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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「黒衣のアズローラ」
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ドレス姿の模倣者




 かつて、これほど魔物を憎むことはなかったかもしれない。

 魔物とは捕食者であり、いつしかそういうものとして認識していたのだ。そういう存在であると受け入れていた。


 そうすればいくら仲間が殺され、捕食されようと“何故”という疑問は浮かんでこない。


 しかし、今回は……。

 ロキは俯き、陰の下、唇を強く噛み締めた。ブチッと噛み切った感触が歯を伝って、微かに血の味が口内に入ってくる。

 やっと一息、息を吐くことができた。己を諌める方法としては稚拙だ。


 化物を睨み据えるロキの目は、映し出す光景をしっかりと受け止める。


 確かに人の形を取っていた。

 背丈は三メートルを超え、長く黒い髪が微かに靡いている。黒々とした風はまるで、真っ黒なドレスを纏っているかのようだった。足元を隠す裾は地面を這う黒風となって、絶えず流れ続けている。

 身体の曲線に沿って流れる黒いドレス――黒風が衣類のような実体を持っている。


 確かな女性的曲線美。

 巨人と見紛う女性型の魔物である。女性型という表現にロキは驚愕の色を瞳に映す。人の形、のようなものはこれまでも確認されているが、ここまでとなると……。

 

 胸までを覆うドレス。陶器のように真っ白な肌、鎖骨や肩、左右に伸びる靭やかな腕の雰囲気は彫刻のような芸術的な模倣を思わせる。無機物的な寒々しさは拭いきれず、鑑賞するための美。

 あまりにも不釣り合いな場所が、この芸術品を不気味足らしめていた。


 

 続いて目を引く大きな頭部。

 それでも女性のほっそりとした顎のラインが窺える。鼻上からはどす黒いウエディングベールが張り付きカーテンのように棚引いていた。

 その作られた顔つきはどうしようもなく見覚えのあるもの。


 取り入れた情報を元に、再現したと言わんばかり……。


「……黒い花嫁」


 それが何を意味しているのか、ロキにはわからない。しかし一目見た瞬間、元となったのがフェリネラ・ソカレントだということだけは、確信的に理解できてしまう。顎のラインや、筋の通った鼻などが彼女を示していた。


 だが、人間的な肌の色合いはなく、白磁のような白さなど再現に無理が生じたのか、ところどころ罅が走っている。


 纏っているドレスは物質なのか、魔法なのか判断がつかない。濃い薄いという表現が合っているのかもわからなかった。

 物質としての衣類でありながら、裾の端々は溶けるように薄黒い風へと変わっていた。


(魔物であるのは間違いない。何より、フェリネラさんはすでに……)


 先程呼んだ名にまるで反応を示さない。ロキはここに至って……いや、この魔物を見た瞬間に全てを悟ってしまった。

 アルスから教わった魔物の特性を思い返すまでもなく、可能性なんてものはすでに無かったのだ。

 魔物は取り込んだ者の情報を元に身体を作り変える。最も適した身体へと、次の段階に進化するのだ。


 喰われた。

 わかっていたこと。覚悟していたこと。

 ロキでさえ、張り裂けそうな胸を押さえ込むので精一杯なのだ。これをアルスに見せて、どうしようというのだろうか。


 きっと意味などない。喰われた者が帰ってくることなどないのだから。

 何度と人間が食われる瞬間を見てきたロキが取る選択肢は一つしかなかった。


「全てを終わらせます。私の命に替えても」


 落としたAWRを拾い上げてロキは懺悔を呑み込む……アルスに伝えないことを。

 自分一人で完結してしまうことを。


 同じ人に想いを寄せたのだ。言葉にせずともお互いを理解するのは容易い。

 同じ女性なのだから。

 痛いほどわかるし、だからこそ許せなかった。


「どういうつもりか知りませんが、フェリネラさんを貶めることだけは許さない」


 魔物が四肢を持つことはあるが、ここまで人間に寄せた形状は過去類を見ないだろう。

 化物に不釣合いな姿。


 こちらの神経を逆なでしてくる姿にロキの怒りは頂点に達しようとしていた。

 見れば見るほど、侮辱的な姿だ。


 臨戦態勢に入ることなく、ロキは全魔力を己の支配下へと置き換える。彼女の感情を受けて力強く溢れ出た魔力はパチパチと放電し始めている。

 指にナイフ型AWRを、もう片手には【月華】を握る。刀身に帯びた電流が一層激しさを増して弾けた。


「――!!」


 ふと、ロキの目にフェリネラを象った魔物の胸部が映り込む。

 胸部もやはり白く、白磁のようだったが、胸に走る罅の中心から突き出る杭に視線が吸い寄せられる。

 杭というよりも真っ黒な角材のようだった。


 探知を駆使していても、魔核を探し当てるのは鉱床内部では不可能だ。

 とすれば、あの杭のような物にヒントがあるかもしれない。いずれにせよ、何かしらの役割があると考えるのは当然。


 格上相手に最大限の警戒をするのは当たり前のことだ。

 真正面から当たれば殺される。


「王道ではダメ……邪道でなければ倒せない」


 言い聞かせるように小さく呟く。わかっていることだ。力の差を測る必要すらない。眼前の化物は桁が違う強さを誇っているはずなのだから。


(Sレート……)


 ロキの口角が微かに持ち上がった。

 きっとSレートよりも上、しかも変異であるのは間違いない。

 だというのに、逃げるわけには行かないのだから、レートを考える意味などなかった。そのことに気づけば肩の力が抜けていく。


 外側は脱力し、内側で怒れば良い。


 ゆっくり歩を進めて、ロキはぽたりと涙を一滴落とした。


「アルには見せたくありませんよね。フェリネラさん」


 わからないけど、悔しい。

 ロキの役目はただアルスにのみ注がれているけど、それだけではなかった。ロキ自身が彼と学院での生活を過ごす上で、少なからず彼女のことを想っていたのだろう。

 アルスだけじゃない、ロキにとってもやはり友達に違いない。大事な、大事なライバルだったのだ。


 友人と呼べる同性は学院で知り合った数人程度。

 初めての本当の友達。

 そして初めてのお別れ。


「それに、アルに会わせるわけには行きません!」


 前傾姿勢で走り出そうとするロキの足に電流が迸る。

 【フォース】を駆使した初速は一瞬でロキの姿を掻き消した。目の端に溜まる涙を振り落とし、一気に魔物へと詰め寄る。


 足を弛め、腰を落として半身になったロキは、【月華】を突き出し。


「【鳴雷ナルイカズチ】」


 至近距離での最大出力。様子見も全力で。

 一刻も早く終わらせなければならない。魔物の一部となってアルスの前に立つことを彼女は望まないだろう。ロキもまた、今の彼女をアルスに見せるわけにはいかなかった。


 だから全力を以て遂行するのだ。彼のために、彼女のために……力という力を絞り出す戦い。

 己の分を超えた戦いに勝機を見出さなければならない。


(どこまで削れるか)


 回避などできない近距離からの特大魔法。【月華】を用いた【鳴雷ナルイカズチ】は今までと比較にならない精度と威力を秘めている。端的にいえば【月華】は構成要件における一定のプロセス範囲内に収まる雷系統の魔法を補助、威力面での増幅を可能にする。


 技術も然ることながら、ロキの魔法は構築から発現までの工程を一瞬の内に終えていた。

 耳を劈く雷の咆哮、白光は一瞬にして視界を覆い尽くす。


 フェリネラの姿形など崩してのける破壊力。


 全力を注いだ得意魔法。

 しかし、目の前でロキは自らが放った雷が弾けているのを感じ取っていた。一瞬にして駆け抜け、余すことなく焼き尽くす雷霆の一角位――【鳴雷ナルイカズチ】が堰き止められている。

 衝突時の激しい放電はなく、巨大な壁にぶつかったように弾かれていた。


「――なっ!!」


 花が開花するように、目の前の雷は放射状に割かれている。綺麗に、という他ない。見事にという他になかった。

 ダメージに繋がるか、という以前の問題だった。

 見ずともわかる黒風の流れ。

 風が生み出した流れに沿って雷は綺麗に割れていた。敵を目前に直角に指向を変化させられていた。


 風によって生み出した気流に【鳴雷ナルイカズチ】の指向性が誘導された。

 まるで【鳴雷ナルイカズチ】自ら敵を避けたかのようだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] この作品はスピード感が無いバトルで読むのが大変なのに、ここに来てフェリネラが魔物に喰われてるなんて...最悪。ロキは相変わらず自分勝手だし...本当にムカつく。本当にロキには死んで欲しい!
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