技術流出を逆手に
◇ ◇ ◇
淡々とフェリネラは種を明かし始めた。ちょっとした意地悪のつもりであり、それは同時に感情を表に出すのが苦手なイルミナの可愛い一面となるはずであった。
学友に語るには他愛ない談笑となるはずだったが、いろいろと裏工作をした張本人からしてみれば、やましさから赤面は免れない。
沈黙を強いられたイルミナは、俯いたまま幼馴染に向けた抗議の声を飲み込んでいた。
これがあることないこと、デマを吹聴していれば声を大にしただろう。
ただ、フェリネラが語る裏の事情はイコール真実でもあった。
冗談で済ませたいイルミナとしては、幼少期より鍛え抜かれた笑みを維持するだけで精一杯である。こめかみをピクピクと反応させて黙って聞いている間も少しずつ表情が崩れていく。
寧ろ引き攣った頬が、フェリネラの告げる内容に真実味を与えてしまっていた。
ともあれ、後ろ暗い話であるのはイルミナも承知しているため、反論することができなかった。
フェリネラには一方的にだが、口止めはしておいたつもりである。
ただし、それはイルミナの勝手な言い分であり、ごく一部についてでしかない。
だから一先ず聞き耳を立てていたのだが、すでに恥ずかしくて居た堪れない状況になっている。今すぐにでも穴があったら入りたいほどであった。
貴族という名は飾りではない。貴族であるならばノブレス・オブリージュというあるべき規範を提示したくなるものだ。模範となるべき振る舞いとまでは言わないが、それでも高貴さにふさわしい言動というものがある。
だからこそフェリネラの言葉は、貴族として恥ずかしい裏側を暴露したようなものであった。
では、フェリネラが呆れたように口々に語った内容とは。
遡ること学園祭。
学園祭当日、各クラスの学生はそれぞれに催し物だったり、展示だったりと創意工夫して出し物を用意し、無事何事もなく成功に終わった。その裏であった出来事は一先ず置いておく。
内外から多くの人を集めた一大イベントである。
これは学園祭内で密かに話題になったとある組の出し物があった。アルスが参加し多くの景品を提供した出し物《射的》。
アルス本人も警備のために駆り出された自分のクラスの出し物であり、その景品が一部の者にとって話題になっていたことは彼自身も知るところだ。無論、全てとは言わないが。
その中でも飛び抜けて高価な景品がアルス自作のAWRであった。技術者でさえ喉から手が出る程に最先端技術の粋が詰まった逸品である。AWRとしての完成度以前に、そこに用いられた様々な技術はAWR制作者サイドとしては宝の山といえた。
既存のAWRを更に一歩進化させることのできる技術革新がそこにはあったのだ。
本来ならば学園祭に赴いた者にしか直に見ることができないのだが、どういうわけか情報漏洩があり、当日多くの参加者がアルスらのクラスに列を作った。
「その中にはイルミナの手の者がかなり入っていたみたいね。それも一般人に扮装させて」
フェリネラが大人げないとでも言うように冗談めかした口調でいった。
それに対してイルミナは僅かばかりの反論に打って出る。軍事面での諜報活動を生業とするソカレント家だが、それはあくまでも軍役に関してのことだ、と思い込んでいた。
何より彼女に限ってはある程度の確証があって言っているのだろう。
「そ、それでも……ちゃんとルールに則って……」
「則って? 結局ゲットしたんでしょ?」
「…………」
無言で頷くイルミナ。
おそらく全てフェリネラには知られてしまっているのだろう。相手が悪かったのだ。ことアルスに関して彼女が干渉してこないはずがないのだから。
間接的ではあるにせよ、利用したことをフェリネラはあまり良く思っていないのではないだろうか。
「フェリネラさん、あんまりイルミナさんをイジメると、その……泣いちゃいそうだよ」
「セニアットさん、私がイジメるなんて、ねぇイルミナ」
「…………」
貴族は基本的に様々な英才教育を受けてきた者が多い。それは礼儀作法も然り、演技も一つの技術である。プライドさえ邪魔をしなければ、必要とあらば人前で泣いて見せることも容易にできるものだ。
なのだが……
――あら、演技じゃないっぽいわ、ね。
目の端を湿らせ、鼻の頭を赤くしたイルミナを見て、フェリネラは自責の念が押し寄せてくるのを感じた。気心の知れた仲ではあるが、今のは少々効いたようだ。
常に冷静沈着でクールな淑女を体現する彼女が見せた、らしくない乙女チックな一面はしでかしてしまったことの重大さを物語っていた。普段まったく怒らない人が、ここぞとばかりに怒った時のように、しんみりとした空気に引き込まれる。
悲劇のヒロインが放つ空気に今、この場は包まれ罪悪感を相手に与える。
「違うのよ!? イルミナ。そりゃ、ちょっとは大人げないとは思うんだけど、そんなに隠すようなことでもないじゃない? 私が悪かったわ」
反省の翳りを落として謝罪するフェリネラにイルミナはちょこっと舌を出した。
欺く技術はイルミナの方が一枚上手だったらしい。
「別に構わないわよ。ここまで来て隠すようなことじゃないし、恥ずかしさの峠は越えたわ」
「あら、切り替えが早いこと」
実に淡白というか、感情の起伏がはっきりしている。それ故にすぐさま終わったことと切り替えられる器量。
あまりの豹変ぷりにセニアットは戸惑いを隠せず、口を開けたまま二人を交互に見やった。
「え、騙されたの? 私?」
「ごめんなさいね、セニアットさん。こうでもしないと誰かさんの軽い口が留まるところを知らなさそうだったのよ」
気安く謝ったイルミナであったが、セニアットは一層混乱した様子で頭上に疑問符を浮かべていた。
空中戦を展開する貴族二人であったが、頃合いと見てフェリネラはまとめに入ることにした。
「要は、イルミナがアルスさんの作ったAWRを元に市場に参入したということ。新作AWR【銀翅001】はその試作第一号ってことよ。だからアルスさんを統括責任者としてヘッドハンティングしたいわけね」
「うっ……」
学生主催の学園祭での大人気ない所業に関して、フェリネラは触れずに話を進める。ルール的には問題ないのだが、それが雇われた人材――推測だが――を使うというのは学園祭の趣旨とは掛け離れている。それが生徒というのだから運営委員長としては頭を悩まさざるを得なかったのだ。結局、黙認したわけだが。
「え! アルス様は魔法師でしょ」
当たり前の質問だが、アルスと親しい関係の者でなければ知る由もないことだ。
それに嬉々として答えたのはやはりフェリネラであった。
「アルスさんはAWRの制作も手掛けられますし、魔法の開発などでも高名なのよ。あまり知られていないことだから、内緒にしてあげてね」
照れたように、それでいて誇らしそうにフェリネラは語る。
イルミナはおそらく7カ国親善魔法大会以降、探りを入れていたのだろう。さすがに学内トップのフェリネラが一年生の、それも男子生徒にお熱ならば不審に思うのは仕方ないことだ。
「個人的にはあまり迷惑は掛けないでほしいのだけど、限りある彼の時間を脅かしてはダメよ」
学院で見せるフェリネラのどの笑顔より、清々しい表情にさすがのイルミナも諦めて胸襟を開く。
「そこまで大それたことはできないわよ。引き受けてくれるならば、それに越したことはないってだけ。ただ、アルスさんの技術が他国に流出するのは国益にも関わるわ」
言っても始まらないが、すでに彼は自分の技術を他国に売り始めている。
イルミナの狙いは、せめてその技術を自分の会社で使って欲しいと思っていた。独占する気はないが、やはりAWR市場で競い合っていく上で、彼の技術や研究成果は必要不可欠である。
イルミナは営利目的と取られないような言い分も考えてあり、その辺りは抜かりなかった。
「もちろん、自社で開発したAWRはテスターとして、学院にも提供するつもりで話はつけてあるわよ」
「本当に仕事が早いわね、あなた。アルスさんが承諾しなかったら即倒産よ」
「それも一つのやり方よ。もちろん、後発ではあるけど、自力で開発できるだけの面子も揃えているわ」
内容を理解できない男子生徒は、なんか凄いといった感嘆の声を揃えて上げた。
無論、セニアットも置き去り状態である。ただ学院にも試供品として新しいAWRが置かれると聞いては黙っているわけにもいくまい。
「それって製品化前の新作AWR!?」
「話が飛躍してるけど、順調に進めばね。もちろん、格安で提供もさせていただくわよ」
食いついた同級生に向けて、イルミナが放ったのは営業スマイルであった。
見るからに高揚した様子のセニアットに、交渉の気配を感じ取ったフェリネラが「ハイハイ」と手を叩く。
「マッピングも終わったし、探査もまだ残ってるんだからそろそろ行きましょうか」
機器によって反応する特殊塗料で目印も打ち終えている。ここまでポイントとなる通った場所には迷わないようにこうして印を残しているのだ。
あっ、という間の抜けた声は誰が発したものだったか、言うまでもない。この中で唯一緊張感を持っていたのは男子生徒だけだった。
いずれにせよ、恐怖に足を竦ませるよりはまだマシなのだろう。緩んだ気を引き締めさせるのは、フェリネラの役目なのだから。




