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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「黒衣のアズローラ」
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揺れ動く弱い稲光



 眼の前で雷霆の一角位――最上位級魔法――が容易く敗れ去った。

 激しく髪を巻き上げる破壊の鉄槌が如き一撃――その名残が飛散する。


 視界に浮かぶ電光が消失し、その奥でフェリネラの姿を模した魔物の腕が微かに持ち上がる。指と呼べるかも怪しい、多関節を有した細い指が機械仕掛けを思わせるカクついた動きを見せ始めた。


 刹那――。

 電撃を逸らした黒風が今度は魔物の手前――ロキとの間で急速に集まっていく。凄まじい速度で小さな竜巻を構築していた。

 竜巻を閉じ込めた球体に、ロキの足が地面を掻いて引っ張られていく。


 バチバチとロキの体内で筋肉に電流が過剰に流れた。意識するまでもない危険信号。

 即時離脱を図るべく【フォース】を一挙集中させたのだ。


 直後、足が地面から離れようかというその認識できるかも危うい僅かな予備動作の間に、凝縮された竜巻から黒風の刃が無数に走った。一種の線とさえ呼べる黒風の斬撃。

 走り抜けた斬撃は部屋ポケットの端に届く程延びて、壁面を裂いていく。


「クッ!?」


 地面を蹴ったロキの速度はまさに神速の域に到達し、人の限界を凌駕していた。

 眼の前で頭を輪切りにせんと襲い来る刃はバックステップで後退するロキの、鼻先まで差し迫っている。

 全力全開の【フォース】を駆使しても速度で僅かに劣った。


 延々と下がり続けられるはずもなく、ロキは瞬時の判断で顔から始め、上体を逸らす。すると先程の黒刃が掠めるかという至近距離で通り過ぎていった。


 それだけで済むはずがない。速度などまるで意味をなさない数の斬撃が次々と放たれていたのだから。

 ロキを標的としていながらもその攻撃は無造作。

 法則などなく、無闇矢鱈と風の刃が部屋ポケットを埋め尽くした。


 一息吐く間もなく、次々に回避していくものの、そのどれもが針に糸を通すギリギリでの回避であった。一瞬でも気を緩めれば意識することなく切り分けられる。

 瞬きも許されない一瞬の回避行動。


 何度も襲い来る死線をロキは切り抜けた。


 探知をも駆使した一瞬先の予知。幸いにも僅かな範囲内での魔力ソナーによる探知は効果的だ。

 無論、アルスとの訓練によって精度は高い。故に風の猛攻が終わった直後――。


 ロキはすぐに打って出た。

 【月華】を肘から先を使って最小限の動作で魔物目掛け、素速く振る。


(【雷閃】)


 膨大な電気を帯びた【月華】から雷の一閃が最速で放たれた。

 【フォース】との同時行使。負荷など考える余地はなく、倒すため、それだけのために我武者羅に思考する。


 魔法を構成する上で満たさなければならない諸要素。指定しなければならない構成要件。

 それらは全て発現までのタイムラグであるとする考え方がある。アルスの魔法に対する造詣の深さはやはり実戦的と言わざるを得ない。


 故に既存の概念さえも超越していくのだろう。魔法における構成要件は誰もが口を揃えて必要不可欠だと断言する。寧ろ問題にすらならない常識だ。

 だが、アルスは必ずしも必要であるという固定観念に縛られない。


 場合によっては無駄と切り捨てる割り切りのよさは、実際に死闘の中でしか生まれ得ないものだ。


 魔法の発現までに要する時間は練度によって大きく改善されるし、一流の魔法師ならば遅延とさえ呼べない早業を見せるものだ。

 しかし、この【雷閃】はそもそもの時間的なロスを限りなく減らした魔法である。


 旧来の機関銃に似た連射性能を持ち、AWRの動作でもってトリガーとする。

 要は膨大な電撃を蓄電し、事前に構成しておく。魔法への構成を簡略し、一元化・プロセスの維持によって魔法を構成・発現できるというもの。


 【月華】を引く動作で、発現に必要な構成要件を満たすことになる。つまり振る動作で発現・発射までを終える。動作による構成要件の省略。それこそが【雷閃】の強みである。


 速射と連射を組み込んだ魔法であり、それも術者の技能以前にAWRの性能がものを言う。魔法研究者では論理的にこれを魔法とは呼べないのかもしれない。

 アルスの製作した【月華】は高純度のミスリルを使用していることから、魔力から魔法への構築を無駄なく組み上げられる。【月華】とはいわばミスリルそのものといえるのかもしれない。繊細な細工を施し、加工しただけに過ぎないのだ。


 魔法のトリガーが動作と連動することから、魔法戦においてもまず出遅れることはない。


 回避動作に織り込まれた魔法という名の弾丸。

 それらが閃くように魔物へと連続で放たれた。


 一撃の威力はだいぶ抑えられてしまっているが、それでも中位級レベルの威力は出せている。反撃を許さない連射。

 反響する鋭い轟音が絶え間なく鳴り続いた。


 足を止めることなく、ロキは常に動き続けての攻撃に集中する。

 しかし、どうしても頭の片隅に過る意識しない思考が、感情を揺さぶってくるのだ。無我夢中のはずなのに……。


 あの魔物が使う魔法が風系統というだけで、どこかに残っていた“もしも”という希望を知らしめるように粉砕してくるのだ。

 もう、わかっている。なのに、どうしてこれでもかという程「ダメ」の二文字がロキを諦めさせようと込み上げてくる。

 決めたはずなのに……果たさなければならない役目なのに……決意が揺らぐ。


 今なら、どうしてアルスが人との関わりを絶って、自らを守ろうとしたのかが良く分かる。深く関わり合えば、それだけ心は弱る。使命や役割なんてものを頭で決めた自己暗示に等しい。

 だから根っこの部分で簡単に揺さぶられるのだ。

 最後の最後で身体を動かすのはやはり頭じゃなく心なのだ。


 しっかり保ってないと挫けてしまう。

 何も成し遂げないまま、魔物に奪われたまま負けてしまう。



 彼女は気付かず、見た目上全力で強敵に立ち向かっているように見えるだろう。しかし、ロキの唇は微かに震え始めていた。


「ああああああぁぁぁぁ――!!!」


 気づけば叫んでいた。

 読み解けない感情が漏れるように叫んでいた。アルス程ではないにせよ、ロキも学院へ来て何かが変わっていたのだ。自覚しないように澄ましていても、繋がりが出来ていたに違いない。


 いつの間にか戦術的な思考は途切れ、感情が先行する。感情に呑み込まれていく。


 もう助けることは不可能だと結論付けたし、これはアルスのためだけじゃなく、フェリネラのためでもあるのだ。そういう戦いだ。

 なのに、討伐すると決めた決意を、可能性という甘い考えを起こさないように鈍器のようなもので叩き続ける自分がいた。

 儚い希望を抱かぬように、小さな破片になっても砕き、更に小さくなった破片をまた砕く。そうして希望とすら認識できない礫に変えてようやく決心するのだろう。


 子供のように現実から目を逸らして、イヤイヤと拒み続ける浅ましさを捨て去らなければならないのだ。

 「甘さを捨てろ」と言い続ける自分がいる。


 

 だからこそ、ロキは感情のままに攻撃を続けるのだろう。この行為は何のためだったのか、何のために戦い出したのか、そんなことさえも遠くの約束となっていることにも気付かず。

 

 ちっぽけな力で何かが変えられるのだろうか。

 真っ直ぐな決意に支えられていたはずなのに、痛みを伴う決意に支えられていたはずだったのに……。


 この【雷閃】もすでに無意味であることはわかっていた。何度と電撃を放っても、あの忌々しいフェリネラを模した魔物の身体にすら届かない。

 もっと前で指向性が書き換えられる。いや、この場合は黒風を前に【雷閃】では圧倒的な力不足なのだ。どれもが逸れていってしまう。


 一歩も動かず、魔物はその場でただ風を操るだけ。


 それでも攻撃の手を休めるわけにもいかず、ロキは次なる一手を打つ。

 ロキは左手に持った四本のナイフ型AWRを一見見当違いな左右の壁面目掛けて投擲した。ミスリルの傍、壁面に深くまで突き刺さったナイフの配置を確認しつつ、丁度中間地点まで移動すると腰から更に一本ナイフを取り出し、そのまま魔物目掛けて投擲した。

 

 まだロキの身体は倒すための戦術を練れていた。幾度と外界で戦ってきた経験が彼女にどう動くべきかを教えてくれている。


 投擲されたナイフは真っ直ぐ飛び、左右に刺した四本のナイフから細い電気で繋がれる。【鳴雷ナルイカズチ】や【雷閃】は一種の完結した魔法である。いわば発現段階で魔法として発現までの全ての要素を満たしたことになる。


 更に指向性を上書きされるという予想から、ナイフ間を繋ぎ、絶えず流動させた。

 加えて物理的なナイフならば……。


 しかし、当然といえば当然だったのだろう。

 ナイフは見えない風によって空中で動きを止められていた。まるで両側から挟み込まれたように微振動を繰り返す。すると、堪えきれなくなったのか弾かれるようにして、風に舞い上げられ弧を描いて跳ね返った。


 宙を力なく飛ぶナイフは銀光ばかりを無駄に反射させて舞う。

 ナイフはコイントスのように空中で乱回転していた。直後、チリッという微かな稲光がナイフのすぐ後ろで走った。

 宙を舞うナイフのすぐ傍にロキの姿が現れたのだ。

 上体を傾け、身体をひねった奥から、鞭のようにロキの足が回る。勢いよく回した蹴りは舞ったナイフの柄尻をピンポイントで叩いた。


 接地面から一気に魔力が注がれ、弾けんばかりの電気がナイフを包み込んで魔物へと加速して突き進んだ。


 これだけの近距離は恐怖さえ呼び起こすものだ。

 たかだか三桁の魔法師が、Sレートを超える化物を相手にしているのだから。そもそもが自殺行為に等しい。

 それでもやらねばならないというのだから、普通では成し得ない。


 【フォース】を駆使したロキの蹴りは、ナイフに凄まじい速度を与えた。物理的なナイフの存在と、追加付与された電撃は想定を超えるはずだ。

 大型動物が小虫など目もくれないのは、反撃にすらならず、痛みを伴わない、故に警戒するだけ無駄なことだからだ。


 しかし、眼中になかろうと脅威を知らしめるその瞬間までは確実な油断が生まれていることになる。


 微かにロキの中で、戦えている感触が勝機を見出していた。


 常に凄まじい勢いで魔力を消費しているが、ナイフ型AWRのみで戦うよりも遥かに効率よく運用できているのは間違いなかった。


 汗がこめかみから顎のラインを沿って伝う。

 大きく深呼吸したいところだが、息を吐くにも一定でなければならないだろう。


 まだまだ動ける。

 そう確信して、ロキはナイフの軌跡を視線で追いつつ後ろに下がった。反発するように加速するナイフは閃光となって標的へと一瞬で距離を詰める。

 狙うは無論、胸部を貫く杭だ。もっとも目ぼしい魔核のヒント。


 先程のように、いや、ナイフは更に魔物のすぐ目の前まで近づき左右からの黒風に阻まれた。杭へと後一歩のところまで到達している。

 威力の増したナイフの拮抗は刹那的なものだったが、当事者にとっては息を呑む程長い刹那でもあった。


 まだ、フェリネラを模した魔物は大きく動かずその場に留まっている。


 ロキの放ったナイフは風に阻まれながらも確実に前進していた。その切っ先が杭に触れるかという直後、形の良い模造の口がパカリと開いた。

 粘土細工に彫ったような口が卑しい開き方をする。やはり形だけを与えられた口だったのだろう。粘性の皮膚を無理やり横に引き伸ばしたかのように、口端を裂き、真っ白な肌を縦に伸ばして内部の黒い腔内を覗かせる。


 フェリネラを象った顔が化物じみて歪む。不気味に笑ったように見えた。


 直後、黒風の中から魔物の腕が伸び、枯れ枝のような指先でナイフの側面に触れる。

 何が起こったのか、一部始終を見ていたロキにも上手く説明できなかった。魔物の片腕が黒風へとなって、ナイフの進行を阻んだ風の中から生えたように見えたのだ。


 ゾワッと強張ったロキの背筋に強烈な冷たさが駆け巡る。


 ナイフの砕ける破砕音とロキが再度【フォース】を駆使して全力で動き回ったのは同時。

 指で触れただけで砕いてしまった。そう認識することしかできないし、実際のところ見たまんまの現象を理解するしかなかった。




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