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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「ミスリルが眠る地にて」
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幼馴染の戯れ



 フェリネラの言うように、今回の任務は政治的側面が強く、延いては人類がかつての領土を奪還するための決定打になり得るのだ。協会が軌道に乗ることで、今後7カ国は戦力を外界に注ぐことが出来る。


 無論各国が協会の依頼に学生を起用していくための、試験運用であるのは事実だ。名目通りならばそれほど危険を伴わない優しい任務のはずである。しかし、少なからず魔物の討伐も視野に入れて臨んでいる状況から額面通りの難易度なはずはなかった。


 思い出すようにフェリネラは視線を切る。外界を誰よりも熟知し、フェリネラの想い人である彼ならばきっとこう言う。外界という場所において予想外の事態しか起こりえないのだと。


 彼が常にそうするように、生存圏内から一歩踏み出したフェリネラは、その瞬間から緩められる気など僅かも持ち合わせていなかった。


 細い息をついたフェリネラは、白い息がすぐ消え去ると隊を率いる重圧を再度背負い直す。

 毎日の訓練に疲れ果てたフェリネラの下をアルスが訪れた――あの晩。

 彼はフェリネラへ感謝の言葉と、混濁する思考に出口・・を与えてくれた。部隊を率いる、生命を預かる立場となったフェリネラはずっと正しさを探し、気が塞いでしまうほど苦悩していた。


 どうすれば全員を生還させる選択ができるのか、何が正しい選択なのか、失敗しないための答えを探し続けて……そして行き詰まってしまったのだ。しかし、アルスは胸の内を明かすように痛みを伴った過去を語ってくれた。


 それはフェリネラが探して止まなかった正解が存在しない、というものだった。間違いはあるのに正解が存在しないなんてことはハイリスクでしかない。憤りすら感じてしまう理不尽。でもそれこそが外界という場所を表現するのに一番適しているのかもしれない。魔物という天敵を前に、魔法師といえど人間は小枝のように脆く儚い存在なのだ。


 でも、そうであったのならば、死んでいった者を乗り越えていける自信がフェリネラにはなかった。この部隊は全員が知った顔なのだからなおさらだ。

 考えて考えて、フェリネラに掛けたアルスの言葉は「先のことなど誰にもわからない。その時に最良と判断した選択を信じることだけ」なのだと出口をくれた。位階第1位のアルスでさえも悩み続ける難題なのだ。


 もっといえば、隊長といえどそれぐらいのことしかできない、ということ。そこを踏み越えていけば人間らしさはあっても結果的に、全滅の憂き目に遭う。


 感情に突き動かされるのは人間味溢れる、人としての正しさ。

 部隊として合理的・効率的に判断するのは常に誰かを見捨てる選択を考えるということ。非情と謗られても多くを救う判断。


 正しさがあるとするならば、アルスはそのどちらも正しいのだと言うだろう。実に馬鹿っぽくて、間抜けで……羨ましそうに人間らしいと、思ってしまうのだろう。


 ――アルスさん、あなたがいうのだから、私は私が思う最善を尽くします。後悔しないための全力を絞り出します。私自身に約束をします……私は最後まで私が決めた選択を信じ続ける。


 決意を固める。アルスがそう教えてくれたからだけではない。

 魔法師として、そして一人の女として自信を持てる人間でありたかった。彼が見てくれるフェリネラ・ソカレントという一人の女性をありのまま見て欲しいから。


 彼のために理想的な女性を演じるのではなく、本当の自分を見て欲しいのだ。何より彼の前にいる自分を偽りたくなかった。外界の、それも魔物が跋扈する世界で、綺麗事だと思われるかもしれない。

 それでも彼の前で変わらない自分でありたいのだ。


 みっともなくても、弱音をぶつけてもいい。フェリネラは優等生の仮面も貴族の仮面も、彼の前では外すことができるのだから。

 怖いのは仮面と本当の素顔がわからなくなってしまうことなのかもしれない。


 だから最後には後悔しないために、全力で考え、選択することなのだ。正解なのか、失敗なのか、それは後々わかることなのだから。

 フェリネラは今できることに全神経を傾ける。それが今、彼女にできる唯一無二の責務なのだろう。



 部隊の講習など、訓練漬けの日々からは一回り成長したような、幼馴染の顔つきを見て、イルミナは友へと柔和な笑みを向けた。

 常にポーカーフェイスのイルミナには珍しく、彼女はからかうようにフェリネラの顔を覗き込む――隠そうともしない邪推を声に出して。


「アルス君が女子寮にあなたを訪ねに来たあの晩、何かあったわね」

「何を言っているの、イルミナ。少しお茶をしただけよ」

「その後は?」


 こういう話をイルミナは進んで振る方ではないが、今回はやけに突っかかってくる、とフェリネラは感じた。敏い彼女のことだ、すでにフェリネラの想いの矛先が誰に向いているか察しているのだろう。


 いくら仲がよいとはいえ、フェリネラにも自分の恋愛に関しては人並みの恥じらいはある。

 とはいえ、何かあって欲しかったあの晩――。


「少し話せて安心したのか、うっかり寝てしまったの、ょ」


 学内でも気軽に話せるイルミナとあって、フェリネラはつい気を許してしまったかのようにモゴモゴと呟いた。


「そんなところよね。翌朝、あなたの首にキスマークの一つでもあればと思ってたんだけど、何もついてなかったのよね。なんというか、さすがの第1位も奥手ねー」

「妙に観察されてるとは思ってたけど、何を考えていたのよ」

「貴族だからね。そういう話とは無縁ってわけにもいかないわ」


 下世話な話ではあるが、その手の話自体は珍しくもない。ソカレント家が少し例外なだけであって、貴族と名のつく家に生を受ければ必ず耳にはするだろう。イルミナの家は例に漏れず、彼女は卒業と同時に婿候補から選ばなければならないのだ。そのために残す時間は候補者から絞る時期でもある。


 貴族としてすぐさま結婚し、家庭を持つことを強制されることはない。しかし、結婚に対して意欲的な姿は示しておかなければならないのだ。

 婚約という方法が最も一般的なのだが、それを結んでしまえば当然のことながらそうやすやすと解消できるはずもない。


 役目として割り切ったイルミナでもあるが、最も身近にいるフェリネラが自分の意思で相手を選び取ることができるのだとすれば、それは応援してあげたいと思っていたのだ。何より貴族の仮面を完璧に使いこなす彼女が見せる、女性らしい一面は羨ましくもあった。


 貴族の枷に縛られず、自由恋愛ができるのであれば叶えてもらいたいのだ。だから、ついついこんな小言も言いたくなってしまう。


「ただでさえアルス君の周りはフェーヴェル家のテスフィアさんにアリスさんもいるんだし、身近でいえばロキさんもいるんだから、手遅れにならないようにね」

「そうね~」


 曖昧な相槌を打ったフェリネラだが、実際イルミナ相手にどう返答して良いものか困っていた。

 確かに焦りはあるが、それでアルスと出会える貴重な時間を無駄にしたくないのだ。


 若者特有の葛藤は傍から見ても、手に取るようにわかる。才色兼備、文武両道を体現したフェリネラがこれほど隙を見せるのは初めてのことだった。恋だ、愛だのはいまいちイルミナにはわからなかったが、これだけ好意が真っ直ぐに向いていれば、いっそ清々しいのかもしれない。


 だからこそ、なのだ。


「いい? 三大貴族という立場があるんだから、正妻じゃないとまずいでしょ?」


 恋愛を競争だとは思いたくないが、貴族という立場上正妻ではありたい。そう思ってしまうのは欲張りなのだろうか、フェリネラでも時々思うことがあった。


 これから任務に赴こうとするフェリネラの心境は乙女心に揺れていた。


「――!! ちょっと話が先に進みすぎているわよ。まずは目の前の課題をクリアすることだけに専念しない? 無事に達成することだけを考えましょうよ」

「でも、少しは気が紛れたでしょ」

「そういう気の使い方は逆に疲れるものよ。今度ディナーに付き合ってあげるから、その時に思う存分聞いてあげるわよ」


 フェリネラの提案に、イルミナは快く約束を取り付けたのであった。

 こんな約束でもなければ、頑張ってられない、そうイルミナは気を引き締め直すのである。

 誰かを好きになるという感情は、いったいどういったものなのか。イルミナはフェリネラを通じてなんとなく理解できた気がした。






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