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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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未調査地下区画



 曲がり角から姿を現した人物の手には赤い組紐のついた短槍が握られていた。

 フェリネラ達の目の前でその女性は疑問と驚愕の入り混じった声を上げ、短槍の切っ先を下げた。


「カリアさんこそ! 第1魔法学院はもっと離れたところを調査していたはずでは」


 イルミナはAWRを鞘に戻し、怪訝そうに問う。無論、その顔はどこかホッとしたものであったのは確かだろう。

 それに答える間もなく、カリアは彼女らの背後に目を向けて、大凡の状況を察したらしい。


「負傷者が出たのね。それで傷の具合は」


 表情一つ変えることなく、カリアは歩みを再開した。外界に出慣れた空気を纏い、淡々と必要事項の確認に出る。

 カリアとフェリネラの視線が交わった時、彼女は悪い予感が的中したとでもいった様子で頷く。


 そう、第2魔法学院が調査担当区画でもない場所におり、かつ負傷者を出している状況は推して知るべくもない。


「一名重傷、他負傷が三名です。作戦の続行は難しい状況です。私達は退却します」


 手短に報告するフェリネラであったが、彼女の顔には幾ばくかの自責が滲んでいた。それを読み取ったカリアは「運が良いわ」と彼女を安心させるような言葉を選んだ。


「これを使いなさい。部隊の方に半分以上置いてきてしまったけど……鎮痛剤も入っているわ」


 傷口の処置を見て、カリアの手持ちの医療具ではあまり役には立たなかった。


「使えそうなものがあったら、何でも使ってくれて構わないわ。こっちの部隊もすぐに追いつくから、そこで包帯も取り替えた方がいいわね」


 カリアは負傷者の具合を看ているセニアットにポーチごと渡した。どこかその仕草は優しさを欠いているようにも見えるが、それも致し方ない。周囲があくせくしたところで事態が好転するはずもないのだから。

 カリアは続いて。


「退却については私も同意、というより私の部隊も退却で纏まったところよ」

「――!! カリアさんのところも負傷者を!?」


 限られた医療具を渡して大丈夫なのかとフェリネラは聞いたが、カリアは首を横に振った。


「こっちは軽傷程度だけど……」


 言葉を一度呑み込んだカリアは、チラリとフェリネラの背後――負傷者へと目をやった。

 あまり彼女達の耳に入れない方がいいだろうという配慮だ。


 カリアの意図を汲んだフェリネラは一先ず現状から抜け出せたことに安堵した。これで安全に帰還を果たせる。カリアの部隊は少なくともロキに引けを取らないフィリリックもいるのだから。


「ありがとうございます」と深くフェリネラはお辞儀した。未熟を痛感させられたと同時に深く感謝の念が湧いてくる。下げられる頭ならばいくらでも下げただろう。仲間の命を天秤にかけられるはずもない。

 が、当のカリアは苦虫を噛み潰したような顔で「良いのよ」と余所余所しく首をさすりながら言った。


「それよりも私は悲鳴が聞こえた方に向かわないと。道中何体かの魔物は討伐したからすぐに合流できるはずよ」


 そうこうしているうちに複数の足音が反響して聞こえてくる。第1魔法学院の部隊が姿を見せたのはそれからすぐのことだった。




 ◇ ◇ ◇


「それでカリアさん、先程の続きを……」


 走りながらフェリネラは並走するカリアへと言葉を投げる。

 彼女達は両部隊の合流を見届け、すぐさま悲鳴がした場所目指して救助に向かった。フェリネラも自分の部隊が安全に退却できるならば、助けに向かいたい気持ちはあったのだ。取捨選択は世の常だが、捨てる必要がなくなれば、両方とも拾い上げていくのも人の性なのだろう。


 少なからずフェリネラはそういう人間であった。


 とはいえフェリネラが独断で付いてきたわけでもない。いや、申し出たことは事実だが、カリアから協力の要請があったことも事実。無論、二つ返事ですぐさま頷いた。


 カリアの指示によってフィリリックが責任を持って送り届けることを約束し、両部隊は退却に向けて帰路へ就く。

 地図はカリアが持っており、退却組はセニアットが。


 カリア自身、退却の旨をできるだけ多くの部隊と共有しなければと考えてもいたのだ。救援に向かう道中で、彼女は可能ならばフェリネラと合流できればとも考えていた。

 その理由を語るようにカリアは一度恐る恐る顎を引いて口を開く。


「鉱床内部には少なくとも私達の部隊では手に負えない魔物がいる。正確にいうならば決死の覚悟が必要な魔物ね」

「――!!」


 今回の任務、安心安全とまで言わずともそんな覚悟を求められる魔物はいないとされていたはずだ。

 厳密には外界に出た時点で必要とされる覚悟なのだろうが、捨て駒のように蹂躙されるだけの任務なはずはない。


 つまり、それこそカリアが退却を命ずる最大の理由なのだ。加えて彼女はジャンより私的な任務を言い渡されている。


「では、カリアさんの予想は、ジャン様が危惧されていたことを裏付ける結果になったと」


 そう声を挟んできたのは、もう一人の同行者――イルミナであった。彼女も救援に向かうカリアに付いてきていた。

 退却する合流部隊には必要以上の戦力があり、それはフィリリック一人でも十分ともいえた。そもそも第1魔法学院の部隊はカリアを含めずとも十分機能できる。カリアが後から加わったため、彼女は隊長ではない。

 故に戦闘に支障がないイルミナはこちらに助勢することにしたようだ。当然、カリアも7カ国親善魔法大会でイルミナの試合を見ており、戦力的にも申し分ないと判断したのだろう。助かる、とのことだった。


 三人は一先ず声がした方角に向かって進んでいたが――。


「フェリネラさん、私は距離的にもだいたいの方角しか把握していないのだけど」


 頬に冷や汗を流しながらそう横から発したカリアに、フェリネラとイルミナは互いにアイコンタクトを送る。魔法で探る必要すらない程、音の出処に二人は心当たりがあったのだ。


 もちろん、即座に不安定な魔法で探りを入れていたフェリネラだったが、悲鳴の出処を絞った辺りで彼女の選択は半ば決まってしまった。壊滅するリスクを取ることはできない。


 先導するフェリネラは第4魔法学院と合流するために通った不可解な部屋ポケットで足を止める。


「ここね」とカリアは確認もせずに察した。

 薄暗い通路の奥は明らかに鉱床内部のどの通路とも違い、異変のようなものを感じ取ったのだろう。


 だが、カリアの出鼻をくじくようにフェリネラはこう言い添えた。


「カリアさん、この場所なんですが地図には記載されていない部屋ポケットなんです。そしてこの先がどこに繋がっているかもわかりません。地図の記載に誤りがあるのかもしれません。ずっと先の未調査区画に繋がっている可能性は高いでしょう」

「…………」


 肩越しに思案するような細い目をカリアは向けてくる。

 彼女にはいくつかフェリネラ達では知りえない事情があるようで、少し合点がいった、いってしまったといった神妙な顔つきで振り返った。


「ねぇ、フェリネラさん。私任務開始前に地質学者で意見の相違があるといったわよね」


 無言で頷いたフェリネラとイルミナ。数時間前の警告は当然記憶に新しい。寧ろ、衝撃的な注意喚起に忘れることなどできない。一言一句記憶しているほどだった。


 そんな二人を見て、カリアは言葉を投げたまま突如出現した新たなルート――未調査通路――へと足を踏み入れた。慎重に探るような足取りで奥へ奥へと薄暗い穴の底を目指した。


 穴の底……そう感じてしまうのも無理はない。怪しく光るミスリルによって完全な暗闇ではないが、その光は方向感覚を狂わせていた。自分達が進んでいるということまでは理解できるが、それが真っ直ぐなのか、はたまた蛇行しているのか、上がっているのか下っているのか酷く曖昧になる。


 できることならば、走り抜けてしまいたいほどだ。

 壁に手を添えながら、壁伝いに歩くのですらやっとのことなのだから。フェリネラとイルミナは先頭のカリアを頼りに足跡をなぞるように足を運ぶ。

 そんな時――ふと。


 ぼそりと先頭のカリアが説明を再開した。鉱床がそうさせているのか、ミスリルの影響なのか、その声は小さいが、しかし不思議と後続にも聞き取れる明瞭なものだった。


「先程、どこに繋がっているかわからないと言ったわね」

「はい。この先は地図にも書かれておらず、かといって未調査ではなく通路として誤記されていましたので、本来あるはずのない場所となっています」

「カリアさんは知っているのですか」


 最後にイルミナが核心へと踏み込んだ質問を飛ばすも、カリアはピクリとも反応を示さず、さらりと答えた。


「知らないわ。でも、おそらく……」


 先を歩いていたカリアの足が止まり、続いてフェリネラが先を覗けば、そこには道幅が広くなった通路があった。一際暗くなりはしたが、それでも確かにわかる。


「下り!?」とフェリネラの強張った口が無意識にそう言葉を紡いでいた。






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