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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「眠れる墳墓」
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未だ朗報は届かず





 突如として上空から飛来した彼女達の正体を、その場にいたほとんどの人物は気づくことができた。

 もちろん、この場には学院代表として参加しており、彼女達を知らない無知者はいない。少なくとも先頭に降り立ったその女性を知らない者は限りなく少なかった。


 背後に並び立つ熟達した風格を醸す隊員の肩には国章。

 何より、異様なまでに変化した空気は彼女の気分一つで塗り替えられてしまったかのように場を包んでいる。圧倒的強者が放つ圧は、少女の小さな体躯とは裏腹に強大な化物を目の当たりにしているかのようだった。


 シングル魔法師はその内に、化物を飼っているという例えは良く耳にする。誰もが単純な魔力量やその才気への畏敬と畏怖を言語化しているに過ぎないと思っていた。計り知れない絶対なる強者に向けた、平伏の証としてそう呼んでいるのだろうと。


 だが、ここに来て、イルミナもカリアも他の生徒同様、ただ視線を向けることしかできなかった。魔力操作やそういった気配の扱いに長けた普段のアルスを見ていたからか、イルミナは足が地面に根ざしてしまったかのように動くことすらままならない。


 そしてカリアもそれは同じであった。親交のあるジャンでさえここまで高圧的な気配を感じ取ることはなかったのだ。無論、ここが外界であるということも承知した上で、カリアは自分の認識を改めさせられた。


 シングル魔法師は外界でこそ、その真価を発揮するものだ。ならば、内側での姿だけで、シングル魔法師を知った気でいるなどおこがましいにも程がある。



 開いていた傘を閉じながら、その少女――ファノン・トルーパーは意気揚々とイルミナとカリアの間を通り抜けた。二人は反射的に、いや幼い頃から刷り込まれたかのように自然と道を開ける。

 二人は視線だけを少し下げ、時間が止まったかのように彼女が通り過ぎていくのを待った。


 まるで人などいないかのようにファノンは意に介さない。


 ファノンは嫌悪感を込めた顔で、向かいにいる重武装の一団を見て小さく口端を持ち上げた。彼女の顔は嘲笑で染まり、同意を求めるように肩越しに背後へと目を向ける。その先にいる女性――一際目を引く美貌の持ち主に水を向けた。


 後ろで一本に纏められたプラチナブロンドの髪に動揺という揺れを与えて、エクセレスは苦笑を混じえて「その辺りは心配ないのでは?」と応えた。

 さすがに他国のシングル魔法師を前にクレビディートのシングル魔法師と同調姿勢を貫くことは難しい。

 共闘しようという時に、彼女は相手を見下すように嘲った。無論、そうした示威行為は彼女の外見的コンプレックスに理由があるわけなのだが。


 ともあれ、通気性も考えられた構造のはずだが、エクセレスの発言に甲冑の一団は微かに動揺していた。


 そんな様子に、予想が的中したとばかりに藤色の髪を二つに結ったこの少女は調子に乗って、あどけなく笑う。子供が褒められるのも待っているかのように、エクセレスへと向けられた顔には、相手を侮蔑する気配は微塵もなかった。


 ――コミュニケーションが不得意というか。まぁ、他国との共闘などこれまでになかったことですしね。寧ろ、競合国として競い合い、高め合ってきた背景もあるのでしょうが……。


 それにしてもファノンは随分と甘やかされ、もてはやされてきたのは事実だ。その原因の一つとして、部隊の男連中に非があるのは明らかだった――ようは過保護過ぎるのだ。


 諌めるのは副官である自分の役目だとエクセレスも責任を感じてはいるが、相手は7カ国親善魔法大会前の元首会合でも1位に喧嘩をふっかけたと聞く。

 気の短い相手に取り返しのつかない不和を生じさせる危機感も抱いていた。


 だが、先程から高圧的な魔力を放つファノンに対して、ガルギニスは対抗するでもなく、鎧に包まれた巨体で歩み寄ってきた。


「我が国のスタイルみたいなものだ。安心しろ、ファノン・トルーパー。貴様の予想を大きく裏切るはずだ」


 ガルギニスは共闘の挨拶として手を差し出したが、サイズ感的には大人と子供程ある。

 重量以上の圧迫感が鎧の内の存在を強く主張してくるようだ。高く分厚い壁が迫ってくるような圧はファノンとは別の意味で彼をシングル魔法師だと訴えかけてくる。


 「ふ~ん」とどこ吹く風とばかりにファノンはその手を一瞥し、背を向けた。


「女性に対して随分な挨拶ね」


 棘のある言葉だが、先端は然程鋭くはない。寧ろ穏やかな口調であり、この場合は自らの手に視線を落としたガルギニスの方に落ち度があったのだろう。

 そう、女性に対しては……。


 ガルギニスの手にはガッチリと防具が装着されており、素手のファノン相手に礼を失していたのは事実だ。


 己の非礼に「うむ」と一度唸ったガルギニスは無言のまま彼女の後に続いた。

 仮設拠点を現在任されている副官も慌てて追い抜き先導する、向かう先にはこの拠点で一番大きい幕舎であった。





 幕舎内部には現地調達して作られた長大なテーブルがあり、そこには鉱床内部に関する手書きの地図が広げられていた。今回の探査対象である地図はほぼ完璧にマッピングされている。

 だが、それにしては地図は大きい。余白部分に新たに書き込まれた地図らしき線があった。


 現在は作戦本部となった幕舎内部は、副官を始め、援軍として駆けつけたガルギニスとファノン、探知魔法師としてファノンの部隊からエクセレスが参加している。


「救援要請を受けて来たわけだが、まずオルドワイズ公不在について説明をしてもらおう。ファノン・トルーパー、お前らも詳しくは聞いてないんだろ?」

「お察しの通りよ。そもそも本当に救援の要請が来るなんて誰も予想してなかったわ。ね、エクセレス」


 ガルギニスに続きファノンもことの詳細は当然聞いていない。

 彼女の口ぶりに同意するようにエクセレスも頷く。


「シングル魔法師への救援要請。その内、二名への要請でしたから誰も有事の事態を想定しておりませんでした」


 事実、本当に救援要請が来たことに一番驚いたのは当人達だ。元首の意向が含まれていたとしても、大袈裟に過ぎる事案だ。待機命令の名を借りた休暇だと思っていた程である。


 そして言わずと察する異常事態。エクセレスは顔色を変えずに報告を待った。ここに向かう道中で嫌な気はしていたのだ。もしもこの場にガルギニスがいた場合、それは考えうる限り血生臭くなるだろうと。


 ――クロウリー様の許可を事前にいただいておいて……よかったのかもしれない。


 彼女には大袈裟と言われてしまったが、神器とも呼べるAWRを全て持ってきたのは間違いではなかった。寧ろ神経質なぐらいが丁度良いのだ。


 副官の報告を聞きながらエクセレスはそんなことを考えていた。


「現在、地下三階層までを確認しています。取り残された生徒は三名。救出のためオルドワイズ総指揮が自ら陣頭に立ち、向かいました」

「誰?」


 小首を傾げるファノンにエクセレスが耳打ちしようとしたが。


「ハルカプディアの武神だ。元3位のシングル魔法師であり、俺の師でもある」

「おっさんのおっさんってことね」


 ボソリと不穏な言葉を発して勝手に納得したファノンであったが、ガルギニスはこの時ばかりはピクリとコメカミを眉根を反応させた。


「なればこそわけがわからんな。オルドワイズ公がいて何故俺らを呼んだ。要請を受けて到着までニ時間は経っていないだろ。聞く限り戦闘中というわけでもない」


 理に適っていない。元シングル魔法師が戦力の計算もせずに現シングル魔法師の要請を出したとは考えづらい。他にもっと何か、不測の事態が生じたはずなのだ。


「そ、それは……オルドワイズ公の指示に従い、私が名を借り要請を出しました。まだ生徒が鉱床内部に取り残されておりますが……」


 副官の男は言い難そうに視線を逸した。

 オルドワイズは自身が鉱床内部に向かう前に救援要請を出したのではない。部下に逐次帰還させて現状報告を怠らなかったのだ。そのおかげで鉱床の階下へと繋がる通路の発見に至った。

 常に幾人かの魔法師が伝達用に鉱床と拠点とを行き来していたのだ。


 地下三階の発見と同時に副官の男に救援要請を出すよう指示した。

 つまり……。


「正確にはオルドワイズ総指揮が鉱床に入られて三時間は過ぎています」

「未だに救出できずか……」

「もうおっ死んでるんじゃない? いい歳して頑張っちゃった?」







 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ファノンさぁ…。ていうか周りもなんで、これを放置する…。
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