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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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最善は不吉な足音を奏でる



 フェリネラは放った魔法に確かな感触を――魔核を砕く感触を実感し、魔物の死体を遠目に確認した。


 硬質な装甲を刻まれた【死体被り(グーパー)】は地に伏したままピクリとも動かない。腐敗し、硬質化した皮を被った上半身は無残に刻まれ、ドロっとした本体が零れ落ちていた。

 血というほどの液体ではなく、かといって固形でもない。粘り気のあるジェル状の物がゆっくりと地に広がった。


 剥ぎ取り被った外皮はこの内部を保護するためのものだ。

 中身を晒し、外気に触れたそれは徐々に蒸発していった。


 これで全てが終わったわけではない。各個撃破という名目でフェリネラは役目を達成したに過ぎないのだ。

 部隊の状況を確認するために、彼女は髪が大きく揺れる程素早く背後を振り返った。


 この部屋ポケットは五人いても十分戦えるだけの広さがある。

 魔物も然程大きくはなく、せいぜい体長二メートル強。その中でも体格の小さい魔物はセニアットの【渦撃の拠点(フェアウィルム)】によって強固なミスリルに打ち付けられ瀕死の状態に陥っていた。今すぐどうこうなる負傷度合いではない。回復するにももう少し掛かるだろか。


 切迫した状況下では瀕死の魔物を後回し――。

 隊員は比較的ダメージの少ない魔物に止めを刺すべく行動している。一斉に全ての魔物を無力化すれば追い込まれた状況を打開できるはずだ。


 フェリネラの視界には見慣れない魔物が隊員によって、一斉に攻撃を受けているところだった。無論、自身の知識にない種であったとしても新種である可能性は低い。さすがのフェリネラもアルスのように各国の魔物を網羅しているわけではないのだ。


 いずれにせよアルファではまず見られないタイプどころか、事前に予習しておいたバルメス近郊ですら発見報告はなかったはず――。


 学院生活で磨き上げた得意魔法で仕留めに掛かる。新種であれ、魔物にとっての命は魔核のみだ。それさえ破壊してしまえば脅威は取り除かれる。


 イルミナは多節剣【銀翅001】を巧みに操り、標的へと最短距離で走らせ魔物の四肢を絡め取っていた。彼女の標的となったのは外見的にはオーガ種と呼ばれるものに酷似している。


 通常のオーガ種――ロゾカルグのような大型ではなく、それこそ圧縮したように一回り程小さい。それでも明らかに筋肉質な太い腕周り、上半身とは対照的に短く小さい足。

 全体的に前傾姿勢に見えるのは突き出すように首が前方に伸びているためだ。顎と一体化したような口には獰猛の象徴足る歯は一切見られなかった――噛み砕くための、歯が存在しなかった。

 更に窪んだ眼窩に収まる眼は威嚇するように絞られている。いずれにせよ、セニアットの攻撃によって多少外皮に罅が見受けられた。



 イルミナがこのオーガ種を担当するのは単なる自己判断である。外見から察せられる脅威度から彼女が買って出たのだ。

 親友に相対する魔物の戦力は未知数。そんな心配もあってかフェリネラの視線はついついイルミナの戦闘に向かった。


 そして、フェリネラが見たのは丁度四肢に巻き付いた刃の鞭が、凄まじい速度で戻っていく様であった。それは魔物の肉体に強靭な刃を滑らせ、肉を断っていく光景である。


 銀色の煌きが毒々しい鮮血を散らせ、魔物の肉体を確実に切り刻んでいった。刃を伝う魔力量は通常の剣型AWRの比ではないだろう。それだけの消費を強いられているということでもある。

 だが、それでも魔力を這わせるというだけの単純な攻撃ではない。そもそもイルミナの武器を使った直接攻撃は一種の魔法が併用されているのだから、ただの攻撃ではなかった。それそのものが一撃必殺の殺人刃となって細切れにしていく。肉片がびちゃびちゃと地面に落ちていった。


 フェリネラの目に映ったイルミナの華麗なAWR捌きとそれを可能にするAWRの技術。技と武器が上手く噛合い、もたらした結果にいつしか安堵は感心へと変わっていた。

  

 他の面々も魔物へと致命的な攻撃を命中させている。


 三体いる魔物の内の真ん中をイルミナが倒しきり、男子生徒はそれぞれ左右に展開して魔物を屠りに向かった。

 左の魔物に照準を定めた男子。その標的は額に宝石のような結晶が埋め込まれていた。壁面に打ち付けられた魔物はずるずると体勢を立て直すように立ち上がろうとしていた。


 左手にサーベルに近い片刃剣を握り、走り出した直後に握り込んだ右手の中身を魔物へと向かって投擲。握り込まれていたのは魔法で生み出した冷気を吐き出すキューブ型の氷であった。その全力投球は真っ直ぐ魔物へと飛来し直撃する。


 拳ほどの氷は魔物に衝突した瞬間、爆散するように弾け、立ち上がった直後の魔物をそのまま壁面に貼り付けた。魔物を壁面ごと凍結させたのだ。網のように身体の大部分を壁面もろとも凍結させる。張り巡らせた氷の拘束が壁面もろとも魔物を張り付けた。


 後を追うようにして駆けた男子はそのまま剣を真っ直ぐ構えて魔核であろう額の結晶を刺し貫いた。


 魔物らしい断末魔すら上げる間もなく、魔核のガリガリと砕けた感触が手から伝い……魔物の身体は灰のように崩れていく。



 一方残った右側の魔物に狙いを定めた男子生徒はというと。

 一直線に魔物目掛けて走り出す。小さな手足がいくつか生えた節足タイプの魔物で、全身は小さな礫で構成されていた。自身を守ることに特化したような姿である。


 駆けながら直剣型のAWRは瞬時に刀身を炎で包み込んだ。【炎刃】と呼ばれる火系統の魔法だが、それだけではない。

 そこから更に緻密な構成が続き、刀身を覆う炎々たる火勢が凝縮されるように真っ赤な刃を象った。

 【焔剣】と呼ばれる上位級魔法――【炎刃】が常時燃焼に対してこちらは一撃のみに特化した凝縮された炎である。


 必死に構成を押し留めながら魔物に近づき、十分な距離を保って振り抜いた。


 あまりの熱量に空間が歪む。

 間合いに入り切らない距離――得物は到底魔物を仕留められる距離にない。そんなことすらお構いなしに男子は何もない空間ごと【焔剣】を振り抜いた。


 十分な火力を持って、剣は振り抜いた軌道から炎を吹いた。一薙ぎは正面を焼き払う程の強い火炎を吐き出した。


 バックアップとしてセニアットが訓練通り、火が広まらないよう風で誘導していた。


 フェリネラに続き、イルミナ、男子達の攻撃は僅か数秒の内に終える。

 誤差はなく、それぞれが持てる力を出し切った。イルミナは兎も角として、男子達も魔法の修得が実を結んだ。上級生ともなれば、いや、通常他の生徒ならば適性系統の魔法を満遍なく覚えていくものだ。欠点をなくすことに邁進しがちだが、彼らは適性系統の中でも更に得意とする傾向の魔法の習熟に努めている。


 端的にいえば状況を引っくり返せるだけの必殺の魔法を各々修得しているということ。セニアットが風系統でも攻性魔法を捨て、防御系の魔法に重点を置いたように。


 生徒目線でいえば尖った戦闘能力に割り振ったわけだ。

 フェリネラやアルスに言わせれば、何かに特化していたほうが使い勝手も良いのだが、一般的には捨てる、諦めるという決断に後ろ暗さを感じる者が多い。


「これで終わりですね」

「一時は……どうなることかと思いましたが」


 全体を見回したセニアットの報告を受け、【焔剣】を使った男子生徒が額に汗を浮かべ、強引な息継ぎの合間にポロッと安堵を溢した。


 全員が見事に魔物を討伐し、後回しにした瀕死の魔物にフェリネラが止めを刺し終えた時のことであった。

 油断したわけではないが、フェリネラの脳裏には「迂闊」の二文字が駆け抜けた。


 全員が危機を脱した実感から、緊張が解れ、弛緩する空気が漂う。

 荒い息を繰り返し、【焔剣】を放った男子も額を拭いながら中心のセニアットへと向き直り、全員の無事を確認した直後にそれは起きた。


 魔物を殺す、魔核を砕くということは外界に出る以上最低限の常識だ。フェリネラが部隊の隊長を務めるのだ、そこは徹底していたこと。


 きっと誰にも落ち度はなかったのだろう。

 仮にあったとするならばそれは隊長であるフェリネラであり、良く知らない魔物相手に先手を打ったことに対するしっぺ返しだったのかもしれない。


 いずれにせよ、それは避けられるものではなかった。



 立ち込める黒煙が払われ、そこから姿を現したのは全身を黒く焦げ付かせた魔物の身体であった。小さな礫で覆われた魔物は岩のように身体を丸めていた。

 反撃に出るでもなく、怯えたように縮こまって見える。


 誰の目にも丸まった魔物の中身――本体――が塵となって礫の隙間から漏れ出ているように見えただろう。事実、魔物は魔核ごと焼かれ、すでに息絶えている。

 だが、微かに残る魔力の反応。


 フェリネラがその異変を感知したと同時に、魔物は内部から弾けた。魔物が生きているはずもない。弾けるという行為は、時限式爆弾のような仕組みになっていたのだろう。初めからそうなるように纏われていたのだ。


 全身に纏った爪サイズの小石は百を優に超える。それらがこの狭い空間内で弾丸の如き勢いで、一斉に飛び散った。





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