ただ一つの方法
要点だけを掻い摘んで、アルスは早速考えついた方法について提示する。
「一つ、フェリから魔物の魔力だけを剥離させる。もちろん魔核もだ」
「不可能です。現状では侵食度合いがわからないだけでなく、ここの機材では無理です。この場では確認するために、開胸する必要もあるでしょう」
取り付く島もなく、フリンはキッパリと是非を下した。この問答は純粋に“できる”か“できない”の二択しか存在しない。
アルスも食い下がる手間を省き、次の方法を提示する。
「魔核を破壊する。俺でも正確な位置や、形状など全く把握できていない。が、治癒魔法師のお前なら身体については隅々まで理解しているだろ。どうだ」
この方法は悪性の腫瘍のみを切除するようなもので、外科的な処置に依るところが大きい。
無論、的確な場所まで把握できるのであれば【暴食なる捕食者】で喰らうことも可能だ。だが、魔力の根源である心臓近辺ではおそらく万に一つも可能性はなさそうだ。
何よりフェリネラの身体に掛かる負担は先ほどよりも大きいはずだ。だが、魔物を倒す上では、基本に戻ったという意味で魔核の破壊は定石通りと言える。
体の構造を熟知しているフリンならば、魔力に関する経路などからある程度予想が付くだろう。もしかするとアルスの知らない方法で、該当箇所を見つけることができるかもしれない。
治癒魔法師についてはアルスの知らないことも多いのだ。
だが……即座にフリンは頭を振る。
「無理です。確かに魔力を当てたり、その反発を利用して把握する術はあります。魔力の流動などの異常ならば、一眼で見分ける自信もあります。でも、彼女の場合は事情が異なるんです。今、治癒に反発しているのは彼女本来の魔力ではない、と思います」
アルスの話を聞いた上で、フリンはそう結論づけた。すでにフェリネラの魔力は覆われていて観えない。つまり区別のしようがないのだ。
かといって、これが魔物のそれであるという感触もない。であるなら、仮に機材が揃っていても、彼女の魔力情報を隅々まで解析することはできないかもしれなかった。
「魔力自体に表面的な異常はないんです」
「そんなはずはないだろ」
「はい、そんなはずはありません。だから、同化と言ったアルスさんの言葉は正しいのだと思います。おそらく心臓、いえ、少なくとも近い場所に核のようなものはあるかと」
「それには同感だ。この魔物は胸の中心に杭状の棒が突き刺さっていた。それが魔核の一部であったのも確かだ」
「だとするとやはり心臓に近い、ということですね」
「厄介なことにな」
「フェリネラさんの魔力は、魔力経路……ううん、多分体内で魔物の魔力がごっちゃになってる」
魔物が人間から魔力を抽出しようとするのであれば心臓は適している。何せ魔力の生成は心臓からなのだから。その近辺に魔核が存在するのであれば、今フェリネラの体内には二つの魔力が混在している可能性は極めて高かった。
「なら、最後だ」
フリンの説明を聞いてもアルスは考えついた方法を撤回するでもなく、口に出した。それは僅かながら可能性を彼が見出したからなのかもしれない。
無論、フリンの判断次第ではあるが。
アルスは鋭い目に、自責の陰を落として口を開く。
「フェリの魔力と魔物の魔力、これを新たに体内で区別させる」
「はい? えっと、どういうことですか?」
おそらく心臓への同化は現代医学では取り除くのは不可能だろう。魔法の発展と、治癒魔法の発展、確かにこの展望は明るい。しかし、それでも完全に分離する技術が確立されるのはずっと先になる。魔核に関する知識が圧倒的に不足していることも要因だろう。
何より死亡のリスクが大き過ぎる。
アルスがこの方法を思いついたのは、自身が魔力的に似たような構造だからだろう。【グラ・イーター】は純粋な魔力ではない。故に一人に対して二種類の魔力が内在していることになる。
【グラ・イーター】が吸収した魔力は置換前に一旦どこへ消えるのか。この問題はアルスの中に、二人分の貯蔵庫があると仮定すれば説明がつく。
現にアルスの魔力経路が常人よりも遥かに多いことも理由の一つだ。
腕を繋ぎ合わせたフリンが、その苦労を誰よりも知っているだろう。
「魔力の循環を、フェリの物と魔物の物で完全に分けるということだ」
「つまり魔力経路を誘導させるために、いくつか繋ぎ合わせる、ということですか」
「繋ぐ、というより塞ぐ。それで新たに魔力経路を引く。できるか」
「ま、待ってください!! 理屈の上では不可能ではありませんが…………で、でも胸か背中から針を刺せば、患者への負担は最小限に抑えられる。け、けど、新たに魔力経路を作るなんて」
「“でも”も“けど”もない。できるのか」
「わからないッ!!」
フリンは頭の中で手順を描くことができなかった。故に、暴発したかのようなどっちつかずな答えを出した。
それを聞いたアルスは「上等だ」と初めて張り詰めていた糸を緩ませた。
施術場所はこの小さな幕舎の中。
もちろん、アルスも施術に加わるつもりだ。フリンがわからない、と言った最大の要因は魔力経路の誘導方法だ。二つの魔力を選別すること自体は、フリンにとって可能の範疇に収まる。
以前、アルスの腕が落とされた時、外科的な処置だけで接合したならば、その腕は魔力を十分に操作できなくなっていただろう。時間の経過などで、魔力経路は流れるために自ら道を作る。腕を落としたならば、魔力経路は体内へと引き返すような順路を作るだろう。血管と同等に魔力は常に体内を循環するような経路を辿る。
体内という広い庭で、水路(魔力経路)を引くようなものだ。それが堰き止められた状態ならば、溢れて新たな水路を作り出す。
「私は、心臓付近の魔力経路を一部、塞いで、まず、フェリネラさんのものと魔物のものとに分けます」
「あぁ」
「はっきりと分かれば、部分的な魔力量の調整をします。いくつか魔力経路の切断・縫合が必要になるかと」
手順を説明するフリンにアルスは肯く。すでにやることは決まっている。最終確認に過ぎない。
「場合によっては、魔力経路を纏めるつもりです」
「大丈夫だ、その程度はリスクのうちに入らない。それよりも執刀医はお前だ、指示を頼むぞ」
「はい! アルスさんは、区別した魔力経路を、魔力操作で体外から圧迫してみてください。それと……」
一瞬言い淀んだフリンは、珍しく弱音を見せた。彼女が何よりこの方法が可能なのか、未だ確信が持てていないのだ。
チラリとアルスを見て、モゴモゴと口を動かす。
「誘導に失敗したら、すぐに中止します」
「それで良い。魔力経路はお前ほど見えないが……」
「正しくは感じる? と言った方が適切なんですけど。ま、それは大丈夫です。アルスさんならば、魔力の流動自体は分かるはずですよね」
「探知魔法師レベルを期待してるなら、下方修正してくれ」
「専門的な精密さはいりません。寧ろ魔力操作に自信があるから、この方法を提案してきたんじゃないんですか」
フリンの指摘通りではあるのだが、アルスの魔力操作が果たして治癒の現場でどの程度役立つかは未知数なのだ。
アルスとて、ここまで大掛かりな治療は経験がない。斬り落とすのは得意でも、くっつけるのは門外漢なのだから。
できる範囲は、外界を出る魔法師と大差ない。
「アルスさん、手の感覚は? 先にそっちを完治させましょうか?」
「大丈夫だ。お前のところの優秀な治癒魔法師に処置してもらった。十分動かせる」
「ハァ〜わかりましたよ。でもしくじらないで下さいね」
「誰に言ってる。この程度擦り傷と似たり寄ったりだ。問題ない」
「はいはい。じゃ、施術を始めましょうか」