無音の殺戮者
「分裂? どっちでもいいや。殺せるのが、二匹から四匹になっただけだもんね」
「ま、それもそうなのです」
気を取り直すのはレアも早かった。思慮深いとは言ってもそれはメアと比べた場合に限った話。
そもそも気分屋という意味ではレアも似たようなものだった。
そのせいもあり二人の魔力は感情に大きく左右されることが多い。メアの言葉通り、二人は玩具が増えたとばかりに不敵な笑みを口元に浮かべている。
そうした純粋な感情の発露は漏れ出す魔力が物語り、同時に育った環境故に不純な魔力の色を反映していた。
二人の魔力は全く同じ情報を内包しているだけあり、区別のしようがないほど酷似している。揺らめきや、漏れる魔力量までも同じ、一度混じり合えばわからないだろう。魔力同士の反発も見られなかった。
敵意ではなく、純粋なる殺意のそれだ。狩る側と狩られる側、どちらにせよ魔力を見れば彼女達は狩る気満々といった様子が手に取るように分かる。
二体から四体に分裂したものの、武器は二体分しかない。
一体は大剣。
一体は鉤爪型——ハルパーを二本携えていた。こちらは辛うじて肩口を皮一枚で腕が繋がっているため、切り離された両方で一本ずつハルパーが握られている。
しかし、魔物にとって武器の心配はすぐさま解消された。錆び付いたにしては苔のような色合いの武器の正体。
武器を持たずに再生された半身は肉体から伸びるように、大きな手の中に新たな武器を生み出した。新たに身体の一部から作り出された武器は、細い身の片刃剣。
もう一体は、それぞれに一本ずつハルパーを持っている状態で分かれたせいか、二体とも追加で一本ずつハルパーを生成していた。
違うのはつけている仮面の表情だけだ。
大剣を持った魔物は優しげな表情で、どこか微笑みかけてくる、そんな嬉しそうな顔。
片刃剣を持った魔物は明確に笑っていた。至極シンプルな作りで口角は三日月のように持ち上がり、目はそれを逆さにしたようで、嘲笑じみた顔であった。
ハルパーを持った魔物は二体。どちらも片目に涙のような模様が入っている。
まるで喜怒哀楽を表現しているようだが、決して芸術的な巧さとは違い、どこか稚拙な表現方法を思わせる。レアとメアの二人でも仮面の感情表現を読み取れるほどだった。
四体の魔物は整列するでもなく、修復に全神経を注いだせいか、各々が動作の途中で時間を止めていた。まるでショーウィンドウのマネキンだ。
そして一拍後、連動するかのように首だけが捻られ、大男達は一斉にレアとメアへと顔を向ける。
不気味の一言では言い表せない異様な光景だ。
体格、体型は人間のそれであるのに、それ以外は全て別のもの、化物のそれだ。
これを人間のよう、というには無理があった。
一斉に駆け出す大男の魔物。その初動は屈強な戦士らしく肉体にものを言わせた速度である。魔法的な効果は一切見られず、肉体に頼った力。
それでもやはり常人を遥かに凌駕しているのは間違いないのだろう。
「メア、遊んじゃダメなのです」
「わかってるよ、もう。魔核ね、魔核」
うんざりしながら返答するメアに、レアも一先ず肩の荷を下ろして意識を目の前の殺戮対象へと移す。
魔物に対して油断をするなんて意識はそもそも二人にはない。しかし、それは本気とも少し違った。
いわばいつも通り、平常運転に過ぎない。
二人の眼前に二体の魔物が迫り大きく振りかぶった。膨らんだ胸筋が振り被り、反らされたために圧迫感を持つ。二人に覆い被さらんばかりの勢いをつけ、魔物の大剣と片刃剣が振り下ろされる。
膂力だけでも人間を真っ二つにするのは容易いだろう。剣の出来を見る限り、斬殺とはいかないのだろうが。
剣だろうと刀だろうと、魔物が手にしているのは斬りつけるというよりも、叩きつけるに近い鈍器だ。いわば鈍同然のガラクタといえよう。扱う者が扱えば、やはり武器に違いないのだが。
小柄な二人にとってそれは一撃死に等しい、致死性の一打である。
二人の意識が魔物へと明確に向いた時には剣の刃はすぐそこまで迫っていた。激しく地面を打ち付ける剣は、硬質な鉱床の床を吹き飛ばした。
力任せに振り下ろした一撃ではあったが、岩盤をも砕く勢いで地面に穴を穿つ。
その様子を二人の少女は回避しながら視界の端に捉える——愉快そうに。
「遅い遅い。そんなの寝てても当たらないよーだ」
「外れなのです。良く狙うといいのです。——!」
回避したその先にはすでに取り回しやすいハルパーを握り込んだ魔物が回り込んでいた。
武器の特性によって身体能力にも影響があるのか、大剣と片刃剣を持った個体よりも幾分俊敏なようだった。
追撃を仕掛けてきた魔物は腕を交差させ、ハルパーの湾曲した刃で首を刈り取ろうとでもしたのだろう。
待ち構えていたかのように左右の腕を引く。左右の刃は中心で火花を散らすかのような鋭い擦過音を鳴らす。首が一瞬で胴体と切り離されるその動作は、決して綺麗な両断はあり得ないだろう。
しかし、交差するハルパーの刃が捉えたのは、二人の黒い髪一・二本だけだった。
背後を取られた形にはなったが、二人に取ってそんな稚拙な攻撃は手に取るように分かる。
周囲の魔力の変化は敏感な感覚を持つレアメア姉妹にとっては、はっきりと知覚することができる。
それでも、
「あッ!?」
と回避先で咄嗟に髪をワサワサ掻き乱したメアは、予想以上の驚きがあったらしい。
かくいうレアも。
「女性の髪をなんだと思ってるのです!」とメアに負けじと怒声を発した。こうした言葉が出る辺り、レアは本当に淑女としての身嗜みの道を踏み出していると言える。髪の一本二本でとやかく言うレアではなかったが、内地での生活を機に大きく変わった。
髪や肌、そういった手入れに気を遣うようになっている。年齢的に何かする必要があるわけではないので、どちらかというとレアが好きでやっている側面が強い。理想に近づくための真似事に変わりなかったが。
そんなわけで手入れをし始めた分、腹立たしさも一層なのだろう。
メアからすると少し嘘っぽくもあったが。
「あっちのヘンテコな武器の奴は少し速いね」
「です。ちょっとだけ、ももくろみが外れたのです」
“目論見”を間違えていることに気づかず、それを指摘する者もこの場にはいなかった。
雑魚が増えたことは同時に、二人にとって良い練習台になるとレアは考えていたのだ。だから彼女の中では髪の一本でも斬られたことは予想外であった。
でも、とレアはチラリと本気の顔色を覗かせる。どちらかというとメアに見せるためのものだ。
基本的には魔力情報体が姉妹で一致していることから、魔法の構成を分担することさえも可能である。故に二人が魔法を使う味には“二人で”が入る。
まるで鏡合わせのように、二人はAWRを持ち、その刃先を地面に向けて揺らす。歩調さえもこれまでとは打って変わって「静」と呼ぶにふさわしいものに変わった。微かな物音も二人からはせず、音そのものが消失してしまったかのようだった。
何をやるのか、二人に取ってそれは魔法と呼ぶには違和感が強い。何故なら、これを二人は技術だと思っていたからだ。
細い息が二人の間で一致する。リンクするが如き、歩調から腕の振り、全ての動作が一致した時。
二人は阿吽の呼吸で、大きく息を吸い込んで止める。
((【静寂なる殺戮演舞】))
一瞬で二人の気配が消える。初動に関する情報の遮断に加えて、音さえも遮断。
足裏に力場を作るも、その動きに関する魔力的予備動作、地面や空間を蹴る音が失くなっていた。
人間としての、魔法師としての情報一切合切を偽装することによって魔力を感知する魔物に認識されない。
視認できたとしても二人の速度は、会合時にアルスと手合わせした時よりもさらに速いものだ。視認——できたとしても追いつけまい。
空間を高速移動する二人を捉えることは誰にもできない。同等以上の速度を持つ者でなければまず捉えることはできないだろう。
二人の視界は全てが高速で進むではなく、寧ろのその逆、相手の動作が遅く見えていた。この魔法は自身の情報をメアに、レアに偽装させることで互いの情報を隠蔽している。
これを見るものが見れば、緻密に練られた魔法だというのだろう。しかし、実際は二人が死地に身を置くことで自然と身に付けたものだった。故に技術だと思っているのだが。
無音の世界で二人は嘲笑うかのように至る所を駆け回る。
(当たらない当たらない)
(バラバラなのです)
声を発せずとも二人の意識は双子故に伝わるところがある。
魔物もなんとか武器を振り回しているが、決して当てることができない。擦りもせず、振り抜いた時にはすでに二人は余裕を持って次なる行動に移っていた。魔物の欠伸が出そうになる攻撃など、気に留めることすらしない。
二人にはまるで止まっているかのように映っていた。
無闇に振り回されたハルパーが、腕が伸びきったその一瞬で、魔物の太い腕は肩口から斬り飛ばされる。
魔物が一撃を繰り出すその一瞬に、レアとメアによって腕は綺麗に宙に投げ出されることになった。
宙空に投げ出された腕は、瞬く間に五つに切り分けられる。
もう一体のハルパーを持った魔物はレアによって首を飛ばされた。残った胴体は間を置かずしてメアによって、両断され、鮮やかな切り口を見せる。頭部を失った大男はグシャリと地面に倒れ伏した。
その上を轍の如く何度も切り刻む。
飛ばされた頭は未だ宙を舞う。
落ちるまでの一瞬は、二人に十分過ぎるほど長い時間を与えた。
地面に落下した時には残った魔物は一体もいなかった。綺麗に細切れにされ、残ったのは深緑の肉塊だけだった。
ただ、戦士としての矜恃なのか、手に握られた武器だけは一体も放さない。
仮面を断ち割り、指を切り落とし、足を再生不能な状態にまで切り刻む。
頭がゴロッと地面に落ちたと同時、レアとメアは足に力を込めて地面に舞い戻った。
もはや二人以外に立っている存在はいなかった。
「ぷはっ」
「ふぅ〜」
超速の世界から帰還した二人は、溜め込んだ息を吐き出した。
【静寂なる殺戮演舞】は捕捉されないための情報隠蔽が働いているが、その代わりに制限時間は息を止めている間のみ。動き回ることでの負荷を考えれば十数秒が限界であった。
「意外に目は良いのかな?」
メアのそんな疑問は予想以上に回避行動を取らされたことに起因している。肺への負担などから二人にとって息を止めている時間は無駄にできるものではない。そのため回避行動一つ取っても、制限時間を縮める要因になるのだ。
「かもです。速度は遅い……でも、狙っていたのです」
魔法を併用した二人の速力に腕力だけで対抗しようとした魔物だが、それにだって限界がある。決して速度で二人に及ぶことはないと思われた。振り下ろされてから避ける自信もあった。
魔力的には感知されないはずだが、偶然にせよ二人が警戒する攻撃が何度かあったのは確かだ。
何よりレアが“狙った”と感じる魔物の攻撃は、子供が木の棒を振り回すそれとは明らかに異なっていたためだった。言うなれば、武術を心得ているものの太刀筋。レアやメアのように我流ではなく、鍛錬を積んだ者のそれだ。
二人に武術その他を指導している“先生”の太刀筋と似ていた。
微かな違和感は、直接的な脅威にならないせいか、すぐに彼女の脳内から追い払われた。
今はそれよりも……。
「メア、魔核は?」
「あッ!? 魔核って硬いよね?」
「硬い方が多い気もするのです。けどそれは問題じゃないのです。とはいうものの、こっちも手応えがない、です」
むくむくと細切れにした魔物の肉片は地面の上で動き出す。落ちた頭も切断面から細い血管のようなものが生え出し、それが頭を起こす。すると小さいながらも足の形に変わり、頭を持ち上げていった。
「な、なんなのです」
「面倒くさいなぁ〜。もう帰らない?」
「そ、その方が良さそうなのです」
「——メアッ!!」
レアの張り詰めた叫びにメアは背後を振り返った。
飛び散った肉片の一部がすでに修復を終えて、迫っていたのだ。メアは視界の端で捉えた何かを咄嗟にその方向に従って地面を蹴った。
それが大男の拳だと知ったのは地面を蹴り、それでも間に合わないことに気づいた時だった。
メアは大きく吹き飛ばされ、壁面に自ら叩きつけられにいく。
ゴツゴツとした壁面に背中を打ち、肺から空気が漏れる。
「カハッ」と息を吐き出したものの、メアの足はしっかりと地面を捉えている。
腕の力に逆らわなかったのが良かったのだろう。
それでもメアの口端から血が滴るのは避けられない。
レアも距離を取りながら、声を上げる。
「メア、メア!」
「大丈夫だってば。少し口の中切っただけ」
来た道には飛び散った肉片から再生する大男の魔物が五体。
そして先ほど細切れにした道には、すでに三十を超える大男の魔物がいた。
「レア、あれをやるよ!」
「わ、わかったのです」




