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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「黒衣のアズローラ」
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破壊の迎合




 ロキの中で、納得してしまえる答えが出た。

 アルスと魔物との戦いは、決して生命の奪い合いではない。一方的な殺戮だ。

 奇妙な確信をアルスの瞳の奥に見ることができた――見てしまった。


 こちらに向けられた黒々とした異様な瞳。何を思っているのか、底の見えない深い黒があった。

 それが何であるかという疑問より先に、ロキは人智の及ばない絶対的な力だと直感してしまった。無論、もはやそれを人と呼べるのかは疑わしい。



 力の行使。それが意味するものをロキの目は映していた。

 倒さなければならない標的を前に、心底恐怖を感じた。

 無意識に込められた力を指先に集め、アルスの足をしっかりと掴むロキは幸い状況に圧倒されて放さずに済んだ。


(もう、躊躇すらない……)


 そんな死を呼び込む不純物を一流のアルスが持ち合わせているはずがない。自分ですら甘い考えは取り去っているのだから当然だ……。

 しかし、そうした当たり前の行動をアルスがさも当然とばかり実行してしまえることに、畏怖せずいられない。

 形ばかりのフェリネラを殺すことに前のめりになった今のアルスに届く言葉は存在しないのだろう。


 だからモヤモヤした胸に蟠る矛盾が、胸焼けを起こす。

 アルスであって、しかしそこに彼を見ることができなかった。


(何を私は……)


 頭部を吹き飛ばされた魔物に釘付けとなっているようで、ロキはアルスから視線を外す口実に使っているのではないかと後ろめたい気持ちがあった。

 そうした拒絶反応は自分の知るアルスだとは思えなかったからだろう。


 今のアルスは本人の意思を隠して、もう一人の内なる誰かに実行させたかのような違和感が残る。もう一つ人格があるような、そんな無味乾燥な瞳であった。


 魔物の頭部を喰らい尽くした【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】は一回り程大きくアルスを包んだ。

 足を掴むロキの手にも寒々しい気配が伝ってくる。冷水に手を突っ込んだかのように、急激に指先の感覚が失われていく。足元から揺らめく禍々しい魔力は、端々から糸を伸ばすかのように細く、蠢いた。

 するとペリペリッと剥がれるようにして魔力の尖端が割れ、化け物じみた口が開かれる。


 そうした魔力の端は到るところで見られたが、あまりにも小さく弱々しいもの。

 煙が薄れていくように形を作っては、混ざるように細く消えていく。そうした未成の捕食者とは対照的に、アルスの頭上では大口を開いた自我のある魔力が悠然とした動きで、捕食のみの欲を窺わせている。



「――!!」


 魔物がピクリと壊れた人形のような動きを示した。

 頭部を失った胴体がバランスを取ろうとするかのように奇妙な動きを見せたのだ。

 まさにその直後――カクカクと腕が持ち上がり、絞り滓のような細い指がアルスへと差し向けられる。


 意味を察することのできない奇妙な行動。

 だが、こと魔物という前提が加われば、目的は容易に想像できる。魔物が人間相手に行う行動など捕食するために弱らせる、つまり攻撃行動以外の何物でもない。


 自分がアルスの足を掴んでいることで、対応が遅れてしまう。自分が足を引っ張ってしまっている。

 そんな罪悪感がゾッと全身を駆け巡った。


 しかし、そんな後悔すら杞憂だったのかもしれない。

 振り上げた魔物の腕はピタリと一点で制止した直後――肘から先が口だけの捕食者によって食い千切られた。

 人間であれば皮膚。

 魔物であれば外皮。

 腕として繋ぎ止められている組織が、瞬時に分離し、貪るように顎に挟まれ腔内へと一瞬で飲み込まれる。断面のみが食い千切られたことを物語っていた。

 強引に引っ張られたかのような不揃いな損傷箇所。


 一拍して損傷部から漏れ出したのは、魔物の独特の濃い液体ではなく、血のような魔力であった。

 続けざま、今度はだらりと垂れ下がっていたもう片方の腕を油断なくアルスの魔力が食い千切る。咀嚼する素振りもなく、口だけの捕食者は分解して吸い込むようにして黒々とした体内へと取り込む。

 するとアルス自身の魔力と呼応し【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】が一回りも、二回りも肥大化する。


「アル、アルッ!!」


 己を見失ったアルスへとロキは声を張り上げて呼びかけた。

 自分の知るアルスを取り戻そうとしたのかもしれない。

 届けと、言い聞かせながら声を絞り出していた。

 そんなロキにアルスは肩越しに見もせず、視線を無残な魔物へと向けて微かに口端を持ち上げただけだった。食い千切られていく標的を見、まるでショーでも鑑賞するかのような不敵な笑みが口元に浮かぶ。


 意を決してロキは腕を突っ張り、上体を起こす。足を掴んでいた手を彼の腰に持っていき、強く引き寄せる。

 身体が密着すればするほど、接地面から凍えるような寒気が伝ってきた。内から体温が抜け出ていくような感覚は次第に血の気すらもロキの顔から引かせていく。


 



 魔物は肉体のみならず魔力をも一緒に喰われたのか、先程とは見違える程小さく萎んでいた。

 胸を突き刺す黒い杭だけが捕食から逃れたのか、相対的に大きく見える。

 そんな視線の中心にあった杭から魔力が湧き出てきたことで、ロキは一瞬目を瞠った。コポコポと地下水が地表に湧くように、ドロドロの魔力が杭から染み、そこから一気に損傷箇所へと移動する。


 やはりと思うのは魔物の特性上、肉体の損傷を復元することが可能だからだ。

 修復性能に個体差はあっても本質として魔物にとって身体とは単なる容れ物に他ならない。壊れれば己の魔力を用いて治すだけなのだ。


 “核”に全てが集約されていると言っても過言ではない。故に魔物を討伐するということは魔核の破壊とイコールでもある。


 フェリネラを模した造形は無駄な魔力消費に思える。魔物はその内包魔力量によって、魔力情報を元に容器を作り変えるものだ。

 そもそもからしてこの魔物は通常の魔物とは異なる。

 わざわざ“模倣”することに意味を見いだせなかった。それが魔物にとって最善の身体であるはずがないことは明白。

 筋の通った鼻がある意味は……。

 整った女性的な口は……。

 顎のライン、身体の曲線、そのどれもが魔物にとって不必要なものでしかなかった。


 少し考えればわかりそうな疑問だが、ロキが普通ではないアルスを前にしてようやく辿りつける思考なのかもしれなかった。


(胸のあれ(、、)が魔核の可能性は高い……)


 魔力の発生元は人間同様に心臓、つまり核であることは長年の研究で周知の事実となっている。

 であるならば、目視できる中で魔力が杭から溢れているのを見れば、大凡推測は限りなく確信に近づく。


「一片たりとも残さない」


 ゾッと響く低い声にロキはアルスの顔を反射的に見上げた。

 下から覗き込んだアルスの片目はすでに黒に染まり、異形の瞳となっている。そしてもう片方は墨に浸したように目頭から同じような黒が侵食しつつあった。


 それがロキにとっては警鐘として映る。

 突如、ロキの全身を冷気が撫でる。取り巻いていた口だけの魔力が、魔物の完治を見て一斉に襲いかかったのだ。飢えた獣の如く、口だけの大蛇が地面や床を跳ね、速度という概念すら脳裏に過ぎらない程の速さで食い千切っていく。


 それも本体に致命傷を与えず、削っていくように四肢を食い千切る。

 追撃の手はなく【暴食なる捕食者(グラ・イーター)】は更に凶暴性が増し、魔物と反比例するように巨大化する。 


 悪戯な殺戮。

 無駄な蹂躙。

 弄ぶかのような戦いはすでに、戦いとしての体を成してすらいなかった。


 魔力が枯渇するのを待っているかのように、アルスは無表情で感情のない視線を魔物へと向けている。


 またも杭から魔力が溢れ出し、食い千切られた損傷部が修復されていく。

 二度、同じことが繰り返されれば、当然三度目があることに疑いはなかった。


 修復するのにどれほどの魔力を消費したのか定かではないが、その消耗は目に見えて明らかだった。更に一回り程小さく萎んだ魔物は大男程度のサイズへと成り果てている。

 魔法を行使するにしても、先程のようにはいくまい。


 だが、それとは逆に、姿形はより一層人間味を増していった。

 より一層、フェリネラを意識させる形となっていった。

 長い髪は艷やかに宙に流れ、肌は人形じみた陶磁器のような白ではなくなっていた。徐々に、徐々にだが人としての形が定まっている。


 魔物の力は確実に弱まっていた。そもそもが実体すら怪しく、吹き飛ばされた頭部でさえも魔力残滓となるのではなく、頭部を構成する魔力へと還っていた。


 そんな折、ロキはついにアルスの身体から手を放した。

 思わず、そう無意識に手の力が抜け、視界に捉えた姿にのみ全神経が吸い寄せられるように注がれる。


「フェリネラさん」


 不意に口から零れ落ちた言葉が全てを物語った。

 模した魔物ではなく、その中にフェリネラ本人の姿を捉えたのだ。

 修復による魔力は胸を貫く杭を中心に全身へと広がり、膜となって覆い隠す。素体となるフェリネラを元にして身体の形状が決まっていた。


 故に経験値では図れない異例が起こる。


(胸の杭は貫通している)


 生存の有無でいえば、絶望的と言わざるを得ない。胸を貫く杭はしっかりと後ろに貫通しているのだから。




 

 

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