、クラマのような犯罪者集団を『悪』としてきたが、軍が、延いては協会が悪のレッテルを貼られてしまえば、必然的に正義が現れる。


 無垢な生徒を死地に追いやり、むざむざ死なせたとなれば、大衆の考えそうなことは手に取るようにわかる。

 今回の鉱床調査は、そうした危険をも孕んでいたのだ。

 元首が大衆をコントロールするか、大衆が元首さえもコントロールしてしまうのか。

 どちらか一方であるならば、イリイスは権力者がコントロールした方が、平和へと繋がると考えている。そう、今の元首ならばまだマシであり、万が一は協会が制御装置として機能できるのだから。


 中立を謳う理由は、民衆側に立つことで、軍を監視できる勢力と見せるためだ。いずれは足を揃えた共闘態勢が取れれば理想である。厳密には、それを広く周知できることを、だが。

 要は外面の問題なのだ。


 なのだが、その協会がスキャンダルとなる話題を早々に提供することは看過できない。


(元首らの思惑が始まってすらいない間に、頓挫するか。その是非を見ておかないわけにもいかないだろうな)


 何だか、自分でも老けたのではと気がかりだが、鏡で確かめるまでもなく、幼い身体は皺とは無縁であった。


「さて、今は目先の心配事を解消しておくとするか」







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― 新着の感想 ―
[良い点] .....クロノス? やっぱり続きが気になるくらい面白い
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