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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「ケージブレイク」
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決別葛藤

 テスフィアは一先ずの安堵の息を吐いた。それは母との約束を達成することが出来たからだろう。

 同時に解消されていない問題を想起させた。


 テスフィアの中ではもう一つの懸念、憂慮、危惧、恐れがあるのだ。

 だから素直に喜ぶことが出来なかった。


 一先ずは先送りになったとはいえ、棚上げになっただけだ。母との話し合いは一方的なもので避けられるものではなかった。今になってもっと話し合いができればよかったと後悔するが、母を前にしてしまうとどうにも上手く言葉を紡ぎだせないもどかしさが残ってしまう。


(婚約……か)


 辛辣な言葉は帰ってきた今も重くテスフィアを悩ませていた。


「フィア?」

「あっ! うん、ごめんね行きましょうか」


 二人は連絡のためとテスフィアの荷物を置くために一度寮へと戻る。

 そこに今後の予定が放り込まれた。


「お前等、昼は食って来い。俺とロキは少し席を外すから戻るのは13時頃になる」

「うん、了解」

「……うん」


 快活に返事するアリスの視線が一瞬だけ別の方向へと向いた。

 それは振り返ったためだったのかもしれない。ただ彼女からすれば無視できない単語だった。


 アリスは自分からテスフィアの荷物を手に持って落ち込んでいる親友の背中を押した。


「俺らも行くか」

「はい」


 この後はフェリネラと最終確認を踏まえた作戦会議が何故か理事長室で開かれることになっている。


 本来ならば必要のないことだが、フェリネラにとっても大仕事なだけに徹底したいのだろう。アルスも暗殺任務でなくなったので軍の動きなど把握しておかなければならなかった。


 テスフィアとアリスが部屋を出たすぐ後にアルスとロキも続いて向かう。


 季節の概念はあるが夏だからと言って極端な猛暑になることはない。春を基準とした温度から±5~10度程度なのだ。雨の数も年間で決まっている――ただ水を散布しただけなのだから雨とは呼べないだろう。

 だから夏だからと言って薄着にならなくともそれほど暑苦しくはない。


 だというのに理事長室は冷房が利いている。


「節約したらどうです?」

「いいのよ。私の魔法なんだから」


 見回せばその手の機器がないことに気が付く。


 片側三人掛けのソファーにはすでにフェリネラが一番奥を陣取っている。


 その向かいはいつも理事長が座っている席であり、選択肢としてはフェリネラの隣なのだ――単純に隣には座りたくないだけだが。

 フェリネラは居住まいを正して「どうぞ」と勧めてきた。


 その誘いを受け入れ、足を動かそうとした直前にロキがそそくさとアルスを追い抜いてフェリネラの隣に座った。

 そして――


「アルス様、どうぞ」


 とさらに隣を勧めたロキにアルスは頭痛を覚える。席如きで、などと口に出せばどうだろうか。


(余計な一言か)


「苦労しているのね」


 ふふっと口に手を当てた理事長が空いている方を勧める。


「…………」


 釈然としない眼差しで理事長を見返して、アルスは理事長と隣り合う位置になった。


 ふくれっ面なのかアルスへとジトっとした目が二人分向けられるが構わず口を開く。


「結局理事長は総督に聞いたのですね」

「えぇ、もちろん」


 呆れ顔のアルスに対して当然だと理事長が切り捨てた。


 正面から左側に理事長、アルス、右側にフェリネラ、ロキの位置だ。

 テーブルの上には標的となる場所の地図が広げられている。


「で、何故この場にいるのですか、理事長も作戦に参加されるのですか」


 アルスは有り難いと思いながら、内心ではあり得ないなと結論付けていた。


「私はまだ例の仕事が残っているの」


 頭痛を抱えているのはこの理事長も同じようだ。ならば何故いるんだというのが三人の疑問である。いや、フェリネラは知っているのかもしれない。


「我が校の生徒が関わっているのに理事長の私が把握していないのはおかしいでしょ?」


 当然の道理だった。なんの役にも立たないが。立場的に言っていることは正論だろう。

 総督も言い負かされたといった所だろうか。魔女の真骨頂なのかわからないが、伊達に理事長をやってないんだなというのがアルスの感想だ。


 元シングルの名は未だに効力を持っていると考えた方が良さそうである。





 包囲網の魔法師はやはり数だけで三桁魔法師の数は少なかった。無論二桁魔法師も外界調査などの任務によって出払ったままだ。


「フェリ、実験体の数は?」

「すみません。現在8体の個体までしか確認が取れてません」


 それしかいない、と断定するには不自然だ。だからフェリネラもまだ確認が取れないと遠回しに言ったのだろう。


「数が少ないのは良いことだが、一時でも研究者と名乗った人物がそんな間の抜けたことをするとも思えんな」

「はい……」


 理事長がそのやり取りに疑問を持って横やりを入れる。


「でも探知魔法でも確認できないのなら、それしかいないんじゃない?」


 これにはロキも賛成しかねる。つまり、暗殺の仕事もこなしてきたアルスと探知系を得意とするロキとフェリネラからすれば過信し過ぎているという気持ちだった。


「今回は地下ということもあって探知しづらい環境なんで、相手もそれがわかってのことだと思いますが」


 フェリネラが言い訳がましく口を付いても仕方のないことだ。これは魔法の性質上回避できない死角のようなものなのだ。


「それに理事長も見たでしょう。実験体は重傷を負っても平然としていた。つまり、常識では測れないということですよ」

「そうだったわね」


 蛇足に対して反省の色はない。ただ納得しただけだ。元シングルとは言え、裏の仕事には縁がなかったのだろう。もちろん魔法の適性上、対人に向かないということはありそうだ。


 アルスは話を戻した。


「フェリ、俺とロキでも50体以上の実験体が出てくれば取りこぼすかもしれんぞ」


 さすがに全てアルスに向かって来るならば話は別だが、そんなことは考えづらい。


「高ランク魔法師は少ないですが、数だけは相当いますので大丈夫かと」

「指揮は誰が取るんだ」


 物量戦ともなれば相当場慣れした者でないとすぐに瓦解してしまうだろう。


 フェリネラは少しだけ言い淀んだ。聞いたアルスの評価が怖く、迷惑を掛ける可能性を含んだからだ。それは血縁ならではの憂慮だろう。


「その……父が……」

「ヴィザイスト卿がか! なら心配はいらないな」


 絶大な信頼は性格的な面も含めてその手腕を体験しているからだった。諜報活動が本職のヴィザイストだが、元々は外界で名を馳せた人物だ。指揮官になってもその手管によって多くの成果を上げているのをアルスは知っている。


 フェリネラはホッと胸を撫で下ろした。寧ろ父であるヴィザイストの株が上がった瞬間だった。

 

「そうなのですか? 私は一度しかお目に掛かったことがないのですが」

「ヴィザイスト卿は戦況を探知魔法で全て把握しているからな」


 言ってしまえば課外授業でロキが中心となった監視体制を一人で出来るというだけでもロキが感嘆に目を見張るには十分だ。


「対人に関してはエキスパートだ」


 フェリネラもそこは師でもある父の能力を評価している。

 問われるように向けられたアルスの視線に対してフェリネラは迷わず頷いた。



 陣形と呼べるほどのことはヴィザイストでも出来ないはずだ。数が数だけに指揮系統が一人では限界がある。

 470人、それがかき集められた魔法師の数だ。その内三桁魔法師が60弱。


 厚みを持たせた包囲網を逐次展開できるように三桁魔法師に持ち場はないはずだ。

 これに関してはアルスも口を挟むことはしない。これは確認のための作業なのだし、何よりも土壌が違う。


「そう言えばフェリは参加しないんだろ?」


 これは手伝いの範疇で実際の作戦に参加させることをヴィザイスト卿は看過できないと思ったからだ。


「こっぴどく怒鳴られました」


 出過ぎた真似ということだろう。学生を巻き込んだとなれば何かあった時が大変だ。理事長にも飛び火しかねない。

 貴族でいずれは軍に就くとしても今はまだ一学生だ。


 それはアルスとロキに対しても言えたことだが、総督の指示では断ることは難しい。


 この判断は正しいと頷くのだった。

 しかし――、


「条件付きで参加を許されました」

「はっ!?」


 素っ頓狂な声はアルスのものだ。

 確かに「しない」とは言っていなかったが、


「で、その条件というのは?」


 徐にロキが尋ねた。無感情な顔は何を意図してかはわからない。


「アルスさんの補佐ならば認められました」

「……!!」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべて斜向かいのアルスへと有無を言わせない圧力を掛けてくる。


 その隣には困惑顔のロキが恐る恐る顔を向けてきた。


「あらあら……」


 明らかに面白がっている隣の年増は完全に無視する方向で。


 何を考えているのかアルスにはヴィザイストの考えが理解できなかった。

 後方での支援ならばまだ危険度で言えば低い。だというのにアルスの向かう本拠地は最も激戦になることが予想されるだけに死地に送り込むようなものだ。


 だが、フェリネラの言い方から察するとアルスに決定権はないようだ。


「……わかった」


 そう答えるしかない。

 何もお荷物が増えたということではない。元々戦力は欲しいと思っていただけに三桁魔法師であるフェリネラは助かる。ただ怪我でもさせようものならばヴィザイストに何を言われるかわからないという不安はあった。


 フェリネラは嬉々として「ありがとうございますっ!」と語尾が跳ねるほどの浮かれっぷりに対して、ロキの顔は世界の終わりでも告げられたような翳りが降りている。周囲から黒い何かが湧きでている気さえするほどの落ち込みっぷりだった。


「フェリの探知は欲しい所でもあるし、不測の事態に俺とロキじゃ対処しきれない可能性があったから、助かる」


 不足の能力を補うという点ではフェリネラの加入はアルスとロキにとって有用なのは事実だ。

 任務の達成に必要とあればロキの感情は引っ込めるに相当する。

 

 アルスは浮かれるのは良いが、と鋭く見返した。


「だが、俺は子守をする気はないぞ」

「……はい」


 任務であることに変わりない。足手まといはそれだけで予期せず被害を拡大させる。


 アルスの厳しい言葉が出たことでロキは僅かに眇めてフェリネラを見ていた。

 

 戦力としてもフェリネラは単独で賊を撃退しているのだから申し分ない。

 ただ非情になれるかは別問題。今更ではあるが懸念があるとすればそんなところだろう。


 そしてフェリネラを参加させた動機に思いを馳せた。つまりヴィザイストの思惑。

 大方経験を積ませるとか、1位のアルスの傍ならば万が一もないと踏んだのか。

 どちらにしろ、アルスは自分の身は最低限自分で守れと言ったつもりだったが、そうはいかないのが実情だろう。



 気がついた時には13時を大幅に過ぎていた。

 それは理事長の茶々があったことも含まれる。



 ♢ ♢ ♢ 



 テスフィアとアリスが研究室を出た後。


 やはりテスフィアの顔には思い悩んでいるようなしこりがあるとアリスは思っていた。

 それが何にせよ、テスフィアが自分から話してくれるのを待つだけだ。


 とアリスが決心を固めたのはほんの僅か前のことだった。

 アリスの脳内ではもっと別のことに占領されていた。

 だから会話がないのも、気まずい空気だからということではない。


 女子寮までの半ばに差し掛かった所で「あっ!」と思い出したように声を上げたアリスは申し訳なさそうに。


「どうかしたのアリス」

「ごめんフィア、研究室に忘れ物」

「それならまた後で行くんだし」

「本当にごめんね。大事ななの。すぐ戻るから先に行ってて」


 バッグをテスフィアに渡すと口を開く前にアリスは走った。


 かなり強引で、不自然だったかもしれないと思ったのは一瞬だ。

 今は何よりも早く戻らなきゃという焦燥感にかられていたのだから。


(部屋を出てからすぐにアルも出た筈……)


 今、研究室は空。


 研究棟に入ると飛ぶように階段を駆け上がる。


 不審なことをしている自覚はあった。それでも抑えがたいものをあの部屋でアリスは目にした。


 扉のロックもテスフィアとアリスはいつでも入室できるように登録されている。

 だから、誰もいないアルスの研究室に入ることは難しくなかった。


(そうこれはただの確認。見間違いかもしれない)


 緩慢に開く扉を待ち遠しく思いながらも、開いていくスペースから体を滑り込ませる。


 一目散に目的の場所に向かう。

 それはアリスを検査するためにも用いられた機器の台座に無造作に置かれた紙の束だ。


 それをぞんざいに掴むと、アリスが見た最初のページ。


「――――!!」


 そこには標的グドマ・バーホングの名前が書かれていた。


「これは任務の指令書?」


 初めて見るが、指名手配されているはずのグドマがターゲットということはアルスの言っていた用事を示唆しているようだった。


 ページを捲ると、指定日時が書かれていた。これで裏付けは取れた。

 アルスがこの任務を請け負っていることを……。


 アリスの過去を知っているアルスがこれを隠していたことにひどく憤りを覚えた。知らずのうちに紙を握る手に力が入る。


 グドマの写真、それは昔の……アリスが知るグドマと一致していた。


 込み上げる憎しみの感情をアリスはチャンスが巡ってきたと思い、歪んだ表情を作る。

 その顔は怒りのものではない。閉じた口が少し開き、歪な弧を作った。

 今にも声を出して笑ってしまいそうなほど。


「これで決別できる」


 全てのページに目を通して唇を噛む。

 これをアルスが隠していたことの背景にはアリスのことを考えたからである。だが、今の彼女にそこまで思考を巡らせることはできない。裏切られたような沈痛が心を震わせた。


 アルスが知らせなかったということはアリスを関わらせないためだろう。

 悠長にしている場合ではなかった。


 そう思った時点で急にアリスは自分が後ろめたいことをしているのだと、急いで部屋を飛び出した。


 痕跡を残さないという思考はアリスに無い。

 部屋を出た彼女の手にはしっかりと資料の束が握られたままだった。

 そうアリスの中では隠されたことへの憤慨と不法侵入同然の行いをしたことへの罪悪感がい交ぜになっている。

 

 そこで初めて考える。グドマのことはアリスのことを慮ってのことだとしてもアリスには裏切られたという気持ちがあり、信用して部屋への入室を許可してくれている信頼を裏切った。


 それによってアリスの行動が変わるわけではないが、不安定な精神になったのは必定だった。

 アルスの任務を邪魔するとわかっていてもアリスの中では自分の問題だという思考が最重要として処理されていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] どうして重要任務にお荷物がどんどん増えていくのか… 極秘指令なら読後破棄が基本ではないのか。
[一言] はぁ
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