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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「悪魔の染色」
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手のつけられない食事




 武器における個別性というものは、ある意味でガルギニスの部隊には存在しない。

 全ての隊員が共通して同じ魔力回路を魔法式の中に組み込まれているのだ。無論、ガルギニスのAWRも同様に。

 寧ろ、隊員達のAWRとなっている装備品は一部の魔力回路を通じて、ガルギニスの鎧型AWRに集約されていることになる。その接続を彼は触れるというアクションをトリガーにしている。


 他のシングル魔法師と違い、ガルギニスには特筆すべき異能や特異な能力はない。

 至って一般的で、至って平凡で、それが故に単純な魔力量や肉体の強化に勤しみ特化させた。純粋な魔法師としての最高峰。積み上げてきた研鑽の果てにある。


 いわば特別な力を持たない者にとって、目指すべきはガルギニスのような魔法師なのだ。

 ギリギリッと握り手の力が籠もる。

 手に持った無骨な鎌も結局のところ、武器としてそれ以上でも以下でもない。ファノンのような堅牢な防御魔法を持つわけでも、ジャンのような特殊なAWRを持ち、使いこなせるわけでもない。

 ましてや異能と畏怖される“魔眼”などあるはずもなかった。


 現在、彼が知り得るシングル魔法師の情報を見ても、それは明らかだろう。誰も等しく天賦の才を宿し、それこそ化物と畏怖されるべき英傑だ。まさしく彼らは人類の頂点に立つべくして生まれたのだろう。


 ガルギニスは九人の中でただの魔法師という括りの存在は、おそらく自分しかいないだろうと思っていた。自分以外全員、きっと傑物にして異物たる存在。人間の皮を被った化物に等しい。


 人間の領域から飛び抜けることはきっとガルギニスには不可能なことだ。力の隔たりを絶望的なまでに高く、そして険しい。人の域を越えられるように肉体を酷使しそれを活かす術に活路を見出すしかなかった。魔力量も彼の血の滲むような努力を裏切ることはなかった。


 それでも手の届かない領域。シングル魔法師になってもやはりガルギニスは目の前に立ち塞がったままの壁の前で立ち止まっていた。

 遥かに高い壁。だが、そうして為す術もなく停滞するガルギニスを後ろから自分を慕う隊員達が押し上げようとしてくれる。ともに旧兵らしい重い鎧に身を包んで。


 残念ながら頭の出来は平均を飛び抜けるわけでもない。だから、この鎧型AWRに組み込まれた複雑怪奇な魔力回路について全ては理解しきれていなかった。

 そういうものとして扱う他ない。


 だが、それによって得られた力は実にガルギニスの戦法に適していた。たとえそれが隊員達の助力あってこそだとしても。



 息を止め、尾の切断に全力を注ぎ込む。


 

 子供っぽく、そして間抜けっぽい。隊員の力を分けてもらって強くなるなど、笑い話にもならないし、事実、そんなオカルトじみたパワーは存在しない。

 《死んだ仲間が俺に力をくれる》なんて腸が捩れる程薄っぺらく、気休めにもならないだろう。


 世の中には誰の力にも頼らず、一桁と呼ばれる位に容易に座す者達がいる。だからまずはその地位までは己の力だけで上り詰める必要があった。

 鬼才に異才、天資英邁てんしえいまい、人類史に名を残すに相応しい天稟に恵まれた者が今のシングル魔法師だ。特に四位以上はまさに人の領域さえ超える。


 シングル魔法師の順位が欠番以外で、長年入れ替わりがないのはそうした圧倒的実力差があったためだ。


 口には出さないが、以前の元首会合でアルスと直接対峙したガルギニスは否が応でも理解してしまったのだ。


 それでも人類の上位九人に入ったこの身が果たすべき役目はわかっていた。

 いくら力をつけても、使い道は限られるし、それ以外には使うべきでもないのだろう。


 外界で身を守るための装備を隊員は差し出した。それは死傷率が高くなるということ。

 真冬に裸一貫で外を彷徨くようなものだ。ましてや外敵もいるとなれば、脆弱の極み。



 そうした危険を隊員に強いて、ガルギニスの無骨な鎌は形成されている。

 だから、全力。だからこそフルパワーで……静かに、そして無慈悲な一撃を生む。



「――!?」


 ガルギニスの手から伝わる重い感触。手から腕、そして肩へと全身を駆け抜ける衝撃は彼が尾を断ち、振り抜けなかったことを示唆した。

 鎌は中腹から弾け、鉄を引き千切ったかのように断面を覗かせる。


 宙に弾けた破片が舞う中に、赤い物とは別の物質も混じっていた。それは結晶のような、ともすれば氷のような粉々に砕けた小さな破片である。


 一拍してガルギニスらは何が起こったのか悟った。

 ガルギニスが振り下ろした直後、セルケトの外殻をミスリルに近い鉱物が覆ったのだ。まるで体内から液体が染み出るかのように体表を覆い、瞬時に固まる。

 その様は、一流の細工師によって施された蠍型の宝石。


 手元の鎌は弾けて使い物にならず、セルケトの硬質化を浅く砕いたに留まった。

 硬質化した体表を砕きはしたが、まだまだ浅く、接触面からは切り込みの入った外殻を確認することはできない。


(くそっ、なぜセルケトがミスリルを――!)

 

 悪態を胸中に吐き出した刹那、ガルギニスの身体はくの字に折れて激しい衝撃が襲った。叩かれたわけでもなく、脇に抱えていた尾が突如横に振るわれた。

 たったそれだけの初動作でさえ、身体に掛かる圧は凄まじく鎧ごと凄まじい音を響かせて壁面にぶち当たる。


 硬質化により可動域は制限されていたのか、尾が強引に振り払われるのと同じく、表面を覆っていたミスリルは剥がれ落ちた。


 厳密にはミスリルとは違う。


 ガルギニスは壁面の瓦礫と一緒にドシャリと地面に落ちる。

 膝を立て、すぐさま起き上がった。無傷とはいかず、体内では合唱でもするかのように全身の骨が一斉に悲鳴を上げていた。幸いにして、戦闘を継続するのに支障はなく、装備型の利点に救われたようだ。


 隊員達の不安の声を無視してガルギニスは微かに揺れる視界に活を入れ、セルケトを睨みつけた。


「やるじゃねぇか! ……が」


 解せない。なぜ魔物がミスリルと同質の物質を生み出すことができるのか。理屈はわからなくとも、眼の前では不可解な現象が起こった。

 剥げ落ちた鉱物は、やはり魔力を媒介としている魔法とは違い霧散しない。魔力残滓へと還らなかった。


「手首がいてぇ! やりやがったなあのガキ! アルス・レーギン」


 毒づいた言葉をガルギニスは上手く言語化できない。しかし、直感的に感じたのは違和感だ。それは同時に全部隊の指揮を執ったアルスが、いくつか隠していることを……いや、どちらかというと各隊員に全てを明かしていない。

 運命共同体である連合部隊において、アルスは重要なことを伏せている。


 その一端にガルギニスは気づいたのだ。


「俺も初めて見たが……どおりでおかしいわけだ」


 ガルギニスの視線は一瞬、セルケトではなくこの部屋ポケットの片隅に飾られたインテリアと化した亡骸を見る。

 どこか習性的な行動から反し、弄ぶかのような光景に頬がピクリと震えた。


 「関係ねぇな」、語気を強めたその声に拳が硬く握られる。


 鉱床の内部であることを忘れ、ガルギニスは地面を蹴る。爆発的な加速に加え、鎧型AWRが熱を帯びるかのようにもんもんと白煙を吐きながら疾駆する。

 敵とさえみなしていないかのような遅い動作でセルケトはガルギニスを迎え撃った。


 態勢を整える動きは緩慢であろうと、両の尖腕は驚異的な速度で繰り出される。


 右の攻撃をガルギニスは振り上げた拳で弾き返す。空気を震わせる衝撃にセルケトの腕はもがれんばかりに弾かれた。続いて左の攻撃に対し、ガルギニスは側面を叩いて軌道を逸らす。

 それが息をつかせぬ、瞬きすら許さない連撃の合図だった。


 セルケトの二本の腕から放たれる突きはガルギニスに防戦を強いた。それでも、身体を一瞬硬直させて見入っていた隊員達に不安の色はない。

 普段通り――いや、気にすることに意味などないのだ。彼らは次なる動きに備えて準備を整えなければならなかった。


 無数に交わる攻防に翳りが見え始めたのは、セルケトの口らしき部位が不意に閉ざされた時だった。

 ガルギニスは特に左手による防御に慎重だ。それは誰の目からも明らかだった。力強く弾き返す右手は、あの凶暴な尖腕と対等以上に渡り合えている。

 しかし、左手となると際どい。


 右と左で戦局に分けると、左側は明らかに劣勢だった。手数からしてガルギニスは両手に加え、足技も混ぜなければならない。

 隊員達は瞬時に悟る。無論、ガルギニス本人も同じだ。この息をもつかせぬ攻防に亀裂が生じ、突き崩されるとするならば、それは確実に左手による攻防がきっかけとなるだろう。


 引かずに捌き切るガルギニスは、何十回目となるセルケトの攻撃を左手で防ごうと慎重に見極める。

 側面を叩き過ぎても衝撃が強く、手首を痛めた状態では身体に掛かる負荷を増大させるだけだ。次の行動に遅延を生みかねない。


 絶妙な力加減で凌ぎきらなければならなかった。この攻防は延々続くわけじゃない。突破口はすでに見つけており、タイミングを見計らっているのだ。


(踏み込み過ぎた右尖腕を先ずは折る!)


 我慢比べはガルギニスに軍配が上がる。そう確信した矢先。

 左手で防ぐ刹那、怖気と同時に神経を断裂された痛みが走った。見るまでもなく、左手の手首が装身具ごとあらぬ方向にネジ曲がっているのがわかる。


 尾を警戒し、かつ左手を庇いつつの戦闘の中、先に隙を見せたのはガルギニスの方だった。

 尖腕の脅威を理解し、対応できると判断したはずだ。だが、意識を左に傾ける反面、今度は尾への注意が疎かになった。

 後、幾度か凌げば逆に打って出られたはず……。


 折れた手を元の位置に戻すだけならば簡単だが、ガントレットごとネジ曲がってはすぐには戻せないだろう。


 左手を無視し、ガルギニスは残った腕と足で対処しようと試みる。無論、回避も視野に入れなければならない。が、戦力差を測り誤った分析に魔物が応じてくれるはずもなく、手数の不足分はやはり補えなかった。

 セルケトの両腕から突き出される刺突を遥かに超える速度で放たれる尾は、意識の隙間を掻い潜るように容易く腹部を貫いてきた。指先よりも器用に、僅かに軌道を変えてガルギニスに気付かせることなく肉を裂いた。


 脇腹を鎧ごと引っかかれたかのようだ。鎧に尾が触れる直前に反射的に身体を捩って最小限の負傷に抑えた。それでも鎧の脇腹は綺麗に抉られ、下にある生身を裂いている。

 鎧よりも生々しい赤みが、カーテンを引いたように脇腹を染め上げた。


 ガルギニスは負傷による硬直をものともせず、気力だけでねじ伏せる。

 尾の一撃を受けた代わりに、ガルギニスは右足を振り上げていた。


 足元を発現場所に設定し、蹴り上げる動作と同時、足を軸に地面を一定範囲干渉下に置く。特定の座標ではなく空間の範囲指定である。かなりざっくりとした肌感覚だが。


 階下との厚みを考慮し、二メートルの円筒がガルギニスが咄嗟に指定した座標範囲であった。範囲内に含まれる全ての物質が、魔力と混合し、もう一つの座標ポイント目掛け収束される。

 その場所はセルケトの胸部である。小さな点に等しい座標に対して、指向性が与えられた。

 【物質収束ファランクス】と呼ばれる汎用性の高い魔法だ――ガルギニスにとっては。


 鎧型AWRに触れることで、物質の再構築を僅かに可能とし、土塊を鋼のように引き締める。それらが一斉に指定座標に収束される。土系統の【穿つ棘(ソーン・ピアーズ)】とは違い、回避するには周囲における座標に干渉しなければならない。


 もしくは迫り来る鋼と化した土塊を消失させなければならない。

 一点目掛けて物量に押し潰されるか。いずれにせよ身動きはできないだろう。

 当然、そうそう上手くいくとは微塵も思っていなかった。


 後退したガルギニスは出血の勢いを確認し、片膝を突く。痛みに屈したわけではない。周囲には隊員達がAWRを外した状態で待機している。戦う意志を持って、居並んでいた。


 その内の一人が自らの剣型AWRをガルギニスの手の中に収める。ぐっと握った後、鎧と共鳴するように同色の魔力光を放つ。傍にはセルケトの猛攻を凌いだ盾などが積み上げられている。

 形状が泥のように溶け、剣へと纏わり付いた。

 構造が改変され、膨大な魔力が注がれると同時、武器らしいフォルムを取る。


 それは巨大な戦斧。鈍い光を発した大きな斧であった。長さだけでも相当なもの。セルケトさえも真っ二つにできる程に長く巨大で、強大な戦斧である。

 

 それを片手でいとも簡単に持ち上げるガルギニス。隊員達の眼の前に構築された戦斧は、彼らのAWRからなった特殊な武器である。

 誰ともなく隊員達の胸中でその戦斧の名が発せられる。ガルギニスの扱うAWRの真の姿であった。


 魔人狩り――【スリフザリカ】


 ガルギニスが着用している鎧型AWRと隊員らのAWRは、全て一つのメテオメタルから作られている。最もメテオメタルと呼ばれる程人知を超えた性質を持っているわけではない。


 アリスのAWRに使用したメテオメタルよりも劣る性質といえる。


 無論、吸収・再構築によって隊員達はメインウェポンを失ったわけだが、非常用のAWRも携帯している。干渉の都合上、非常用となってしまうがやむを得ない。直接的に戦闘へ加われば、死ぬリスクは格段に上がるだろう。

 

 しかし、士気は持続できても今の隊長を前に――ハルカプディアが誇るシングル魔法師の完成された本気の姿を前に、誰も邪魔はできない。

 湯気よりも更に濃い魔力が全身から溢れ出ているガルギニスに、傷の心配はいらないのだろう。


 バイザーから漏れる白い息が異様なほどの魔力を帯びていた。


 激闘の前の高揚なのか、セルケトの醸し出す禍々しい魔力の気配に一歩も引けを取らない。それどころか、見ている隊員達も討伐に対する士気が上がっていた。




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