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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「黒衣のアズローラ」
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逃れられない死の選択



 何をすれば良いのか、アルスの言葉の意味は通常ならば判断しかねるものだった。

 「一瞬で終わらせる」の言葉の中には、無理をさせると言ったロキもいるのだ。

 必ずロキにも役割がある。

 だが、彼女は自ら答えを求めはしなかった。いつだって必要なことはアルスが教えてくれる。自分で考えることを怠るのではない。最善を掴むための知恵を借りるのだ。


 アルス以外のその他多くの魔法師ができないことでも、彼ならば可能にできる知識と力がある。

 傍で彼の力を見てきて確信していることがある。アルスが示した戦略・戦術は一度として期待を裏切らないことを。


 何より、期待に応えられないような生半可な訓練をロキは積んでいない。

 背中を追い続けた一人の魔法師として、アルスのリクエストに応えられる自負もあった。


 だからロキは動かない身体を酷使し、力の象徴であるAWRを拾い上げる――一度手放してしまったことに少しばかりの罪悪感を抱きながら、今度は手放さないと身体へ引き寄せる。

 アルス本人から授かった【月華】は変わらぬ美しさを刀身に宿したままだった。

 刃こぼれもなく、高純度のミスリルは鉱床内部にあるどのミスリルよりも透明度が高い。


 それでもできることは少ない。自らの状態を知るロキにとって、勇み立つことの意味さえもう感じない。回避する力もそこに割く余力も残されていないのだから、ロキは端からこの場を動くつもりはなかった。

 背筋を伸ばし、力の象徴足るAWRを両手で握り込む。できることの選択肢はロキ自身思いつかないが、それでも行動を起こすための準備はしておかなければならない。


 残りの魔力量は僅かばかり、もはや感覚が鈍く、正確な残量などわかりはしなかった。どの程度の魔法が構築できるのか、何回まで持ち堪えてくれるのか。


(何度だって!)


 威勢というよりも、意識が途絶えるその瞬間までロキはアルスからの要求に応え続けるつもりで胸中に吐いた。

 全身を覆うようにロキの体内から魔力が漏れ出す。絞り出すように発せられた魔力は弱々しく、堅固な意志とは反対に不調和なものだった。少しも無駄に出来ない魔力はロキの指示に従い、みるみるAWRへと注がれていく。


 魔法を構築する――いわば系統の基礎となる情報を待機させた直後だった。

 ロキは【月華】から押し返すような術式の形跡を感じ取った。術者である本人さえ自覚していなかった魔法の構成式がすでに組み上げられていた。


 自分が構築した魔法を本人が自覚していないなどありえない。

 だというのに【月華】はすでに式を組み上げている状態となっていた。


(――!!)


 一瞬の驚愕は刹那的な理解をロキに齎した。彼女にしかわからないことだが、それでもこの啓示のような現象をアルスは織り込み済みだという確信へと変わる。

 

 決意の眼差しを標的に据えたロキの視界、その僅か傍をアルスが歩みだした。決して力強くない歩調は、それでも彼の意思によって前進を望んでいるかのよう。


 頼りなく断たれたアルスのAWRが振り子のように、切っ先を地面に向けて揺れていた。


「あれを一瞬でいい、引き剥がせるな。それまでは俺がなんとかする」

「はい」


 歩くアルスの背中越しのやり取り。簡素な応答は、言外に含まれた多くの情報を両者に共有させた。

 風の衣をフェリネラの身体から引き剥がす――いや、この場合は露出させることができれば良い。しかし、これにはいくつかの条件がある。


 先程は【グラ・イーター】で喰らったがあれはただの幸運に過ぎない。フェリネラが内部に囚われているとわかった今、アルスは完全な制御を要求される。万が一にも【グラ・イーター】の思うままに捕食を許せば魔力の核――魔核――を砕くことに繋がるだろう。どういう仕組みがあるにせよ、魔物とフェリネラが密接な状態であることに違いはない。魔物を倒す上で達成とはつまり“魔核”の破壊にあたる。だが、彼女を取り込んでいる現状、魔核の破壊でフェリネラ自身に影響がない保証はなかった。


 人間であれば魔力の根源は心臓だ。彼女の生死に関わらずリスクは大きい。



 情報の共有は成されたが、ロキには見逃せない懸念も生まれていた。実際、声に出すことはないが、魔物からフェリネラを解放するためには胸を貫く杭の存在がある。

 何より探知魔法師としてのロキの感覚が杭の存在を“魔核”だとほぼ断定していた。アルスも同様だろう。


 杭《魔核》の破壊は胸を貫かれたフェリネラの死とイコールだ。

 それを踏まえてアルスは魔物とフェリネラを切り離そうとしているのか、彼女の亡骸を人の形のまま取り戻そうとしているのか、結果まではロキにもわからない。アルスの心内を全てロキが理解することなどできないのだから。


 もはやフェリネラの死は避けられないように思えてならなかった。

 アルスとロキが今から行おうとしているのは彼女の身体を人のまま取り戻すことなのかもしれない。



(問題はあの魔物がどこまでフェリに潜り込んでいるかだが、やってみればわかる)


 未だ魔物の脅威は薄れていない。小さくなったフォルムは魔力的な消耗を示している一方で、より洗練された構成を瞬時に構築できる。先程の魔法は風系統の中でも超のつく高難易度。雷帝の八角位に匹敵する。事象の改変そのものは同列視できるが、魔法としては自然現象の操作と言っても過言ではない。

 それ故に、あの一撃だけは魔物らしいとさえいえた。


 これまでの攻防を振り返れば妙な点はいくつか感じられる。構成要件が一般的に人間側が扱う魔法に近しい印象があったからだ。


(フェリの内部情報が魔法に影響を与えているのは事実だ。だが【東の新生害気ファースト・マテリアル】は俺の知っている構成を辿っていない)


 それを感じさせないものだった。ロキが感じていた違和感に、アルスは事の成り立ちを与える。

 魔法でありながらその構成そのものを認知させない。これを魔法分野では完全な事象結果ともいう。つまり魔物の魔法が完璧足る所以である。


 豊富な知識と察知する鋭敏な感覚を備えていようと、それが魔法であることを事象の結果でしか認識することができない。アルスやロキが察知しているのはあくまでも魔力による魔法の兆候に過ぎなかった。


 【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】による捕食で今の魔法が、アルスの想定を上回っていたことは認めている。

 まざまざと魔法という分野において、人間が到底太刀打ちできないと告げられた気分であった。


 それでもアルスが行動を起こす理由が左右されることはない。その程度の些細な情報に過ぎなかったことも確かだ。


 突き動かされる感覚をアルスはこの時、初めて実感していた。夢中とはまた違う、使命とも違う、やりたいから、成したいから動く。

 

 何かを守る者は人として、本当に強いのだと多くの者達は口を揃えて言うだろう。それが魔法師が人間であることを繋ぎ止める理性なのだと。


 そしてそれを否定するものは“悪”のレッテルすら貼られてしまう。

 そんな信条じみた高説を垂れるつもりはアルスにはない。けれども口を開くとすれば、己の目で見てきた者達は変化のきっかけすらも生み出さなかった。動いたとしても何も変わらないことをアルスは知っている。


 あえて言えば、そう、失敗も成功も行動した者にのみ下される判定だということ。


 代償を伴う行為に望む結果が導かれることは少ない。

 未知なる力が湧き出てくるわけがないのだ。

 ただ、二の足を踏むくらいならば……。鼓動は力強くアルスの背中を前へ前へと押していく。


 行動を起こした果てに何も守れなかった者は……ただの弱き者に成り下がる。


 一歩一歩前進する都度、アルスの胸に去来する声が、戦いに意味を持たせ、力を振るうことに意義を与える。

 己の声なのか、自己の意思なのかわからなかった。

 同意できてしまう声が呼応するように、目の奥から痛みを遠ざけていく気がした。


 行動を起こした者には“小さな勇気”を讃えよう。

 過程の選択を誤った時のために“免罪符”を与えよう。

 結果が伴わなかったならば捧げた命の代償分だけ“後悔”を授けよう。

 弱きあなたに永劫消えぬ“呪い”を植え付けよう。

 満たされぬ想いの分だけ“捕食”を許そう。


(それでいい……けれど、全ての行動の責任は俺に帰るべきだ)


 だから自分で決断する。

 誰にも責任転嫁などさせやしない。そして行動の一切合切をアルスが承認承諾しなければならない。


 アルスの黒に染まった片目は罅ではなく完全に砕け散り、眼球の奥に潜む異様なまなこが顕になった。

 瞳孔の周囲を囲う二重の円は未解明な魔法式ではなく、歪な模様の線であった。まるで隙間なく《ロスト・スペル》を敷き詰めたために塗り潰されたのか。

 はたまたそれは蛇の尾でもあるかのようだった。


 もちろん、ロキや当人さえその瞳を見ることはなかったが。



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