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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「片鱗裁断」
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奪還

 アルス達が中層を出て、未開と呼ばれる区域に入った時点で陽はすでに傾き始めていた。蛇足だが、未開という言葉は外界の比喩である。

 途中でアリスを追い抜いていればいいのだが、時間からしても期待は薄い。

 サークルポートを経由すれば中層までは時間をかけずに来れてしまう。そこから目標地点までは結構な距離があるが、それもアリスの足ならば3時間も掛からないだろう。


 アルスの予想ではすでに着いている頃合いだった。


「スピードを上げる。ロキここからはバレても構わない」

「わかりました」


 すでにここまでの短くない距離でロキの呼吸は乱れていたがアルスは触れずに速度を上げた。

 近づくにつれ徐々に速度を落として辺りを睥睨する。この辺りの地形は脳内にある通りだ。こういった時に下見した意味が出てくるということだろう。


「戦闘の痕跡はなしか」


 望みはまだあった。


 アルスは視認した廃墟までを一気に突き進む。

 正面に着地するとテスフィアを降ろし、続いてロキが静かに降り立つ。


「建物内にはいません。おそらく地下ですね」


 ロキの探知は階下には及ばない。

 だから、正確な実験体の数を軍が把握できなかったのだ。


 つまり情報通り地下に潜伏しているのだろう。軍が今まで発見できなかったのも建築の構造上地下はないからだ。

 おそらく研究のために掘り起こしたのだろう。

 いや、ここはそもそも非合法の研究所だ。表向きは隠されたのかもしれない。


 鉄骨が剥き出しになった廃墟へと踏み入る。

 床にはガラス片などが散乱しており埃っぽい。

 下見した際の侵入経路とは違い今は猶予がないため、正面から入ることになってしまったが、事態が事態だけにしかたあるまい。

 辺りを警戒しながらの侵入、テスフィアとロキは周囲を見回しながら静かに後に続く。


「ここか」


 突き当たった先は壁だった。


「壁がどうかしたの? それより階段を」

「馬鹿か、そんな正直者なら俺に任務が回ってくるわけないだろ」


 焦るのも理解できるが、もう少し考えてしゃべれとアルスは一蹴した。


「魔法ですね」


 ロキが壁に触れた。

 その肌触りは冷たく壁そのもの。


「よくできているな」


 触れても分からないというのは相当だ。

 アルスが鎖を魔力で複製した《リアル・トレース》がこれに近い。

 それでも魔力が形作っただけの模造品だ。これほど精密なものは不可能だろう。


 考えられるとすれば闇系統の魔法で認識操作されているか、もしくは……。


 アルスは手を触れ、座標位置を指定する。

 正方形の空間を重ね、壁に圧縮をかけた。

 すると細かい亀裂が走り、隙間から光が漏れ、ノイズが走ると壁面は姿を薄れさせる。


「「――――!!!」」

冒涜ぼうとくするのが得意なようだな」


 透過した先には一人の女性が密着するような服に包まれ、祈るように両手を合わせて実験台に似た椅子に固定されていた。

 瞑ったままの目は開かない。

 完全に魔法が解けたと同時に糸が切れたように首がカクッと俯いた。

 合わさった手の隙間から赤く染まった壁の破片が零れ、座ったままの女性の胸には手術の痕が首元から覗いている。


「光系統魔法だな、おそらくこの女の血を触媒にしたんだろう」

「なっ!」


 握られていた手の平には少しずつ搾取される管が通っていた。


「禁忌ですか」


 軽蔑の声で見下ろしたロキの目にはやるせなさがある。


「この人は死んだの」

「いや…………死んでる」


 思い留まったのは手遅れだからだ。テスフィアが助けたいと言いださないための言い直しだ。

 今は死んでいないが、結果として死は避けられないだろう。

 半永久的な動力源として利用された彼女は魔法が解けた今対価を請求されることになる。

 それが禁忌だ。


 たかだか偽装するためだけの装置にされた彼女には同情する。

 せめて気を取り戻さずに逝ければ幸いだろう。


「それよりも先を急ぐぞ」



 そこから先は地下に下るだけの一本道だ。廃墟の真下から少しずれた位置だろうか、明るく開けた場所は薬品の臭いが立ち込めた。

 かなり広い空間で最新の機器が鎮座している。天井も高く機材はあっても保管庫という印象が強い。

 真っ白い照明が研究所らしいと言えばらしいのだが。


「アリスッ!!」


 目に飛び込んできた光景にテスフィアは叫んだ。


 機器が並ぶ先には何もない開けた空間が出てきており、そこでアリスは二人の実験体に両脇を掴まれ取り押さえられていた。というには弱々しく、倒れるのを許されずに支えられているようだ。

 足元には薙刀型のAWRが転がっており、学院の貸出し用のAWRがここにあるということは拝借してきたのだろう。


 テスフィアの声はアリスに届かなかった。

 血の気のないアリスの顔は視点が定まらず、虚ろな目だけが見開かれたままだ。

 そしてアリスの傍では白衣を着た男が注射器を持って離れるところだった。

 限界まで搾取された赤い血液で満たされた注射器。


 男はそれを掲げて照明に透かした。

 コツンと指で弾くと悦に浸ったような笑みが顔を歪める。


「やっぱり現れたかアルス・レーギン、軍の番犬」


 細められた目が注射器からアルス達へと向けられた。


「アリスを放せえぇぇ!!」

「あの馬鹿!」


 激情にかられたテスフィアが鞘から刀を抜き、アリスに向かって一直線に駆けた。

 機器の列を抜け、アリスまで後一歩……グドマの口が孤を作った。


「アルス様! 4体います」

「……」


 テスフィアが刀を振りかぶった直後、機器の陰に潜んでいた実験体が四方から無防備なテスフィアへ一斉に襲いかかった。


「――――!」


 一瞬でテスフィアまで接近したアルスはテスフィアの襟を引き、仰向けに床へと強引に倒す。

 左右に4人、細い剣の先端がアルスへと一斉に向かう。


「――――!!」


 一拍遅れたアルスは腰から引き抜いたナイフを一閃させる。円を描いた軌跡の後を鎖が走った。ナイフで応戦することが目的ではない。

 すると鎖が空中でピタリと静止した。空間に干渉して座標を固定する。


 これは咄嗟の機転、次手だ。最初アルスは床に干渉して4人の動きを封じる魔法を行使しようとしていた。

 しかし、この研究室の壁面全ての材質に見覚えがあったアルスは魔法を切り替えた。それが僅かなタイムラグを生じさせたのだ。


 鎖の輪が3本の剣先を受け止め、残った1本はタイムラグが生じたための誤差で、輪から外れてアルスの肩を軽く裂いて行った。


「興味深いな」


 それは異様な光景、壁に阻まれたように輪に嵌まった剣先がそれ以上先に進むことはなかった。


 グドマがメガネを掛け直し、足を止める。


 アルスはそのままナイフを更に一周薙いだ。それによって鎖が動き出し、剣を弾いて実験体は全員腹部を深く裂かれた。


 赤い鮮血は黒い服を湿らせる。それでも実験体は何事もなかったのようにすぐに跳び退いた。

 

 アルスは視界の端で向かってくるロキを捉えると、そのままアリスを取り押さえる一人の胸に膝を打つ。

 続いてロキも反対側のもう一人に向かって空中で一回転、回った踵が実験体の脳髄を揺らし、意識を失って昏倒する。


 支えを失ったアリスをロキが支えた。我に返ったテスフィアがすぐに起き上がり、アリスの元へと駆ける。


「アリス、大丈夫!? ケガは?」

「フィア?」


 アリスの目に光が戻り、焦点が合わさった。


「なんでフィアが?」


 目立った外傷はない。弱々しい声は精神的なものだろう。


「助けにきたよ」

「…………!!」


 ムクリと起き上がったアリスは視界にテスフィアだけでなく、アルスとロキの姿も収めた。


「アル……」


 沈んだ表情でアリスは自分の所業を理解していた。謝罪で済む話ではないからだ。後に続く謝意を表せなかった。

 だから、アリスは単純で明瞭な言葉を選んだ。


「ごめんなさい」

「ケガはないようだな」

「……うん」

「俺にも落ち度はあった……がっ」

「った!」


 アリスの頭にチョップを入れた。


「これでチャラにしてやる。後は手伝って挽回しろ」

「はい」


 AWRを手に持ったアリスが大きく深呼吸をして立ち上がる。先ほどまでの動揺が戻ったのはアルスの言葉があったばかりではなく、テスフィアがいたからかもしれない。


「ア、アル……私もごめんなさい」


 アリスに続いてテスフィアも頭を下げた。アルスが助けに入らなければ確実に死んでいたことを理解したからだろう。頭に血が昇った安直な行動はまさに蛮勇と呼べる。


「ふん、謝る前に礼を言え。言っとくがお守はこれっきりだからな。そんでお前も付いてきたんならそれなりの仕事をしろ」

「う、うん……ありがと」


 反省しているのかわからないような笑みを浮かべるテスフィア。犬に例えるなら最高速度で尻尾を振り回しているのだろうか。

 

 実際彼女は……いや、彼女たちは自分も戦力にカウントされていることが少し嬉しかっただけなのだが。それは二人にしか分からないことなのだろう。

 認める者と認められる者の認識の違いだ。


「アルス様、お怪我は?」

「大丈夫だ」


 ローブが切れただけで体はちゃんと避けていたため、もちろん無傷である。


 ロキは傷の心配もそうだが、一瞬の間があったことに気付いていた。

 それはすぐに解消される。


「この研究室は訓練場と同じ材質だぞ。つまり魔力を吸収する」


 魔法の選択も制限されるということだ。かなり弄っているのだろう。魔力を吸収し衝撃を緩衝する。

 吸収速度を上回る魔法の行使は燃費的にも避けたほうがいいだろう。テスフィアの《フリーズ》などは発現すらしないかもしれない。


「当然だ。研究に失敗はつきものだ。ここは魔力爆発にも耐えられる作りになっている」


 アルスの解説に割って入ったグドマは両手を広げて大仰に口を開けた。


「さすがに最強と呼ばれる魔法師は面白い魔法を使う」


 嘲るようなニュアンスが含まれたが、すぐに表情が一変して無機質な物を見るように指差した。

  

「それよりも……それを返してくれないかな、まだ使うんだよ」


 興味が逸れて相手の手に渡ったへと向けられた言葉。

 指されたアリスの肩がビクッと反応するのが見なくてもわかる。


「一先ずこれがあれば足りない分は補えるだろう」


 一人独白するグドマ。

 恣意的な行動の裏には余裕が垣間見える。しかし、それをアルスは断ち切る。


「悪いがお前には抹殺命令が下っている」

「悪いが死ぬのは君たちのほうだ」


 揚げ足を取るようにグドマが種を明かす。


「アルス様、実験体は全部で……」


 一拍遅れて気付いたロキが言い切る前に――。


 長大な机の上に注射器を置き、代わりに照明をつけるボタンを押す。 

 段々と明りが部屋全てを照らし出した。


「「――――!!」」

「200近いです」

「…………」


 そこには優に予想を超える数の実験体が整然と並び立っていたのだ。


 驚愕の顔の中、一人平然としたアルスを見て、面白くなさそうにグドマがペラペラと絶望的状況を説明した。


「200だ。お前らがどんなに準備しようとこれほどの数は予想できまい。アルス・レーギン、魔法師ランク1位のお前は30体ほどで生存率は0%だ」


 笑いを堪えるように口に手を当てる。それは研究の成果が現魔法師最強を上回るほどの結実だからだ。


「そうか」


 無感情な一言。

 そんなことはどうでもよかった。

 

 人体実験の成果に最初から実りなどない、グドマの研究に最初こそ得られる物があるかもと思った自分が浅はかだと嘲りたい気分だった。

 

 それでも唯一の気掛かりは外だろう。

 この数が外で控えた魔法師と対峙することになれば全滅は必至だ。

 アルスはロキに司令へ連絡をと指示を出したが、返答はすぐに返ってきた。


「繋がりません。妨害されているようです」


 包囲網もまだ完全ではないはず、と、すればここで減らすより他に選択肢はない。 


「軍など取るに足らない。俺は悠々と逃亡させてもらうよ。この研究の崇高さを理解できないこの国に用はない」

「崇高……」


 看過できない単語を反芻したのはアリスだった。

 AWRを持った手がギリッと音を鳴らす。


「あなたのは研究とは言わない。人を不幸にする、そんな物は絶対に研究とは言わない」

「アリス……」


 軽く持ち上げられた笑みが下がり、グドマは首をさすって冷ややかに言った。


「物がしゃべるな、お前は研究に必要な因子を持っているだけの器だ」

「っ……!」


 そこには幼い頃見た彼の面影はない。


「下郎!」


 テスフィアが逆立つ気を押さえて食いしばった歯を鳴らした。


「ハッ! 小娘風情に何がわかる。役に立たない魔法師をこれほどの戦闘力に引き上げたんだ。お前たちの代わりに魔物を倒してくれるんだ。これほど貢献した研究は類を見ないぞ」


 感情的に許すことができないテスフィアは理路整然と論破することができない。

 一方で本当にそんなことが可能ならば救われる命は確かにある。

 そこには決定的な人格の否定があるわけだが、全容を理解していないテスフィアにはわからないことだ。


「完成すらしていない研究でよく言う。人格を崩壊させた人形が人間に勝るとは思えんな」

「……!! 気付いていたのか」


 引き継いだのはアルスだった。


「エレメント因子が分離できたのは偶然なんだろ?」


 アリスの因子がすっぽりと抜け落ちているのは取り出そうとした物ではない。無論何かのアプローチの結果だろうが。

 意図したものでなく、同じことをもう一度できるという類のものではないはずだ。


「しかも拒絶反応を認識・・しないように自我を崩壊させているしな」

「そのおかげで命令に従う魔法師ができた」

「違うな人形だ。神経系まで遮断しているところを見ると拒絶反応は起きているんだろう?」

「…………!!」


 戦闘を経験したロキが痛覚を感じさせない動きの実験体を思い起こしながら尋ねた。


「どういうことですかアルス様」

「そもそも無理があるんだ。系統に関わる魔力は心臓から生成される。因子を上書きしてもそれが変わるわけではない。常に体内で相反する系統が内在していて拒絶を示さないはずはない」


 魔力の性質上、得意とする系統の情報が多く内在されることで向き不向きができる。

 それが強制的に上書きされるということは火系統に偏った魔力が心臓で生成され、直後に光系統へと変容を強制されるのだ。

 無理が生じないはずがない。

 不和なシステムである。


「だが、光系統の魔法を使うことができる。負荷は生じるがな、一体何人が供物になったのか、反吐が出る」

「必要なものだよ」


 悪びれもなく鼻で笑った。


「そこで神経と自我を断って人形に仕立てたんだろ」


 戦闘のために痛覚を遮断したのではなく、エレメント魔法師を作るために必要だっただけだ。拒絶反応を認識させず、命令を与えることで思考を制限させる。


「では……」

「あぁ、どの道長くない」

「そんな!」


 アリスが口を押さえ、その瞳に悪辣な手段の被害にあった者達への哀傷あいしょうが目元を潤ませた。


「問題はない。君がいれば私の実験は昇華するんだ」


 アリスへと手を突き出して誘うグドマの顔は嗜虐な表情で埋め尽くされていた。


 一歩たじろいだアリスの肩に手を添えたアルスは前に踏み出す。


「お前には無理だ……いや誰にもできない」

「そんなことはない。現に貴族共はこぞって私の元へと買いに来る」


 幻想だと気づけない阿呆はどこにでもいるものだ。そいつらのせいで平然と悪に手を伸ばす輩が湧く。


「最強の魔法師は俺が作る」


 それがグドマの研究テーマなのだろう。


 アルスは小声でロキ、テスフィアとアリスの三人に目を瞑っていろと命令した。


「絶対に開けるなよ」

 


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