暴露
AWR市場は確かに国内で一定の特色、持ち味が如実に表れる。
しかし、国産という垣根を越えて7カ国で見れば、AWR市場はルサールカ一強。ルサールカ国内でも数社がしのぎを削っており、シェアの大半を独占している。
無論、アルファとて工業都市【フォールン】があり、技工士――職人が丹精込めて製作している。端的に言ってしまえばオーダーメイドを得意とした特注品が多い。
軍からのバックアップを受けているわけではないので、改築して仕事場を住居としているものも少なくない。それでもアルファのAWRは各国からも一目置かれてきた。試行錯誤された魔法式配列、繊細な仕事に名だたる魔法師がお世話になっている。
そんなアルファ国内のAWR産業に一石を投じようと試みたのがイルミナの家――ソルソリーク家であった。
大手国内ブランドの立ち上げ。
新規参入は特にAWR市場に関してはハードルが高い。技術者をフォールンで募り、莫大な資金を投じて設立。製品化した第一号がこの多節剣・蛇腹剣の形を取った【銀翅001】である。
正式発表はまだ先のことだが、インパクトでいえば既存の概念を覆す新しい試みだ。
何よりソルソリーク家がAWR市場に参入するためには一つ大きな壁があった。それは常に新しいアイデアを取り込んだ新技術の開発から、AWRへの転用。
アルファのAWR技術は他国でも評判が良いこともあり、ルサールカとは違い品質重視で打って出る戦略。フォールンでの職人の生活を圧迫しないためにも量産はせずシリーズごとに生産数を定めている。
会話としてこんな雑談を交えられる程には鉱床内部に慣れてきたということだろうか。
フェリネラ達はその後、何度かの遭遇戦をなんなくこなしていった。
イルミナとの連携に問題は起きていない。複数での戦闘を不得手とされる【多節剣】ではあるが、それも含めて立ち回りは訓練済みだ。
多節剣である【銀翅シリーズ】は多人数での戦闘を考慮して作られている。魔力で覆われた刃は使用者の判断で切り替えをスムーズに行い、相手の魔力と反発作用を持って怪我をさせずに済む。
とはいえ、イルミナの戦闘は比較的魔法重視であり、本来の多節剣の持ち味を殺しているようにも思われた。
これは彼女の鍛錬不足によるものだろう。
フェリネラは機器を用いながらマッピングを始める。鉱床は特殊な内部構造だけに機器も当てにはならず、細かい部分は直接書き込む必要があった。
言ってしまえば細かい部分の補足である。
「ちょうどいいから、ここで休憩にしましょうか」
「賛成ー」
手を真っ直ぐに挙げたセニアットは地面に直接腰を下ろした。
幸いなことに周囲への警戒は必要なく、現在いる場所は行き止まりとなっている。来た道にのみ注意を払っていれば良いということになる。
男子生徒達は小腹が空いたのか、配給された携帯食料を各々食べ始めた。
「じゃ、私は少し見てくるからみんなは休んでいてね」
広い空間に出たとはいえ、実は先に繋がる通路のような穴がいくつかあるのだ。外周部を調査しているのだから当然行き止まりである。地図を見ても、先に繋がるはずがないのは確かだった。
休息ついでとはいえ、十分会話ができる距離内なので、この時間を使ってフェリネラは一応調べておくことにした。
はふ~っと下級生には見せられない息を吐くセニアットは、おもむろにポーチから協会発行のライセンスを取り出し何事か操作し始めた。
「ここまでの討伐数は八体ですね。全部Cレート未満です」
報告するセニアットの後ろで立ったままのイルミナが同意の声を上げた。
「でしょうね。完璧ではないでしょうけど、そもそも鉱床内部には学生レベルでも討伐できる魔物しか残っていないはずよ」
「ですよね~」
「ま、取りこぼしは当然あるから、何があるかわからないのだけどね。それに学院での選抜はやっぱりCレート以上の討伐ができる人選が求められているのよ。実際口で言うほど簡単なことじゃないけど、それはフェリが上手いこと選んでくれたということね」
「Cレートなんて普通に学院生活を送っていたら、難しいですもんね」
「そういうこと」
学院生が前提として討伐歴を持たないため、人選は選ぶ者の裁量に委ねられているのだ。
カリアの忠告もあるが、今の所順調そのもの。
ただイルミナも気がかりはある。
「カリアさんから聞いていたよりも、魔物が少ない気がするのよね」
「それは良いことなのでは?」
これまでバックアップとしてセニアットは後方支援に徹していた。これまで全員がほぼ無傷であることに彼女の働きがあったのは疑いない。
そんな彼女だが、魔物と直接相対する前衛組とは違い一層強いプレッシャーの中にいたことも事実である。今でこそ緊張の糸が解れているが、連戦ではさすがに気疲れは隠しきれないものになっていただろう。
そんな彼女の素朴な質問に応えたのは一つ目の穴を調査し終えたフェリネラであった。
「普通ならね。やっと半分までですし、私達は外周部を調査しているので比較的遭遇し難いのかもしれない、けど……それにしても多種類の魔物が徘徊していない、散発的に遭遇する状況は少し違和感もあるわね。少し気にしすぎな気もするわ」
「それね。魔物の方が迷子みたいな……まぁ、フェリがそういうなら良いんだけど」
「警戒は必要だけど、ゆっくりできるのは今のうちだから、休める時に休んでおいてね」
「そう思うのなら、一先ずあなたもこっちへ来たら? 口の中がパサつくけど、そこそこ美味しいわよ、これ」
携帯食料の梱包を剥き、一口齧られたショートブレッドは栄養食としても非常に優秀な食料だ。
貴族としては味気ない食事ではあるが、魔法師として携帯食料があるだけ贅沢ともいえる。
それを横目で見たフェリネラは見慣れたように少し微笑む。
「残りを確認してからにさせてもらうわ」
「真面目ね」
イルミナの呆れ混じりの声に、クスクスと皆の声が鳴った。予想以上に魔物との戦闘が訓練通りに上手く行っていたため、多少なりとも気が楽になったのだろう。
そんな時、ふと話題が切り替えられ、難を逃れたと思っていたイルミナに突きつけられた。
「それでイルミナさん!!」
子供のようにキラキラ光る目を向けてセニアットが腕を突いて、イルミナに詰め寄る。
「な、何、かしら?」
「少し時間ができたから、AWRの話を聞かせてもらえないかしら」
「それは今じゃなくても良いのでは?」
「良いじゃない。そんなに隠すことでもないでしょ? あ、そういえば隠すことはあったのでしたっけ」
「ねぇフェリ。私あなたに悪いことでもしたかしら、であるなら謝りたいのだけれど……」
「人が弱みを握っているみたいな言い方をしないで」
反響するフェリネラの声に、イルミナは頬を引き攣らせていた。
「フェリネラさんは何か知っているの?」
「知っているといえば知っているわね。でも、本当に大したことじゃないの……ちょっと大人げない話なだけよ」
「フェリ!!」
思わず声を上げたイルミナだったが、それは怒りというよりも恥ずかしさからくる台詞であった。その証拠に、冷静沈着な彼女にしては耳が赤い。