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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「何人も触れ得ぬ者」
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種の開示



 エクセレスの裂帛した声が響くが、すでに女性隊員は魔法を発動ギリギリまで構築していた。

 隣のファノンはじっと彼女を無言で見据えている。今度こそ、魔物が何をしたのか見定めるつもりなのだろう。



 隊員としての彼女の行動は責められないのかもしれない。彼女が率先して小手調べの役割を担っただけで、彼女でなくともこの部隊に身を置く者ならば同じ行動を取ったはずだ。未知の魔物と相対した時の対応としては定石通りといえる。


 女性隊員は両腕を伸ばし、ボドスの群れに突っ込む勢いで胸を張りながら両腕を広げた。

 両腕に炎の環が宿り、高速で回転を始める。最初こそ大きめのブレスレット程度のサイズだったが、瞬く間に巨大な車輪状へと姿を変えた。


 足で急ブレーキを掛けた勢いの反動を活かして、彼女は腕を突き出し転がすように炎の環を放った。


「【火車フレア・サークル】」


 車輪状の炎が地面を走り抜け、ボドスを焼きながら轢いていく。

 燃え盛った炎の轍を残し、強烈な熱を発してボドスらに燃え広がっていった。


 連続で強力な魔法を使ったために、肩で荒く呼吸する女性隊員の顔はじっと標的への到達を見届けるかのように固定されている。

 容赦なく焼き殺し、轢き殺していく【火車フレア・サークル】は徐々に火勢を強め、その暴走は誰にも止められないまでに巨大化した。


 二つの炎の車輪は【餓猿鬼シャヴァ】の大きささえも上回った。


 ここに至り、制止を促したエクセレスは彼女の攻撃自体は成功するかもしれない、と期待感が込み上げてくる。難易度の高い魔法であるが、その構成自体は比較的単純である。故、強固な情報で守られた完成度の高い魔法だ。


(彼女が最も得意とする【火車フレア・サークル】なら並の上位級魔法など比べるまでもない……十分仕留めきれる……)


 しかし、同時に恐怖心も微かに胸の奥に蟠る。言い得ぬ不安が急かしながら胸を締め付けてくる。

 エクセレスの異能【不自由な痣(エイルヴニフス)】は魔力を追跡することもできる。魔法ではなく、根源的エネルギーであるところの魔力をだ。


 膨大な経験値を基にエクセレスは、敵を目視できる状況で、本来行う必要がない魔力の追跡を試みていた。女性隊員が情報収集のために魔法を放ったことからも、得られる手がかりは多いに越したことはない。

 魔法師といえど生身の人間だ。魔物の攻撃一発で致命傷を受ける可能性は高い。



 攻撃を誰が放ったのかはそれなりに魔力操作を修得していれば察知するのは難しくはない。魔力が混濁する中でも確実にボドス以外の魔物から攻撃を受けたのは明らかだった。


 探知の結果を痣の反応から受けたエクセレスは、半分予感が的中していたと覚った。


 負傷した隊員の胸部に残る魔力を辿れば、それは何もない空間で途切れている。直後ならば時間的に見ても、魔力が劣化し完全に消失することはないだろう。エクセレスの異能は通常の魔法師では知覚すらできない僅かな魔力の痕跡さえも感知することができる。


「ファノン様、攻撃の発現座標付近で完全に魔力が途絶えています。これは……」

「ははぁ~ん。なんとなく種が見えてきたわね。記録が正しければ、【餓猿鬼シャヴァ】の攻撃方法は肉体を駆使した打撃系。主に付与魔法だったわね。見たまんまね」


 嘲笑気味にファノンの口角が持ち上がったのを見て、エクセレスもコクリと頷き返した。ファノンは女性隊員の背中を視界に収め、事態の推移を見届けている。もっとも何かしらの方策もあったようで、彼女の手から傘型AWRへとすでに魔力が注ぎ込まれていた。


 離れた距離の【餓猿鬼シャヴァ】が取れる攻撃手段は限られている。視認できない類の攻撃や、魔法の座標を相手の干渉下に影響されず割り込ませることができるか。

 後者ならば通常、そこには上書きとして魔力による干渉が生ずる。ファノンやエクセレスがその僅かな気配に気づかないはずがない。無論、前者であろうと、疑問は残る。


 ボドスの大群により影響で魔力が入り乱れ、時には混じり合う中では、さしものエクセレスでも探知が機能し辛い。とはいえ、探知魔法師として、異常を見逃すほど腑抜けたつもりは毛頭ない。


 現にエクセレスは僅かな反応だけは感じ取れていた。上手く機能しないとはいうが、これは探知を受け取る側――つまりエクセレスに原因があるわけだ。膨大な魔力を瞬時に探知する一方、それを選別・判断するのは信号の受信者である彼女なのだから。


 【餓猿鬼シャヴァ】の攻撃手段は少なからず、ファノンやエクセレスの感知網をすり抜けた。


 周囲のボドスを始末しつつ、他の隊員達は仲間を――ファノンを信じて眼前の敵を無心に排除していった。

 ミスリルの光源が追い遣られるようにして遠のき、代わりに【火車フレア・サークル】の炎が赤く染め上げている。



 相手の力量など一目見れば、強いか弱いかくらいの判別は即座につく。だからこそ、女性隊員は無理をしてでも強大な魔法を組み上げたのだ。単純な魔法構成ならばこの魔法を選ばなかった。いくつも情報強化のために構成を緻密に練り上げて独自に改良もしてきた。


 生半可な魔法構成など物ともせず、多少の劣位にあろうと十分対抗できるだけ強固な魔法だ。アロー系統でさえ、構成を細部にまで気を配り組み上げていけば魔法大全に収録されているようなお手本のアローに負けるわけがない。系統の優劣さえも容易に覆してくれる。それほどまでに魔力量もさることながら、構成に重点を置いている。


 加速する炎の環は車輪となって走り抜け、交差するように【餓猿鬼シャヴァ】へと迫る。

 赤く照らされた光沢感のある魔物の外皮。


 女性隊員は衝突する直前、大きく目を見開いた。


 想像を遥かに超える光景に「止められた!!」とふいに吐いた後、無意識に奥歯を噛み締めた。

 炎の環が【餓猿鬼シャヴァ】と衝突する直前で、太い両腕を前に突き出して、見たままの環を掴んだのだ。あれほどの速度を微動だにしないまま掴み――そして【火車フレア・サークル】を泥団子でも握り潰すようにあっさりと破壊した。


 愕然したのも束の間、女性隊員は耳元で凄まじい衝撃音に遅れて気づいた。

 ガンッ――そんな重苦しい音が鼓膜を破らんと耳元で響いてきた。音だけでもゾクリと背中が強ばる。

 巨大なハンマーで叩かれたような打音。


 頭部に受ければ、頭だけ吹き飛ばされるような。


「下がりなさい」


 優しく諭された女性隊員は背後を振り返る。そこではエクセレスが彼女の行動を称賛するかのような優しげな微笑を受かべていた。

 だが、その横で狂気じみた笑みを濃くするファノンの形相を見て、女性隊員に迷いは生じない。


 自らの身に何が起こったのか、彼女にはわからなかったが、それをファノンもエクセレスもしっかりと視界に収め、魔力的にも察知することができていた。



 【火車フレア・サークル】が握り潰された直後、【餓猿鬼シャヴァ】の背中から一本、異様に長い腕が伸び、それはこちらに向かって空を真横に殴った。

 肘から先が一瞬消えたのは錯覚ではない。実際、女性隊員のすぐ真横の空間から、あたかも移動してきたかのように彼女の横っ面を殴りつけようとしたのだから。


 単純な打撃ではあるが、空間自体に直接干渉する魔法――性質と置き換えられるかもしれない。少なくともこうして注意していなければ察知することが難しい程であった。いっそ芸術的とさえ言えるし、日常的とさえ言える自然な動作。


 魔法的な構成段階を一切必要としていない一瞬の出来事だった。


 幸い彼女は準備していたファノンの障壁に守られたわけだが。


 エクセレスはファノンが事前に準備していたことから、ある程度はこのシングル魔法師の想定内だったのだろうと察した。いや、そうではない。反撃に備えていたのだろう。術者に敵意が向くのはごく当たり前のことだ。

 同時に、エクセレスとは違いファノンは確実に仕留めきれないと踏んでいたということでもある。


 しかし、今の攻撃は結果としてエクセレスにも認識することができたが、間違いなく反応することはできなかっただろう。【不自由な痣(エイルヴニフス)】の感覚は完全に記憶することはできた……が、わかったとて身体が反応できないことに変わりない。


 今の瞬刻、対処できたのはファノンだからだ。



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