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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「ケージブレイク」
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失踪

 アルスとロキが作戦会議を終え、研究室へと戻ってきた時、部屋にいたのはテスフィア一人だけだった。


「アリスはどうした?」

「なんか体調が優れないみたいだから、今日は休むって」

「そうか」


 午前中にはそんな感じは受けなかったが、突然ということも考えられる。何せアリスは研究のためとはいえ、苦い思いをさせてしまってからというもの連日訓練に勤しんで休む間もなかったのだ。


「わかった」


 いつもの訓練……というわけにはいかない。何せいつもの訓練棒はテスフィアの実家で人質になっているのだから。

 取り敢えずアリスが休むというのであれば訓練棒を貸してもらうとする。


 いつもの場所、何故か二種類のかごがいつの間にか設置されている。

 テスフィアとアリスが荷物を置くために勝手に用意したものだ。

 その中に珍しく訓練棒が一つ置いてある。それも午後からの訓練を考えれば置いて行っても不自然はない。


 しかし、テスフィアはおかしいなと首を傾げた。てっきりこれを取りに戻ったと思っていたからだ。

 それでも違ったのかとそれ以上の疑問を持つことはない。


 借りた訓練棒を持っていつもの魔力を留める訓練へと移行する。


「さぼってはなかったようだな」

「当然! こんなのにいつまでも時間を割いてられないもの」


 殊勝な心掛けだが、魔力操作自体長い目で……それこそ十年単位で訓練しなければならないのだが、それを教えてやるのはやる気を削ぐことに繋がりかねない。実感できるまではこのままにしておこうと思うのだった。


 どうせハメを外して忘れるだろうと思っていただけに良いことだとわかっていても意外感は拭えなかった。


「で、連絡したんだろう!? 3日後で受け入れられたのか」

「一応ね」


 アルスとしては都合が合わずに有耶無耶になることを願っていたが、そう淡い希望通りにはいかないものである。


 曖昧な返事であるが、それはテスフィアの個人的な気掛かりがあるからであって、渋られたとかそういうものではない。


 テスフィアが連絡を入れた時は、母が頬を上げたのがわかるほど声色が変わった。

『楽しみにしているわ』と告げられて切られた次第だ。

 呆れてものも言えないテスフィアはアリスの二の舞以上の不吉を感じた。



 アルス達の任務決行が明日に控えていたとしてもいつもとやることは変わらない。

 

 続けていたと言ってもやはり成果の乏しい訓練である。


 アルスは自分の訓練に精を出しているロキに、


「ロキ、どうせだからこいつの訓練も見てやれ」


 ロキに拒否の色はない。

 探知のために目を閉じていたロキがゆっくりと瞼を開けた。


「アリスにも良いアドバイスが出来たみたいだし、こいつにも教えてやらないと不公平だろ?」


 と意地悪く聞こえるが、これが明日に備えて疲労を残さないための気遣いであるのを察せないロキではない。


「わかりました」

「ロキが見てくれるの?」

「意外に隠れた才能かもしれん」

「からかわないでください」


 もおっ、と言い出しそうな顔だが、テスフィアへと向かう足取りは満更でもないようだ。


「アリスも多少はコツを掴んだんだ」

「私がいない間に……」


 親友との二人三脚が危ぶまれる事態。



 ロキの指導をアルスはなるほどなと改めながら聞いていた。

 自分が躓かなかったところだけに盲点だったと言える。


(均衡点を見出すのは確かに効率がいい)


 力でねじ伏せるだけの訓練でも無意味ではないが、この訓練の意義は魔力を収束させることにある。

 淀みない魔力をAWRに付与することが出来れば魔法の伝導効率も良くなる上にAWRの武器としての精度向上にも繋がる。


 テスフィアも魔力の放出を調整し、その中で操作することができれば一石二鳥だろう。

 弾かれない加減がわかればそこから自分で調整が可能になる。


 アルスはやはり自分は人に教えるのが向いていないと思うのだった。

 自分のやってきた訓練自体、普通から逸脱している。

 元々普通ではないのだ。それはそれで仕方のないことだろう。

 だから、当たり前の訓練などで誰しもぶつかるであろう壁がわからないのだ。

 出来て当たり前、出来なければ外で死ぬだけの環境で育ったアルスとは訓練の捉え方がそもそも違う。


 それもただの魔法師を育てようとしているわけではないので、テスフィアとアリスの両名には苦渋を味わってもらうほかにないのだが。

 アルスが任務に出なくてもよいほどの魔法師。

 そこに到達するまでには途方もない壁が立ちはだかっているわけだ。


「あ~じれったい!」


 地団駄を踏んだテスフィアはやはり緻密な操作が苦手……悪く言えば不器用なのだ。

 短気な所もそうだが、間違いなく針に糸を通すような作業が得意なタイプではない。

 最低限こなしてもらわなければならないことだからしょうがないのだが、休憩を入れるには丁度いい。


 テスフィアも戻って来てからというもの、想起させるような翳りは無くなっていた。

 訓練に打ち込むことで紛らわしているという線もあるが、そんな繊細な性格はしていないなとアルスは気付かないふりを続けた。


 テスフィアに気掛かりなことがあるのはアリスでなくともわかる。ありありと表情に出るからだ。

 だからアルスも出来れば関わりたくなったのだが。


「お前の母君は俺になんの用なんだ」


 と聞けば見るからに視線が手元へと急降下した。

 わかりやす過ぎる。


「知らないわよ。ただあの棒を見て興味がピークに達したのは確かね」


 面倒なのは確かだが荒事にならないならまだマシだろう。言い聞かせるような結論は無理があった。

 すでに脳内ではスケジュールが破綻しかけている。ただでさえ今回の任務で大幅な変更を余儀なくされたのだから、もう頭痛どころではなかった。


「時間は尊ぶべしだ。徒労に終わったら許さんぞ」

「私に言わないでよ。私のほうがもっとも~っと嫌なんだから」


 眉間に寄った皺が今更感を漂わせ、のっぴきならない事態を受け入れているふうでもある。


「やはり断ったほうがよかったのでは?」


 ロキがトレーに紅茶を三つ載せてくる。


「あの棒がなきゃ、遠回りは否めん」


 無論貴重品だが、アルスは執着しない。

 単純に魔力操作の一点においてあれほど効率の良いものはないからだ。

 本来テスフィアとアリスが今の操作技術に達するには並みの魔法師でも半年以上は要する。

 二人の才能や努力あってのものでもあるが、間違いなく一役買っているのがあの訓練棒なわけだ。


「どうせ断っても、話を聞く限り避けられそうもないしな」


 向かいで苦い顔を作ったテスフィアへと投げる。


「うん、たぶん理事長に掛け合うとか、どんな手段を使うかわからない」


 逸らされた視線は想像に難くないということだろう。


「だそうだ」

「貴族というものは」


 無論それが偏見であるのは言うまでもないが、貴族の認識が鼻持ちならず恣意的な人間像を連想させるのは一般的だ。

 ロキが言う貴族像は課外授業での一件が尾を引いているのは確かだろう。


「…………」


 この時に限ってはテスフィアも目くじらを立てることはなかった。


「そう邪険にするな、娘に得体の知れない男が付いているとあれば、気になるのはしょうがない」

「……!」



 窘められたロキは納得は出来なくとも反論せず、お代わりを注ぐ。

 アルスにフォローしたつもりはなかったが、テスフィアは驚いたように見返した。

  

 助け舟にではない。

 問題は「男が付いている」という箇所、アルスが男だということだ。

 招く動機は娘が世話になっているという決まり文句だが、母が指導のお礼で済ませる筈はないのだ。


「挨拶だけで済むことを願うか」


 条件の三日後を受け入れてもらったのだから、これ以上うだうだ言ってもしょうがない。


 すでに事態が好転することはない。今からできることは何もないのだ。

 考えることが無駄なのはアルスとテスフィアの両者に共通することだが、貴族の息女である彼女にとっては割り切ることができない問題でもある。



 休息を置いて訓練がまた再開する。

 アルスは伏せっているアリスのためにも研究を進める時間だ。

 

 魔法を作るという方法には様々なやり方がある。

 魔法式、ロストスペルを組み合わせることで魔法を考える者がほとんどだろう。

 細かい式の組み合わせは何百何千とある記号のような文字を読み解く知識が必要だ。

 一つの事象を生み出す魔法式は結局既存の魔法式の複合なのだ。

 オリジナルでない場合はこの方法が一般的だ。

 

 アルスが今アリスのためにオリジナル魔法を作る方法。

 それは最初に事象を考えることだ。アリスに習得させた魔法も起こり得る事象を知っているか、見たことがあるかで発動を左右する。


 作るためにまず想像することが重要だ。無論どういう魔法が有用なのか、それは事象の改変力と魔力消費が理に適っているか。


 決めなければならない項目は100や200ではきかないだろう。


 座標の指定だけでも膨大な種類の組み合わせがあるのだ。

 パズルで例えるならば、まず全体となる魔法――絵――を決める。それに必要な何百何千というピースの形を算出する。

 これで骨組みが出来たことになる。

 次がもっとも学者を困らせる作業だ。


 一つ一つのピースの形はわかっているのだ。しかし、それに当て嵌まるピースは何百種とある。

 何万通り先を予想して嵌めなければ魔法として成立しない。一つの不和は全ての回路を阻害する。


 上級魔法、最上級魔法と呼ばれる魔法の構造は何億通りから導き出されたたった一つの答えなのだ。


 これを一から全て組み立てるのはそれこそ神の御業といったところだろう。


 人間が元々使えた日常生活に用いていた魔法を解読することに端を発する。

 そこから枝葉のように派生し、組み合わさったのが今の魔法だ。

 基礎となるロストスペルを軸にオリジナルの魔法を作る、気が遠くなりそうな作業。



 パズルのピースを当て嵌めるだけならば誰でもできるだろう。

 嵌まるピースはざっと数十はある。しかし、どれも違う意味があるのだ。

 

 そこでピースの意味を知っていた場合、冒険するよりも知っているピースを嵌めて安全策を取るのが普通である。


 その割合によってオリジナルかという判別が行われるのだ。

 既存の組み合わせが30%未満ならばオリジナルといった具合に。


 光系統の魔法が少ない現在では何を作ってもほとんどがオリジナルとして扱われるだろう。


 早々できるものではないのが魔法だ。しかし、無系統とは都合の良いもので干渉自体を補完するため、普通に魔法を作るより簡略化することができる。


 完全なオリジナルともなればチームを組んだ学者が数年を費やす一大プロジェクトだ。


 アリスに足りないのは攻性の魔法。

 そのために必要な項目を洗い出す。魔法の事象を決めるのは研究室にある古書が役に立った。荒唐無稽な研究はどこかで貴重な叡智に到達している。それに気付けるかは別としてもだ。


 アルスは膨大な知識量を以てこれを読破することにより、空論と評された宝に光を見いだすことができる。


 そうして作り上げた魔法はオリジナルと呼ぶにふさわしいものばかりだった。



「アルってば……聞いている?」


 謝絶した思考の外から漏れ聞こえる声、画面に釘付けとなっていた顔が上がる。


「私はもう帰るわ。アリスも気になるし」


 外はまだ明るく夕方の少し手前ほどだった。

 いつもより早い切り上げだが事情だけに仕方がない。


「わかった。アリスには明日も体調が悪いようなら来なくても構わんと伝えてくれ」

「わかったわ」


 テスフィアはそのまま訓練棒を持って部屋を後にした。

 反対側の手にはロキが渡したバスケットが握られている。軽食を詰めたものだと言う。


 ロキにしては珍しく不可解な気遣いだ。

 その表情には心算は窺えず、単純な心配の色があった。


 今回の任務がアリスに対しての後ろめたさを感じさせるからなのかもしれない。

 ロキ自身何故そうしたのかと聞かれたら戸惑うだろう。



 テスフィアが出て行ってから、僅か10分ほどだろうか。


 ハアハア、と肩で息を吐いた赤髪で小柄な少女は舞い戻った。走ってきたことは見たままだ。綺麗に纏まっていたポニーテールが乱れていることからもただ事ではないのがわかる。


「なんだ騒がしい」

「アリスがいないの!」


 

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