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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「片鱗裁断」
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双討(そうとう)

 アルスはゆっくりと腕を前に持ち上げて突き出した。

 体の中から漏れ出るどんよりとした黒い魔力。

 それは容易に視認することができる。魔力と呼ぶには不自然過ぎるうごめき。


「何だそれは……!」


 会話から意識が向くのは当然だった。グドマであろうと理解することはできない現象。


暴食なる捕食者グラ・イーター


 真黒な魔力が一気に実験体へと伸びていく。

 丸みを帯びた先端が不気味な口を開け、その中から更なる魔力が吐き出されてはまた口を開ける。


「――――!! 散れっ!」


 叫んだのはアルスの魔力が解き放たれたのとほぼ同時だったが、間に合う速度ではなかった。


 巨大な口が真ん中から飛び退る実験体を飲み込んでいく。

 触れた実験体はその場で全員倒れた。まるで魂を抜かれてしまったかのように三白眼となった目は虚ろ。空中で足に触れた者もそのまま意識なく落下する。


「何だ、何が起きた!」


 一部始終を見ていたグドマでも事象の認識に困窮した。


 アルスが持つもう一つの魔力。自我を持った魔力は相手の魔力を喰らう。

 触れただけで喰らうのだ。


 吸収した魔力をアルスは自分の魔力として補給することができるが、今この力を使ったのは別の意味があった。

 同じ成果を求めるのならば別の魔法でもよかったのだ。

 しかし、それだと凄惨な惨状を生んでしまう。この二人には刺激が強すぎるというのもあったが、研究者として実験体となった者へのせめてもの慈悲だったのかもしれない。


 人間相手に使ったのは初めてだったがなんとか上手くいったようだ。


「お前の尻を拭ってやってるんだ感謝しろ」


 壁にぶつかった魔力が弾け、別の標的に向かおうとした時点でアルスは全神経を費やして制御した。

 真黒な魔力が薄れて消えていく。


「もういいぞ」

「「「――――!!!!」」」


 その言葉に目を開けた3人は同じ顔を作った。


「何があったの?」

「…………」


 それに答えられるならば最初から目を瞑れとは言わない。

 それを理解したロキは問いたい気持ちを押し殺して噤んだ。


 ざっと見ただけで100近い実験体が倒れている。


「……殺したの?」


 アリスが背後で問う。

 軽蔑や恐れのそれではない。ただの事実確認なのだろう。


「あぁ」

「…………」


 それ以上アリスがこれに触れることはなかった。

 すべきことなのだ。でなければ多くの死傷者が出るのだから。

 それでも血の色がないことにアリスは(ありがとう)と内心でお礼を述べていた。


 自分の因子が作り出した実験体はアリスとは無関係でないということなのだろう。


「ア、アルスゥゥゥ・レエェェギィィン……何をしたぁあ!」


 恐怖に慄いた顔で飛沫を上げながら怒声を上げた。未知の攻撃に対するものと己の保身が崩れた恐れが垣間見える。


「30人で俺の相手どころか100すら相手にならなかったな」


 と表面上は気丈に優位を主張するが、精神的な疲労はかなりあった。

 そもそも魔力を押さえつける訓練はこのために始めたことだ。

 それでも止めるのがやっと、一日に何度も制御できるとは思えない疲労だった。

 吸収した魔力が溢れる一方で、チリチリと頭が痛みを訴える。


「くそがぁ!!!」


 本性を露わにしたグドマはぎりぎりと奥歯を鳴らす。

 逃げ延びた70体は外へ向かい。この場には40弱の実験体がいる。

 

(まだ多い)


 外には200程の魔法師が控えているはずだが、魔法師と呼ぶには力不足な者が多い。

 すぐに追いたいのは山々だったが、この場にはまだ40弱の実験体がいる。

 ロキ一人では到底太刀打ちできない数だった。


「まだだ、これだけの数がいればまだこいつらを殺せる」


 それは算出された数字でしかない。役に立たないことがアルスによって証明された今もグドマは縋った。


「奴に魔法を使わせるな」


 その指示に実験体は機械じみた動きでアルスへと首をひねった。


「ゴロス……殺し……」「死死ししし……死ね?」

「全部? こいつ……奴を……」


 異様な実験体の列に恐怖したのはテスフィアとアリス、それも一瞬だった。


「来るぞ。迷いは仲間を殺すからな、覚えていろ」


 釘を差す一言に覚悟を決めた二人はAWRに魔力を通し、頷く。


「テスフィアとアリスは二人で応戦しろ。間違っても一人で動くなよ」


 これは先ほど独断先行したテスフィアに対してのものだが、アリスにも思い当たる節があるはずだ。


 二人の戦闘力を足しても1体を相手にするのがやっとだろう。魔法を併用してもまともに当たる相手とは思えない。


「「はいっ!!」」

「ロキは二人から離れ過ぎるなよ」

「わかりました」


 拡散するように散らばる実験体の動きは一貫していた。

 連携ではないが、互いの場所を完全に把握しているようで同士討ちは見込めない。


 それが経験から来る動きでないのは明らかだった。


「悪く思うなよ」


 最初に断りを入れるのはさっきのように優しく逝かせることができないためだろう。

 スゥとアルスの目が虚ろに変わる。

 戦闘モードへと切り替わった合図だった。仲間の識別ができないとか狂乱するわけではない。ただ冷たい思考に切り替えて殲滅するための思索が行われる。

 ただ、この切り替えはどちらかと言えば感情を押し殺す意味合いが強い。


 アルスは向かってくる一人にナイフを投げつける。胸に一突き、刺さったまま硬直した。

 まずは一体。

 鎖を引いて引き抜くと、掴んだ鎖に魔力を通す。

 

 空間に無数の座標を固定、《リアル・トレース》でナイフを同等数複写する。


 小さな歪みがアルスの周囲で湧いた。するとどこからともなく魔力で形作られたナイフが刃先を覗かせる。

 次第に同じナイフが何もない空間から生みだされた。

 鎖が付いていないだけの魔力刀。空間干渉魔法を併用した複合魔法――。


「【朧飛燕オボロヒエン】」


 アルスの周囲に漂う30本近いナイフが標的に向かって一直線に射出される。

 自我がないからなのか、回避するという選択をした実験体はいなかった。 

 それでも防ぐために構えられたAWRはことごとく魔力刀によって粉砕されていく。


 的確に胸を貫かれた実験体は痛覚が遮断されていても関係なく生命活動を停止させた。

 バタバタと倒れる仲間を一顧だにせず、その間にアルスへと距離を詰めて来る。


「凄い!!」


 感嘆を漏らしたのはテスフィアだった。アリスは開いた口が塞がらないというように呆け、ロキはロキでうっとりするように見惚れている。


 水際で食い止めたアルスの視界の端を過ぎていく影。

 すぐさま襲いかってくる敵を蹴り飛ばし、ナイフを後ろに跳躍ざま投擲、孤を描いて背中に刺さる。


 更に反対側を2体が抜けていった。


「そっちに行ったぞ」



 これにテスフィアとアリスが応戦。

 2体の実験体は小太刀を持っていた。


 テスフィアもアリスも戦う覚悟は決めている。しかし……いや、それでもと言うべきだろう。

 実験体の多くはそれほど歳が変わらないのだ。そこに少なからず躊躇いの色が混じるのは経験の無さが故だろう。


「アリス!」

「うん、大丈夫」


 目配せを交わした二人はAWRを構えた。

 テスフィアの《フリーズ》が吸収壁によって使えないため、咄嗟の思い付きだったのだろう。


 刀を魔力が覆った。刻まれた魔法式が反応を示して淡く光る。

 《フリーズ》の及ぶ範囲を刀身に固定し、魔力を氷に変えた。直感のようなものだ。この場において欲しい力を想像する。

 強く堅く鋭く……それは魔力を押さえつける訓練が生かされたものだった。

 刃に薄い氷が張り付き氷の刃を付け加える。


 意図したものではないが、それは凍刃とうばと呼ばれるエンチャント魔法であった。

 他系統でも幅広く使われる魔法だ。炎ならば炎刃と呼ばれたりする。


 襲いかかる袈裟斬りを凍刃で防ぐと、相手の刃に氷が浸食し、鈍へと変えた。


「――――!」


 そんな効果があるとは露ほども思っていなかったテスフィアは押し返して一旦距離を取る。


「ど、どうよ!!」


 誰に対しての言葉かわかりかねるものだが、アルスの訓練あってのものであるのは本人も自覚している。

 だから、アルスに対してのものだったのだろう。

 様子を窺いながら戦っているアルスは確かに聞いていたが、当然のようにスルーした。


 無論アリスもそれどころではない。

 もう一人が向かってきたためだ。


 アリスの薙刀捌きがあれば遅れを取ることはない。長い間合いを生かした戦いは拮抗した。

 実験体の体に浅い切り傷を刻んでいくが攻め切れずにいる状況だ。


 その原因は分かり切ったことだった、人を斬ることに躊躇いがあるからだ。もう一歩が踏み込めない。

 傷つけることの恐怖がそうさせていた。


 アリスとしてはもう来ないでという思いだったのだろう。

 痛みを感じさせない敵は軽傷ではビクともしない――それこそ命を絶たない限り向かってくるのだ。


 距離を開けた敵が小太刀を突き出し魔法を使う。先端に光球が現れ蒸気が上がった。

 見ただけでもエネルギーが圧縮されているのがわかるというものだ。


 初めて見る魔法だけではない。アリスはその行使を食いしばる思いで見ていた。


 次の瞬間――光球が刃先から離れアリスとの距離を一瞬で縮める。

 その後を追随する実験体――捨て身の攻撃だった。


 震える唇でアリスが呟く。


「《反射リフレクション》」


 光り輝いた刃が光球を倍の速度で跳ね返す。切迫していた実験体が目を見開いたのをアリスは確かに見た。ギリッと奥歯を噛み締めたのは悲惨な結果を容易に想像できたからだ。そしてそれを実行したのは紛れもなくアリス自身。


 実験体の胸に跳ね返った光球が触れた直後、弾けるような衝撃が広がった。


「きゃっ!!」


 あまりの至近距離での出来事に余波がアリスを吹き飛ばす。すぐに体を起こし顔を向けると――。


「かはっ……あがっ」


 直立したまま胸から腹にかけて服が吹き飛び、煙を上げた白い肌が黒く焼かれていた。

 口から赤い液体が滴るとそのまま前のめりに倒れる。


「嘘!」


 意図した結果ではなかったが、アリスは自分の手が汚れた思いで見下ろした。


「アリスッ!」


 声が上がるとすぐ眼前にはもう一人の実験体が小太刀を振りかぶっていた。

 地面にへたり込んでいたアリスはAWRを横に滑り込ませて防ぐ。


 体勢的に力が入らずせめぎ合いはすぐに崩れ、刃先が徐々にアリスの顔に近づく。

 それが軽くなったのはすぐのことだった。少しの力で容易に押し返せる。

 その理由は――

 

「はあ、はぁ」


 肩で息を吐いたテスフィアがアリスへと襲いかかった実験体の脇腹に刀を突き刺していたからだった。反対側に刃先が見える。


「フィア!」

「大丈夫!? アリス」

「うん……」


 恐る恐る抜かれる刀をテスフィアはそれ以上の安堵で乗り越えた。血塗られた刀を顧みずに空いた手をアリスに差し伸べる。

 

「ありがとう」


 謝意を以て立ち上がったアリスは、テスフィアの背後で小さな光球を見た。


「――――! フィアッ!」


 反射的に動いた手はテスフィアを押しのけAWRに魔力を通わせていた。

 下から逆袈裟切りに振り上げられたAWRの魔法式が力強く輝く。


「《シャイルレイス》」


 斜めに走る斬撃は白い光芒を曳きながら、放たれる前の光球を斜めに斬り裂き、そのまま敵の体を深く抉る。

 放つだけの光球はその場で破裂、衝撃で実験体を壁面に叩き付けた。


 鈍い音の後、血が溢れてそれ以上動くことはできないだろう。沈黙は命が尽きた証左だった。


「はあ、はあぁ……」


 振り上げられたまま、アリスは夥しい血に沈んだ敵から目を離せなかった。

 自責の念が込み上げる直前――


「ありがとうアリス」


 ――その言葉に我に返ったアリスは立ち上ろうとするテスフィアが差し出す手を今度は逆の立ち位置で引いた。


「今のが新しい魔法ね~……」


 お尻を擦ったテスフィアがその威力の跡をチラッと見ると、


「いいなぁ~」


 緊張が弛緩する声を上げた。


「もうフィア! 今はそんなこと言ってる場合じゃ……」

「助かったわアリス」

「えっ……!?」


 思わず脈絡の無い謝辞に困惑したアリスは頓狂な声を上げてしまう。

 しかし、テスフィアの顔は清々しいまでの微笑を浮かべている。それだけで魔法を羨ましいというのが気遣いからのものだとわかった。


 アリスは倒したこと、命を奪ったことに後悔はない。でなければテスフィアが危なかったのだから――親友が敵と同じ目にあっていたのだから。

 何度同じ場面を繰り返してもアリスの行動は変わらなかったはずだ。

 

 だからアリスの返答は考える必要もない。


「ありがとうフィア」


 お互いに頷いたが、まだ危険が去ったわけではない。

 あれだけいた実験体の内のたった二人を倒しただけなのだ。示し合わせたわけではないが、各々のAWRに力が再度入り、大多数の敵を引き受けているであろう少年に目を向けた。



 

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