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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「悪魔の染色」
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悪魔のアート




 誰にともなく発したその声に肯定を示す気配が充満する。警戒するにしてもこれだけの魔法師を揃えて全員が足止めを食らっては本末転倒だ。

 緊迫した空気を解くのはやはりシングル魔法師であり、それが強者足る所以なのかもしれない。


 カカシと化した隊員達を動かすのに、そう苦労はしなかった。


「Sレートか……」と発したイリイスだったが、彼女の声音は誰に対しての問いなのかと思うほど曖昧で、弱々しい呟きであった。

 Sレート級の魔物は存在そのものが完全な形態として姿を定めつつある。一目見れば、魔力に相応の実に異形らしい個体と判別できるだろう。


「黙って見てても埒があかんな。我らは先を急ぐとしよう」

「同感だな。だが……」


 とアルスは先を促すイリイスに視線でとあることを含めて向ける。それに気づいたイリイスも一理あると見て、頷き返した。

 そんな二人の無言のやり取りをロキは戸惑いながら眺める。あえて言葉を用いなかったのだから、ここにいるその他大勢に聞かれるのは好ましくない内容なのだろう。

 そうは思い至っても、いざという時に先陣を切りたいロキとしては、出方に迷いが生じる。


 誰よりも先んじて前に出て、アルスが雑事に神経を擦り減らさないようにしなければならない。なのに、自分にはアルスが発する無言の意味を読み解くことができなかった。

 チリチリと背中に焦燥という火が燻りだす。


 焼ける背中を押されるようにして、ロキはアルスよりも一歩だけ足を滑らせる。



 アルスには一つ、階下へ降りる前に情報を得ておきたいという思惑があった。何故ならばこの鉱床がアルスの予想通り、バベルと関連があるとするならば……それを裏付ける手がかりとなり得るためだ。


 イリイスとの間のみで共有される。

 二人がその目で見ておきたいと感じたその時、奇しくも中心部――巨大部屋(ポケット)の最奥部からカチカチと地面を穿つ甲高い音が鳴り響く。


 混成部隊の眼前で、巨大な空間にポツリポツリと灯リ出す。柔らかい光が徐々に光量を増していき、闇を暴き始める。先程までとは打って変わって、そこはミスリルが放つ強烈な光で満たされた。


「あれが【セルケト】か」


 複数の脚が不規則に地面を打ち付け、徐々に化物の姿が顕になる。全身を覆う甲殻類特有の堅牢な外殻。尖脚や尖腕は何度も鍛えられた鋼のよう……いや、一本一本が逸品級のランスのようだった。


 視界がぼやけ、二本の尖腕を明確に捉えられない。

 アルスはそれを凝視するように目を細め、尖腕の周囲を取り巻く微かな空間の振動に気づく。


 ――一筋縄じゃいかなそうだな。それよりも問題は……。


 セルケトの魔力に反応したミスリルによって、光が満たされた。それによってセルケトの奥に微かに認めることができる吐き気を催す凄惨な光景。


「まるでモニュメントだな」


 臆することなく踏み出し、入り口付近から巨大な空間を見渡し、アルスは一人嫌悪感を込めて吐き捨てた。


 セルケトの背後には巨大な結晶がクラスターを作り上げていた。剣山のように様々な角度で乱雑に伸びている。その先端には人間が腹部を貫かれた状態で飾られていた。

 まるで早贄。


 十数人が十数人とも一つ一つの結晶に貫かれたまま、巨大な結晶群を彼らの血で染め上げていた。結晶群はその大きさもさることながら、一際強い鮮紅色の光を放っている。


 そしてセルケトのすぐ後ろ、結晶群と本体との中間をフラフラと揺れる尾に全員の視線が釘付けとなった。


「オ、オルドワイズ公!?」


 驚愕に染まった顔で、ガルギニスは喉の奥で恩師の名を絞り出した。胸を巨大な尾に貫かれたまま、弄ぶようにゆっさゆっさと掲げられる。ぐったりと力なく振られる死体からは、血が飛び散った――濡れたタオルを振って、水気を飛ばすように。


 想定の範囲内。

 しかし、アルスの目は険しいまま、惨たらしい光景に釘付けとなっていた。細められる目は彼が何かを確認したことを告げている。


 最も衝撃を受けたであろうガルギニスの赤い鎧から、感情任せに魔力が漏れ出す。

 全員が全員、その臨戦態勢を感じ取る。


 出しっぱなしの蛇口を手で無理やり塞いだような堰き止め方。ガルギニスは鎧の奥で、静かに耐え忍んでいた。

 拳が鳴る音は、彼の慚愧に堪えない思いの分だけ固く閉ざされた。


 シングル魔法師が体内に宿す膨大な魔力を堰き止め、それでも漏れ出す様は、ガルギニス隊の部隊員でさえ息を呑むほど攻撃的であった。

 ガルギニスの魔力は至極簡単に解釈できるものだ。

 怒り、それも理不尽的ともいえる自分本意な“憤怒”である。


 魔力とは別にアルスは彼が過去、長い間8位という末席にいた理由を悟った気がした。魔力は感情と密接な関係にあり、それはやはり不安定であれば上手く機能しないし、時には暴走さえするものだ。

 だが、ガルギニスの場合。


 ――感情による起伏で魔力をコントロールするのか。


 一般的な魔力はエネルギーとして消費するものであり、アルスの理論でいえばスキルとして操作するものだ。だが、ガルギニスの場合、緻密な魔力の制御ではなく、具体的には感情の起伏によるパーセンテージの度合いで調整しているのだろう。

 いや、とアルスは考えを改める。端的にいえばそれはただの未熟でしかない。


 だから、これは感情の高ぶりによって魔力がより忠実な反応を示しているに過ぎないはず。

 魔力は体内で常に生成され続け、個人差はあるが消費しようとも生成量は一定である。だが、今のガルギニスは感情の高ぶりによって強引に生成量を増大させていた。


 無論、これが何の代償もなく長時間持続できるはずもないが、生成量を意図的に増やすことなど通常はできない。


「へぇ~良い~魔力出すじゃない。やられたら私が始末をつけてあげるわよ」


 茶化すような口調で、ファノンはガルギニスへと水を向ける。


「どうせ下の掃除はすぐに終わるから、せいぜいそれまでは持たせることね」

「…………」


 無言を貫くガルギニスはファノンの言葉が耳に入っていないようだ。

 一拍程間をあけて、鎧の奥からくぐもったような重い音が響く。


「お前を待ってやるほど、俺の気は長くねぇ! おい! アルス・レーギン、予定通りここは俺らが受け持つ!」

「異論はない。俺らは先を急ぐ。やるべきことは無言で迅速に、邪魔者を排除することだけだ」


 が、とアルスは魔物を見据える。正しくは見られた気がしたのだが。

 すぐさま攻撃してこないところに嫌な予感が湧き上がる。


 イリイスも同意を示すが、口にする必要はない。


「嫌な位置だが、仕方あるまい?」


 イリイスが言うように、階下へと下る通路は、巨大な部屋ポケットの奥にある。つまり、移動手段は魔物の目の前を突っ切るか、外周部を回り込むか。


「俺が抑える。さっさと行け!」


 言うやいなや、ガルギニスを先頭に武装集団が一斉に部屋ポケットへとなだれ込んで行った。

 合図もなく、タイミングもない。強引なやり方だが、これ以上の機はなく、アルス達は瞬時に走り出す。


 部屋ポケットの外周部は輪を掛けたように多重の円で囲まれている。階下へと繋がる通路は部屋ポケットの一つ外周通路を通っていくしかない。

 左か右か、どちらを行っても行き着く先は同じ。


 だが、馬鹿正直に一つの通路を仲良く一緒に行く意味はない。

 階下へと下る部隊は瞬時に二手に分かれて、それぞれ階下への道を目指す。


 一瞬の判断、いわば直感だ。


 ファノンの部隊の多くは左へ。アルスとロキは右へ、一拍遅れてイリイスもアルスの後を追う。

 分厚い壁面越しにもすでに戦闘が始まっているのがわかった。


 流石にアルスらが通過しているため、強力な魔法が発現した様子はない。


 距離的にも到達するまでの所要時間は、十秒程。

 湾曲しているせいで、先が見にくいが何も無ければ速度も維持できるはずだ。


 ふと、アルスのすぐ傍でボソリとイリイスの小さな声が鳴った。


「小僧、気付いたか」

「あぁ、予想通りだ」


 今は多くを語れないが、それだけで彼女には伝わったはずだ。魔物の形態や凄惨な光景が示す意味。

 口には出さないが、ガルギニスでさえ荷が重いかもしれない。ただのSレートでないのは明らかだったのだから。


 Sレートの討伐に必要とされる戦闘力の指標がある。Sレートを討伐するにはシングル魔法師を組み込んだ精鋭部隊を投入するというものだ。それでも完遂される確率を事前情報込みで70%程度とし、被害における予想は100%と言われている。


 無論、順位によって数字も異なるが、各国ともに概ね同じ認識を抱いている。

 ましてやガルギニスの順位は抜け番で繰り上がったものの、やはりシングル魔法師内では下位と呼ばれていたものだ。


 上記の推定値は概ね該当すると言っても良い。

 当然のことながら、魔物との相性や隠している力があるかもしれない。いわば潜在値が含まれていないことになる。

 それに期待するしかないわけだが。


 刹那――アルスが抱いていた僅かな懸念さえも一瞬にして吹き飛ぶ。

 横一列になって走っていたアルスとイリイスは同時に反応を示し、二人の間に斥力が生まれたかのように飛び退いた。互いが互いを反発し合い、今までいた場所に大きな空間を空ける。


 すると巨大部屋(ポケット)側の壁面から鋭利な尖槍が差し込まれ、アルスとイリイスが先程までいた場所を貫いた。

 分厚い壁面を容易く貫き、ポッカリと大穴が穿たれている。


 そう、壁面を貫通してきたかと思った頃には、すでに引き込まれ穴だけが残っている。


 ガルギニスは何をやってる、という悪態は、反対側を行く、ファノンから吐かれた。


「ふっざけんじゃないわよ、この木偶!」


 内部に響き渡る子供じみた悪態。しかし、その罵倒からはまるで緊張感が感じられなかった。

 アルスも一言いってやりたいが、それすらも許さない事態だ。

 壁面から突き出てくる刹那的な刺突は、常人の反射神経を容易く凌駕してくる。痛みすら感じずに死ねるという意味では楽なものだ。


 ファノンの言い様からして、反対側でも同じように攻撃を受けているのだろう。

 微かに見て取れた形状からして、刺突はオルドワイズが突き刺さっていた尾によるものだ。


 各々が今の一突きでどこまで理解することができたか、それがここを抜けるために最も必要な手段である。


 ――あれを防ぐのはこいつらじゃ無理だ。俺とて真っ向から防ぐより回避を選ぶ。だが、気づければなんとかなるはずだ。


 そう、肝心なのは今の一突きが、探知や感知によってアルスとイリイスを狙ったものではないということ。つまりは当てずっぽうに近い。

 おそらく足音から導き出した推測によるものだ。


 アルスかイリイス、どちらか一方に正確な狙いを定めていたのならば無傷とはいかなかったはず。


 真っ直ぐ前だけを見て走るしか手立てはない。


 肩越しにアルスが後ろを振り返ると同時、隊員達の間を刺突が目にも留まらぬ早さで貫通し、戻っていく。

 アルスの予想は当たった。二撃目は見当はずれもいいところだ。

 誰にも命中せず、掠りすらしない。


 そうした推測は分析力に大きく依存する上に、ここでは生死に直結する。


 三撃、四撃、五撃……一秒の内に五箇所程壁面に穴が空いた。走りきるしかない、とはいってもこればかりは運。あまりの手数に負傷する者も出ている。

 それでも走ることをやめないし、やめてはならない。


 先頭のアルスとイリイスから徐々に周り込み、階下へと落とし穴のような下りの通路を視認する。

 反対側ではファノンとエクセレスの姿を捉えたところだ。


 逆にイリイスは前方ではなく背後に注意を向け、


「チッ! 対抗しようとするな!」


 荒げた声の先では、運否天賦に任せたデス・ゲームに耐えきれなくなったのか、男がいくつも空いた穴を覗き、障壁を展開しようと試みていた。

 勇ましく「俺が防ぐ、その間に――」と言い終える前に魔法の構築途中で男の首から上、頭部が消し飛んだ。


 列の真ん中にいたため、彼は後続を安全に先へ行かせようとしたのだろう。

 だが、セルケトに自分の場所を教えるはめになった。


 そうなると後続は更に不利な状況に陥る。目の前で同僚の頭だけが消し飛び、血を噴出させながら倒れる光景に残った二名は足を止めていた。

 格好の餌食。


 彼らは自らの足が地面に張り付いていることに気づかない。引き返すかの選択を迫られたのだ。極限状態で一度足を止めてしまえば再度走り出すためには労力がいる。寧ろ逆、引き返すために走り出す方が精神的に遥かに楽なのだ。


 同僚の死より先を行くことを“危険な道”と脳が判断し、引き返すことを“安全な道”と誤認する。

 だからこそ、死体を跨いで進むことは心理的抵抗を生む。

 なんといってもこれより先は、穴だらけ、魔物からすれば透けて見えているようなものなのだから。


 

 だが、穴の奥――中心部からガルギニスの裂帛の唸りが響く。

 ガリガリと金属の鎧が削られるような音もまた大きく鳴り響いた。

 穴を穿つドンッという音も短くなる。これらがほぼ同時に穴の奥から抜けた時――後続の男達の目の前に鋭利な切っ先が滑り込み、そして停止した。


 引き戻すまでの工程すら彼らでは視認できなかったものだ。厳密には穴を穿つ尾の形状すら見ていない。

 初めて彼らの目前に、強靭な尾が姿を見せた。


 一瞬の停滞はガルギニスによるもの。

 そしてこの一瞬は彼らを窮地から救う最後の間であった。


「急げ!!」


 アルスの声に男達は倒れるように駆け出し、階下への通路へと全力で走り抜けた。







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