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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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生命の選択




 そこで歩くことを、進むことを諦めてしまったかのように全員の足がピタリと止まってしまった。


 僅かな可能性でも、期待は過大に膨れ上がったのだろう。隊としてすでに機能しなくなったこの部隊では、他校との合流は飛躍的に生存率を上げる。なんでも良い、助けとなる何かがそこにあれば、少しは救われたのだろうか。


 しかし、何もない空間だけがポッカリと胸に穴を空けた。喪失感は思考力を奪い、ただ足を地面に張り付けるばかり。


 そんな中で、唯一フェリネラは瞬時に考えを巡らせる。隊をまとめる長が、思考停止してしまってはそれこそ部隊は全滅を免れない。魔物なんかの餌になどさせられない。


 一度大きく深呼吸をして、フェリネラはふぅーと声の混じった息を吐く。

 まだ、想定の範囲内。可能性の余地が残った想定。考えられる可能性の内の一つでしかない。最良ではないが、まだ最悪ではない。

 最善は上手く第4魔法学院と合流することだが、当然それが叶わない可能性も視野には入っていた。


 第4魔法学院が通過したという印が見当たらないことからも、もしかするとまだ到着していないのだろう。何もかもがスケジュール通りに進行するはずもない。


 フェリネラは全員の顔を見回した。

 憔悴した顔に追い打ちをかけるような、僅かな期待を断たれた不安が皆の顔を覆っている。ここまで少なくない戦闘に疲労は蓄積されていた。

 イルミナも、そしてフェリネラでさえそれは例外ではなかった。身体は重く、治療した傷はズキズキと痛みを発したままだ。


 強制的に休憩するかのような茫然自失となった僅かな時間の後、微かな望みに縋るかのような視線がフェリネラに集中した。


「大丈夫よ。私達はこのまま出口に向かいましょう。楽な道のりじゃないと思うけど、きっと帰れるわ。最短ルートで出口まで向かえば……途中で第4魔法学院の部隊とも合流できる可能性が……あ、る」


 最後まで言葉を上手く紡げなかった。フェリネラが諸々の予定を脳内で組み上げ、最後に時間を確認した時だった。脳が麻痺してしまったかのような、混乱をきたしたのだ。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。


 え、いつから……そんな心の叫びとともに、フェリネラの視線は不自然な時刻を指す時計に向いた。

 すぐに立ち上げたライセンスの仮想液晶内の時計もそうだ、あらぬ時間を指していた。それは誤差の範囲ではない、数分、数十分というのでもなかった。


「五時間……以上、ずれている」


 呆然と機械的に計算したフェリネラはポツリと口をついた。

 つい数十分前に確認したばかりの時間はおそらく正確だったはず。

 少なくとも疑念を抱くには至らなかった。鉱床内部の調査進行速度は順調だった。


 だが、はたして感覚的に正確だったのかと言われるとミスリルが密集するこの鉱床内部では、体内時計すら当てにならない。

 少しずつ狂っていたとしても、気づくことなどできなかっただろう。今、こうして明らかな異変が起きなければ気づくことなどなかったはずだ。


「フェリ、こっちもダメね。皆の時計も狂ってしまっているわ」


 言葉少なに行動を開始していたイルミナが、全員が所持している時計を確認。そして予想を確固たる事実として裏付けた。

 しかも、時間のずれ方はまちまちであり、唯一共通している点といえば五時間以上のズレくらい。

 それすらも鉱床内部での体感時間がおかしくなっていると仮定すれば、推測が成り立たなくなってしまう。


 おそらく五時間以上のズレというあやふやな想像でしかない。

 その疑念は、もしかするとこのズレ自体が実は正確な時間なのでは、という自問を引き起こし始めた。


「嘘、もしかして私達ずっと……思っているよりずっと長く鉱床にいたってこと!」


 混乱をきたすセニアットの言葉を合理的に否定することはできない。

 しかし――。


「いいえ、それはありえない。間違いなく時計がおかしくなっているわ」


 イルミナも同意の意を込めて頷く。空腹具合からしても本人達の認識より、五時間以上経っているはずがない。

 まるで樹海の中で、方位磁石が狂ってしまったような絶望感が仲間に広がるのはあっという間の出来事だった。それもそうだ、時間が狂っているということは、ここまでの道中……いいや、もっと前から感覚が狂わされていたということに他ならない。


 それはたちまち自分達の立っている場所を、不安定なものへと変貌させる。自分という意識の混乱は、たちまち自信を揺るがし始め、そして自我を保てなくなる。

 つまりパニックの初期症状。


 今、置かれている状況は容易に想像できる程に……悪い。

 第4魔法学院がこの場にいないという事実は、もしかするととうの昔に通り過ぎてしまった可能性があるということだ。印がないのだって、いくつか理由を想像することもできる。

 もしかすると任務さえ終えて帰還している可能性だってある。


 頭痛すら引き起こすほど今、フェリネラの脳内は高速で回転していた――最も合理的な推測を。

 それは今後の選択に大きな影響を与えるためであり、何より部隊を維持できるかの瀬戸際だ。


 無事に、安全に、最短で帰るための重要な選択。

 これを最優先で考えなければならない。


「ソカレント!! 酷い汗だぞ」


 遠くでそんな声を聞いた気がした。フェリネラの意識は遥かに深く、思考の海に沈みかけていた。水面を隔てた外から鳴る声は、さざなみ程の波紋を水面に立てる。それが今の彼女には酷い頭痛の種となっていた。


 全員が口々にこちらに向かって何か声を発していた。鼓膜を介さず、直接脳を叩いてくるかのようだ。


「フェリネラさん、もうこれ以上は彼がもたないわ!! 今すぐに……」

「静かにしてッ!!」


 彼女にしては、人生で初めてと呼べる程の大声を出した。思考を乱される全ての要素は、今のフェリネラにとってただの邪魔でしかない。


 パニックは外界では命取りだ。

 魔法師が扱う魔法は精神状態に大きく左右される。そして魔法を正しく構築することさえも難しくなり、暴走にさえ繋がりかねない。無論、そこまで行けば末期も末期。

 ストレス障害など、心的な負荷はより行動をシンプルに定義付けてしまう。見る者全てを敵と認識するか、自らを害してしまうかが多く見られる。


 そうした単調な心の動きに魔力は従順な反応を示す。


 このままでは誰も助からない。そう判断し、フェリネラは合理的な説明を考える。まだ全員が理解できるうちに……。


 今、魔物に襲われれば、フェリネラとイルミナだけで全員をカバーしなくてはならなくなる。無論、それだけならばまだいい。パニックになった仲間を連れて帰るのは正常な者にとっても相当なリスクが生じる。


 だから――。


「出口に向かいながら、一つ一つ、確かめて行きましょう」


 地図を確認し、フェリネラは入ってきた道から見て、左の道を示した。悠長に話しながらというのは気が緩んでいるようでいて、今必要なことでもあった。


「時間が狂ったのはここに着くまでの道中。少なくとも決定的に五時間以上のズレが生じたのは何かしらの原因があると思うわ」


 淡々と推測をできるだけ事実に近い形で理解させようとフェリネラは試みた。

 その意図を察したのか、背後からイルミナも加勢に加わる。


「私もフェリに同意するわ。体感でも五時間というのは異常よ。つまり第4魔法学院はまださっきの部屋ポケットには到達していないということになるわ」

「あくまでもその可能性が高いという感じね。セニアットさん、合流を最優先にするならばあそこで第4魔法学院の部隊が到着するのを待つこともできたわ。現実的ではないけど、当初予定していた先の合流地点に向かうという選択肢もあった。でも、それでは今の私達では切り抜けられなかったでしょう」


 第4魔法学院が自分達同様任務を棄権していることもあるのだから。遠回りをするだけの確証がない。そうなれば、フェリネラ達は怪我人を長時間引きずり回しただけだ。

 それよりも堅実に通るだろう地点に向かい、運良く合流できれば御の字。合流できなくとも時間的なリスクと魔物の遭遇を考えた結果の選択だ。


 もっと理想をいえば鉱床内部について警鐘を鳴らしていた、カリアの部隊と合流したかったが、彼女達はフェリネラ達と逆の方向を調査しており、難しい。


 だからそんな夢のような希望を考えていた時――それは唐突に起きた。

 


「ああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあッ!!」



 それは途切れることのない叫び声であった。喉を潰さんばかりの絶叫は反響し、フェリネラ達の背中に電流を流したような怖気を走らせた。断末魔、そう、人間がおよそ発しうる最大の叫び声とさえ思える程だ。

 全員が声の鳴る方へと反射的に振り返った。


「ひ、人の声……だ、よね」


 セニアットは誰に問うでもなく一人呟いた。確かにそれは人の声ではあるか、少なくとも今の一瞬では判別し難いところがあった。それほど潰れかけた濁り混じりの声だったのだ。


「間違いないわ。人の声、それも……」


 フェリネラは先に続く言葉をあえて飲み込む。ここで人といえば、そう、学生しかいない。

 しかも背後となると、それは第4魔法学院の部隊である可能性が高い。


 だが、今……フェリネラ達が救助に向かうのは、難しい。救助を求める側が、救助する側に立つのは無謀としかいえない。


「フェリ……」


 全員の強張った視線は隊長である、フェリネラの指示を待っていた。

 助け合いながらも無事に任務を遂行することこそ望みだ。この任務は学生だけでなく、人類にとっても今後大きな意味を持つ。


 ただ……。


 ――ただ、今は皆を無事に……無事に帰すことが私の務め。誰も欠けさせない。だから他の部隊は……。


 追い詰められた思考に抜け道はなく、覆す方法など見つからない。

 自分の部隊さえ無事ならばという、利己的な考えは一学生には身の丈にあった最大限の望みだ。それ以上を望むのは部隊を道連れにするのと同じ。


 怪我をした男子生徒はすぐにでも治癒魔法師に見せなければ命に関わる。そして無事に送り届けるためにも戦えるフェリネラとイルミナは絶対に必要だ。


「ごめんなさい」


 フェリネラは多くを語らず、ただの一言だけを発して仲間に頭を下げた。

 どちらとも取れる答え。

 全員の顔は意味を正しく理解することなく、頷いていた。彼女の決定に異論は唱えないという意思表示。


 すると、次の瞬間タンッと、足音が近くで響く。

 逸早く反応したのはイルミナであった。

 彼女はAWRの柄に手を添えていつでも抜けるようにしていた。いや、すでに薄い刀身を少しだけ浮かせていた。


 が、姿を現したのは彼女達が懸念する脅威などではなく……。


「なんであなた達がここに――!!」


 


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