声を殺す異風
その後、地下一階層に存在する【セルケト】討伐に向かって一団は動き出す。担当するガルギニス隊と地下二階層へ向かうアルス達は幸いにして同じ方角であった。
が、徐々に事前の情報との間に差異が生じ始めた。鉱床内部を先行していたオルドワイズ達精鋭部隊の報告を遥かに上回る広さであったのだ。上階よりも通路が広いため、自分が小さくなったと錯覚する程だ。
複雑に入り組んでいるわけではないが、それでも高頻度で岐路に遭遇した。
Cレート級の魔物を二十体程瞬殺し、少なくとも来た道含め、奇襲を掛けられない範囲で一掃していった。その分、進行速度は落ちたが、無視して囲まれるリスクを冒すよりマシである。
結果としてアルスは各隊の戦闘を直に見ることができた。イリイスに戦力は足りるといったが、実のところ評価を下すにしても、信頼するにしても、彼らの戦闘力というものをアルスは正確には知らなかったのだ。
各部隊、均等に戦闘を繰り広げることで、士気は自然と上がっていった。緊張の解れが潤滑油となって無駄な力みを取り払っている。
ガルギニスの部隊はCレート程度を相手にしても三人一組で事に当たっていた。一人一人が十分な戦力を保有してもなお、役割分担が完璧にできている。防御系の魔法師を主軸に、確実な勝利を収めている。派手さはないが、魔法を駆使した旧来のスタイルは実に理に適っていた。堅実な戦い方は、無駄な消耗や些細な負傷さえ拒んだ末のスタイルだ。
そしてファノンの部隊は基本的に彼女本人は動かず、高みの見物。
部下がせっせと働くといった戦闘方式で、この辺りはアルファではまず見られない光景だ。レティの部隊などは隊長である彼女自身が先陣を切っていくタイプだ。
やらなければならないのなら、アルスもどちらかといえば自ら行動に移した方が良い、と考えている。
しかし――。
「さすがに状況判断が早いな」とアルス自らも魔物を討伐しながら一瞥する。
おそらくエクセレスの的確な指示が迅速な討伐に繋がっているのだろう。各個撃破していく隊員達の力量は疑うべくもない。その上で探知によって得られた魔物の形質から、適した隊員をあてがっているのだ。豊富な知識と実戦経験が織りなす完璧な戦略。
いや、無駄を省いた効率的な戦い方だ。
――なるほどな。満遍なく対処できる人材がいるのか。
全員が戦闘に加わるわけではなく、常にエクセレスとファノンを中心に一人か二人、加勢要員、または交代要員として待機させている。
連戦による肉体的、精神的疲労を考慮しているのか。
とはいえ、この戦法はエクセレスが指揮官として機能しないことには形にもならないだろう。
一見散り散りに漫然と動いているようでいて、戦略という計算の下、隊員達は有利に戦っているのだ。
そうはいっても、全体を視界に収めればまさに上司と部下の関係。トップに君臨する女王を守り、下々が働く。ファノンがシングル魔法師であることを考慮すれば、確かにこれは一つのあるべき光景だ。
男達の活き活きとした表情はこの際無視するとして。
いっそ、ファノン隊の連中は極力彼女を戦わせないように奮闘している。そうアルスには映った。
無論、アルスもCレート級の魔物ならば不調を感じさせることなく討伐に成功している。
とはいっても他が優秀過ぎるせいか、アルスが討伐したのは一体だけだったが。
実質的にシングル魔法師は手を下すことなく、雑兵は処理された。
人類の中でも精鋭中の精鋭が集ったこの進軍を止めることはできない。
アルス達は地下一階層の中心へと歩を進めた。というのも、階下へと下る通路は中心部にあるためだ。
オルドワイズらは地下三階層までの通路を確保し、拠点に情報を伝達できている。
しかし、地下二階層はほぼ未調査、三階層に至っては下るための通路しか確認できていない。つまり彼らは二階層から運良く三階層へと繋がる道を発見したに過ぎない。
端的にいえば地下一階層でさえ満足に調査できていないはずなのだから。
順に調査する箇所としてはやはり地下一階層になるはずだ。
そしてアルス達は確実に前進し、中心部へと到達する。一定の距離から中心部は、いくつもの円形が重なっているかのような渦巻状になっていた。
もちろん、中心部へと直通の道も存在する。
遠回りする意味もなく、アルスたちは中心部へと向けて直進していった。
左右の道を見る限り、やはり湾曲しており、中心部を囲うように伸びている。
そしてこの辺りからミスリルの純度が高くなっているのか、結晶のように壁面から突き出ている。
地下二階層へと繋がる通路は中心部のすぐ外周にある。
「ここからは地下ニ階層へ向かう隊とに分かれる」
アルスがそう口に出した直後、ファノン部隊から二名――先行させていた隊員から慌ただしい声が発せられた。彼らは然程進まず、すぐに引き返してきたようだった。
その背中には見慣れた腕章と模様が描かれたマントを付けた男が担がれている。
アルス達の前に下ろされた男は負傷しているものの、辛うじて一命は取り留めているようだった。
「地下ニ階層への通路を確認。付近で負傷者を発見しました」
「生存者か」
アルスの声に男は反応を示さず、かすかに胸部が上下するだけだ。
協会の所属魔法師であるのは明らか。
男の身なりや、イリイスの顔を見る限り間違いないだろう。
「オルドワイズ公の部下だ。間違いねぇ。公は退役時に何人か引き抜いたと聞いた」
貴族として私兵のために幾人か連れて行ったのだろう。そして協会へ入る時も同僚を引き連れたのだろう。男の武装はハルカプディア特有なのか、四肢に防具型のAWRが装備されている。
ガルギニスの言葉に同意するように事情を知っているイリイスはコクリと頷いた。
イリイスは男の容態が芳しくないと見て、彼から情報を聞き出すことが不可能だと告げる。
「いずれにしても、この様子じゃ口もきけんだろ」
イリイスの視線は、脇腹にある抉られたような傷跡に向かう。治癒魔法師がいたのか深い傷だが、出血量はそれほど多くなかったようだ。痛々しい傷口は真っ赤に染まった肉が覆い隠している。
意識薄弱、昏睡状態であるのは確かだった。止血できているのが、男の消え入りそうな命を繋ぎ止めている理由だ。
アルスは現状を鑑みて、決断を下す。
「ガルギニス、お前の部隊から二名出し、彼を拠点に連れていけ」
「構わないぜ。下へ行けば行くほど、引き返すリスクも大きくなる。こっちが引き受けよう」
「おい」とガルギニスは指を曲げ、鎧を纏った隊員を二名呼び出すと、丁重に運び出すように指示を下す。
担架などの移送器具はないが、仕方あるまい。アルス自身、そもそも先行した部隊の生存を期待していなかったのだから。救出のためとはいえ、魔物を積極的に狩り、連絡が途絶えれば想像に難くない。
息を潜めるように隠れているのとでは生存率は大きく変わってくるのだ。
担がれる様子を見届けたアルスは目を彼が倒れていたという通路へ向けた。
その時、何か異様な言語が担がれた男から発せられた。それは担がれた拍子のうめき声だったのかもしれない。
正確には聞き取れなかったが、うわ言の類だろう。少なくとも息をしていることは確かなようだった。
「では、男を拠点に連れ、すぐに戻ってきます」とガルギニスに向かって、一言告げると飛ぶように引き返していく。護衛のもう一名は盾を持った隊員だった。
見るからに高重量であるにも関わらず、彼らの動きは鎧を纏っていることすら忘れるほど滑らかなものだった。ガシャガシャとそれでも微かな金属の擦れ合う音が鳴り、それはあっという間に遠ざかっていった。
中心部の部屋の円周を覆う通路。
斥候とした男の話では、事前に確認した通り、ちょうど中心部の部屋奥に当たる。つまり、反対側にあるようだった。最短距離をいくには目の前にある巨大な部屋を通過していくのが良い。
が、中心部の巨大部屋からはここからでも嗅ぎ取れる程の異臭が漂っていた。ドーム状となっている空間は学院の訓練場よりも広いだろうか。入り口から目に入る物だけでも、ポケットの端にはところどころ結晶クラスターが散見された。
というのもこの部屋には全体的にミスリルの量が少なく、光源が乏しいためだ。
正確には部屋の奥まで明かりが届かず、結晶化しているところからもここのミスリルは、外からの魔力にあまり反応がない。
ミスリルが放つ淡い光と相まって一層薄気味が悪い。
ほんのりと輝く光源は十分に部屋内に行き渡っていないのだ。
得体の知れない、視界のきかない場所は自然と警戒心が高められていくものだ。
どこからともなく隊員達の息遣いが浮き彫りとなるように乱れ始める。
長年外界というものを経験してもなお、彼らの鼓動は異様な鉱床内で大きく乱されていた。
アルスはいつの間にか足を止めて、その場に留まっていることに気付かされた。空気に呑まれ、僅かだが時間の浪費を強いられていた。
「いるな」