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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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諦めの正しさ




 耳に飛び込んでくる炸裂音と小さな礫が空気を裂く擦過音が連続する。

 フェリネラは全員を視界に入れ、弾けた瞬間をただ見ていることしかできなかった。背筋が凍る絶望をただ俯瞰するように、視点を絞るのではなく視界全てを脳に刻み込む。


 ゆっくりとコマ送りされる映像を見ているようだった。


 全員の心配を他所に、積み重ねた経験からフェリネラの身体は反射的に生存本能を呼び覚ましていた。

 全身から膨大な魔力を放出し留める。魔力がAWRを伝っていく。


 刹那、周囲に魔法によって風が薄い膜が張られる。それを魔法と呼べるかは疑問だが、いずれにせよフェリネラの確固たる意志の下、構築されたものではなかった。


 足から腰、腰から肩、腕から手首へと全てが飛来する無数の礫を撃ち落とすべく可動する。

 瞬時に魔法を発現する時間はないのだと、悟るとAWR一本で迎撃に打って出た。いや、そうしなければ身体中が穴だらけになる。


 前方に展開した風の膜を突き破る気配が伝わってくる。極限まで高まった集中力の前に、フェリネラは細い息を吐きながら感覚に頼った迎撃に移行した。


 瞬く間すらなく、意識する間すらない。脊髄反射に任せるしかなく、経験が生死を分かつ。

 寧ろ弾けたと同時に、放たれた礫に反応できただけでも九死に一生だ。


 身体に当たるものだけを判別し、最短で最小限の動きで叩き落とす。

 目にも留まらぬ速さを全て視認するのは困難だ。風の膜がセンサーとなってフェリネラに的確な方向を伝えてくる。最小限にAWRを振るうが、それはいわば刀身で防ぐことにのみ専念された動きであった。


 無数の礫を弾く音が一つに聞こえる程だ。

 五つ程弾いた段階で、防ぐ速度が間に合わなくなり、掠る程度は無視せざるを得ない状況に追い詰められる。防いだ礫が軌道を変えたり、砕けたりしてそれがフェリネラの頬を掠めていった。しかし、彼女は気にも止めず機械のように処理することに全神経を注いでいた。


 掠めた箇所が赤く滲むより早く、次弾が太もも目掛けて飛んでくる。


 痛みを感じる時間さえない。

 腰を捻り、軸足を起点に足を引いて躱す。肌のすぐ傍を撫でるように抜けていった礫は、壁面にぶつかり砕け散った。



 カラカラと壁面に打ち付けられた礫はミスリルの硬度の前に、砕けるか、物々しい音を立てて地面に転がる。


 全てが一瞬の内に起きて、そして終わった。

 一秒程だったはず……しかし、なんとか凌ぎ切ったフェリネラの体感はそれこそ数分もの間続いていたように思えた。それほどまでに集中していたのだろう。

 何より一秒の死地は、精神的にも疲弊が色濃く身体を重くしていた。


 雨のような礫の弾丸が止んだ途端に、フェリネラはAWRの刃先を重たそうに落とした。自分でもこの程度で済んだのが信じられないほどだ。

 今の一瞬はまるで夢でも見ているように、彼女でさえ思い出すことができない。自分がどのようにして礫を打ち落としたのか。


 ホッと安堵した直後――。


「ああああぁぁぁぁ!!!!!」


 痛ましい絶叫が響き、フェリネラは我に返った。

 見るまでもなく、仲間たちの安否確認のために声を発した男子生徒へと焦点を絞る。咄嗟に自分を守ることだけで手一杯だったが、仲間は違う。仲間を気遣う余裕などなかった。


 その不吉な予感を裏打ちする、痛ましいまでの叫び声が肝を冷やした。


「――――!!」


 フェリネラは喉から声にすらならない悲鳴が漏れたのを聞いた。


 破裂した魔物の最も近い場所にいた男子生徒。あれほどの礫はフェリネラでさえ防ぐのでやっとだった――それも無傷とまではいかなかった程である。

 血が滲んだ頬のことを一瞬で塗り潰す最悪がそこにはあった。


 何も考えず、フェリネラは無言で男子生徒まで全力で駆けていた。


 他の仲間も傷の程度は不明だが、全員なんとか生存できている。

 距離的に破裂した魔物から次に近かったのはイルミナだ。だが、彼女はフェリネラ同様それなりの実力者である。左肩を被弾しているようだが、重傷という程ではないだろう。フェリネラのように掠めたのか、はたまた防いだ礫が予想に反して命中してしまったのか。


 わからないが、すでにイルミナはもう一人の男子生徒の元へと傷の具合を確かめに向かっている。


 そしてこの中でほぼ無傷に近いのはセニアットであった。

 彼女は咄嗟のことに、すぐに身体を小さく丸めたのが功を奏したようだ。多少窪んでいたために少し高低があり、それも幸いしたのだろう。どちらにせよ運が良かったに過ぎない。


 問題は――。


「落ち着いて!! 傷の具合を見るから手を放しなさい!!」


 蹲って患部を押さえ、もがき苦しむ男にフェリネラは声を張り上げて落ち着かせる。痛みでそれどころではないのだろうが、今は一刻を争う事態だ。

 少なくとも彼が押さえるべき患部は多いのだから。


 彼の衣服の、腹部辺りは血を吸って色が濃くなっている。肩や腕の傷の具合も芳しくない。幸い骨に達している傷はないが、深いであろう傷口は、まるで皮膚を引き千切ったようであった。


 一番の幸運は彼が破裂の際、咄嗟に剣で顔を塞いだことだろう。


 だが、それでも彼が今痛みに堪え、身体から流れ漏れる血を押し止めようとするかのように押さえつけている患部は地面に血溜まりを作っていた。


 苦悶する男子生徒にフェリネラは呼吸の仕方を教えるように、宥めながら彼の血に染まって手をそっとどかした。


「――!!」


 隊長である自分が取り乱すようなミスを犯さないように、フェリネラは努めて冷静を装った。


「フェリ、そっちは!?」


 イルミナの声に応えたわけではなかったが、フェリネラはポコポコと湯水のように血を流す患部を見て「まずいわね」と深刻な顔で口をついた。


 大きな傷は一、二箇所。

 脹脛ふくらはぎから入った礫は突き破るように貫通していた。


 フェリネラの背後では、セニアットが青白い顔に悲壮感を湛えている。彼女は後方として前線で戦う隊員より荷物も多く、医療品も少しは詰め込んである……あるのだが。

 これほどの重傷にセニアットは布を敷いてその上に、ポーチの中身を全てひっくり返して広げた。


「早く止血しないと!!」

「わかってるわ」


 最低限の医療器具はセニアットが担当して持ち運んでいる。

 急かされながらもフェリネラは即座に使えそうなものを探す。外界に何度か出たことのあるフェリネラは当然最低限の応急処置は心得ている。


 が――これほどの傷を前に適切な処置をする自信はなかった。そしてそれはフェリネラに限った話でもない。


 まずは清潔な布を用意し、患部を綺麗に洗わなければならない。フェリネラは迷わず上着を脱ぎ、防寒として二重に着ていたキャミソールに手をかけた。これならば下に着ていたため比較的汚れが少ないはずだ。


「フェリネラさん、何を……」

「いいから、これを包帯状にいくつか裂いて」


 この出血量に手持ちの布では確実に足らない。脱いだキャミソールならば素材的にも申し分なく、多少は清潔だろう。

 一刻の猶予もない、後数分もこの出血が続けば簡単に致死量を超える。


 すでにフェリネラの手は真っ赤に染まっていた。

 誰一人脱落させやしない。その一心で彼女は応急処置を行うことにした。



 今は一刻も早くこの場所から離れなければならないが、彼を置いていくという判断はなく、フェリネラは靴底に仕込んである、医療用の針と縫合糸を取り出して準備を進めた。


 礫が貫通した場所は骨を砕いているはずだ。血管も損傷しているとなると緊急手術が必要となるだろう。それを確かめる術はないが……。


 フェリネラは自分のポーチから革製のケースを取り出した。

 万が一の時を想定して父に用意してもらったものだ。聖女ネクソリス考案の自己治癒能力を促す魔法式が施された簡易式治癒魔法である。金を積めば手に入るものでもなく、かといって誰にでも手に入れる機会があるものでもない。


 もしかすると今後一生手に入れることができない代物かもしれない。金銭的な価値でいえば、治癒魔法師を同行させる人件費の方が遥かに安い。

 ヴィザイストでもアルファ軍に保管されているもので、二枚手に入れるのがやっとであった。


「大丈夫、痛みをすぐ取り除くから」


 男に励ましの言葉を掛けてフェリネラは意を決する。

 当然、簡易式治癒魔法を使うことではない。寧ろ早く貫通した穴を塞がないことには生命に関わる。


 布を巻いて猿ぐつわとして男に噛ませる。この場で麻酔効果があるのは魔力の注入だが、そんな極細の技術はフェリネラでも持ち合わせていない。


 素早く患部を消毒し、貫通した穴を縫合していく。その上に簡易式治癒魔法が施されたテープを貼る。

 問題はもう一つの傷口だ。


 ゴロッとしたしこりのような感触。触っただけでもまだ足の中に礫が残っているのがわかる。


 清潔な水を患部に掛けたセニアットは恐る恐るフェリネラの顔を覗いた。


「どうしたのフェリネラさん。早くこっちの傷もやらないと」

「えぇ、わかっているわ。でも……」


 取り出すための器具はなく、かといってこのままでは感染症を引き起こしてしまう恐れがある。ましてや魔物が纏っていた小石だ、そこにどんな菌が付着していてもおかしくはない。


「一応、ナイフならあるけど、それだと傷口を無駄に広げてしまうし、取り出すのも難しいわね」

「イルミナはできる?」


 考える時間など一秒もないこの時、フェリネラは一度イルミナに不安げな目を向けた。


「残念だけど、後悔しているところ。たぶんフェリの方が良いでしょうね」

「……わかったわ」


 どのみちやらなければ彼は出口まで持たないだろう。




 ◇ ◇ ◇



 応急処置を終えたのは、数分程度。

 いや、もっと手早かったかもしれない。こうと脳内でシミュレーションさえしてしまえば、そこに向かう工程は迷いのない鮮やかなものへと変わる。


 鮮血一色に染まったフェリネラは手を洗い流して、額の汗も拭う。

 もっとも治療を受けた男子生徒の方は彼女の比ではないのだが。


 それでもなんとか意識を保ってくれた彼には、隊長としてフェリネラは感謝の念を抱いた。


 埋まったままの礫は摘出したが、簡易式治癒魔法が施されたケアテープはすでに切らしており、縫った上から止血も兼ねて裂いた布で強めに巻いており、止血が済み次第包帯を巻くことになるだろう。


 他にもイルミナは肩を礫に打たれ、打ち身のような紫に変色した痣を作っていた。本人曰く、利き手ではないので戦闘に大きな支障はないとのことだ。ちなみにまったく動かなくなったわけではないため、彼女は包帯で腕を吊ることを拒んだ。

 もう一人の男子生徒も、離れていたことが幸いし、何箇所か腕を負傷した程度で動かすのに支障はないようだ。


 が、やはり、とフェリネラは思わざるを得ない。

 最善の選択をしたつもりが、たった一手で部隊を壊滅まで追いやられてしまった。


「私の責任ね」


 沈痛な面持ちでフェリネラはついつい弱音を吐いた。疲労の色が濃い顔は己の力不足を呪ったものだろうか。

 こうならないように毎夜頭を悩ませてきたというのに。


「それは違うわ、フェリ。あの状況で誰も死なずに済んだことをまずは喜ぶべきよ」

「そうです!! 彼を早く本格的な治療が受けられる場所まで連れて帰ることが最優先ですよ。責任なんて私にもあるんですから、逸早く気づいていれば防護魔法を展開させることだって……」


 イルミナに続き、セニアットも同意を込めて首を激しく縦に振る。必死に訴えるその声は次第に責任の所在を自分に求めようとしていた。


 だが、結局魔物が放った礫が魔力によるものではなく、天然の小石であることから風系統のセニアットには荷が重いのも事実だ。それを理解し気づけたところで、間に合うはずがないと彼女も翳りを顔に落として思い直す。


 誰にも予想などできなかった。

 仕方のないことで、片付けられないのだが、それでも責任など探すだけ時間の無駄だとイルミナもセニアットも、フェリネラ以外の全員が感じたことだった。


「皆、ありがとう……」


 でも予想できなかったことで、フェリネラは済ますことができなかった。ここで反省会をする程幼くはないが、それでも精神的に追い詰められているのは確かである。


「あ、ありがとうございます」


 仰向けになった状態で掠れた声が小さく感謝を告げた。絞り出すような音を発したのは治療を終えたばかりの男子生徒であった。


「いいえ、それより良く頑張ってくれたわ…………本当に、本当によかった」


 震えながらフェリネラは声を吐き出した。誰も死なせずに、それだけを目標に今日まで試行錯誤してきたのだ。任務なんてものは二の次。今は全員が無事生還することだけが最優先なのだ。


「今はゆっくり休んで。あなたの傷はすぐにでも治癒魔法師に見てもらう必要があるわ」


 さもないと手遅れになり、彼の足は一生使い物にならなくなってしまう。その事実は口に出さず、フェリネラは一先ず彼を落ち着かせるために口を開いた。


 二十分程でしかないが、それでもこれだけの時間を一箇所に留まることができたのは運が良かったのだろう。


 

 だが、こうなっては部隊はまともに機能しない。まともに動けるのはフェリネラとセニアットだけだ。

 現状を分析するまでもなく、フェリネラは全員に聞こえるよう方針を口にした。


「任務は辞退し、すぐに引き返します」


 フェリネラ率いる第2魔法学院から選抜された部隊は、全員一致で即退却で纏まった。



 

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