順調な狩場
アルス達が階下への通路を駆け下りていく一方――。
「ガルギニス様ッ!?」と度重なる不安の声が部屋内に響き渡っていた。
ガルギニスは外周通路を通るアルス達への攻撃を食い止めていた。
振り子のようにセルケトの背後で揺れる尾は視界を霞む程度の残像を残している。両側で分厚い壁面が穴だらけになるのに時間は掛からなかった。
尾に突き刺さったままのオルドワイズの姿は、背後にある仲間達の屍の傍にあった。出尽くしたのか、新たに流れ出る血はなく、壊れた人形のように四肢をあらぬ方向に曲げたままピクリとも動くことはなかった。
尾を捉えるまでに少し時間を要したが、それでも今ガルギニスは巨大な尾を脇に抱え、強く締め上げていた。風通しの良くなった壁面の奥で、僅かに行動が遅れたことを知る。聞き慣れた血が地面を打つ音を聞いた。
一切力を緩めることなく、脳内で悟る。片側だけでも一人は死んだ。向こうのファノン側でも被害は出ただろう。
それほどまでに理不尽な災害だ。数撃てば当たるとはいえ、標的にされた方はたまったものではない。
(俺の失態だ。対処法は有っても、そもそもスペックに差があり過ぎる)
食いしばる歯は己の認識の甘さが招いた失態に対する自責からか、それとも尾を掴んでいることへの限界を意味しているのか。
いずれにせよ、尾を掴んだガルギニスの脇腹――鎧には小さな罅が生じていた。
尾に掛けられた魔法、もとい性質はいわば完全貫通といえた。あらゆる攻撃に対して弾く性質を併せ持っている。
元々これほどの神速突きを前に、過剰ともいえる性能。
こうして腕で締め上げることでよりわかる。
(やはり、俺の鎧と同等の性質か)
最も同質のものであっても、威力も強度も別格。
ガルギニスの鎧……つまり隊員のも含めてハルカプディアは、そもそも肉体強化や肉弾戦に特化した発展を遂げてきた。他国と決定的に違うのは、魔物を討伐する上で如何にして相手の攻撃を耐えるかであろう。
生身の身体では一発とて致命傷となり得る魔物の攻撃。それに対してハルカプディアでは何十年も前から肉弾戦による戦闘を想定してきた。
端的にいえば、魔物と同じ硬度をAWRに持たせ、それを防具とすることで防御力を格段に上げてきたのだ。
旧時代の戦闘様式をそのまま近代化したといえよう。
外からの魔力に対して任意での完全遮断、ショック軽減など鎧型AWRを纏うことで接近戦によるダメージを大幅に軽減することができ、身体的な物理攻撃の強化も可能にしている。
だが、それも装着者の技量に大きく左右されるため、着込んでいれば良いという問題でもない。
(グッ! やはりか! 構成自体の隙間に入り込む能力もある)
カリアからの情報通り、尾や尖腕が持つ性質は厄介極まりなかった。相手の魔法に対して構成に直接干渉することができる。微かに伝わる微振動や、そこから発せられている音波が魔法の構成を突き崩す作用をもたらしているのだろう。
同質の鎧型AWRでこそ、こうして抱え込むことができるのだ。魔法で防ぐことはかなりの困難を極める。セルケトの尾とは魔法を扱う魔法師にとって最悪の矛とさえいえる。
だが、尖腕よりも尾の方がその作用は格段に高いはずだ。抱えたままでガルギニスは魔法を構成することそのものが阻まれていた。
引き戻そうする力に対してガルギニスの足は硬い岩盤の上を引きずられる。
踏ん張るだけでも歯が砕けそうだ。
アルス達が通路を抜けた今も、尾が持つ脅威に気付いたガルギニスは放さずに捕まえたままだった。
が、両の尖腕が無防備なガルギニスに向かって襲い掛かっていた。
それでもこの尾を放すことはできない。
刹那、目の前でガキンッと耳鳴りさえ引き起こす程の金属質な音が響く。
ガルギニスの部隊でも防御としての役割を持つ二名が滑り込むようにガルギニスの前に割って入った。
巨大なタワーシールドを両手で押さえ、尖腕をそれぞれ弾き返す。
鎧本体よりも更に強固さを誇る盾が弾き返したが、盾には大きな爪痕が刻まれた。
すかさず――。
「陣形【オッデクセプト】!!」
ガルギニスの指示に応じ、尾を弾いた二人は巨大な盾をピッタリと横に並べ、他の隊員もそれに習う。中遠距離の隊員は盾の背後に着く。
防御しつつ、複数でのヒット・アンド・アウェイを効率的に実行する陣形ではあるが、今回は事情が異なる。いわば鉄壁の要塞の構築に加え、捕らえた尾を放さないための強固な防壁だ。
尾を締め上げていたガルギニスの口端から一筋の血が流れ落ち。
「尾を落とす!!」
魔物は肉体による欠損を修復することができる。これにもいくつか条件があることをガルギニスは知っていた。厳密には魔核が残り、かつ修復できるだけの魔力残量があればいかなる欠損も魔物は治すことができる。
しかし、肉体として大きな役割を持たせている器官についてはそれなりに時間が掛かるものなのだ。この場合はおそらく尾がそれに該当する。
尾さえ落とせれば、この魔物は通常の脅威度から然程逸脱するものではなくなるだろう。いうなれば魔物固有の性質――多くのリソースを割いている重要器官は別ということだ。
無言の了承が各隊員から伝わり、小さな要塞の脇から無手の重戦士が抜け出る。
それぞれ左右に回り込み、重い体を一歩二歩と加速させてセルケト本体へと肉薄していく。が、弾かれた両腕がまた微かに視界の中でブレ始める。
速度の面において、セルケトの攻撃を上回ることは不可能に近い。肌感覚で察知する他ないのだが、それでもやり方はある。
今度は微かに前面の盾による防壁に隙間が生まれ、そこから槍の穂先が覗いた。
コンマ一秒未満で放たれる次なる攻撃。
数本の槍が真っ直ぐセルケトの頭部目掛けて射出される。左右に回り込んだ別働隊は射出と同時に直角に方向転換し、本体へと狙いを定めた。
尖腕の対応速度を見る意味でも同時攻撃は必要な判断基準になる。
そうした情報収集に一手割けるのも鎧型AWRの利点だ。
尾をガルギニスが捕らえているおかげで、セルケトの移動範囲は極端に制限されている。
注意すべきは二つの尖腕のみ。
身じろぎ一つで、ガルギニスは大きく引きずられる。
両腕を広げるように尖腕は左右からの隊員を弾き返す。乱暴に振り払った尖腕は隊員の腹部にめり込み、鈍い音を立てる。二人は物々しい音を響かせて一直線に壁面へと激突していった。
同時に放たれた数本の槍、それさえも案の定叩き落とされる――かに見えた。事実全てが一本の硬質な槍だったならばへし折られていたかもしれない。
しかし、それぞれが放った槍の柄尻からは細い鎖が伸びていた。鎖の元は当然小さな要塞の中に向かっている。
槍はいくつもの関節に隙間を開け、鞭のようにセルケトの腕に巻き付いた。
鎖の根本では、放った術者が杭のように地面へと強く打ち付ける作業を実行済みだ。そして間髪入れずに魔法を構成していく。鎖を伝っていくのは粘性の土。
抵抗する間も与えず鎖の表面を土が覆い、巻き付いたセルケトの上腕を固定する。
あれほど素早く尖腕を繰り出されては打つ手もないが、鎖で縛ることによりその可動域を狭めることはできる。
腕を絡め取るや、今度は大剣を担いだ隊員が要塞脇から飛び出す。
吹き飛ばされた隊員二名は入れ替わりに要塞へと戻っていた。
無論、尾の付け根から切り落とす必要はなく、鋭利な針さえ落とせば良い。
飛び出た隊員はそのまま盾の列を周り、全魔力を注ぎ込んで大剣を肩に担いだ。
膨大な魔力は、膨大な熱量へと変換され、大剣の刀身を真っ赤に染め上げた。白煙を上げた大剣を左右から叩き込むべく裂帛の気合とともに振り下ろす。
処刑を執行するかのように交差する大剣。その勢いや魔法からして、なんの抵抗もなく刃先はストンと地面に食い込むと予想された。