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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
【幕間】「百戦一敗」
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無遠慮な死地にて



 少しでもダメージを負った今のメアには【静寂なる殺戮演舞(サイレント・キリング)】は使えない。荒い呼吸を余儀なくされた彼女では無謀だ。肉体的な情報を正確にレアと一致させるのは不可能。

 レアはAWRに魔力を通して、いつものように魔法を構築する。

 背中に溜まる汗は決して動き回ったからではなかった。そのことをレアは直感的に察していた。怖い——初めてそう思えたのは、自分が見てきた魔物のどれとも違うからだろう。

 新しい発見などではない。寧ろこんな化物を彼女は知らない。どうしたら良いのか、見当もつかない、そのこと自体が恐ろしいのだ。


 だから今になってふと心の声が震える。


(魔物なのですか?)


 レアとは違いメアの速度は一段落ちていた。大丈夫とは言っていても、その代償は確実に彼女の足を鈍らせている。大人と違い、少女と呼ぶにふさわしい二人の細足は、戦場で戦い続けるにはあまりにもか弱い。

 頭を振って強引に不安を払拭したレアは、メアとアイコンタクトを取る。

 メアのAWRも準備は整ったらしい。

 メアのために何体か殺して時間を稼ぎつつ、レアはメアの近くまで急いで戻る。


 交差するように二人は壁面を蹴り、お互いの距離を急速に縮める。

 二人はAWRを突き出して交差させるように空中ですれ違った。

 その際に鉈が合わさり、刃を重ね交差する。

 先端部から一瞬で魔力で形成された刃が、魔物の間をすり抜けて十メートル近くも伸びた。湾曲というには少々歪な形状。昆虫の鋏を連想させる異様な形であった。

 魔力によって形成された刃は、単純な魔力刀とは異なる。

 れっきとした魔法の一形態であった。


 

 そしてしっかりと柄を握り、二人は鉈型AWRの刀身を重ねた。形成された刃に要となる淡い光が一点灯る。それが鋏の支点となり、二人は交差し、すれ違い様に鋏を閉じた。


「「【肉体分離ペイズ・シザー】」」


 鋏となった二人のAWRが勢いよく閉まると、目の前にいた三十にも上る大男の魔物は一斉に身体を切り分けられる。


 視界の開けた先を見、これならば十分逃げられる、と深く考えもせずレアは安易な安堵を抱いた。勝てない時は、逃げる。これは鉄則ともいえるマニュアルだ。軍の縛りを無視して、逃げる選択はレアとメアにとってごく自然な選択肢だ。

 意地もプライドもなく、命を繋ぐ術を二人は現場で培ってきた。


 ボトボトと落ちる肉片は二人に手応えらしい手応えを与えていなかった。魔核の感触は皆無。

 打つ手がないことを再認識するだけとなった。


(背後じゃなくて、前を殺して正解なのです)


 レアとメアは二人に届き得る可能性を秘めた、ハルパーを携えた魔物を一回で無力化できた。

 前方の魔物は三十近くいたが、背後の魔物は二人には未知数の魔物である。脱出経路を確保するには後方よりも前方と判断したのは半ば考えてのことではなかったが、結果的には良かったはずだ。


 チラリと背後の様子を振り返ったレアの視界には、やはり見慣れない魔物がいた。

 大男の分裂体ではある。ただ、付けている仮面の表情が先ほどと違う。

 前方にも見慣れない仮面の大男はいた。

 こちらを憐れむような、小馬鹿にするような表情は、先ほどと違い読み取りづらい。その魔物はこの通路内では扱いづらそうな槍を持っていた。今は真っ二つだが。


 メアに一撃を喰らわせた大男は、先ほどよりも一回りほど体格も大きく、槌を引きずっていた。


 どれも分裂によって生み出された個体だ。

 だが、レアの警戒はそれよりも更に背後にいる一人に向けられている。

 のっぺりとした仮面にもはや表情はなかった。何より空気穴のような明確な穴すらなく、面のように目・鼻・口らしき凹凸があるだけである。


 その魔物は、大男とは違い、絞られた体型をしている。そして手には小ぶりなナイフが二振り。

 メアも気づいているからこそ、前方に向けて魔法を合わせたのだろう。


 二人は迷いもなく、前進するための一歩に全ての力を込めた。肉体を切り分けられた三十近くの魔物——その肉片がボトボトと落ちていく。そんな瞬刻での状況判断から実行。二人の意思が一致し、同時に動き出すまでに誤差はなかった。


「「——!!」」


 が、二歩目を踏み出すことが二人には出来なかった。逃走経路を確保、自慢の速力を使っての脱出。

 二人は曲げた足で地面を蹴らず、寧ろ逆に踏ん張ってその場に留まった。彼女達の前、そこにはすでに能面のような仮面を付けた魔物が回り込んでいた。

 大男の魔物を三十もいっぺん斬り刻み、肉体を断ち切った。ここに立っている者は化物であろうと存在するハズがなかったのだ。すっかり見通しの良くなった通路をたった一人の魔物が阻む。


「見えなかったのです」

「嘘、だよね」


 高速の世界に慣れきった動体視力でも、鋭敏な感覚でも二人は目視するまで気づくことすら出来なかった。

 手の中に収まってしまうほどのナイフを、魔物は器用に回転させて逆手に持ち直した。その間に先ほど切り刻んだ魔物が次々に立ち上がる。修復するにしても、再生するにしても早い。


 そして……。


「また新しいのです」

「不味いかな、これは」


 これによって仮面の種類で武器が決まっていることがわかった。

 大剣など両手で扱う剣は“喜”。

 槌やハンマーといった大物を扱うものは“怒”。

 ハルパーといった取り回し易い短剣類は“哀”

 刀剣などの片手でも扱える片刃類は“楽”

 この辺りが最初に出てきた基本形だ。

 しかし、今やそれとは異なる仮面がいくつか出てきていた。


 新たに出てきたのは、鬼のように牙を剥いた仮面。肘から先が鈍器のようなガントレッドで覆われている。

 そして、能面のような無表情の仮面。

 異様な立ち姿は、妙に堂に入った雰囲気があった。魔力的な恐怖はなく、寧ろ純粋な武芸としての力量差を思い知らせるかのようだ。


 後退りするも、背後に逃げ道がないことはわかりきっている。


「気配もないのです」

「こっちの真似のつもりかな」


 情報の偽装は【静寂なる殺戮演舞(サイレント・キリング)】の特色だ。それを真似たと感じたのは、単に察知出来なかったからだった。

 だから「ううん、違うのです」というレアの否定にメアも反論するつもりはない。


「魔力はほぼ感じないのです……寧ろ感じられないほど少ないのです」


 魔物の脅威度を図る基準として魔力値がある。だが、それを感じられないということは、バネのある肉体には不必要だったのかもしれない。一般的には魔物は硬質な外皮なり外殻を有する。しかし、切断するのに手応えらしいものは一切なく、それこそ獣の肉を裂いているかのようだった。


 柔軟な身体を求めるならば、硬い外皮など邪魔にしかならない。


 魔物を斬るのは良いが、これではいたちごっこ。ざっと見ただけでも魔物の数は百を超えてムクリと、筋骨逞しい身体を次々に起こしていく。


 通路は随分奥まで化物で埋め尽くされてしまった。


 そしてなんの前触れもなく、レアとメアにその凶刃を振りかざした。

 真っ先に飛び掛かってきたのは、鬼の仮面をつけた大男であった。他の個体より、肢体の筋肉が太く、人間とは異なる異様な筋を浮き上がらせている。

 一足飛びの脚力は確かに速い。


 グンと刹那的な速度で、二人の視界を埋め尽くす巨漢は、レアの居た場所に拳を振り下ろした。地面を殴ったようでいて、その実、腕は半円を描く軌道で、地面を吹き飛ばした。


 抉った後は、拳の軌道そのものを深々と地面に掬ったような跡を残す。


 咄嗟に飛び退いた二人はまるで互いに反発する向きに逃げた。レアはその間に僅かでも脱出するための案を模索していた。そのぐらいの余裕はまだある。

 しかし、メアはというと……。


 彼女も一見すると特段支障はないように感じられるが、レアの思考を途切れさせるだけの懸念もある。

 彼女達の持ち味は、次から次へとタイムラグのない移動法にある。空を蹴ることで方向を散らし、あらゆる角度で走ることができるものだ。助走などいらない、速度を一切落とすことなく、自由自在に方向転換できるというもの。


 しかし、今のメアは本来生じないはずの僅かな遅延が見られた。


 次々に襲いかかる攻撃を回避するので精一杯になるのは必然。

 レアは予定していた壁面の手前——着地地点の手前——で大きな陰が頭上から降りかかるのを感じ取った。一撃で身体の隅々までを破壊する大槌が、絶好のタイミングでレアの頭部に迫る。


「——!!」


 限界まで目を見開くも、大槌を視界の端で捉えるのがやっとである。そんなことよりもレアは身体を捻って全力で方向転換を図る。

 どこでもいい、そんな足場を探る懇願が脳を駆け抜けた。

 僅かに軌道を逸らして、斜め前へと舵を切る。レアは最後の最後まで回避できる確信を持てなかった。だから、方向転換先で、さらに減速するために新たな足場を靴底に感じた時、ようやく冷や汗が引いたのを感じた。


(完全に読まれてたのです!?)


 大槌は地面をレアの代わりに打ち、その下には大男の死骸が潰されている。大男の魔物は個々で戦闘に終始している、最初の四体ならば入れ替わり立ち替わりといった稚拙ながらも戦術めいた戦いであった。

 が、今やこれだけ幅広の通路を埋めつくさんばかりの魔物の大群だ。密集し過ぎているせいで、武器を取り回すだけのスペースすら確保できない状態。


 大槌の下には、下半身を潰された大男が、もがきながら地面に指を突き立ている。


 レアも安堵ばかりしていない。状況は何一つ改善していない。

 一斉に向かってくる大男の攻撃は魔法ではない、だが、人間を殺すのに十分過ぎる殺傷力を持っている。


 だから、無駄だとわかっていても、レアもメアも魔物に鉈型AWRを振り下ろすしかなかった。また増える、それは現実となって自らの首を絞める愚行なのだろう、だが、そうすることでしか途切れ掛かった命を繋ぎ止める手段がなかった。


 十秒か、二十秒か、はたまた一分か、分裂し何事もなかったかのように復活する大男。

 だが、その僅かな時間、その時間は命を繋ぐ時間に加算されていく。


 ジリ貧だとわかっている。でも、迫りくる無数の攻撃を一時的にも減らすには仕方がなかった。


 仲間を仲間だと思わず、まるで大男達の攻撃はレアとメアにだけ向けられており、分裂体への一切の配慮はなかった。ようは他の大男の魔物を斬りつけようと何も感じず、まるで些事だとばかり歯牙にも掛けない。


 今、二人は迫りくる無数の刃からひたすら逃げ回っていた。突き出される剣が、ハルパーが、一体どの個体から放たれたものなのかすらわからない有様だ。

 言ってしまえば、迫る剣山のようだった。


 何よりレアは先ほどから全速力で回避し続けている、にも拘らず、脱出の緒が見えてこない。

 時間が経過するごとに込み上げてくる焦り。レアよりもメアの方に無理が生じているのか、びっしょりと額を濡らし、一際大きな呼吸音が鳴る。


 二人は針の穴を通すような回避行動を続けていた。大男で満たされたこの一区画では常に、刃の傍を通らなければならない。


(どこ、どこなのです! はぁはぁ……くっ、またッ!!)


 高速で移動し続け、すでに五分が経過していた。その間にレアはずっと逃げ道を探っていた。一瞬、一秒でもその隙が生じれば、メアへと合図を出し、一気に逃げ切る算段だった。どこかで数体倒せば、脱出口を切り開くことができる。


 そんな淡い期待を抱いていたが、今のレアは逆に苛立ちにも似た焦りに駆られている。


 先ほどから、感覚を研ぎ澄ませて何体か殺している。それも無闇矢鱈に殺しているのではない、要となる脱出口の確保、そのために殺す個体を選んでいたのだ。


 だが、すでに五回。その試みが失敗に終わっている。先端を切り開くために二体殺したところで、必ず、横槍が入るのだ。それも回避するために距離を取らされる。そのせいで切り開いた先端が閉ざされてしまう。


 二歩進んでは、最初に戻される。そんな感覚は隣にメアも戻ってきたことから確信に変わった。

 彼女もレア同様、どこかに脱出口を見つけ、また自ら模索していたのだろう。肩で息をしているメアは足の痙攣を押し殺していた。


(もう一度なのです!! わかったこともある)


 数分逃げ続けてわかったこと、収穫もあるにはある。だが、すでにそんな事実は意味をなさない。魔物が魔物を殺す分には分裂しないという事実など。ここまで増えてしまった時点で関係なかった……手に負えなくなった時点で終わっていた。


 レアとメアの目の前に迫る刃の数は一度で二十を超え、息つく間すら与えられず次々と、刃が襲いかかる。

 二人が直接手を加える必要すらないほど、他の個体を巻き込んだ攻撃が大半だ。そのせいで、ここは異様な臭気が蔓延していた。


 レアも、この速度を維持し続けるのは流石に限界が近づいていた。だが、今一秒でも足を止めることはできない。そうなればたちまち全身を串刺しにされ、暴力的な刃にミンチにされる。


 もはや、生存本能に従ってレアは全力で逃げ続けている。

 こうも人形に近い魔物が群がり、まるで罪人を寄ってたかって嬲り殺すかのような光景が、レアの表情を歪めた。追い立てられる者の気持ちは、恐ろしいの一言に尽きる。怖い、逃げなきゃ、逃げなきゃ、そんな焦燥感が次第に心を埋め尽くす。


(ハッ!? あそこ——)


 微かに見えた光明。群れの隙間に、生まれた一瞬の道筋。

 僅かではあるが、魔物が偏り始めている。そのおかげで通った視線の先が、微かな希望に繋がる。そこは死から逃れることのできる唯一の道。縋るように手を伸ばし、我武者羅に目の前の魔物の首を飛ばす。


 その道筋を消さないために、障害は殺して、殺して、そして確保し続けなければ見失ってしまう。


「え……?」


 魔物を殺し、脱出への道筋へと突き進んだまさにその矢先。レアの肩口にザクッとナイフの刃が潜り込む。刀身は掌程度の短いものだった。しかし、刀身の全てが今レアの肩に埋まっている。

 鋭利、ではない。それどころか、鋭い先端以外は鑢の如く荒い表面。


 大きな手からするとその刃は玩具のようだった。だが、確かにレアの肉を裂き、分け入って骨にまで達している。


 一瞬でレアは全てを理解する。


「お前が!!」と怒声を発した。その手は魔物の身体に隠れるように、僅かな隙間から伸びていた。そして能面のような仮面がチラリと覗く。


「あああああぁぁぁ…………!!」


 グリグリと傷口を開くように、肉の中を粗悪なナイフの刃でえぐられる。神経にやすりをかけているような激烈な痛みがレアの脳を埋め尽くした。







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