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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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陽炎にある希望の糸



 前衛にフェリネラとセニアット、隊の最後尾にはイルミナ、といった陣形を取る。

 事前に想定していた陣形はいくつかあれど、そのどれにも当てはまらないものだった。


 それも致し方ないのだろう。戦える者は限られ、負傷した者はすぐにでも本格的な治療を要する。


 男子生徒が肩を貸してゆっくりと進むしかないのだ。本当ならばストレッチャーにでも乗せ、安静な状態にしなければならないのだが、鉱床内では望むべくもない。


 フェリネラも肩を貸したほうがよいのは重々承知の上。だが、魔物に対して後手を取ってしまう可能性は捨てきれず、それはすなわち部隊の壊滅に直結する。戦える人数をこれ以上減らすことはできなかった。


 逸早く魔物を察知し、即座に対処できる人員はフェリネラとイルミナしかいなかったのだから。

 セニアットは万が一の時に負傷者の防護壁に専念してもらわねばならない。


 事態は「退却」という言葉以上に逼迫したものであった。

 入り組んだ鉱床内部では魔物が徘徊している状況で、すでに倒した場所が安全であるはずもない。外界に習えば、そもそも魔物の習性上、討伐した魔物の魔力残滓に寄ってくる可能性は非常に高かった。来た道を辿るにしても倍する数の魔物と対峙しなければならないかもしれない。


 ならば負傷者の治療も含めて、 藁にもすがる思いで、フェリネラ達は最も近い中心部を調査しているであろう第4魔法学院の部隊に救援を求めることにしたのだ。大所帯になるが、今よりも確実に帰還を果たせるはず。


 鉱床内部からでは外との連絡はミスリルが影響して難しいため、緊急時用の発煙コインなど最初から持ってきてすらいない。



 先頭を歩いていたフェリネラはチラリと、辛そうに額一面に汗の玉を浮かべる男子生徒を見た。足の傷は歩く度に血が滲み、そのうち、血の線を地面に引き始めるだろう。

 肩を貸している彼も負傷の程度でいえば、決して軽傷ではない。苦痛に顔を歪め、それでも一歩一歩帰還に向けて足を止めることはなかったが。


 地図はセニアットに渡し、フェリネラは気を張って前方に注意を向ける。

 フェリネラ達が担当する区画からはだいぶ逸れ、正確な帰り道を辿ることは地図なくして難しいところまで来ていた。外周部を調査していたフェリネラ達はそのまま中心に向かって進行していたのだ。いや、そうせざるを得なかった。


「これで五つ目の岐路、そのまま直進です」


 セニアットが地図を穴が空くほど真剣に見つめて、進路を示した。


「ありがとう」と弱々しいフェリネラの声音。

 ジリジリと神経を擦り減らして細心の注意を払う。ここまで魔物を二体程確認したが、戦闘を避けて迂回したりと焦る気を抑えて慎重に行動してきたのだ。


 知識として知り得ている魔物以外は極力避けるようにしている。部隊を壊滅的な状況にまで追いやった、同じ過ちだけは避けなければならなかった。



 そして改めて実感する、この鉱床は学生には荷が重い。そう感じたフェリネラはカリアの話を思い出していた。


 ここには何かあるのかもしれない。

 愚痴のような内心で吐かれた言葉は、鉱床内部が外界とは別のものに感じたからなのかもしれない。


 いや、出会った魔物が特殊過ぎるのだ。協会が行ったはずの事前調査では問題がないと判断されたはずだ。それは未知の魔物の存在を否定していたはず……。


 にも関わらず先程からフェリネラ達が出会う魔物は、どれも新種だったのではないだろうか。全ての魔物を把握しているわけではないが、それでもここまで記憶にない魔物が現れれば疑心が心を乱し始める。


「セニアットさん、どうかしたの?」


 先程まで躊躇いなく指針を示していたセニアットであったが、岐路に当たって口ごもるように地図から視線を離せずにいた。

 頬から汗が流れ、顎下で玉を作って地図の上に水滴を落とした。


「……フェリネラさん、ここから先……」


 震える声でどうにか絞り出したセニアットは、自分の過ちを悔いているような気配を帯びていた。

 刻苦して彼女は地図の中に探す――目の前に突如出現した描かれていない地形を。


「こ、ここから先、地図にはないんです! なんで、どうしてよ……こんな場所、描いてないのに!!」

「――未調査区画!!」


 そんなはずはない。フェリネラは弾かれるように踵を返して、彼女が大きく広げた地図に目を向けた。


 隣でセニアットが額を力一杯押さえるように苦渋の顔を浮かべている。


「なんで、どうしてそんなことに!!」


 セニアットが来た道を地図上に指を付けて指し示す。

 「ちゃんと覚えています。どこで曲がったのか! ちゃんと、ちゃんと覚えているんですッ!? なのに、なんで――」


 自責の声は荒々しく気を動転させる。次第にセニアットの瞳から大粒の涙が溢れ始めた。自分のせいで、そんな叫びさえも聞こえてきそうな程。


「落ち着いて! 落ち着きなさい!!」


 彼女の開いた瞳孔は地図だけを見据えていた。頭を押さえて、髪を握る彼女は気をおかしくしてしまいそうな程、「失態」に押し潰されていた。

 そんな彼女にフェリネラは力一杯、肩を掴み自分に向けさせる。開き切った目をフェリネラは無理矢理にでも自分に向けさせたのだ。


 彼女に考える余地など与えさせず、真っ直ぐ視線を交わらせる。


「大きく息を吸って、そしてゆっくり吐きなさい!! 大丈夫、大丈夫だから。あなたにミスはなかった……なかった。わかるわね!」


 コクンッと力ない頷きが返ってくる。

 地面に音もなく広がる地図には目もくれず、フェリネラは全員に聞こえるよう声を張った。


「いい? ここまでの道のりはちゃんと地図通り。でもそこから先、ここから先が地図と一致しないというのならばまだ大丈夫。どこかで道を間違えたわけじゃないわ」


 落ち着かせるために吐いた言葉。

 しかし、フェリネラはひと目で気づいていた――地図と実際の構造が違うことに。


 協会の調査は綿密に綿密を重ねた入念なものだ。ならば、こんな初歩的なミスを犯すとは思えない。機器の誤作動による調査ミスの可能性はあるが、それとて一度の調査ではなく、更に実際に目で確認しているはず。


 どういうわけか、地図と一致しない箇所があるのは事実だ。

 本来ならばここから先は道なりで分かれ道と呼べる分岐はない。


 だが、そこにあるのは広大な部屋ポケットだった。あるはずのない部屋ポケット


 何度見ても現実の光景と地図上の構図は一致しない。

 冷やりとフェリネラの背中に汗が伝っていく。


 セニアットが未調査区画といったのは、もう一本奥を進んでいた場合は確実に未調査区画に突入してしまうからだろう。だが、そうだとすればここまでの道程がすでに地図と一致しないことになってしまう。


「仮にここまでが地図通りだった、とすれば目の前の部屋ポケットは突然出現したことになるわ」

「フェリ、もう戻れないわよ」


 イルミナの言葉は時間がないことを知らせていた。そう、すでにここまででも結構な時間を掛けている。負傷している分、進行ペースも遅い。今更戻るという選択は部隊に「無駄」「無意味」という亀裂を生む。


 ましてや他部隊の協力なくして鉱床から脱出するのは難しい。


 先行したフェリネラは部屋ポケット内に魔物がいないことを確認すると全員の到着を待った。


「変ね。壁面の下に礫が溜まってるし……」


 これまでの部屋ポケットの特徴として広さに差はあれど、内部はドーム状になっていた。

 空間としてはそこまで広くはない。だが、壁面の傍には小さな石が散見される。


 何より……。

 フェリネラは注意深く一帯を見回した。腰を掛けられる程の岩が移動した痕跡が地面にはいくつかある。


 そして一番不可解な点は。


 フェリネラは不気味な物でも見るかのような目をそこへと向けた。


「どうしたのフェリ。早く先を急ぎましょう」


 急かされるように部屋ポケットを抜ける通路をイルミナは目で訴えた。

 だが、フェリネラの視線を固定する方向へ、彼女も吸い寄せられるかのように顔を向ける。


 「えっ」と思わず驚愕の声を発したイルミナ。

 その反応は今しがたフェリネラもやったばかりだ。


 そう、この部屋ポケットには直進する通路と……もう一つ。

 細い脇道がもう一つ存在したのだ。


「どこに繋がっているのかわからない」


 全員が抱いた疑問を察してフェリネラが口をつく。

 そう、地図を見てもどこに繋がる道なのかまるでわからないのだ。仮にここが未調査区画であったとしてもここにもう一本道があるのはおかしい。


「もちろん、行き止まりだとは思うけど」


 不気味な細道にはミスリルが少なく薄暗い、どんよりとした空気がそこに居座っているかのように先が見通せなかった。

 状況的にこの不可解な道を探ることはできない。

 フェリネラはそこから目を逸らすようにして、本来の道筋へと身体を向けた。


「今はいいわ。それよりも先に進みましょう。地図が全部間違っているってことはないはずよ。地図が指し示す目印を探しましょう。急がないと、第4魔法学院の部隊が先に進んでしまうかもしれないわ」


 そうなれば合流は難しいだろう。

 治療に必要な道具を分けてもらえるかもしれないし、痛み止めもあれば欲しいところだ。


 なんにせよ、第4魔法学院が辿ってきた道は入り口からほぼ直進であるため、最短ルートで帰還するには戦力は必要だった。

 合流によって生存率は段違いに変わる。


 それからゆっくりと逐次地図をセニアットと確認しながら歩を進めた。

 多少誤差はあるようだが、それでもなんとか予想した通りに部屋ポケットが見えた時、フェリネラとセニアットの二人は同時に安堵の息を吐いた。


「あ!! あそこです! あそこが合流地点です!! 助かりました。皆これで安全に帰れます」


 場違いなテンションは先程の失態の反動なのだろう。セニアットは勇気づけるような弾む言葉を発し、微かな光明に向かって指をさした。


「ポイント【K-5】ね。地形からおそらく間違いないわ」


 第4魔法学院の部隊がすでに先に進んでしまっている可能性はあるが、不安を煽るようなことはしなかった。彼らの部隊が調査ルートとしてこのポイントを通ることは間違いない。各部隊のタイムスケジュールは一応頭に入っている。時間的にも休息に入ってるのではないだろうか。



 本来の合流地点は先だが、フェリネラ達の進行速度からして、十分間に合うはずだ。

 【K-5】ポイントは未調査区画ではない。寧ろ、その手前。

 休息するにも丁度よい場所となっている……無論、魔物など危険がなければだが。


 最後尾を警戒しているイルミナも手を挙げて魔物が背後から来ていないことを報告。

 全員が安全に合流地点に着くことができるだろう。


 先頭のフェリネラが最初に入り、後からセニアット達が期待に胸を膨らませて【K-5】地点に足を踏み入れた。

 そこは円筒形の物を縦に割ったようなアーチ状の部屋ポケットであった。

 通路は全部で三つ。丁度フェリネラ達が入った左右に伸びている。


 岩が多く、小ぶりなミスリルがそこかしこに転がっていた。そのせいか、他の場所と比べるとやや明るさは落ちる。


 だが、問題はそんなことではなかった。

 あるはずの……いるはずの人影は見当たらなかった。またその痕跡すらもない、閑散とした静寂が居座っているのみ。



「…………」

「え、なんで……なんで誰もいないの!?」


 悲痛を孕んだ呟きはセニアットが意図して口にしたものではなかった。目の前のがらんどうな光景に、そう思わずにはいられなかったのだ。期待はいとも容易く、目の前から幻想であったかのように消えていった。


 するとセニアットはその場で崩れるように足を折る。



 彼女が落胆してしまうのも現状を考えれば致し方ない。だが、フェリネラが不審に思ったのはここを第4魔法学院が通った形跡が一切ないためだ。

 ポイント、ポイントには各部隊として調査完了の目印を残すことになっている。フェリネラ達が先に休息した地点でも調査を終え、通った証として印を残している。


 生存率を上げるための選択だったが、そうそう上手く行くはずがないのは承知の上だ。遠回りではあったかもしれないが、時間的ロスは少なく、ここまで魔物と一戦も交えていないことを考えれば上出来なのだろう。


 まだ第4魔法学院の部隊がここに到着していないのならば、道中で合う可能性も高い。

 ただ――。


 ――何かしら、この言いようのない不安は……。


 

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[気になる点] ミスリル…。やっぱ通信できないのはまじキッツイな
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