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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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任務の合図



 バルメス第5魔法学院の部隊が到着し、驚愕が収まることなく、動揺を抱えながらそれぞれの部隊が整列する。

 そんな中、フェリネラの意識もやはり少女達へと向いてしまうのは避けられない。


 隊長として先頭に立つフェリネラはチラチラと視界の端に映る少女の、落ち着かない態度にそわそわさせられていたのだ。隊列の順番など決まっているわけではないが、隣に第5魔法学院が並んだのは偶然である。


 少女達の服装は他の者達とは違い、制服ではなかった。かといって軍服というわけでもない。そもそも厚底の一本歯下駄は日常生活でさえ歩き辛そうだ。総じて魔物を倒すための格好とは言い難く、どちらかというと好きな格好をしている、といった印象を与える。



 フェリネラが何かしらの情報でもあればと思ったのも数秒前までのこと。彼女の気が僅かでも緩んだのは少女達の見た目の幼さだけが原因ではなかった。

 軍人らしい整列の中、輪を乱すように隣の少女達は今にも駆け出してどこかへ行ってしまいそうな気配を見せていた。ともすればヒソヒソと何か話し込んではクスリと堪えきれない笑いが漏れる。


 そう、彼女達は見た目通りの幼さを残したままで、ロキのようにどこか見た目とは裏腹に大人びた雰囲気を纏ってすらいない。子供特有ともいうべきなのか、とにかくじっとしていられないのだ。


 無邪気過ぎる気質が、外界にはそぐわない。


 そんな場違いで、今にも叱責の声が飛んでくること請け合いの少女達に、さすがのフェリネラも我慢できなかったようだ。

 顔を向けて優しく微笑むと、指を一本口の前に立てる。


「二人とも静かにね。じっとしてられないかもしれないけど、少しだけ静かにしていましょう。じゃないとおっかないおじさんに怒られてしまうわ」


 フェリネラは後ろのイルミナからの警告を無視して幼き少女に優しく注意する。大方イルミナは厄介事を増やさないようにとのことだろう。


「…………」

「…………」


 二人の少女――レアとメアは優しく諭すフェリネラをじっと見つめた。怖いほどじっと……瞳の奥を覗き込むように。

 そして「あっ」とでも言いたげに驚いた表情を揃って向ける。


「アルファだ!」

「アルファなのです!」

「しぃー。アルファってどれだけ大きな括りなのよ。初めまして私はフェリネラ・ソカレントと言います。お名前教えてくれるかしら」


 身体ごと少女達へと向き直り、できるだけ威圧的にならないよう腰を落とす。絵に描いたような子供扱いだが、フェリネラ生来の物腰の柔らかさが少女達の警戒心をやすやすと突破した。

 するとビッと挙手し。


「はい、メア・エイプリルって言うの……言います」

「メアさんね」


 活発的な性格を思わせるハキハキした受け答え。

 そして少し視線をずらし、もう一人の少女を見る。

 するとその少女は貴族がそうするように、足を一歩引いて裾を摘み、ゆっくりと頭を下げた。


「レア・エイプリルというのです。お()みしりおきを」


 ――お見知りおきを、かしら。


 瞬時に脳内変換をする。こんな些細なことで訂正してしまっては、せっかく開いた門戸が硬く閉ざされてしまうだろう。それに姉のように背伸びする姿が愛らしくもあった。そっくりな二人の見た目だけではどちらが姉なのか判断つかなかった。しかし、今の一言でなんとなくわかった気がする。


「はい、よろしくお願いしますね。メアさん、レアさん」


 呼び方一つとってもフェリネラに抜かりはなかった。少なくともレアと名乗った少女の方は、「ちゃん」付けを不快に思うだろう。女性は精神的に早熟であり、自身の経験からもこのぐらいから子供扱いを嫌うはずなのだ……とフェリネラは予想しながら言葉を選んだ。


 大方予想は的中したようで、メアとレアは頬を少し染めて照れたようにはにかむ。


「メア!! メア!!」


 レアはぼうっと顔をフェリネラに向けたまま、メアの服を掴みグイグイと引っ張る。


「もう何ぃ? 伸びちゃうよ」

「見つけたのです!? これなのです。こんな大人な女になりたいのです!」


 淑女としての立ち居振る舞いに感服したのか、レアの瞳は羨望の光で満たされていた。


 ――あれ?


 熱量の差こそあるが、レアの興奮を前にフェリネラは背後をチラリと窺い見た。言わんこっちゃない、とでも言いたげにイルミナは顔を逸らす。


 幾分弛緩した空気の中、フェリネラの意識がふいに現実へと戻され、凛とした佇まいでメアとレアに整列を促す。


 というのもここの基地、いやもっといえば今回の任務の総指揮を執る人物の名がそこかしこで聞こえだしたためだ。


 意識して細められたささやき声には興奮も混じり、忙しない視線と動揺が周囲を行き交った。田舎者の誹りさえ甘んじて受け入れてしまう程の上位者達が学院生を守るためだけに集っているこの場所で、その名は異質。学生達にとってはある種、尊敬を通り越してヒーローのようにさえ映っているのだろう。


「オルドワイズ公が何故こんな場所に……」などどこからともなく、そんな声が鳴った。


 学生達の緊張感は極限まで半強制的に引き上げられた。それも無理からぬ事。


 フェリネラは総指揮官たるオルドワイズ公が、学院生の前に立つその瞬間まで取り乱すことなく落ち着いた様子で待つ。


 ――オルドワイズ公。ハルカプディアの【武神】ね。退役した元シングル魔法師までもが、前線に戻される時代になったのね。


 四十も半ばに差し迫ったオルドワイズ公は貴族間でも名の知れた名家・王家の縁者。遠縁とはいえ元首の血縁者でもある。

 臨時的にシングル魔法師に押し上げられた【グラム】に師事を仰いでいたという。そもそも今のハルカプディアの魔法体系において武術に特化しているのも、元を正せばグラムの戦闘スタイルに由来したものだ。


「引退したと聞いていたけど。何故彼が今、ここに……」


 背後でイルミナがボソリと声を飛ばしてくる。当然、学生間の間で沸き起こった疑問はイルミナの言葉に集約されていると言ってよいだろう。


「各国もそれとなく協会に手の者を忍ばせているというのが実情じゃないかしら。もしくは人類のために立ち上がったとかかしら」

「なら、ハルカプディア軍に復帰するのが妥当」

「でしょうね」


 フェリネラが短く相槌を打ったところで、オルドワイズ公が学生の正面にお供を連れて立ち止まった。

 十数年も前に名誉の負傷によって退役したとされているが、見たところ身体に欠損は見当たらない。それどころか引き締まった身体は父であるヴィザイストにも劣らない。


 凄みでいえば未だ現役なのではと疑いたくなるものだ。よれた髪に顎を覆わんばかりの太い髭。切れ長の目は相手を射竦めてしまいそうな程である。

 視線が学生全員へと向けられ、オルドワイズは何の前触れもなく唐突に声を発した。


「傾聴! これより鉱床内部の調査を目的とした任務を諸君らに行ってもらう。今日まで嫌という程準備してきただけに、私がこれ以上口煩く言うつもりはない。あえていえば一つだけ……」


 低くそれでいて野太い声は張っているわけでもないのに、全員に聞こえたことだろう。それほどまでに周囲が静まり返っているのだ。


「任務に関しては協会によるものだが、諸君らを守ってくれる魔法師は各国の協力の下集められている。つまり国民の血税によって賄われていることになる。学生であることに甘んじるな」


 表情を変えることなく、いや、岩のように硬くなった皮膚はまるで動かすことができないかのようにオルドワイズは声のみを届かせていた。

 学生達は今日まで様々な研修や訓練を積み、全て頭に叩き込んでいる。心の持ちよう、意気込みさえも今更だ。中にはそんな激励に全く耳を貸さない少女らもいるのだが。


 ともかく、脅し混じりの鼓舞さえも緊張感を高めるのに一役買った程度。


「それでは現時刻をもって鉱床調査の任務を開始する。入り口は二箇所から決められた通り調査に向かってもらう。隊長は地図を受け取り次第、隊を率い入ってもらう。任務終了は日が沈むまで、内部では時間の感覚が鈍くなるため、くれぐれも注意するように」


 最後にそう締めくくり、全隊員が軍靴を鳴らして配置に就く。

 いよいよ学生だけでの任務が実施されようとしていた。



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