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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「悪魔の染色」
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鉱床の世界




 方針を口にしていたアルスの意識が突如切り替えられた。

 時同じく、全員の意識もまたアルスの話から逸れていく。


 決して見通しが良いとは言えないが、それでもこの地下二階層の作りは上階と違い広い空間だ。乱立する支柱の数が多いだけで空間としては広大と言える。

 だからこそ、これほど敵の接近を許したことへの疑念が湧き上がった。


 見回す必要すらないほどの大群――。


 「囲まれちゃったわね」と軽口を叩くファノンであったが、彼女の目は自分の部隊の探知魔法師へと向いている。

 探知魔法師の中でも1位を誇るエクセレスの能力に疑いはない。にもかかわらず彼女がその存在に気づいたのは他の魔法師と同じタイミングだった。


 ロキも自らの不覚を悟ったように下唇を巻き込んで噛んだが、この場合誰も責められるものではない。


 状況を確認するまでもないが、イリイスが率先して口を開いた。


「卑しい小人、【ボドス】だな。雑魚がこんなところにまで居ようとは……失笑でもくれてやろうかと思ったが……」


 鋭くなったイリイスの視線はいつの間にか周りを囲んでいた異形の小人を注視している。

 個体名ボドス――脅威度はDレートとされており、外界に出る魔法師にとってそう苦戦する相手ではない。何故かアルファでは報告例が少ないものの、隣接するルサールカやクレビディートでは普通に目撃されている種だ。

 痩せた体躯は小柄で、レッジモンキーより人のなりに近しい。レッジモンキーが樹上を縄張りとしているのに対して【ボドス】は主に地上で活動する。


 泥が乾いたように罅割れた外皮、一体一体は子供のように小さい。

 体格以上の腕力に警戒すれば比較的、魔法の脅威は低い。


 だが、それが各国共通の魔物のデータベース通りならばだ。


 舌打ちする勢いで吐き捨てたのはイリイス。


「ボドスがなぜ武器を持ってる?」

「俺に聞くな。魔物の進化というには浅知恵なんだろうが……」

「進化は進化だな。アルスよ、考えるのは後だ」

「わかってる」


 武器と断定するには少々早計な気もするが、剣のような形状のものや、盾のような武具らしくそれが目につく。断定できないと言ったのは、それらが魔物の外殻などと似ていたためだ。魔物独特の黒いそれに。


「アル、どうやらそれだけではないようですよ」


 腰に手を持っていき、ロキはいつでも戦えるように腰を落として身構えた。

 ロキが視線でもって伝えてきた場所を見て、「そのようだな」とアルスは呆れたような息をつく。


 ボドスの接近に気づかなかった原因。

 それはこの広大な空間の床と天井を支える支柱にあった。巨木の幹に等しいそれらは内部にミスリルの輝きを溜めているが、そこからボドスが次々と這い出てきていた。

 まるで長い眠りについていたかのように。


 当然、物質的に埋まっていたわけではない。ボドスが出現する支柱は崩れる様子などなかった。


「変異レート確定だな」


 魔力の感知などでは現状どの脅威度に含まれるのか断定するのは難しいだろう。

 だが、ボドスの評価レートであるDレート通りではないだろう。Dレートとは一個体に対するもので、群れるタイプの魔物は数によって格段に手強くなる。


 鉱床内部が外界の魔物と異なる存在であるのは、長らく鉱床が閉ざされていたからだと推測できる。特に地下階層に関してはバルメスの地図を見れば判断できる。

 つまり、この鉱床内でのみ生存競争が行われていたと見るべきだ。


 怪しく光る無数の紅点は憤怒に燃えているのか、どこか狂気じみた眼光であった。血走り過ぎて眼球そのものが血の色を湛えているかのようだ。どこか覚束ないボドスの歩みは大きく左右の肩を揺らしている。

 次々と支柱から這い出てくる魔物の数は広大な空間を埋め尽くさんばかりに増え続けていた。


 荒い息遣いがそれが生物であると訴えかけてくる。


 完全に囲まれた状態となり、アルスもイリイスも戦闘態勢に入る。

 【永久凍結界ニブルヘイム】でも放てばおそらく一瞬で片がつく。もっとも今のアルスがそれを組み上げるのに支障がないと断言できないのだが。


 ――さて、どうするか。


 AWRに手を翳して思案する一瞬にロキがアルスの前に進み出た。


「任せてください!」


 銀色の髪を揺らしてそう力強く口をつくロキであったが、その直後盛大な衝撃音とともに地面が揺れた。

 微かに舞った粉塵の中心ではファノンがその場で跳躍し、空中で迫撃砲のような巨大なAWRの砲口を地面に向けている。


 熱を帯びた砲身は冷却期間を必要としているのか、砲身に浮かび上がる複雑怪奇な魔法式が薄っすらと光を弱めていった。

 重たそうに着地したファノンは前もって準備されていた筒状の収納具へと砲身を収めた。

 自らの魔法で開けた穴を覗き込みながら、ファノンは顎に指を添えて「百もいらなかったかも?」と呟く。


「ま、いっか。この穴からさっさと行きなさい」

「気が利くな」

「うるさいわね。この階を掃除し終えたら、ついでに手伝って上げてもいいわよ。どうせすぐ暇になるんだから」


 彼女の好意に甘えアルスとイリイス、そしてロキはすぐさま彼女が開けてくれた穴へと飛び込む。


「結構だ。可能ならイリイスを手伝ってやれ」

「うぉいッ! 覚えておけよアルス! こんな洟垂れの小娘に手伝ってもらうほど老いた覚えはないぞ。私がお前を手伝ってやる」

「期待しないでおく」

「アル!? 見えてきましたよ」


 ロキの気を引き締めるような一声に、イリイスは階下へ降りる準備に入った。

 ファノンが放った魔法については不明だが、おそらくアルスがやるよりも綺麗に地面がくり抜かれていた。

 振動もなく一瞬にして、地面に大穴を空けてくれたわけだ。

 ありがたいことに、次の地下三階層を抜けて四階層まで穴は続いている。


「じゃ、私はさっさと始末してくるとするか」


 地下三階層を一人で担当するイリイスは速度を緩めて、アルスとロキを先に行かせた。


「悪いが、終わったらファノンかイリイス、どちらかが上の警護に回ってくれ」

「言われんでもわかっている。素直に私を指名すれば良いものを回りくどい奴めが」


 ローブの裾を激しく揺らしながら降下するイリイスは口を尖らせてそんなことを言い放った。

 実際、直接依頼したイリイスが地上に戻る方が何かと都合が良いのだが、アルスとしては万が一を考えて提案したに過ぎない。


 イリイスは下にいるアルスとロキを視界に収め、自分が降り立つべき階層へと壁面を幾度か蹴って速度を調節した。二人はそのまま三階層を通り過ぎ、地下四階層へと向けて、姿を小さくしていく。


 自分が任された階層に上手く着地したイリイスは僅かに弛めた足を伸ばし、ゆっくりと辺りを見渡した。


「さて、私もやるべき務めを果たすとしよう。奴の口ぶりからして上の奴らも気掛かりなのだろうよ」


 わからなくもないことだ。アルスの知人である同校の仲間が連れ去られたのだ。結果がどうあれアルスは憔悴するだろう、地上へ帰ってくるにしても高レートが残っていたのでは……。


「アルスもつくづく損な役回りだ。ククッ」


 込み上げた笑いを少しだけ溢して、イリイスはそれは自分にも言えることだと思い直した。


「まぁ、だからこそ私が今ここにいられるわけなのだが。数奇な運命……いや、わざわざ選んでいるのか。良い良い」


 こんなこともまた魔法師。

 自らが遥か昔に捨てた綺麗事の魔法師像。それもまた一興だとイリイスは自らを鼓舞するように口端を持ち上げる。


 そしてイリイスはバッとローブの袖を振り、左手を持ち上げた。小さく細い子供の手は彼女の琥珀色に染まる片目を塞ぐ。

 拭うようにずらすと、そこには蒼穹を思わせる純真な蒼が宿っていた。


「最初から全力で狩らせてもらおう」


 イリイスは魔眼を開放し、目にも留まらぬ速さで走り出した。



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