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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「眠れる墳墓」
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三勢力連合



 一人、驚愕の声を上げた彼女へとアルスは目を向けて、自信なさげに問いかける。


「あぁ、確か……カリア?」

「は、はいッ! その節は無礼を働きまして……」


 第1魔法学院へと赴いた際、ジャンがそう口にしていたのをアルスは思い出す。親善魔法大会でも彼女は名の知れた魔法師だったのだから、思い出すのもそれほど苦労はしなかった。

 だが、どうにも学生としての対応が染み付いているのか、彼女のことはフェリネラやイルミナのように“先輩”として低姿勢になってしまう。そもそも学院では不要な騒ぎを招かないために、外面だけでも敬意を払うようにしていたのだが……。


 学生という自分の立ち位置と魔法師としての立ち位置が不明瞭になっているような気がした。


「君も参加を?」と聞くと彼女からは首肯が返ってくる。

 カリアも含めて幕舎内部の面々を視界に収める。


「ともかく、情報を整理するのに十分な人間が集まっているわけだな」


 イリイスの登場に目を丸くした副官の男は、すぐに弁明や説明のために出向こうとしたが、結局イリイスの第一声によって、男は無意味な行動を自粛し、萎縮した様子で幕舎の隅に立った。場の仕切りなど、丸投げするかのように一人距離を取って見守ることにしたのだ。


 すると男の予想通り、イリイスが中央の巨大な机の前に立ち、混乱気味の場を整えるべく指揮を執った。


「時間がない。この場は協会側が全権を持つ、文句は言わせんぞ」


 協会主導の鉱床探査任務。その援軍として駆けつけたファノンは両の掌を上に向けて不承不承納得を示した。自国ならともかく、シングル魔法師といえど今回は協会の責任の下、実施されている。何より、彼女としては下位者であるガルギニスに指揮権を持っていかれるよりは良いと判断したのだろう。

 つまるところ、自分の中でのプライドに折り合いが付いたのだ。

 

 そしてガルギニスは「構わない」とだけ言葉少なに同意を示した。無論、最も筋が通る提案だ。協会所属のオルドワイズの指揮権は必然的に協会へ帰結する。あくまでもガルギニスやファノンが指揮権を主張するのは臨時的な措置に過ぎなかったためだ。

 これが自国での任務ならば話は変わってくるのだが。


「作戦に関してはアルスが立てる。三十分後には出立するぞ」


 引き継ぐようにアルスもまた地図の置かれる中央に向かい、一通り目を通す。

 情報の整理は必要なことだが、アルスは事前にある程度の作戦は組み立ててきていた。


 指揮官である協会側が全貌を把握しないことには話は進まない。そう踏んだファノンは探知に当たらせていたエクセレスへと目配せする。

 彼女の首にはゆっくりと首元から衣服の中へと引きつつある痣が見て取れた。


「アルス様、先程簡単な探知をしましたので、まずはご報告を」

「内部を探知できたんですか」

「ふふ~ん、エクセレスの【不自由な痣(エイルヴニフス)】なら余裕よ」

「いちいちちゃちゃを入れるな。それで?」


 むーっとしかめっ面を作るファノンを無視して、エクセレスもまた地図に数箇所指で順に示していく。


「まず地下一階層にSレート級の魔力反応があります。おそらく彼女が対峙した魔物と見ていいでしょう」

「あぁ、【セルケト】だな」

「セルケトですか?」

「協会のライセンスを使ったんだろ? 仕事が早くて助かるってとこだな。魔力量など分析できる範囲で、すでに情報も来ているが今のところ役立ちそうなのはないな」


 国際軍事機関として魔物の情報を収集・解析することを目的とし、新種の魔物の命名も基本業務の一つだ。


 ふと、ガチャッと鎧の擦れる音とともに野太い声が割り込んできた。


「1位。そのセルケトは俺が受け持とう。彼女からの話を聞く限り、俺が適任だろう」

「ガルギニスか。いいだろ。地下一階層はそっちに任せよう……しくじるなよ」


 「そんな簡単に」という副官の声に応えたわけではないが、アルスは作戦としてそれほど綿密に練ることはできないだろうと考えていた。シングル魔法師に協調性がないとまではいわないが、最大限の力を発揮してもらうためには余計な制限を加えないことだ。


「そもそも作戦といっても連携なんて最初はなから期待していないからな。部隊ごとに目標を定めた方が手っ取り早く、機動性も確保できるだろ。当然、異論は受け付けない」


 アルスは視線だけで見渡すが、明らかに不満顔のファノンが目につく。先を越されたと言わんばかりだ。彼女としてはカリアに啖呵を切った手前、最大限の働きをしてシングル魔法師足るその力を見せたかったのだ。せっかく自分より背が高く、大人びた女新兵に頼まれたのだ、ここでカッコいいところを見せなければ威厳もへったくれもない。


 焦ったようにファノンは挙動不審にアルスを窺うように目を向けた。


 ――ヤバイわね。あんなのに手柄を横取りされるなんて。何が適任なんだか。でも、一番強い魔物を私が倒せば……うん。まだ挽回できるわね。エクセレスわかってるわね。


 だが、エクセレスはファノンの意図に気付かなかった。いや、気付いていてあえてスルーしたのかもしれないが。

 いずれにせよ、彼女は滔々淀みなく、地図上に落とされた地下ニ階層を指さした。この辺りからほとんど地図とは呼べない状態である。


「地下二階層にも同様の反応が二つあります……ただ魔力の混在状況からBレート級もかなりの数いるでしょう」

「そのどちらかがフェリネラさんを攫った魔物かもしれません!!」


 すかさずカリアが口を挟むが、エクセレスはそこまで判断できないとジェスチャー付きで顔を振った。

 有益な情報が一つ共有される度に、着実に前進している手応えにいつしかカリアは会議の輪に率先して加わってた。


「フェリを攫った魔物の外見は?」

「人型といえばいいのか、もっと不定形のものといいますか……最初は薄い布のような実体があるのかも定かじゃないほどでした。ただ、フェリネラさんを攫った時は三メートル近い人型を取っていました。こちらも蠍型の魔物と同等、いえ、それ以上かもしれません……逃げるだけで精一杯で」

「真っ向から戦わないだけ、正しい判断だ。情報はなしだな」


 カリアは横目にアルスを窺ったが、彼は表情一つ変えずに淡々と情報をかき集めているようだった。集中しているというよりも、余計なことを考えないために徹しているようにも見える。

 隣で口を閉ざす銀色の少女は、人形のように直立しているだけ。


 傍目では自分のように感情に振り回されるといったことがないように思えたが、同時に彼らから人間味というものを感じ取ることはできなかった。


「それね。そいつを私に狩らせなさい。ねぇ、いいでしょ」

「……二つの反応のことか?」

「違うわよ。そのフェリネラって子を攫った魔物よ」


 不敵な顔で、そう提案してくるファノン。余裕のある威勢は決して虚勢ではないだろう。数えきれない高レートの魔物を屠ってきた者の自負に裏打ちされている。

 が――。


「いや、駄目だ。確定していない状況で討伐対象を限定はしない。フェリを攫った魔物を特定できないからな。無論発見したら即対処してくれれば良いが……いや、もし可能ならこっちに回してくれ」

「何よ、それじゃあ私、呼ばれた意味ないじゃない!? 譲ってよ」

「黙れ……お前が俺より上手くやれる保証がない。これでも随分我慢してるんだ」

「…………」


 無感情にアルスはファノンを見据える。長年シングルの座を守ってきた彼女だ。アルスが登場するまで最年少としてもてはやされたその実力に疑いはない。

 だが、こうしている間にもアルスの中で暗い焦燥感が臓腑を冷やしていくのだ。


「お前がしくじれば、俺は躊躇なくお前らを殺す。仲良く共闘する必要はない。やることをやれば誰も不幸にならずに済む。最善を尽くせばそれでいい。お前が変わるというのは俺にとっては最善じゃない」

「へ、へぇ~面白いことも言えるのね」


 魔物を殺す者を魔法師というが、アルスの場合は人間も含まれる。シングル魔法師の中でも異質なことだ。彼が放つ異質な気配にファノンが気づかないはずがない。紡ぎ出される言葉の一つ一つが、嘘ではないと覚らせる。


「ファノン様、その辺にしましょう。この場ではアルス様の方が正論ですし、魔物に関しても彼ほど博識なものはいません」


 宥めるエクセレスにイリイスも加わる。


「此奴の指示に従わねば遅々として進まぬぞ。現場の判断に委ねることにはなるが、手に負えない状況ではアルスの手を借りることで解決することもある。援軍として最高の仕事をしてくれれば文句はない」

「そういうことだ。無論、手柄が欲しいならいくらでもくれてやるよ、ファノン・トルーパー」

「わ、わかったわよ。でも、援軍だからって遠慮はいらないわ。十分な仕事をするんだからどんどん押し付けなさいよ! 全部綺麗に始末してあげるわ」


 そういうことでなんとかカリアとの約束を果たそうと試みる。

 が、そんな事情を知らないアルスには、彼女の意図がなんなのか、はたまた単なる気まぐれなのか測りかねていた。

 いずれにせよ、彼女の申し出は有り難い。


 話が纏まったところで、エクセレスによる探知結果が再開される。


「一応地下二階層ですが、人間の反応らしき魔力の痕跡もありました」


 一瞬カリアは期待の籠もった目をエクセレスへと向けたが、彼女は申し訳なさそうに顔を振る。未だ空白の紙の上を指さした。


「最奥部ですね。まず間違いなく、レア、メア姉妹でしょう。彼女達ほど魔力が特徴的なものもありませんので。痕跡からしてすでにその場にはいないでしょうけど」

「生存が確認できただけでも大きい」


 会合時に手合わせしたアルスだからこそ、なんとはなしに面倒な気配を感じ取ってもいた。そもそも彼女達が今回の任務に加わっている時点で察するのは容易い。


「強い魔物の反応については私の探知では特定しかねますね。次に地下三階層にも強い反応を一つ確認できました」


 が、エクセレスは懸念を含むようにして、一度間を置く。


「私が確認できたのはこの先。地下階層は五つまであります」


 幕舎内部に広がる静かなる驚愕を感じ取ることは容易かった。カリアと副官は動揺を当然隠せない。すでにSレートと評価された魔物がおり、しかも同様の脅威度を持った魔物が各階層にいるのだから。


「ふん、高レートの住処だな」

「アルス様にはわかっていたんですか?」


 エクセレスの突発的に出た問いは、鉱床とバベルとを関連付ける話に繋がる。それを今、話し始めるには時間が圧倒的に足らなかった。


「わかっていたならこんなことにはなりませんよ。今となっては遅すぎましたがね。この面子に関してはイリイスの機転です。俺は偶然居合わせたに過ぎません。それより」

「はい。ここはほとんど探知できませんでした。と言いますか、全体を魔力……か何かで埋め尽くされている感じですね。四階層はほとんど探知できませんでしたが、魔力自体の確認はできました。ただ、それがミスリルによる影響なのかは、ここからでは判断できません」

「そうですか。でもかなり役には立ちました」


 アルスはここまでの道中で考えていたことを話しだす。作戦に関しては大幅に変更しなくて済みそうだった。

 部隊はアルスとロキのツーマンセル。

 イリイスは魔眼の都合上単独として一部隊にカウント。

 ガルギニス隊とファノン隊の合計四部隊での出撃。


 階下を目指し、フロアごとに一部隊を投下する。


「各フロアの殲滅、高レートの撃破は必須だ。討伐に不安があれば魔法師を基地から増員してもいいが」

「ちょっと待ってよ! 時間からして目標は鉱床内部の魔物を殲滅するってこと?」


 ファノンはカリアとの約束を一旦横に置き、アルスの作戦に関する根底を問う。魔法師として合理的な判断を下すならば、事態の沈静化だ。鉱床内部の奪還と置き換えられる。それによって各部隊の最優先事項が変わってくるのだ。


 だが、アルスはファノンへとスッと目を向けると当たり前のように。


「馬鹿言うな。取り残されている生徒、フェリネラ・ソカレント、レアメア姉妹の救出が第一優先だ。先に進行していった救助隊も余裕があれば拾ってけばいい。生徒の救出、それが全てだ。殲滅はその後の話だ」

「そのためにシングル魔法師を三人集めて、協会のトップまで現場にね~……良いじゃない。たまにはそういうノリもイイわ。生徒の救出第一、異論はないわ。でも、こういっちゃ何だけど、あんたは他人のために動きそうにないイメージだったんだけど、意外っちゃ意外ね」

「お前らがどうなろうと知らないが、彼女は俺にとって……必要な人だからな。全力を尽くす、それ以外に理由が必要か?」

「甘いけど……そっちのほうがわかりやすいし、面白いわね」

「確かに甘いな」


 ファノンの問いに興が乗ったわけではないが、率直な言葉を選んだアルス自身もやはり甘いと感じてしまった。


 その後すぐに、エクセレスがもたらした情報にアルスは一旦作戦を考え直すことになるのだが。

 そう、ファノンの魔法というのが限られた空間の鉱床内部では、本領を発揮しないことが原因だ。もし彼女が力の一端でも垣間見せたならば鉱床が崩れることになる、らしい。


 さすがに生き埋めはごめんだ。

 代案としてファノンには地下二階層の一掃に加えて、三階層までの範囲でレアメアの救出を強く言い渡しておいた。

 具体的には主に二階層を担当してもらうということだ。その後彼女はすぐに鉱床から出て基地の防衛に努めてもらう運びになった。これに関してはエクセレスの後方支援によってなんとか納得させることができたのだが。


 無論、最悪の場合も考慮してSSレートの侵攻がある可能性も伝えた。ロキを監視しているであろう【世界蛇ヨルムンガンド】の存在も忘れてはならない。

 ただ、ロキ絡みであるのは伏せざるを得なかった。被害が広まる可能性もあるが、最悪の場合イリイスがいる。要はファノンの部隊とイリイスは交代で鉱床付近拠点の防衛を担う。


 救出を大前提としてはいるが、基本的には現場判断での行軍になるだろう。


「さて、(フェリを助けに)行くか。おそらく過去にここまで高レートの群れを相手にしたことはないだろうが、ここでの失敗は後に響くぞ。元首が掲げた目標は協会ありきだ。同時にシングルが欠けても問題だ。勝てなきゃ逃げろ。誰も責めはしない。俺がケツぐらい拭いてやる」


 幕舎を後にするアルスの後ろをそれぞれの隊長が続いた。


「アルス・レーギン。あんたと共闘なんてなかったから知らないでしょうけど、私……やるのよ」


 唐突にアルスの背中に、ファノンが挑発的な声をぶつけた。その声音は共闘する仲間の頼もしさを訴えるかのようだ。


「じゃなきゃ困る。俺の見立てじゃ戦力は足りているはずだしな。期待外れだけは御免だ」

「【三器矛盾】全て持ってきて上げたんだから感謝しなさいよね。Sレートごときいくらでも相手できるわ」


 気になる単語が出たが、それを追求する前に、今度はガルギニスの声が反対側から届いた。


「1位。オルドワイズ公も先行しているはずだ。悪いが、始末し終えたら階下に向かうぞ」

「それで構わない。だが、生徒の確保は怠るなよ」


 協会と二国による連合部隊がここに結成された。

 全てを説明する時間はなかったが、必要な情報の共有は済んだだろう。


 ――後は助けるだけだ。それだけだ……。



 





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[気になる点] ミスリルほんとにダメでしょ…。通信効かない、探知も効かない、最悪すぎる。 エクセレスに協会が鉱山の依頼出してたらなー。
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