第二の戦場
目の前で手の施しようがない、なんて弱音を決して吐かない。
だから息のある患者を全て救うつもりでフリンは施術に臨んでいる。
治癒魔法師二人掛かりで処置している間に、フリンは一人で五人分の処置をし終えていた。
その技量は人の域を超え、もはや聖女と呼ぶにふさわしい働きと言える。
「細胞の蘇生も上手く行った。魔力経路は問題なしっと。良かったですね」
「縫合をお願い!」と近くの隊員に指示を飛ばして、そのままフリンは無菌室へと急いだ。そこではすでに二名の治癒魔法師が準備を終え、施術台の上に小柄な少女が乗っている状態となっている。
少女——メア・エイプリル。容態は聞いていた通りだ。その隣には輸血のために、双子の姉もいる。魔力的な情報が一致しているとはいえ、血液をそのままメアの方へと流すわけにもいかないだろう。
血液の浄化法はいくつかあるが、万全とまではいかないのは仕方がない。
すぐにでも施術に移れる。脳内でシミュレーションも終えている。
改めて確認するまでもなく、フリンは一瞬で損傷箇所から治癒完了までの手順を描いていた。
「開放骨折。魔力経路の損傷・断裂も見られます。不全骨折が三箇所。こちらは後回しにします。それと感染症の恐れもありますので留意してください。傷口の治癒は任せます。タイミングを合わせてください。骨の接合後、魔力経路に移ります。魔力経路の修復まで…………十分」
「…………!!」
二人の仲間は、弾かれたようにフリンの顔を振り返った。あまりにも早い。そう感じるのは魔力経路の修復は世界広しと言えど、聖女ネクソリスと、その孫であるフリンにしかできない処置だからだ。
完全に繋ぐ技術、その目を持つのは彼女だけ。
まして時間にして十数時間はかかる高度な術式になるはず、少なくとも治癒に携わってきた経験から二人の補佐はそう計算していたのだ。
だが、フリンの技術の高さを見てきた二人は、改めて肯く。
魔力経路の修復より、傷口の治癒を大幅に遅らせることはできない。細胞組織と同時に修復して時間短縮するのがこの忙しい現場では求められる。
「術式を開始します」
「はい!!」
フリンの手には魔力経路を捉えるための器具が握られている。それを彼女は淀みない動作で傷口へと向けて血管をつなぎ合わせるかのように手際良く縫合していく。仲間の邪魔をせず、素早く動かす手に無駄な動作はない。
瞬きすらせず、集中するフリンに言葉はいらない。
二人掛かりで、傷口の処置をしてもらっているが、その内一人は部隊内でも腕に覚えのある治癒魔法師だ。
そのため、彼女はフリンの補助と治癒魔法を器用に使い分けて、立ち回ってくれている。
本来助かるかの瀬戸際に魔力経路の接合はありえない。それよりも優先すべきは生命だからだ。
フリンの指示はメアの生存を確実なものと確信しているが故の判断。
確かに危険な状態だ。あと一分でも遅れていればどうなったかわからない。
しかし、生きている状態で、施術に入れた時点でフリンに不可能はなかった。
治癒魔法によって止血はもちろん、細胞の活性化。自己治癒能力の促進。
この無菌室は聖女ネクソリスによって作られた大型の治癒魔法術式が張り巡らされている。魔力の循環を効率的にし、治癒魔法をより扱い易い施術室を完備してくれる。
開放骨折とは言っても、以前のアルスが負ったような重症ではない。言ってしまえば、四肢が切り離されたわけではない。あの時と比べれば、魔力経路を繋ぐ手数は圧倒的に少なくて済む。
メアという学院の生徒を治癒するまでにも、フリンはガルギニスとその隊員の命をすでに救っている。
疲労は蓄積しているが、治癒魔法はそもそも根気がいる。何年も聖女の下で下働きしてきたのだ、並大抵のことでは音を上げない。
協会が新設した治癒魔法師部隊は協会内でも二級から三級治癒魔法師が選ばれている。今回は学生主体の任務ということもあり、協会からも選りすぐりの治癒魔法師で構成されているのは確かだ。
元軍医などといった経験者も多い。
一分野ではもしかするとフリンでさえ、劣る場面も出てくるかもしれない。
もちろん叩き上げの治癒魔法師もいるので、それこそピンキリの経歴だ。フリン自身もアルスの腕をくっつけた功績から一気に名が広まった経緯があるだけで、実績らしい実績はないに等しい。突然出てきた傑物——そんな印象が強く、地道に名を広めることで治癒魔法師としての実績を積む風潮が今もある。そのせいか、若くして一級治癒魔法師などと大それた肩書きによく思わないものも少なくはなかった。最初は、という言葉は付くが。
きっかり十分後に魔力経路の縫合を終え、フリンはそれからさらに五分で、無菌室を後にした。
彼女の技術はアルスの腕をくっつけた時とは比較にならないほど向上している。いや、治癒してきた人数や、慣れが彼女本来の力を引き出しているのかもしれない。
患者でごった返した幕舎に戻り、フリンは一度周囲を見渡す。一応急を要した少女、メアの治癒は終わった。当分安静にしていなければならないが、山は超えた。
後はフリンでなくともできる処置ばかりなので、彼女は優先すべき患者に備える。
しかし、ここでようやく時間ができたと判断したフリンは、仲間達に「一旦離れます」と言って幕舎を出た。
その足取りは、駆け足とまではいかないまでも早足ではあった。
焦りとは少し違う。
むしろ、驚きというものがフリンの中で渦巻いている。幸い、治癒に集中できないようなことはなかったが。
かといって無視できるものではない。
フリンの顔は酷く厳しい。吐かないと決めた弱音が喉のそこまで出かかっている状況でもあった。
どうすれば良いのか、見当がまるでつかない。
「容態は!」
フリンが向かった幕舎は、こじんまりとした小さな場所だった。簡易的なベッドと、少々の機材。
正直それだけで手狭に感じてしまうほどだ。
薄暗い中で、フリンはその男へと声を飛ばした。治癒魔法師でもない男に、フリンは原因についての説明を求める視線を送っていた。
木組の椅子に腰をかけたアルスは、ベッドで眠る第2魔法学院の生徒——フェリネラ・ソカレントの傍で無感情な目を落としている。
アルス達が鉱床から帰還して真っ先にフリンが診たのがフェリネラだ。優先したのは他の重傷者達だったが。
その判断は治癒魔法師として間違っていなかったと、言い切れる。
ここにいるのはアルスと、フェリネラだけだった。ここは部外者は一切立ち入ることを禁じられている——フリンを除いて。
治癒に必要な器具も揃っていないただの幕舎で、患者であるはずのフェリネラは安らかな寝顔で横たわっている。
深い眠りは一切の呼吸音を発さず、みじろぎ一つない不自然なもの。
アルスは力の宿っていない、傷だらけのフェリネラの手を取った。
「お前が一番わかってるだろ」
「…………」




