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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
9部 第1章 「黄金姫」
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自分で決めた約束



 二人の会話を軽い雑談とするには少々内容が濃くもあったが、それでも最終的に突き合わせるのは小さな笑みであった。


 全てが順調に進む中でアルスにとっては自分の問題など些事でしかない。今、世界は大きな変革を迎えたに過ぎず、いわば過渡期なのだ。

 世界が広がれば、自ずと解明されていくことも増えるだろう。魔眼の発症例は、アルスが外界で発見した施設跡地によれば人類が7カ国に併合するよりも以前なのだから。


 魔眼についての研究や人類が未知としてきた諸問題の手がかりは、十中八九外の世界に存在する。それがアルスの出した結論だ。


「ラティーを待たせるのも悪いからな。さっさと話したいだけ話して帰れ。どうせこっちの仕事を手伝うつもりがないのだろ」


 決めて掛かるイリイスの表情は、会長という職の仕事量の多さを訴えているようだ。事実、イリイスは協会への入会希望者含め、バルメスへの派兵要員の選別に追われていた。協会が始動してから実績らしい実績がないため、派兵要員の選別は困難を極めているのだ。


 資料や順位だけでは一国の防衛にどれだけ貢献できるか検討もつかない。派兵したはいいが、まったく役に立たないのでは協会の信用問題だ。

 かといって戦力を投入しすぎるのも協会として機能しなくなってしまう。アルスが引き受けたバルメスへの派兵。協会が保有する戦力の40%という数字は、早々簡単に弾き出せる数字ではない。というのも協会所属魔法師は言ってしまえば軍人のようなお抱え戦力ではないのだ。


 いわばフリーランスの魔法師、それを協会の戦力とするには単純に依頼として魔法師を募る他ない。


 アルスは自らが招いた厄介な仕事から逃れるように、手短に語りだそうとした。が、口を開きかけてふと自問するように口を閉ざす。

 手短に語りだそうとする自分に酷い自己嫌悪が襲ったのだ。


 簡単に済ませて良い話ではない、事と次第によってはイリイスの仕事を肩代わりすることも考える必要があるほどだ。

 細い息をついてアルスは、神妙な面持ちで口を開いた。


「ハイドランジでの任務だが、あそこの魔物はアルファのそれとは一線を画する」

「あぁ、聞いている。主たる原因は夜会だろうよ。後は放置し過ぎだ」

「知っていたか」

「いろいろと後ろ暗い話題の多い国だからな。それよりも夜会は、昔から似たような現象は観測されていた。それを夜会と呼ぶようになったのは最近のことだが。いずれにしてもあれは不吉の予兆には違いない……【闇夜の徘徊者(ナイト・ウォーカー)】絡みなのは間違いない」

「やはりか。それが問題なんだけどな。ロキが見た魔物はSSレートに匹敵する巨大蛇だ。ハイドランジ軍にいた傭兵はその魔物を【世界蛇ヨルムンガンド】と名付けていたな」


 傭兵の言葉にイリイスはピクリと眉根を持ち上げた。


「まだ傭兵などが残っていたのか、なんとも時代錯誤感があるなぁ」

「協会ができてから、ある程度は淘汰されたんだろうが、それでも残った強者はいるようだな。つーか、イリイスがクラマで傭兵のようなことを始めたんだろ」

「ふん、私がやったのは取り引きなどの実質的なシステムの構築だ。傭兵という稼業自体は昔からあったさ。軍に所属しない魔法師はそもそも雇われだったわけだからな。ま、協会ができようと無くなることはないだろう。あういう連中は、根本的に組織に馴染めんのだ」


 本題の合間に挟む小言のようにイリイスはぼそっとつぶやき返した。


「それにしても【世界蛇ヨルムンガンド】か。それもSSレートとはな。イベリスのと合わせると大災厄どころの話ではないな」

「さすがに協会も傍観はできないだろ。そろそろ俺もゆっくりと長期休暇をもらいたいところなんだが、こう次々と問題が重なっちゃ~な~」


 アルスはガクリと肩を落とす。研究に費やす時間も……もっといえば普通の人としての生活はまだ随分と先のことのようだ。予期していたことだが、まだ人類が本格的に平和を勝ち取りに動き出したばかりではある。そう思えば、今が最も忙しい時期なのかもしれない。


 クククッと背後から小馬鹿にした小さな笑い声が鳴った。それはアルスの行い、その矛盾を突くように面白がっていた。協会を作り、バベルの機能を停止させた張本人が、そのまま隠居を許されるはずもない。


「アルス、お前も朝起きたら人類が滅亡してました、なんてのは嫌だろ?」

「現実味があるから恐ろしい話だ」

「ならそうそうに諦めることだ」


 まずは問題の【世界蛇ヨルムンガンド】だ。人類のためという嘘くさい正義感は当然アルスにはない。だが、この大層な名を与えられた魔物はロキを標的にしている。彼女の腕に刻まれた印、それはロキを標的にした目印だ。


 SSレートと目される【世界蛇ヨルムンガンド】。過去アルスが戦った【背反の忌み子(デミ・アズール)】と同格である。正確に脅威度を測ることはできないが、ヨルムンガンドは魔物としての一つの完成形。魔物の進化、その頂きとされる完全な【個】なのだから。


 魔物の進化は多くの魔力情報を読み取り、その中から適当な情報を抜き出し身体を形成する。最終的に魔物が到達し得る形状は完璧なフォルムを持った個体か、人に近しい形状を取る。

 【背反の忌み子(デミ・アズール)】は悪食という性質故に魔力の混在が確認できたが、その身体は爬虫類でありつつも、どこか人間を思わせる動きが見られた。


 その点、ヨルムンガンドは原始的な遺伝子を如実に取り込み、進化に反映させている。故にその姿形はまさに蛇と呼べるものなのだ。


 ここまで一連の出来事をイリイスに伝え終えたアルスは、こめかみを一押しする。



 イリイスは具体的にアルスが何を伝えたいのか、良く理解できていなかったようだ。情報を伝えるだけならば、通話でも良い。わざわざ本部に顔を出す意味はない。


 そこから導き出される要求を予想して、イリイスは首を捻りながら問う。


「ハイドランジの外界が危険というのはようわかった。つまりはハイドランジに関する、ヨルムンガンドの依頼はお前に回せということか? それともお前が直接動くのか?」

「もちろん【世界蛇ヨルムンガンド】は討伐する。だが、お前に会いに来たのは頼み事をするためでもある」


 ハハ~ンっとイリイスは鼻を鳴らして全ての問題が解決したというような納得顔で、アルスの要件を言い当てた。


「要は協力しろ、ということか」

「そこまで横柄じゃない! 今回は俺も万全とは言い難いし、SSレートともなるとアイツを守れないかもしれない」

「連れて行かなければいいだろう。というか意味がわからんぞ。狙われているロキを何故連れて行くのかがな。お前らしくない、というかわかっているだろうに」

「…………あぁ」


 苦笑ではなく、乾いた笑みをアルスは溢した。外界に出ていく魔法師はより合理的に、より効率的な思考になる。でなければ生き残れないからだ。

 それを誰よりも理解し、実践するアルスの行動は一周回って不自然ですらあった。


 白々しく頬を掻くアルスを後ろから眺めるイリイスは、大きな溜息を吐いた。


「煮えきらん奴だな」と鬱陶しいものでも見るような目でイリイスはアルスの背中を見つめた。それでいて彼女にはそれが羨ましいもののようにも見えていた。


 背後からのプレッシャーを感じつつアルスは自分の心の中を探ることにした。上手く言葉を選ぶ必要があるだろう。


 任務に連れていく、というのはロキをパートナーにする上での決めごとだ。アルスのために自らの存在価値と代えた少女は今も変わりなく居続けているだろう。

 付いてくることに対してアルスの同意は必要なくなった決まりだ。もっとも強硬手段という手もあるにはあるが、きっと違う。


「あんまり心配は掛けられない」


 ポツリと宙に吐き出すようにして紡がれた台詞。それは心の内を探って出てきた吐露に違いなかった。もっといえば、アルスが一度は死んだ、そう彼女に思わせてしまったあの出来事からだろうか。

 後から聞いた話だが、クロケルとの死闘の後、アルスが死んだという現実に彼女は堪えきれなかった。その結果、彼女は死を選んだのだ。


 それが今もアルスの心の中に居座り続けている。自由の身となり、制約のないアルスだが……ただ一つ、それだけはしてはいけないのだと……彼女の生きる意味を奪ってはいけないのだと強く思う自分がいる。


 それはアルスが唯一できる約束なのかもしれない。もうあんな思いを彼女にさせてはいけない。

 だから……。


「悪いんだが、イリイスには【世界蛇ヨルムンガンド】の討伐を手伝って欲しい」

「協会が出来ても生きにくいことには変わりないか。外界とはつくづく自由とは無縁なのかもしれんな」

「外界じゃない。魔法師が、なんだろうな。それでも俺は魔法師だし、ロキも魔法師なんだ。そしてテスフィアもアリスも魔法師への芽を開かせつつある」

「ハン、随分とマシな生き方ができそうだな。私もそうだな、願ってもない、というべきなのだろうな。というか私を陽の当たるこっち側に連れ戻したんだ。一人だけ退場は許さんぞ」


 不敵な笑みを向けるイリイスをアルスは肩越しに見つめ返して、そっと感謝を告げるように目を伏せた。


「これが済んだら協会の任務にも協力させてもらう」

「そうしてくれ」


 話が一纏まりした辺りで、アルスはイリイスの不審な視線を背中に感じて身体ごと彼女に向き直った。


「なんだ? 追加で何かあれば、今回に限り断らないぞ」

「嬉しい申し出だが、いやなに、お前も男らしい顔つきになってきたんじゃないのか?」

「茶化すな……それとラティファの件は任せろ。必ず治してみせる」

「そうしてやってくれ。あの子は口に出さんが、目の方も結構な痛みを伴ってるはずだからな」


 アルスは屋上庭園で楽しそうに談笑する二人を見てから、力強く頷いた。

 魔法師という言葉から離れたロキは、それこそどこにでもある無垢な笑みを浮かべることができるのだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] ただのロキの我儘に振り回されてる感じで不快。
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