新たなる可能性、その力
◇ ◇ ◇
それぞれ各部隊は鉱床内部にある、最初の分かれ道へと進んでいった。
地図上では迷路のように入り組んだ内部構造になっている。当然先にはなるが合流ポイントもいくつかある。しかし、その複雑さは地図なしでは迷うこと必至だろう。
脳内に地図を記憶したフェリネラでさえも、細部まではわからなかった。もっといえば今回の任務が探査であることから未完成の地図を渡されていた。協会側やバルメスでさえ全貌を把握できていないのだ。
これほど広大である迷路の中を早々マッピングできるはずもない。無論、あえてそうしているのだろうが。
奥へと進むにつれて幾分過ごしやすい気温ではある。少し動けば外套など必要もなくなるほどには汗ばんでくるだろうか。
フェリネラ率いる第2魔法学院の部隊は慎重に探査を始めた。少し歩けばすぐに岐路に立ち、その都度フェリネラは地図を開く。一歩間違えれば遠回りにもなり、自らの場所さえもわからなくなる。今回の任務達成目標である探査場所というのは予め決められているのだ。
分岐を警戒しながら、イルミナは総じて鉱床内部を例えた。呆れた風でもあり、未経験な場所からそう連想したのだろう。
「明るいだけでも助かるわ……それにしてもフィクションだったら、まるでダンジョンね」
「ここにはミスリルがあるから、お宝という意味では間違いではないのでしょうけど……ダンジョンというほど魅力的ではないわね」
愛想笑いを浮かべたフェリネラは、ここが「外界」であるというその一点があることによって、妄想は現実へと立ち返る。宝があろうとも魔物の存在が魅力を曇らせる。
もっともアルスならばこれだけのミスリルを前に、それこそ望んで進むのだろうか。そんなことを考えたフェリネラは少しだけ頬が緩む。
「時と場所を考えて妄想に耽ってくれる? 不気味よ」
「――!! 失礼しちゃうわね。えーっとここを右よ。それでだいたい端に出るはず……」
主に7部隊は鉱床内部をいくつかに区分して探査が割り振られていた。端的にいえば中心と外周に分けられており、フェリネラらは片側外周を目指すことになっている。
賛同する隊員の顔を見て、フェリネラは地図を仕舞い進行方向に目を向けた。先に確認してもらったセニアットからは魔物の姿を確認できない合図が返ってくる。
セニアットはフェリネラ同様風系統であり、お互い多少の探知魔法は心得ている。もちろん探知魔法師のような正確さには欠けるがないよりはマシである。とはいってもこの場合の正確さは主に繊細な魔法の行使がミスリルによって阻害されるためだ。
「大丈夫そうよ、フェリネラさん」
声量を抑えるようにセニアットは口元に両手を当てながら報告する。彼女の纏う雰囲気は同級生の目から見ても少しあどけない。下級生から慕われるセニアットの姿とは印象が違うのだ。
右折しながら歩を進めたフェリネラ達であったが、未だ魔物との遭遇は果たせていなかった。もちろん、討伐が主たる目的ではないので、出会わないのであればそれに越したことはない……が、そんなことはまずありえないだろう。
「ミスリルが明滅してるね……ということは」
真っ先に気づいたセニアットに先頭を行くイルミナが声だけを返した。
明滅といっても光量の強弱程度であり、極端に眩しくなったり暗くなったりするものではない。淡い光がミスリルを通して魔力の輝きを岩肌に映していた。
それは一箇所だけではなく、鉱床内にある全てのミスリルに波及するように広がっている。
「もうどこかで戦闘が始まってるのでしょうね。フェリ……」
「えぇ、距離はわからないけど、気を引き締めていきましょう」
腰に刺した愛用のAWRをフェリネラは確かめるように触れる。
これで確信が持てた、といえばどこか嘘くさいのかもしれない。鉱床内部に魔物がいることは事前に聞かされており、そのための任務でもあるのだから。
それでもどこかで認識と現実に差があったのだろう。いるという厳然たる事実も自分の目や肌で確認しなければ実感が伴わないものになってしまうのだ。
ミスリルが魔力を動力として発光していることからわかるように、魔法を使えば自ずとミスリルが反応してしまう。
鉱床内部の通路といっても奥に進めば進むほど、ところどころに通りにくい場所も出てくる。地図で確かめる限り、人が通れないような狭い通路はないのだが、水晶のような六角柱の物だったり、岩肌から突き出た三方晶系のミスリルが進行を妨げることもしばしばだった。
それでも通路の大半は人間サイズ用というよりも、やはり魔物サイズ用の大きさである。
フェリネラの記憶と地図が正しければそろそろ……。
「少し待って、この先に分かれ道が二箇所あるわ。右に一回、左に一回で外周部最初の部屋にでるわね」
この鉱床内部には当然通路のみではなくいくつかのミスリルが多く集まり溜まった部屋がある。さしずめ蟻の巣のように広い空間が確認されている。
全隊員も通路を頭に入れているため最初の到達地点として部屋を通ることは既知としているはずだ。
頷くように男性達の抜き身のAWRにも力が籠もる。部屋とはいっているが、何もミスリルが多く群生しているだけではなく魔物がいる可能性も高い。
男二人はフェリネラとイルミナを守るように距離を縮めた。注意深く視線を先に向けたまま、確認の声を飛ばす。
「ソカレント、最初のチェックポイントは【Aー5】だよな?」
関係づくりから入ったフェリネラは彼らに敬称をつけないようにと、言い含めている。納得している二人だが、その言葉遣いはまだぎこちなさを残していた。疑問符はどちらかというと自分に対してのもののように聞こえる。
どうにも貴族というだけで一線を引かれてしまうのは仕方ないことだが。
それではチームとして壁を作ることにも繋がる。とはいえ、いつも「さん」付けなのだから不慣れな感じは言い慣れていないだけなのだろう。
「そうなりますね。地図にもありますし、実際にここまでの道のりで整合は取れましたので、間違いないでしょう」
各通路から各部屋までには便宜上、それぞれに記号が振られている。
穏やかな口調で返すと男子生徒は強張った顔でいつになく力強く頷いた。
フェリネラも地図との整合性を目で確かめたのにはいくつか理由があったりする。諜報活動の手伝いなどから身についた疑い深さとでもいうのだろうか。
どうにも他人の作った地図を信用できなかったのだ。会長であるイリイスの性格からして、ないとわかっていても、意図的に微妙な変化を加えているのではないかと疑ってしまう。
実際にそんなことはなかったわけだが。
これからも全幅の信頼を寄せることは彼以外にはないのかもしれない。
これだから……これだから自分を都合の良い女なのだと思えてならない。積み重ねた警戒心というものを、彼には無条件で門戸を開いて受け入れてしまうのだから。
つくづく惚れるというのは人を狂わしてしまうのだと思う。その一方でこれさえあれば、生きていける程に活力を生み出してくれるのだ。
そのためにも簡単な任務とはいえ、無事に帰らなければならない。彼の前にまた立てるように。
すると先頭を慎重に歩くイルミナが振り返らず手だけで制止を促した。
ちょうど最初の分かれ道であり、道なりに見える範囲に障害はないように見える。だが、横道の縁から片目を覗かせたイルミナは確かに進行を妨げる障害物を目視していた。
「魔物ね」
「――!!」
予想していたがやはり衝撃は大きい。ましてや他国の外界、経験があるとはいっても果たしてそれがこのバルメスで通用するのか。
交代に隊長であるフェリネラが目視で確認する。
「幸いにも明るいだけあって魔物の識別も楽ね。一応セニアットさん頼めるかしら。距離は三十メートルってところね」
「了解」とフェリネラの耳元で言ったセニアットは壁沿いに身体を入れ替えるように標的を窺い見る。
セニアットは懐から協会から渡されているライセンスを取り出した。
機能的にかなり進化したライセンスは魔物の識別にも使うことができる。機能としてはこれまでライセンスで読み取った情報は直接各国のデータベースに送信されていたが、協会のライセンスはその場で確認できるよう改良されている。
軽く翳してライセンスに空いている穴、そこに嵌められている半透明ガラスに魔力を通しながら覗く。
読み込み完了を示すマークが視界に映ると、セニアットは魔物に気づかれないよう、そっと身体を引っ込めた。
「ギリギリでしたけど、辛うじて読み込めましたね」
ライセンスが独自に魔物から漏れ出る魔力を読み取り、膨大なデータベースを検索。魔力などから整合を取りつつ微修正を加えた結果を伝えるものだ。
鉱床内部ではミスリルの関係で難しいということだったが、距離的な問題なのかを測る意味でも試すことにしたのだ。
「あれはバルメスで報告のある魔物よね……確か」
もちろん、魔物の個体名など多少なりとも学院で学ぶため、イルミナは検索を掛けている間に答えを出す。
相変わらずの黒く短い体毛は鞣したような光沢がある。
馬のような蹄のついた下半身は二足歩行であり、上半身は下半身の倍近い大きさだ。鳥のような頭は機能していないかのようにだらりと垂れ下がっているだけだ。クチバシからは死んだように長い舌が垂れている。
多様な形体の中でも、奇っ怪な姿形をしていた。まるで馬と鳥、二つの動物をかけ合わせたキメラのようだ。背中の羽は異様な角度で生え、飛ぶことを許さない飾りと化している。
多様な生態系の中で特に動物が多いバルメス近郊でよく見られる……進化の失敗のような形。吸収や姿形を変える段階で、間違って動物を捕食した場合に多い。進化にまつわる情報の混濁が原因とみられている。
獣種の中でも……
「【混同種】、【不完全な獣】ね。どう?」
「イルミナさん、合ってます。ヨーフのレートはD~Cですね。ミスリルの影響で精密には測れなかったですけど、どうします? フェリネラさん」
「ちょっと待ってフェリ。今回は私にやらせてくれないかしら」
イルミナは単騎で魔物に挑むことを申し出た。もちろん討伐時に反映される順位目的ではなく、無論、部隊を蔑ろにしているわけでもない。
その理由をフェリネラはすぐに察した。
イルミナはここに来てAWRを一新しており、その練習に時間を割かれていたため、部隊での訓練時と変わっているのだ。前衛である彼女の動きに変更がなかったため、全員で話し合った結果、許可した。イルミナの新AWRは部隊の中でもできる範囲が拡大したことは事実である。
フェリネラもどういった戦い方なのか、一度見ておく必要があると感じていた。訓練で見せてもらったものと、実戦では大きく異なってくるだろうから。何より通常の武器とは違い、扱いきれるのかも見ておく必要があった。
彼女が貴族というよりも、ソルソリーク財閥の力を総結集して作った新作AWRだ。
「一体だけのようだし、イルミナがそういうなら構わないけど、一応こっちも動けるようにバックアップはさせてもらうわよ」
「お願いするわね。たぶん、あの程度ならばすぐに終わるわ。まぁ見てて」
イルミナは一人身体を解すと、手を返して颯爽と魔物の前に姿を晒した。




