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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「黒衣のアズローラ」
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真っ直ぐに



 魔物を捕らえていた氷柱は、アルスの意思の下、形成を解かれる。氷柱は役割を終え、魔力残滓へと霧散した。

 突如解かれたことによる反動でバランスを崩しながらも魔物は上体を静かに起こした。


 が、その頃にはアルスはすでに魔物の眼前にまで迫っていた。厳しい顔つきに映るのは瞬きも許さない極限状態の戦闘。

 急停止による影響ではないが、揺れる黒風のドレスの裾が、一際大きく波打った。

 

 膨大と言い換えるには生易しいほどの魔力量が魔物ごと覆い隠してしまう。

 ヒュンッと軽い音が空を分け入る。アルスがAWRを一閃した後に生じたものだった。

 花嫁に似た様相の魔物の頭部を真横に薙ぎ、すぐさま手元に戻す。腕が消失するほどの凄まじい速度。

 物理的に強固な外殻がない分、不必要な力を全て抜いた一撃であった。

 しかし、頭部を捉えたはずのAWRからはまるで手応えと呼べる感触はない。


 刃に纏わり付くのは、こちらの企図を見透かすかのように粘り気を感じさせる黒い風だけ――。

 舞った魔力残滓に微動が生じ、それをアルスは感覚で嗅ぎ取る。


 周囲に舞わせた魔力残滓はいわば、狭い範囲ながら魔力的な感知網の役割を果たしていた。

 これは戦術的な保険程度の役割しかないが。


 背後に回った魔物は黒い風の中から浮かび上がるようにして姿を現した。


 黒風の中から顔が突き出、さらにアルスを挟み込むかのように両腕を大きく広げる。

 手の平に作り出されたのは、【逆鱗の渦風(テンペスト)】の名で知られる風の渦を球体状に圧縮した物だった。


 高速回転する風の渦は白で埋め尽くされて内部を伺い見ることさえ難しい。

 乱回転する球体は四肢を一瞬で千切っていく程の高回転を有していた。

 もはや魔法としての効力を優に超えてくるだろう。いや、【逆鱗の渦風(テンペスト)】とはそういう魔法なのかもしれない。


 目の端で捉える間すら惜しんだアルスは、魔物に背を向けたまま細い息を吐き出す。


 化物らしく広げられた両腕は異様なほど長い。十分に溜めを作った状態で挟み込むように腕が左右から迫る。

 挟み込む手前で、予想していたかのように地中から黒曜石に似た艶のある柱が二対、一瞬で天井までを貫いた。挟み込む腕の進行を阻む目的で組み上げられたものだ。

 

 その隙に、アルスは攻勢に転じる時間を稼ぐ一手を打つ。

 幸い、魔法の発動状態にあるロキに、魔物の意識が向くことはなく、彼女もタイミングを履き違えることはなかった。無論、ロキの心境は小さくない漣が広がり続けている訳だが。


 アルスの短剣に歪な魔法の兆候が現れる。刀身の輪郭がぼやけるほど、空間に影響を及ぼしていた。

 【次元断層ディメンション・スラスト】の名を与えられた防御不可の一刀。

 空間に干渉する一刀は物質的・魔法的情報を高次元から断裂させる。


 それをアルスは特段苦もなく、息をするかのように自然と構築していた。


「ーー!!」


 今度こそアルスが肩越しに背後の魔物を目の端で捉える。振り返りざまの一閃を狙ってのことだった。

 だが、それよりも早く、アルスは目前に迫った両手の存在を認めた。

 両手の平に生み出された【逆鱗の渦風(テンペスト)】はそのままに、進行を阻む二対の柱を透過。先ほどと同じで、一部分だけが黒い風となって柱を抜けてきたのだ。


 腕の中程から断たれたようなものだが、柱を抜けた端から腕が再構築されていく。

 手の中にある魔法は一切の影響も受けていなかった。


(これもさっき見たがーー化物に寄ってきているか)


 身体を風へと変えてしまうこと自体は魔法の理論上不可能ではない。実際、【纏】やそれに類する魔法は肉体という現実における情報を魔法域の構成に組み込むことで位置情報をも改変することが可能となる。言うは易しだが。

 【転移門サークルポート】なども似た理論を用いている。厳密には身体という物質を変異させることはできず、それは人間側で構築してきた魔法の原理原則から逸脱してしまう。端的に言えば、魔物の扱う超常的な魔法に等しい。


 何れにせよ、虚を突かれたのはアルスの方……。

 いつも通りとはいかない。一瞬の判断の中にはパッシブとして【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】の選択肢が浮上している。もはやアルスの思考とは別のところで【グラ・イーター】が反応を示しているに等しい。


 故に制御が強いられるわけだ。

 こういった感覚は魔眼保持者に共通する自覚症状なのだろう。


 【次元断層ディメンション・スラスト】を脊髄反射の如く解除すると、振り向く間も惜しみながら速度のみに重点を置いて魔法を再構築する。

 超高速で処理されていく様は、脳の回路が時間を超越しているかのようだった。ロキのおかげで正気に戻ったーーとアルスは思っているーー己をより正確に見つめ直した今、アルスの魔法による手数は制限されていると言わざるを得ない。


 さらに言えば、人間としては膨大過ぎる魔力制御に関する一切、そのリソースをアルスは【グラ・イーター】に注いでいる。枷と言ってしまえばそれまでだが、しかし、唯一無二の力であることも事実だ。

 リソースを割いているとは言うが、これは以前のように制御するためではない。


 魔力を喰らい過ぎた今の【グラ・イーター】はアルスの経験上、制御可能の段階を超えているのだから。

 第二、第三の手として自在に操れる感覚はこれまでになかったものだった。

 意識しなければ自ら気ままな行動を起こすこの異能も、腕を動かすという伝達に従順だ。尾がある感覚とはこういうものなのだろうとさえ思えてくる。ただ何気ない行動指示ではなく、アルスの中で明確な意思が必要であることは確かだった。


 他のことに注意を取られていると、身勝手なまま捕食行動に移るのはこれまでとさして変わりない。

 使い勝手は最悪の部類。

 まるで二つの身体を操っているかのようだった。


 それでもこの力は長らく傍で捕食という本能を存分に発揮してきた。

 アルスは魔物を肩越しに目の端で捉え、視線はその奥で待機しているロキに向けた。アイコンタクトとしては不十分なのかもしれない。しかし、ロキにははっきりと意思が伝わっていた。


(制御するにも限度があるぞ)


 己にそう言い聞かせ、アルスは瞬時に【グラ・イーター】のアギトを左右から迫る両手に向ける。

 自らの身体は一歩分距離を取るために後退させたが、当然間に合わない。

 そのための【グラ・イーター】だ。


 コンマ一秒にも満たなかっただろう。

 【グラ・イーター】の顎が風球に触れた瞬間、アルスの中に流れ込んだ魔力がまるで毒を飲み込むような苦痛をもたらす。吸収速度はアルスのキャパシティーを無視して一度に途轍もない量が流れ込む。

 例えるならガラスの破片を飲み込んだに等しいのかもしれない。


 アルスはその一瞬で自分の中にある魔力の器に亀裂が生じた感覚を抱いた。【背反の忌み子(デミ・アズール)】がそうであったように内側から破裂するような気配すら感じる。


 アルスが〝捕食〟を解いたのは身の危険を感じ取ったからでもあった……。


 何より捕食対象が魔法だけではなく、魔物本体からも吸収していることは間違いない。


「チッ!」


 己の限界を見、即座に反転し後退するために片足で地を蹴った直後。

 魔物の手の中に未だ【逆鱗の渦風(テンペスト)】の名残りが魔法としての形を成していた。


 小蝿でも叩くかのように両手はアルスの顔の前で打ち合わさった。

 清々しい音はなく、代わりに苦鳴にも似た篭った音が二つを搗ち合わせた際に生じる。

 ガラスのような薄い即席の障壁魔法など打ち合わせた衝撃でいとも容易く吹き飛ぶ。


 意志の力で【グラ・イーター】を制御しつつ、アルスは咄嗟に片腕で顔を庇う。

 代わりに左手を手前に向けて指向性に介入すべく手の平ーー五指に風系統を組み込んだ魔力を発生させた。情報次元での干渉はもはや不可能と見たアルスは、五指に宿した風系統の基礎情報による直接的な書き換えを試みた。


 愚策であるのは試みた段階で理解していたこと。

 いや、愚策というより無謀に等しいリスクある行動だ。


 魔法に触れることで直接的な情報に介入し易くなるが、物理的な接触は代償が付き物。学院生相手とは訳が違う。

 この行動自体に利となる結果はあまり期待できない。


 それでもアルスがそうせざるを得なかったのは、我が身可愛さというより、彼の視界の奥にいる銀髪の少女が大きな理由だろう。

 無理やり二つの魔法を合わせた結果は目に見えていた。

 【逆鱗の渦風(テンペスト)】程、明確な指向性の定義はなく、無造作に荒れ狂う風球は破裂する。


 この魔物が行ったように指向性に干渉、誘導しようとアルスはしていた。


(狙ったか……来るッ!)


 二つの風球は互いに押し込まれ楕円に歪む。魔法として構築されたそもそもの形状が破壊され、残された効果だけが外へと逃げ出す力に変じた。

 風の流れが視覚的に認識でき、かつ細い流れは腰帯剣のように鋭利な刃となって波形を連想させる大きなうねりを生み出す。



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