揃う学生部隊
外界という戦場は心を摩耗させていく場所だ。
イルミナとフェリネラが約束したように、生存圏内こそがいるべき場所であることを常に心の片隅に置いておかなければならない。平静を保つためにそうした意識が自然と働くのだ。
他愛ない雑談が学生達の間で囁かれる。近づく緊迫した空気を紛らわすかのように、声に虚飾が混ざっていた。
学院生活で培った技術や経験は外界という場において、そしてここに集う歴戦の魔法師を前に稚拙な物のように思えてくるのだ。事実、彼らが学院で学んできたことの多くは魔法を扱うための知識であり、外界での生存を保証してくれるわけではない。
ましてや魔物の倒し方など、頭の中でのイメージしかなく、まだ現実との整合がなされていない状態なのだ。一部の貴族など、実戦で経験を積む他なく、いってしまえば本当の意味での実戦はこれが初めての経験。
フェリネラは各学院ごとに集まっている様子をチラリと確認していた。学院での授業が終わってから毎日のように協会が行う訓練に参加しており、それは各国の支部でそれぞれ行われていた。
そうは言うものの、各学院の選出メンバーは知れ渡っている。
だが……フェリネラの予感をイルミナが先に小声で呟いた。
「遅れている部隊もあるようだし、何より微妙にメンバー変更が見られるわね……それに減ってるところも」
事前に聞かされていたが、実際に部隊として上手く機能してくれるか不安だったのだ。一応大幅なメンバー変更がなく、少し安堵していた。
「そうみたいね。でも最低限上位組はそのままでよかったわ」
安堵の気配は部隊としての戦力低下を懸念していたからだ。他国の生徒とはいっても鉱床内部では協力する場面も出てくるだろう。自分達だけよければそれで良い、という話ではない。今回の任務は部隊を分けてはいるが、目標は皆同じなのだ。
各隊はそれぞれ学院の制服で臨む者が多く、一目でどこの学院か判断はつく。
まず、フェリネラ率いる第2魔法学院の部隊。構成員は五名である。
部隊の隊長を務めるフェリネラは状況判断の主軸となるため、前衛と援護を担当。状況次第では全てをフォローする。
続いて副官を務めるイルミナは先陣を切り、積極的に魔物と対峙する前衛。
そして学内でも上位勢として四桁の男子生徒が二人。どちらの生徒も外界での討伐経験は課外授業のみだが、いずれも腕に覚えのある生徒だ。僅かながらも訓練によって洗練された力が自信へと変わり、物怖じしない姿が頼もしく感じられる。
彼らの選出は単純な順位だけでなく、フェリネラやイルミナとも親しい間柄である。切磋琢磨した仲であるのは間違いないだろう。貴族ではないが、紳士的な態度がところどころに滲み出ており、人の良さそうな印象を抱かせる。
二人は前衛であるイルミナ同様に戦闘要員だ。
そして最後の一人はバックアップ要員として、後衛を担当するセニアット・フォキミル。第2魔法学院で初めて課外授業が実施された際、アリスの監督官を担当していた生徒である。
そんな彼女も今や三年生となり、一段と大人びた雰囲気を纏っていた。
外界にいながらフェリネラ同様、落ち着き払った立ち姿。制服の上から協会のロゴ入りマントを羽織っている。
セニアットは男子メンバーと何事か話しているようだ。少なくとも彼女の気遣いもあって第2魔法学院から選出された生徒達に気負った姿は確認できなかった。
――本当なら私の役目なのだけど……セニアットさんは細かいことによく気づくというか。
つくづく頼りになるとフェリネラは小さな息をつく。
彼女は学内でも一目置かれてしまう自分やイルミナとは違い、壁を作らず人に好かれやすい性格をしている。気さくとは違い、男女関係なく交友が広い。
学年に一人はいるような、友達百人を達成してしまえる女性なのだ。それは一つの才能であり、下級生への面倒見が良いのも、彼女の人の良さがなせるもの。
部隊を上手く機能させるためのパイプ役は間違いなくセニアットなのだ。
何よりフェリネラ自身が部隊としての役目を果たせるのか、外界に出る魔法師と呼ばれる者達と同じように命令を下せるのか、最後の最後まで悩んだ難題をセニアットを入れたことで解消しようと試みたのだ。他人任せのずるい方法だと自覚しているが、それで上手く部隊が纏まるならば是非もない。
非情な判断など、どこまでいってもフェリネラには難しい問題だ。肝心な場面で致命的ともなる遅滞、思考の停止を防ぐために、フェリネラは学内でも親交の深い者達で構成するように理事長にお願いしていた。
幸いにもイルミナも含めて全員が即答だったことには驚いたが。
「無事に完遂しましょう、イルミナ」
「そうね。はぁー、それにしてもこんな子供のお遣いみたいに、大勢に守られるのも気に入らないのよね。これから魔法師として軍人を目指しているっていうのに」
言葉に刺こそ感じられるが、イルミナが抱いているような不満は他の部隊も感じているだろう。
「それほど重要な任務、というより学生が参加することにこそ意義があるのよ。無傷に全員帰還させることで協会の実績作りと、今後生徒でも任務を受けることができる土台作りね。言っても始まらないわ」
「フェリは妙に飲み込みが良くて羨ましいわ」
「あなたのように捻くった見方をするのも嫌いじゃないわよ、イルミナ。それにしてもこうして見回してみると一目瞭然ね」
外界や魔法師といった者達を傍で見てきた経験者は、どっしりと構えている印象だ。少し距離を置いてみればすぐにわかるだろう。学生が集まる範囲と外界で長年生き永らえてきた魔法師達、纏う空気感で明らかに区分けされているのだ。
そんな一部の学生は今回の任務でも大きな働きが期待できるだろう。フェリネラはその一人である部隊へと目を向けた。
ルサールカの第1魔法学院から選出された部隊の中では、親善魔法大会で一躍名を広めたフィリリック・アルガーヌまでいる。
彼はいかにも退屈そうに仏頂面を浮かべていた。貴族であるフェリネラからすれば彼の気付きにくい程、巧妙に隠れた慇懃無礼な雰囲気を端々に確認できる。
目の端で捉えた程度だったが、フェリネラの視線に気づいたのか、第1魔法学院の部隊隊長であるカリアと目が合った。翡翠色の髪を振ってカリアは物腰が柔らかそうに目を伏せてくる。
それに対してフェリネラは会釈で返した。学院生という括りではあるが、この場には卒業生であるカリアも参加しているのだ。実質的な最年長は彼女ということになる。
そうでなかったとしても年長者に対してフェリネラは誰であろうと同じことをしただろう。
他国の学生部隊も各学院に名を知られるぐらいの高位者を選抜しているようだ。
その中でも……一番最後に部隊が揃ったバルメスの第5魔法学院から選ばれた部隊に注目が集まった。
真っ先に気付いたイルミナは驚愕の声を咄嗟に飲み込み、奇妙な間を空けた。
続いてフェリネラもしっかりと視界に入れておく。第5魔法学院は任務の日付が正式に決まってからメンバーを変更したと聞いていたためだ。
少し遅れての到着。
四人編成で、内男女二人は「申し訳ありません」と簡潔に謝罪を発した。もっともその謝罪はどちらかというと警護を担当する魔法師達に向けられているようだが。
後ろにペコペコと平謝りをする隊員を置いて、注目を集める張本人二人は無垢な笑みを浮かべていた。遅刻したことを詫びるでもなく、平然と、寧ろ意気揚々と先頭をステップでも踏むかのように歩く少女らを見て驚愕が一斉に広がる。
そう、まだ年端もいかない子供。学院生でさえそう感じてしまう程には幼さの残った容姿。
第2魔法学院では飛び級のロキがいるが、それでも歳は学年の一つ下で、そこまで幼く見えるわけではない。童顔という意味では年齢よりも下には見られがちだが。
しかし、最後に到着した部隊の少女二人はロキより更に幼さを残していた。
「あはっ、どこかで見た表情が並んでるね、レア」
「はいです。間抜けというか……もう飽きたのです。そうだメア、シアンに言われたようにちょっかいだしちゃダメです」
「わかってるよぉ。シアンもレアも心配性なんだから……遊んじゃダメでしょ。後、真面目にやるでしょ、迷惑をかけちゃいけない、でしょ?」
「足らないのです。仲良くすること、なのです」